酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第34話ー6

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 ――今から10分前のこと。

「聞いたか? サジッターリオ国王は頭がイカれてる。流石女王だ、女だ。軍事のことを何も分かってない」

 舞踏室の中、アクアーリオ王太子はヴァレンティーナと踊りながら、尖った声で悪態をついていた。

「どう考えたって、うちとカプリコルノが戦ったら、うちが勝つ。逆に、どうやったらこんなに小さくて兵器もほとんどない国にうちが負けるんだ。父上たちまで言うことがおかしいんだ。『力の王』を敵に回すなって、君に頭を下げて結婚してもらえって、耳が腐るほど言われた。ボクは何も分かってないんだと言われるけど、父上たちこそ分かってない。『力の王』は強いんだろうけど、うちの兵器の前じゃ無力さ。それなのに、ボクが女に頭を下げるなんて冗談じゃない。でも君は見た目だけなら誰よりもボクに相応しいから、君がボクに頭を下げるなら結婚して友好関係を結んでやる。ただし、レディーファーストをちゃんと覚えろ」

 そのとき、4つの女の子――6番目の天使ビアンカの怒声が響いた。

「なんですって! なんでアンタみたいなダサイオトコにティーナちゃまがあたまを下げなきゃいけないのよ!」

 ヴァレンティーナたちはそのとき踊り場の端の方に居て、近くでオルキデーア貴族の男の子と話していたビアンカは、偶然アクアーリオ王太子の声を聞き取ったようだった。

 またビアンカと話していたオルキデーア貴族の男の子にも聞こえていたようで、国民誰もが真に愛する5番目の天使に対して暴言を吐いたことに大衝撃を受けた様子だった。

 アクアーリオ王太子を指差して「こいつ最低だ!」と声を上げると、急いでフラヴィオたち大人を探しに行った。

 ステップパッソを踏んでいたアクアーリオ王太子の足は止まり、踊り場から出てビアンカのところへ足早に向かっていった。

「なんだ、このガキは」

 ヴァレンティーナは慌てて駆け寄り、「駄目よ」とビアンカを下がらせようとした。

 しかし、猫可愛がりされて育った怖いもの知らずの小さな天使は、それをすることはなかった。

 腰に手を当て、ふんぞり返って、アクアーリオ王太子の前に立ちはだかった。

「『力の王』のメイっ子で、『力の王弟』のムスメのビアンカよ!」

「それがなんでこのボク相手に威張ってるんだ?」

「いばってるのはアンタじゃない! ビアンカだってアンタみたいなオトコぜったいイヤなのに、みせいねんの女の子の中でゆいいつビアンカよりかわいいティーナちゃまがアンタを好きになるわけないでしょ! 弱虫で、ひきょうで、そのくせ口はえらそうで、なんてダサイオトコ! アンタみたいなオトコなんて、農民のムスメだってえらばないわよ! ティーナちゃまに結婚してほしければ土下座しておねがいすることね!」

 本日ここへ来てからすでに何度目か、アクアーリオ王太子が怒号した。

「このボクが土下座だと! ふざけるな! 女というだけでなくガキの癖に生意気だ! 躾けてやる!」

 そして片足を振り上げ、ビアンカを蹴り飛ばそうとした。

 そのとき、ムサシが横からさっと飛び出して来た。

 ビアンカの前に片膝を突き、腰から抜いたレオーネ刀の鞘でアクアーリオ王太子の足を受け止めた。

 ヴァレンティーナが「ビアンカ!」と胸に抱き締めて庇った一方、今度はムサシとアクアーリオ王太子が向かい合った。

「これは驚いた……アクアーリオ国の男は、女性に暴力を振るうでござりまするか。増してや、小さなご令嬢に」

 その口からは初めて聞く低い声だった。

「当然だろう! 生意気な女やガキは殴って躾けるものだ! ここがボクの国だったら、そのガキはこの場で死刑だった! この国の女は、本当に厚かましくて付け上がったのしかいないのか! 女はボクに逆らうな! 女はボクが食べるものを毒見しろ! 女はボクの三歩前を歩いてボクを守れ! そしていざとなったら、ボクのために命を捨てろ!」

 そしてアクアーリオ王太子は「どけ!」とムサシを横に押しやろうとした。

 しかしムサシは頑なに動かず、手に持っていたレオーネ刀の鞘でアクアーリオ王太子を押し返した。

 すると「なんだ、おまえ!」と尚のこと激昂したアクアーリオ王太子の目に映ったのは、剃刀のように鋭くなった糸目だった。

「どきませぬ。拙者が避けたらあなたはビアンカ殿に暴力を振るうでござりましょう」

「当然だ! このままじゃボクの気が済まない! どけ!」

「どきませぬ。拙者の生まれ育ったレオーネ国では、男が女性の三歩前を歩き、か弱き女性を守るもの。そして拙者は、『人間卒業生』の息子。ここで逃げ出したら恥でござりまする。気が済まないのなら、拙者を殴りなされ」

 それを聞いたアクアーリオ王太子が、愉快そうに高笑いした。

「いいのか? ボクが一方的に殴っても」

「構いませぬ。拙者が手を出したら弱い者いじめになる故」

 その言葉にカッとしたアクアーリオ王太子の拳がムサシの頬を殴打すると、演奏と雑踏の中にヴァレンティーナとビアンカの悲鳴が混じった。

 ムサシは先月11歳になったばかりで、13歳のアクアーリオ王太子と比べると小さな身体をしている。

 しかし顔は横を向いたものの、一歩もよろけることの無かったムサシを見て、アクアーリオ王太子が「こいつ!」と言いながらもう一発殴打した。

 すると今度は少しだけよろけてしまったムサシの腹を「フン!」と蹴飛ばすと、アクアーリオ王太子はヴァレンティーナに向かって声高に命令した。

「すっかり気分が害された。ここには居たくない。ボクに宮廷の中を案内しろ」

 ヴァレンティーナは震え声で承知すると、ムサシにすぐ治癒魔法を掛けてもらうよう言って、何度も振り返りながら戸口へと向かっていった。

 呆然としているビアンカに、ムサシが八重歯を見せて笑いかけていた。

「もう大丈夫でござりまするよ、ビアンカ殿。今日は楽しい舞踏会でござりまする。拙者と踊ってくださらぬか?」

 ムサシに手を引かれて踊り場に出て行ったビアンカは、パッソを踏むことはなかった。

 突如ムサシの胸に抱き付いて、大きな泣き声を上げていた。

「ステキだわムサシちゃまぁぁぁ!」

 ――そして現在。

(怪我をさせてしまってごめんね、ムサシ君……)

 アクアーリオ王太子の三歩前を歩き、命令された通り宮廷の中を案内しているヴァレンティーナ。

 いつもは誰かと顔を合わせる度に浮かべる天使の笑みは、ずきずきとした胸の痛みに邪魔されて出来そうにない。

(きっと私がすべて悪いのね。立派な王女になるために、色々頑張ってきたつもりだったのに……)

 きっと何もかも駄目だったのだと、不甲斐なさで一杯だった。

 4階への階段を昇りながら、アクアーリオ王太子が不機嫌そうに怒鳴り散らしている。

「ムカつく! ムカつく! どいつもこいつも、ボクをコケにしやがって!」

 と、腰に差していた剣で金属製の手すりを叩き付け、装飾に傷を付けていく。

 近くにいた使用人が、驚愕して声を上げた。

「そういったことはご遠慮くださいまし!」

 アクアーリオ王太子よりも先に、ヴァレンティーナが口を開く。また怪我人が出たらと、ひたすらに怖かった。

「これくらいなんとかなるわ、大丈夫よ! 下がって!」

「そうだ、使用人の分際で。死にたくなきゃ下がれ」

 とアクアーリオ王太子が使用人の顔の前に、剣の切っ先を向ける。

「そう言われて下がる使用人など、この宮廷にはおりませんの」

 と使用人が白手袋の上から装備した手甲で剣を弾くと、一瞬驚いた顔をした王太子の手からそれが飛び、階段の上を滑り落ちていった。

 それを使用人が拾い上げると、アクアーリオ王太子が「おい!」と後退った。

 しかし階段だったために引っ掛かり、腰を抜かしたように座り込む。

 それを見て使用人は鼻で笑うと、「こちらは預からせていただきます」と剣を持って階段を降りていった。

 再びアクアーリオ王太子の怒号が響き渡ると、ヴァレンティーナが狼狽して「こちらへ!」と4階へ駆け上がっていった。

「わ、私の部屋をご紹介しますっ……!」

 怒りか、身を守る武器を失った恐怖か、そのどちらもか。

 アクアーリオ王太子は使用人や衛兵と擦れ違っては身体を震わせながら、ヴァレンティーナの後を付いてく。

 そしてヴァレンティーナの自室に入ると、すぐさま中から鍵を掛けた。

 それに気付いた衛兵たちが、「開けてください!」と扉を叩く。

「ふざけるなよ…! 使用人までっ…使用人まで、ボクをコケにするなんて……! ふざけるなよ……ふざるなよ!」

 と目を血走らせながら迫って来るアクアーリオ王太子から、ヴァレンティーナは後退っていった。

「ご…ごめんなさいっ……!」

「許さない、土下座しろ! 土下座してボクに謝って、そして君から結婚してくださいお願いしますと言え!」

 その声は廊下まで響き渡っていた。

 衛兵たちが「開けろ!」「無礼者が!」と怒鳴り、扉を大きく叩く。

 その一方、「はい」と承知して床の上に正座をしたヴァレンティーナ。

(私が悪いのよ。すべて私が……!)

 衛兵が扉を体当たりでブチ破ろうとする中、床に手を付けて頭を下げる。

「本当に、ごめんなさい……!」

「もっとだ! 額を床に付けろ!」

 とアクアーリオ王太子に頭を踏み付けられたら、涙が溢れ出た。

 心も身体も痛かった。

(父上……!)

 叔父上、叔母上。

 兄上に弟、従兄弟。

 マサムネたちやシャルロッテ。

 天国にいる母上。

 そして、いつもいつも誰よりも傍で守ってくれる侍女の名を、心の声で泣き叫ぶ――

(――ベル……ベル!)

 その刹那、ヴァレンティーナの後方から窓ガラスの破砕音が鳴り響いた。


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