酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第35話ー3

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 時刻は0時ちょっと過ぎ。

「――なっ……なんだコレはオイ!?」

 と、舞踏会を終えたばかりのフラヴィオの碧眼が飛び出した。

 どこからかアドルフォ・アラブと共に戻って来たベルハナを叱ろうと思った矢先、ベルが誇らしげな顔をして一枚の紙を差し出して来た。

 一体何かと見てみれば、目を疑うようなことが書かれている。

「ワン・ジンが石材の貿易取引を受諾してくれたのは良いが――いや、余に内緒で取引に行ったことは怒っているが、とりあえずそれは置いておいて……何があってこうなったのだ!? 余はアクアーリオと同じ取引価格――適正価格で取引しようと思っていたのに、あいつ何で半値で売ってくれたのだ……!?」

「それは……」

 と、アドルフォとアラブ、ハナの3人が注目するは、宰相天使。

 胸を張っているそれは、主に褒められる期待に栗色の瞳を煌めかせている。

 しかしその期待は裏切られ、主の顔には怒気が浮かんでいく。

「まぁぁぁた悪いことしたな、ベル……!」

いいえ。それを証拠に、ワン・ジンはフラヴィオ様にお礼を言っておいてくれと」

「いや、向こうが礼って何がだオイこら!」

 と、フラヴィオがベルの脇の下に手を入れて、小さな子供のように抱き上げる。

 そして「悪い子め!」と眉を吊り上げて叱ったら、正面にある小さな顔が「良い女でございます!」と唇を尖らせた。

「フラヴィオ様は何を基準に『適正価格』を語っていらっしゃるのですか? 貿易取引において互いに納得すればそれが『適正価格』であり、ワン・ジンはコレで快く受諾してくれたのですから、これが『適正価格』なのです。ベルナデッタは悪いことなどしておりません!」

「もっともっぽいことを言うんじゃない!」

「『ぽい』ではなく、『もっとも』でございます!」

 と招待客がまだ残っているにも関わらず喧嘩し始めた2人を、ハナが国王の寝室へとテレトラスポルトした。

 突如背景が変わったことなど気にも留めていない様子で、2人が喧嘩を続ける。

「駄目だ、納得いかない! 余はあいつが決して好きではないが、それでも申し訳無さすぎる! よって、アクアーリオと同じ取引価格にする!」

「おふざけになるのも大概にして頂きたく存じます! うちだって防衛戦の際や本日の舞踏会、今月・来月のパラータ三昧で、国庫金を多額に消費しているとご存知の上でそのようなことを仰っているのですか!」

「ああ、そうだ悪いか! そなたの言いたいことは分かるが、余はそういう不当行為が嫌いだと耳にタコが出来るほど言ったはずだ!」

「ええ、ベルナデッタは重々承知しております。我が主は――フラヴィオ様は、とても善良な国王陛下でございます。とてもとてもです」

 とベルが、「だからこそ」と再び胸を張る。

「このベルナデッタの悪徳行為が、フラヴィオ様の最大の財産であるカプリコルノ国を支えるのです!」

 ハナが「まあなぁ」と呟いた傍ら、フラヴィオが愕然としていった。

「なんっっっだ、その迷言は……!」

 ベルの頬が膨れ上がった。

「『善』だけで国が支えられると思わないでくださいまし!」

「うるさい、開き直るんじゃない! 今回のことで褒められることがあるとしたら、石材をタダで分捕らなかったことくらいだ!」

「タダって……フラヴィオ様は、ベルナデッタを何だとお思いなのですか! たしかに、タダでくださいと言えばワン・ジンはくれたでしょう。ですが、私は宰相でございますよ! カンクロ国は後にフラヴィオ様が頂くのですから、ある程度は立て直しておいていただかないと!」

「――って、そのためにかコラァァァ!」

 とフラヴィオが、お仕置きのつもりなのかベルをふかふかふわふわレットに向かって放り投げる。

 弧を描いて飛んで行った小さな身体は、雲のように柔らかいそこに落ちると、軽く跳ね上がった後に埋もれた。

 見るからに痛くないが、ハナが一応「大丈夫か?」と見てみた小さな顔は、反抗的な目をして無反省でいる。

 さも不機嫌そうな足取りでやって来たフラヴィオは、レットの傍らに立ち止まると、腰に両手を当てて眉を吊り上げた。

「良い加減にするのだ、ベル! このままではいずれ、民衆から天使ではなく悪魔と呼ばれるようになってしまうぞ! おっと、カプリコルノ国のためにやってるんだからそんなこと言われない、大丈夫などと思うなよ? 善良な人間の目には、そなたは悪に映るからな! 此度の『石材半値事件』が露見してみろ! そなたを賞賛する声が上がる一方で、不道徳だと非難する者たちも必ずいる! プリームラ貴族なんかはそれに託けて正義ぶり、そなたを宰相から引きずり下ろそうとしてくるだろう! それは余がさせないし、そなたに石やらゴミやら槍やら飛んで来たって余やフェーデ、ドルフが守ってみせるが、心に当たるものからは守ってやれないのだぞ!」

 ベルが小さく鼻を鳴らした。

「構いません」

「構え!」

 ベルが「ノ」と言い放った。

「善とされることは陛下が、悪とされることは宰相が。民衆の目に映るのはそれで良いのです。私自らが働いた悪事は当然として、フラヴィオ様が時たま判断を誤り犯してしまった失態も、すべて私がやらかしたことなのだと民衆の目を欺けられるようになったのなら好都合でございます」

「な…何を言っているのだ……」

 とフラヴィオの碧眼が動揺してしまう。

 もはや鉄壁を通り越して、鋼壁の心を持っている天使が続ける。

「此度のことは、傍から見ればたしかに私は不道徳でしょう、悪でしょう。それはしかと存じております。しかし『主と他人』や『主と自身』を天秤に掛けたとき、忠誠を誓った臣下に後者を選ぶ者などおりません。後者を選んだ者が居たならばそれは『不義』であり、それこそ『悪』というもの」

 ベルが「つまり」と語調を強くした。

「傍から私がどんなに極悪に見えようと、私は私の中で『正義』であり、『善』を生きております。故に、民衆から何を言われようと何をされようと、私は私の生き方を貫徹致します」

 フラヴィオが口を開きかけると、ベルが「異論は認めません」と言った。

 ぎらついて見えるほど強い輝きを放つ栗色の瞳が、碧眼を捕らえる。

 圧を掛けるように見つめられている内に、フラヴィオの吊り上がっていた眉が下がっていった。

「――…な…なんだ……」

 でも唇は尖っていく。

「どこまでもどこまでも、天使軍の問題児めっ……! 叱られたいのか……愛されたいのか、どっちなのだ?」

 そう問われたベルが、「ふふ」と笑った。

 今度は打って変わって、甘えた栗色の瞳がある。

「後者なのです」

 とベルが両手を伸ばしてフラヴィオを求めると、それは「まったくもう」とさも仕方なさそうに言って、猛烈に小さな唇に吸い付いていった。

 存在を忘れられたのか何なのか知らないが、このまま服を脱がし合いそうな2人を交互に見つめて狼狽したハナ。

「じゃあな!」と慌ててテレトラスポルトで舞踏室に戻っていった。

 そこには石材貿易の件について気になっている一同が待っていて、それらに注目されながら「うーん」と唸る。

「こりゃ……宰相ベルの勝ちかな。まぁ、フラビーの性格考えると半額は流石に難しいだろうけど、今までより3割引きで石材を仕入れられるようになるんじゃないか?」

 感嘆の声が上がった。

「流石ベルだな。俺は陛下にこっ酷く叱られて、駄目になると思っていたんだが」

 とアドルフォが言うと、アラブが「自分もです」と同意した。

「あたいもそう思ってたんだけどさぁ、フラビーが上手いこと丸め込まれたというか」

「ほなもう、石材の心配は無くなったんやな。アクアーリオとは一切の交流を断ち切るんやろ?」

 とマサムネが、ここに居ないフラヴィオの代わりにフェデリコに問うた。

 それが「そうなるかと」と答えた傍ら、タロウが口を開いた。

「ていうか、無理無理。さっき僕とナナ・ネネで町に行ったら、大変なことになってたよ。やっぱりティーナは、カプリコルノ国民が真に愛する天使だよね。今この国にアクアーリオ人が来たら、問答無用で火炙りにされる勢いだよ」

「だろうなぁ。あたいだってあの王太子は許せないし」

 と言った後に、ハナが「あと」ともうひとつ問う。

「今日の舞踏会で、リナルドとかの婚約の方は無事に決まったのか?」

 シャルロッテが「ええ」と満足そうな笑みを見せた。

「うちのマヤとリナルド、それからうちのエーベルとレンツォの婚約が決まったわ。リナルドもレンツォも、成人と共に結婚してうちの国に来てくれるのよ」

「へぇ、そうなのか。今年コラードもシャルロッテ陛下と結婚してサジッターリオ国に行くし、何より背景にはカプリコルノが付いてるし、強国になってくなぁ」

「あとムサシとビアンカちゃんの婚約も決まったんやで、ハナ」

 とアヤメが言うと、意外そうに「そうなのか」と言ったハナ。

「ところで」とアヤメの方を指差した。

 オルランドの膝の上に座り、さっきからいちゃ付いた様子なのだが、2人で何やら一枚の紙を見ている。

「それなんだ?」

 レオーネ国の地図だった。

「来月の新婚旅行で、どこへ行こうか話してたんだ」

 と、わくわくとした様子のオルランド。

「あ、そっか。ランドとアヤメ、新婚旅行はレオーネ国なんだっけ」

「まぁ、ウチはただの里帰りやけどなぁ」

「そうだけど、ランドと一緒なら新鮮だろ? それから、再来月に新婚旅行『もどき』をするフラビーとベルもレオーネ国で……」

 と、ハナの胸が突如痛みを上げた。

(そうだ……ベル18歳の誕生日まで、もう3ヶ月を切ってるんだ)

 ハナの様子を見ながら、フェデリコが問うた。

「兄上の後妻のメッゾサングエは、もう決まったのか……?」

「いや」と答えたマサムネに、一同の注目が集まった。

「候補を絞ったけど、まだ決まってへん。最後はベルに決めさせる」

「――なっ……なんでそういうことするんだよ!」

 とハナに突き飛ばされ、「おっと」とタロウに受け止められたマサムネが、真っ青になって怒号する。

「なんでて……! あのベルに認められへん女がフラビーの妻やってけるか、どあほう!」

「ん? 言われてみれば王妃だから殺されはしないものの、下手すりゃ妻歴1日で恐怖死するかな」

「洒落にならんわ!」

 ベラドンナが「ねぇ」と口を挟んだ。

「その候補の中にルフィーナさん居るの?」

「うん。やっぱルフィーナは外せんかった」

 舞踏会の片付けをしている使用人たちの手が止まった。

 ふと、空気が緊張を孕む。

「なんやねん」とマサムネが、使用人たちの顔を見回した。

「ルフィーナが次の王妃やったらあかんのかいな」

 とマサムネが少し喧嘩腰の口調になると、アラブが周りを気にしながら小声になった。

「マサムネ殿下、ルフィーナはこの宮廷でそれなりのことをしてしまいましたから」

「お前が防衛戦で大活躍して汚名返上したんちゃうん」

「流石に皆までは無理です」

「まぁ、そやろな。けど、やっぱルフィーナは外せんわ。それにワイは、ベルがルフィーナを選ぶような気がする」

 とマサムネが使用人たちを見回して「せやから」と続ける。

「そんときゃ、ええな? おまえらが敬愛する宰相閣下が選んだ女なんやから。ええな?」

 それらは困惑顔で顔を見合わせた後、小さな「スィー」の返事をして舞踏室の片付けに戻って行った。

(良かった。ルフィーナが王妃になったとしても大丈夫そうだ)

 とアラブがほっとしたのは、本当に短い束の間だった。

 さっきの「スィー」の返事から数秒後には囁かれ始めた妹の悪口。

 あちこちに表れる、苦虫を噛み潰したような顔。

 アラブの顔に、不安の色が浮かんでいった。


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