酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第37話ー1 前進

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 ――カプリコルノ国。

 1491年9月9日――7番目の天使ベル18歳の誕生日。

 宰相でもある主役の本人は、自身は王族では無いからと王都オルキデーアで誕生日パレードパラータを開催しないため、朝から晩まで宮廷で祝宴となった。

 祝宴会場となった4階にある王侯貴族専用の食堂と、4階の階段脇にあるベルの部屋の中は派手過ぎるくらい華やかに飾り付けられ、どちらの床にもプレゼントレガーロの山が出来ていた。

「皆様にお気遣いいただいてる感が半端ですねぇ」

 時刻は23時45分。

 3時間前から祝宴を抜け出してフラヴィオと自室にいたベルが、裸のフラヴィオに寝間着を着せ付けながら苦笑した。

「皆、敬愛しているそなたを喜ばせようと、笑わせようと必死だったのだ」

「それは嬉しいのですが……この量、どう致しましょう。物にもよりますが、食堂にも山になっていますし、私の部屋に入りきらないような」

「大丈夫だ、アモーレ。ほら、見てみろ。添えられている手紙には、ほぼ『転売可』だと書かれている。皆よく分かっているな、そなたのことを」

「なんと……ほぼすべて国庫金に変えてしまってもよろしいとは」

 と少しのあいだ恍惚としたベルが、「でも」と続けた。

「私はこんなにお気遣いいただかなくても、本当に大丈夫でしたのに」

 フラヴィオがその小さな顔を包み込んだ。

 ついさっきまでレットの中でもしていたが、また愛を込めてバーチョをする。

 その後、フラヴィオがこう問うてきた。

「明日は何時に起きるのだ? 5時から朝の厨房を手伝いにいくのか?」

「スィー。明日の朝はパラータの準備もあって使用人は忙しいですから」

「では、余はそなたが起きる前に――4時半頃に、そなたのレットに侵入することにする。そしてそなたは余の腕の中で目を覚ますのだ。これからずっと、毎日だ」

 ベルが「スィー」と返事をしながら、フラヴィオの左手を取った。

 反射的に引っ込められたそれを引っ張り戻し、その薬指から金の指輪を抜き取る。

 自身の左手薬指からも金の指輪を抜き取ると、ベルは机の方へと向かっていった。引き出しの中から一本のリボンナストロを取り出し、2つの指輪の穴に通して蝶結びにする。

 フラヴィオがベルに寄っていって、それを手に取った。

「このナストロ、捨てずに取っておいたのか」

 フラヴィオがこの金の指輪をベルに贈ったとき、鈴蘭のブーケと一緒に巻き付けていたナストロだった。

 ベルは「スィー」と返事をすると、フラヴィオの掌の中の2つの金の指輪を見つめた。

 ベルの小さな指輪は、フラヴィオの指輪の中にすっぽりと入っている。

 この指輪を嵌めてから5ヶ月間のあいだにも、細かな傷――思い出が刻み込まれていた。

「こっちは外しては駄目だぞ」

 こっち――ベルの左手薬指にもうひとつ輝いている、ライラックリッラ色のオルキデーア石の指輪。

 フラヴィオはベルの「スィー」の返事を確認した後、その手を引っ張って部屋を後にした。

「この2つの指輪は、鍵付きの宝石箱にしまっておこう」

 と、共に3階の衣裳部屋へと向かう。

 衣裳部屋は男女別になっているが、たくさん宝石箱のある女子用の方へと入っていく。

 それらの中にある宝石を整理して、小さなものをひとつ空けると、その中にナストロで結んだ2つの指輪を入れた。

 少しのあいだ2人で感慨深く指輪を見つめた後、そっと蓋を閉じて鍵を閉めた。

 その鍵は、フラヴィオが手に握り締める。

「これは余が大切に持っておく。必ず来るその時に、余がこの宝石箱を開けにくる」

「スィー。いつになっても構いません。ベルナデッタは永遠に待っています」

 とバーチョを交わして、手を繋いで4階へと戻る。

 ベルの部屋の前を通り越して、国王の寝室の前に辿り着くと23時59分だった。

「では、おやすみなさいませフラヴィオ様」

「うむ、おやすみアモーレ」

『おやすみのバーチョ』は1分間。

 日付が10日に変わって0時になると、国王の寝室前に居た2人の衛兵が気まずそうに顔を見合わせて、頑丈な両扉を開けていった。

 すると中から――フラヴィオの背の方から、心苦しさの滲んだ女の声が聞こえてくる。

「すみません、ベルさん……陛下をお借りします」

 新王妃――9番目の天使ルフィーナだ。

 ベルが唇を離し、フラヴィオの身体の向きを180度変え、その背を両手で押して中に押し込む。

 扉が閉められる寸前、振り返ったフラヴィオの碧眼に映ったのは、幸福の微笑だった。

 ベルが先日言ってくれた言葉を脳裏で繰り返す――

「――私のことは、何も心配する必要はございません。だから何ひとつ恐れず、使命に向かって歩み出してください。しつこいようですが、本当に大丈夫ですから。だって」

 と、本当に幸福そうにベルは笑ったのだ。

「7番目の天使ベルナデッタは、この世で一番幸せな女性なのです」

 目を閉じて、安堵の溜め息を吐く。

(……よし)

 と意を決し、ルフィーナの方へと振り振り返った。

 それは2mほど前方で、白のワンピースアービト型の寝間着を着て俯いていた。フラヴィオよりも先に口を開く。

「ベルさんは、本当に大丈夫なのでしょうかっ……」

「ああ。余とベルはこれからも変わらない。ああいや……か、変わらなくて済まんって言うべきか……」

 ルフィーナがフラヴィオの顔を見て「いいえ」と首を横に振った。

「謝らないでください。わたしは、ベルさんには敵わないと分かっていて王妃になることを望んだんです。今のわたしがベルさんにしたいことは、大切な兄の命を救ってくれた恩に対するお礼ですし……っていうかもう、わたしは宰相閣下には一生頭が上がりません」

「それは奇遇だな。余も頭が上がらない。余は宰相閣下と喧嘩はするが、頭は上がらない。ああ、なんかそなたとは上手くやっていける気がする……」

「そうですね、ある意味……」

 と2人で額に滲み出た汗を手で拭うと、フラヴィオが「ところで」と確認する。

「余の後妻になっても、本当に良かったのだな?」

 ルフィーナが「スィー」と返事をした。

「民衆から当然のこと余も責められるが、そなたは余とは比較にはならないほどの誹謗中傷・罵詈雑言を浴びることになるのだぞ。明日の――あ、もう今日か。今日の結婚パラータでは、石やゴミなども飛んで来るだろう。そなたは9番目の天使だから、馬車で隣に座っている余や、護衛のフェーデ・ドルフが必ず守るが、心に当たるものからは守ってやれぬ。また余やベル、家政婦長・執事がどんなに注意をしても、宮廷内で嫌がらせをされることは避けられないだろう」

 ルフィーナがまた「スィー」と言った。

「すべて覚悟の上です。わたしには前科もあるのですから、たとえメッゾサングエでなく人間だったとしても、責められるのも嫌がらせされるのも仕方のないことですし。辛くないと言ったら嘘になりますが、わたしは必ずカプリコルノ国を救ってみせます。絶対に500年前のレオーネ国のようにはしません」

 ルフィーナの澄んだとても強い若草色の瞳を見つめながら、フラヴィオが「そうか」と安堵した。

「ありがとう。そなたは我が国の救世主だ。でも、無理をし過ぎることは許さない。辛くなったら必ず余に打ち明けるのだ。何でもかんでも吐き出すのだ。余は必ずそなたの支えになる」

「スィー。ありがとうございます、陛下」

 とルフィーナが笑顔を見せた。

 フラヴィオはその両肩を持ち、大きなレットの方へと向きを変えさせると、背を優しく押してそちらへと向かっていった。

「あ、そういえば婚約指輪のオルキデーア石はピンクローザで良かったな?」

「スィー、ありがとうございます。覚えていてくれたんですね」

「ローザなら数が多いから時間掛からずに採って来られると思う。上質なものなのは当然として、大粒が良いか?」

「いえ、使用人のお仕事もされる宰相閣下のお手伝いをしたいですし、宰相閣下にお茶も淹れたいですし、邪魔にならない程度の大きさのもので」

「分かった」

 フラヴィオはレットの右側から、ルフィーナは左側から中へと入っていく。

「では、えーと……」

 とフラヴィオがルフィーナへと手を伸ばすと、ぱちんと叩き落された。

「あイテ」

「そんな義務的にしてくれようとしなくて良いんですよ。いえ、実際義務なのは分かっていますが……嬉しくないです。マサムネ殿下あたりは早く子を作れってうるさいでしょうけど、メッゾサングエの子は人間同士の子よりも早く生まれるものですから、そんなに焦らずとも大丈夫です」

「ああそう」

 と、フラヴィオがどこか安堵した様子で、ルフィーナから3人分の距離を開けて仰臥する。

「タロウとナナ・ネネ――純ガット同士の子は、3ヶ月で生まれていたな。メッゾサングエの場合はどうなるんだ? そなたは三分の一がガットで、余が人間だから、生まれてくる子は四分の一のメッゾサングエになるわけだが」

「メッゾサングエの場合、バラつきがあるので何とも言えませんね。わたしは半年で生まれましたが、兄は4ヶ月で生まれたって母が言ってましたから」

「へえ、そうなのか」

「それで思い出しましたけど、村天使パオラさんがいつお産に入ってもおかしくない時期に入りましたね」

「ああ、そうなんだ。余は心配で溜まらん」

「宮廷で出産するんですよね? ハナさんやナナさん・ネネさんが来ていなくても大丈夫です。わたしがお産に付き合って、治癒魔法の担当になりますから」

「そうだ、そうだった。これからはそなたがいつもいるんだった、ありがたい」

「ちなみに陛下って、隠し子――庶子は何人いるんです?」

「うん? いや、たぶん居ないと思うのだが……」

「怪しいですね。30人は居そう。おやすみなさい」

「うむ、おやすみ」

 と、2人同時に瞼を閉じた――

 ――その頃。


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