酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

文字の大きさ
185 / 303

第35話ー1 貿易取引

しおりを挟む
 カプリコルノ国の宮廷舞踏会が終わるまであと20分程度の、23時40分。

 北の海には、国王フラヴィオが招待していないはずのカンクロ国王太子――もといカンクロ国王ワン・ジンとその飼い犬――カーネ・ロッソ――のリエンがテレトラスポルトでやって来ていた。

 周りの衛兵に武器を向けられ、リエンが眉を吊り上げて声高になる。

「無礼ネ、おまえラ! この方をどなたと心得るカ! カンクロ国王――」

「リエン」

 とワン・ジンがその言葉を遮った。

「こいつらはカンクロ語が分からんらしい。つまり何を言っても無駄だ。それに只のか弱い人間だ。俺にはおまえのバッリエーラが100枚掛かってるし、傷ひとつ付けられん。放っておけ」

 リエンは承知した後、周りの衛兵が分からんらしいカンクロ語で会話を続ける。

「ご主人様、リエン思うヨ」

「ああ?」

「昨日、レオーネ国王たちとヴィルジネ国王たちが、すっごいお洒落して、どこかにテレトラスポルトしたっていう密偵の情報……ここカプリコルノだヨ。今日ここデ、カプリコルノ国王とエミの結婚式だったんだヨ」

「なんでだ」

 と主の眉間に元々あるシワがより深くなると、リエンが「ごめんなさイ」と言った。

「でも」と続ける。

「ご主人様だっテ、そう思って確認しにきたんでショ?」

 ワン・ジンが口を開きかけて、また閉じる。肯定の意味だった。

「リエンこっちの国のことよく知らないけド、すっごいお洒落して友好国に行くっテ……国王の結婚式くらいしか思い浮かばないヨ。何よりこのあいだ、エミ花嫁衣裳の試着してたみたいだシ」

「たしかに俺も最初は信じてしまったが……違うかもしれないだろう」

「でも女官がこっちの花嫁衣裳は『白』だって言ってたんでショ?」

「そうだが、あの女官だって人伝に聞いたことだと言っていた。きっと違う。違うと分かっているが、一応確認しに来た。絶対違うが」

 と思い込みたいらしい主の機嫌をうかがいながら、リエンが問う。

「リエンのいう通りだったラ……ご主人様どうするノ?」

「何がだ」

「リエン、知ってるヨ。ショウ(ベッド)の中でいつもリエンのことじゃなくてエミエミ言うご主人様って――」

 ごほん、とワン・ジンが咳払いでリエンの言葉を遮った。思わず赤面して辺りを見回す。

「エミを王妃にしたいんでショ?」

 その問いにワン・ジンが小さく「ああ」と答えると、リエンの栗色の瞳に一瞬の傷が浮かんだ。

 もう一度「どうするノ?」と問うてくる。

「王太后陛下は人間の女が大嫌いだシ」

「ああ、母上が一番厄介だ……。まずは母上をどうにかせんと、危なくてエミを連れて行けん」

「それにリエン、思うヨ。エミは奴隷だったところをカプリコルノ国王に救われテ、カプリコルノ国王を慕ってるんでショ? エミにとってのカプリコルノ国王は、きっとリエンにとってのご主人様だヨ」

 ワン・ジンの眉間のシワが尚のこと深くなった。

「何が言いたい」

「リエンがエミだったラ、エミは今とっても幸せだヨ。ご主人様はエミが好きなのニ、エミを泣かせるようなことしようとして――」

「黙れ」

 と主に言葉を遮られると、リエンが「ごめんなさイ」と俯いた。

「早くオブリーオ――忘却魔法を覚えろ、リエン。それがあればエミが泣くことは無い」

「承知。リエンはご主人様のために何でもするヨ。だからオブリーオ難しいけド、今頑張って覚えてるヨ。でも、ご主人様……リエンならオブリーオ掛けられたっテ、ご主人様を忘れることはないヨ」

「だからなんだ。エミもカプリコルノ国王を忘れられないと言いたいのか?」

「分からないけド……」

「もう黙ってくれ」

 と苛立たしそうに長嘆息したリエンの主の横顔は、2ヵ月前よりも痩せている。

 リエンは現在、ワン・ジンに一番寵愛されている飼い犬だが、主は何でもかんでも心の内を話してくれるわけではない。

 だから推測でしかないが、ワン・ジンは、エミがカプリコルノ国王と結婚するかもしれないとの情報に、とても衝撃を受けた様子だった。

 そこへさらに追撃するように父――カプリコルノ国の先王ワン・ファンが亡くなったとき、まるで致命打を与えられたかのように見えた。

 幸いメッゾサングエ故に身体が強く体調は大丈夫だが、食事はあまり喉を通らないでいるし、心の方は憔悴しているのが感じ取れる。

 主が今日ここへ来た目的は、エミがカプリコルノ国王と結婚したかどうかの確認があるのはたしかだ。

 だがそれ以上に、エミと会って話したい気持ちが大きいように見えた。

 怪しまれないようにまたカプリコルノ国の友好国レオーネの鎧で来るのかと思いきや、国王になった姿をエミに見せたかったらしく、それ専用の服を着用。

 さらに最近ずっと身嗜みに無頓着で、ボサボサになっていた黒髪もしっかり整えてお洒落してきた。

 間もなく、前方5mのところにエミ――ベルがぱっと現れる。それはカンクロ語で口を開いた。

「お待たせいたしました、ワン・ジン陛下。お久しうございます」

「エミっ……!」

 またその傍らには、さっきここで鉢合わせになったアラブとかいうやたらと濃い顔のメッゾサングエと、カプリコルノ国の『人間卒業生』ことアドルフォ・ガリバルディ、それから見覚えのあるレオーネ国の宮廷ガット・ネーロのハナがいる。

 リエンが「ヒィィィ」と声を上げて、たちまち顔面蒼白していった。

 ハナの並外れた魔力の高さに恐れをなしたのもあるが、『人間卒業生』の人間離れぶりはモストロにとっても驚愕だった。その姿を見るのは、これが二度目であっても。

 久々に見るベルの姿に、ワン・ジンの胸が早急に鼓動を上げていく。しかしその次の刹那には、つい衝撃を受けた。

「――ほ、本当に結婚した……だと……!」

 ベルが「え?」と小首を傾げた傍ら、リエンが突っ込む。

「コッチの花嫁衣裳は『白』だってバ」

「そ、そうだった……いや、本当か? あれは、あくまでも女官が人伝に聞いた情報で……」

 と、ベルの着ている赤いヴェスティートを動揺しながら見てしまうワン・ジン。

 ベルは何やら察した様子で、こう言った。

「カンクロ国の花嫁衣裳は赤なのですね。そちらのカーネ・ロッソさんが仰った通り、こちらの花嫁衣裳は白です。私は先日それを『試着』しましたが、今のところ結婚する予定はございません」

 ワン・ジンとリエンが同時に「えっ」と声を上げた。

「そ、そうなのかエミ?」

「そ、そうなのエミ?」

 ベルが「はい」と言うと、たちまちワン・ジンの顔には安堵の笑みが浮かび、リエンの顔には困惑が浮かんでいった。

 ベルが「ところで」と当然のことを問うて来る。

「ワン・ジン陛下、本日は突然どうされたのですか?」

「あ、いや、その……」

 と、ワン・ジンがベルの護衛3人の顔を一瞥する。

「ご主人様ハ、エミと2人で話したいネ」

 とリエンが言うと、3人の眉間にワン・ジンに負けず劣らずの深々としたシワが出来た。

 見るからに抵抗しているそれらが口を開く前に、ベルが「承知しました」と答えた。

 3人がたちまち狼狽してベルの顔を見ると、そこには厳粛な宰相の顔がある。

「――…わ……分かったよ、ベル」

 と、ハナがベルに50枚バッリエーラを掛け、アドルフォが「ただし」とリエンに向かって手を差し出した。

「そちらのカーネ・ロッソ殿はこっちに来て頂こう。ベルに何かしたり、テレトラスポルトで連れ去ったりしたならば、即刻死んで頂く」

 アラブはテレトラスポルトで長い縄を持って来て、その端と端で自身とベルの手首を繋がせた。こうしておけば、ベルひとりがテレトラスポルトで攫われるということは無い。

「安心しろ」

 と、ワン・ジンは殺気立っている3人と、戦慄しているリエンに向かって言った。

「約束する。俺はエミに危害を加えたりしないし、テレトラスポルトで連れ去ったりしない。ただ、エミと話がしたいだけだ」

 3人はベルと目で会話した後、不安げな様子を見せながらも下がっていった。

 変わらず戦慄しているリエンはアドルフォに引きずるように連れて行かれ、周りの衛兵たちも大将アラブの指示で少し遠巻きになる。

 周辺に誰もいなくなると、ワン・ジンの眉間のシワが少し薄くなった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...