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第40話ー3
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「ありがとうございます」
とルフィーナとベラドンナが宮廷の北門を潜ると、そこは庭になっていた。
まるで大自然の中にいるみたいで、見たことの無い樹木や花々で溢れ返り、異国の美しい瓦屋根の建造物があった。
「なぁに、コレ……! ワタシ住みたいわ、ここ」
「凄い建築技術ですねー」
と2人が思わず見惚れていると、2人の人間の女官が小走りで目前にやって来た。
その場で足踏みをしながら顔を見合わせ、小声で相談する。
「ああ、どうしましょう。どこのお部屋にご案内すればっ……陛下の寝殿?」
「駄目よ、王太后陛下に一番見つかりやすいわ。今は東西のお部屋がガラガラなんだし、そこのどこかにご案内しましょう」
ルフィーナが「あの」と口を挟んだ。
「東西の部屋がガラガラって……どういうことでしょうか」
「この王都ロートは南北を直線で結ぶと10kmほどの距離があり、その中軸線の上に重要な建築物が建てられているのですが」
「わたしたちが今立っているところは、その中軸線上ですか?」
「そうです。ここを南に真っ直ぐに行くと、まず王妃陛下の寝殿があり、さらに真っ直ぐに行くと陛下の寝殿があります。さらに後宮を出て真っ直ぐに進むと、ロート殿などがあります。ロート殿とは陛下が政を行われる場所でもあり、陛下のご即位やお誕生日、結婚式などの祝賀の儀式などが行われるところでもあります」
ルフィーナが「なるほど」と言うと、女官が話を戻した。
「それで、この後宮の東西にあるお部屋ですが、先王ワン・ファン陛下の時代はすべて埋まっていました。陛下の側室様のお部屋になっているからです。しかし、現在のワン・ジン陛下はご結婚自体がまだで……」
「ワン・ジン陛下のご即位と共に、先王ワン・ファン陛下の側室は後宮から出て行かれたんですか?」
「いいえ、その、王太后陛下が……」
女官2人の顔が蒼褪めていった。
「王太后陛下は人間の女性がお嫌いなのです。お客様が王太后陛下に見つかったらと思うと……!」
「大丈夫です。わたしの方は人間ではなくメッゾサングエで、わたしたちにはバッリエーラが10枚掛かっていますから」
女官2人が「そうですか」と安堵したのが分かった。
「ところで、わたしたちが王太后陛下に見つかった場合、あなた方が案内人になったとバレたらまずいのでは?」
「はい」
と女官たちの声が震えた。
「では、案内は結構です。テレトラスポルトがありますし、東西のお部屋のいずれかで陛下を待っています。お帰りが遅いようでしたら、そのうち帰りますが」
「分かりました。あっ、西側の陛下の寝殿に一番近いお部屋――南側から見て、一番手前のお部屋は、王太后陛下のお部屋となっています。王太后陛下は現在ロート殿に向かわれておりますが、いつお帰りになるかも分かりませんのでお気を付けください」
ルフィーナは「はい」と承知するなり、ベラドンナを連れてその場からテレトラスポルトした。
東西の部屋を回るのは後にして、まずはマサムネが言っていた通り見ておきたい王妃の寝殿の前へとやって来る。
当然だがここにも衛兵たちがいて、思わずギクッとしてしまった2人だったが、もうこの後宮の中には噂が広まっているようだった。
「ほ、本当に絶世の美女が陛下を訪ねて来たぞ! しかも人間だ! なんと王妃陛下に相応しい!」
「おお、天の助け……! これで人間の女たちが滅ぼされずに済むぞ!」
「でも王太后陛下はお許しになるのか?」
「陛下でさえも王太后陛下には大きく出れないし、分からない。とりあえず全力で彼女たちを守ろう。王太后陛下の姿が見えたら、すぐに彼女たちを逃がすんだ」
ベラドンナが王妃の寝殿を指差して「いい?」と問うと、快く通された。
王妃の部屋に相応しく、広いそこには天蓋付きの豪奢な牀や調度品などが置かれている。
ベルの姿はなく、またすべてが整った状態になっていて、ついさっきまで誰かがいたというような雰囲気もなかった。
「ワタシやっぱりここに住みたいわ」
とベラドンナが素で――カプリコルノ語で呟くと、付き添っている衛兵が「あれ?」とベラドンナを見た。
「アクアーリオご出身だとお聞きしましたが、カプリコルノでしたか? そうだと思いました」
「あ、ううん」
とベラドンナが慌ててアクアーリオ語になると、ルフィーナがカンクロ語で続けた。
「彼女はアクアーリオ人です。アクアーリオ・カプリコルノ・サジッターリオの三国は、互いの国の言葉をよく使うんです。わたしはテレトラスポルト商人ですので、世界中の言葉を話すことが出来ますが」
「なるほど、そうですか」
「ところでどうして『そうだと思いました』? それによくカプリコルノ語だって分かりましたね」
衛兵がその理由をこう話す。
「以前、陛下から宮廷の中の者に、カプリコルノ語の勉強を始めるよう指令が出されたからです」
「それはカプリコルノ遠征の前の話ですか、後の話ですか?」
「後の話です。金の腕輪を持った人間の女性の話もありましたし、てっきりカプリコルノ人の女性を王妃陛下にお迎えになるのかと」
とりあえずルフィーナが、ベラドンナにそのことを伝えた。
するとベラドンナが、カプリコルノ語になって衛兵に問う。
「あのときワタシがカプリコルノ語だったから陛下はそう思ったのかもね。陛下は他に何かワタシのこと言ってなかった?」
「いえ、特には。あまり多くを語ると、酷く人間の女性嫌いな王太后陛下の耳に入ってしまうからかと。あ、でも……」
と、話をしていた衛兵が、別の衛兵の顔を見る。
それはカーネ・ロッソの衛兵で、とても賢いのか流暢にカプリコルノ語を話してみせた。
「自分はここの王妃陛下の寝殿の警備の他に、週に一度だけではありますが、もうひとつ担当している部屋があります。それは南側から見て、東の一番奥の部屋です」
ベラドンナとルフィーナの「え?」が揃った。
「さっき女官から、東西の部屋――側室の部屋は今は使われてないみたいなこと聞いたけど」
「王太后陛下の部屋が、南から見て西側の一番手前にあるとは聞きましたが」
「はい。東西の部屋に住んでいるのは、現在は王太后陛下だけになっています」
とカーネ・ロッソの衛兵。
嘘を言っているようには見えなく、東西の部屋にもベルは居ないと思って良さそうだった。
「じゃあ、何? その東の一番奥の部屋にも誰も住んでないのよね?」
「はい。ですが、東の一番奥の部屋には陛下が……」
とここで言葉を切ったカーネ・ロッソの衛兵が、「案内します」と言って両手を差し出した。
テレトラスポルトするのだと分かり、差し出された両手を2人が片方ずつ掴むと、次の刹那には別の場所へと飛んでいる。
そこは今話していた通り、南から見て東の一番奥の部屋だと分かる。
そこにもカーネ・ロッソの衛兵が一匹いた。
それはベラドンナを見るなり「あっ」とお辞儀したが、すぐに顔を上げてその姿を確認した。
何か物言いたげだったが、案内してくれたカーネ・ロッソの衛兵が「どうぞ」と2人を部屋の中へと連れて行く。
どことなく衣装用の箪笥だと分かるものが、たくさん並べられていた。
衛兵が箪笥の観音開きになっている戸や、引き出しを開けていくと、華やかな衣装や装飾品がびっしりと詰まっていた。
「あーら、凄い」
とベラドンナの目が真ん丸になると、衛兵が笑顔でこう言った。
「陛下は王太后陛下に内緒で、これらすべてを王妃陛下になる女性のために用意されていたのです。あ、いえ、陛下の口から直接聞いたわけでは無いのですが。でも、訊かずとも分かります」
一方で、この部屋の前で衛兵を務めていたカーネ・ロッソが、ベラドンナを不審そうに見つめていた。
「あノ……例の金の腕輪を見せテもらってもいいデスカ?」
ベラドンナがそれを手渡すと、その衛兵は金の腕輪をじっくり見つめた後、またベラドンナの姿を凝視した。
案内してくれた衛兵が、「失礼だろ」と小声で言いながら小突く。
それは「でも……」と呟くと、衣装箪笥の中から一着の上衣を取り出した。ベラドンナの背後に回り、「どうぞ」と上衣の前を開いて広げる。
「あら、いいの?」
とベラドンナが喜々として袖に腕を通すと、明らかに短く、手首が丸出しになった。
また、衣装の前を閉じてみるが、まるで胸元を覆い切れそうにない。
「あれ? これ子供用じゃないの?」
不審そうにしていた衛兵の顔が、急激に強張っていく。
「昨夜、陛下が持っテ行かレた衣装はドウされまシた」
ルフィーナの若草色の瞳が動揺する。
それは昨夜ワン・ジンが帰ってきたという意味だった。
「ごめん、カプリコルノ語で言ってくれる?」
「あなた、王妃陛下にナル人じゃナイ」
と、衛兵が剥ぎ取るようにベラドンナから上衣を脱がした。
案内してくれた衛兵が「ええ?」と驚く。
「じゃあ、陛下は側室を先に選ばれたのか」
「たぶン違う、不審者だ!」
「なんだって!」
そのとき、ひとりの女官が駆け込んできた。
「お客様、お帰りを! 王太后陛下がロート殿からお戻りになったとのことです! 外朝からこんなに早くお戻りなったということは、陛下がお帰りになられたと言うことなのでしょうがっ……」
「待て、逃がさんゾ!」
衛兵の手に掴まる寸前、ルフィーナがテレトラスポルトした。
王都ロートの外で待っているフラヴィオたちの下へと移動し、まともな会話をする前にテンテンと力を合わせてレオーネ国の宮廷前に退散する。
そこではマサムネの猫4匹が待っていた。
「居たか!?」
と複数被った問いに、ベラドンナが首を横に振る。
「王妃の寝殿を見たけど居なかったし、側室の部屋にもいないみたい。ていうか、ワン・ジン自体が昨日出掛けたまま帰って来てないって」
「いいえ」とルフィーナがすかさず続けた。
「わたしはカンクロ語を聞き取れます。ひとりだけ昨日ワン・ジンが帰ってきたと言いました。あと、つい先ほどワン・ジンが外朝に現れたみたいだと女官が言ってました」
ベラドンナが「そうなの!?」と驚いた。
「昨日帰ってきたって言ったのってどれ? 最後に会った衛兵のカーネ・ロッソ?」
ルフィーナが頷く。
「あのカーネ・ロッソの衛兵曰く、ワン・ジンは昨夜あの衣装部屋みたいなところから衣装を持って行ったようなんです。あの部屋にあった衣装は、ワン・ジンが王妃となる女性のために用意したものらしいんですが、ベラドンナさんには明らかに小さく、またわたしが袖を通していたとしても小さかったように思います」
「そうね。子供用かと思ったもの、ワタシ。もうティーナにも小さいと思うわ。あれがちょうど良いとしたら、ワタシたちの思い当たるところだとベルくらいしか」
「そうです、わたしもそうとしか思えません。だからわたしは改めて確信したんです」
とルフィーナが、不安心で一杯だろうフラヴィオの両手を握り締めた。
「良いですか、陛下。ベルさんは、やはり生きています。宮廷ではないどこかの場所で、生きています。王太后の人間の女性嫌いはどうやら噂通りみたいですから、ワン・ジンがベルさんを安全な場所に匿っている状態なんだと思います。ベルさんは、絶対に生きています」
「――…そうか……」
とフラヴィオの声が震えた。
「分かった。ルフィーナ、ベラ、危険を冒してまでありがとう」
ルフィーナが「ノ」と微笑すると、ベラドンナが「そうよ」と続く。
「ワタシたちは当然のことをしたまでだし、それにすっごく楽しかったわ。もう、大国の宮廷って最高! ワタシもカンクロ国欲しくなっちゃったわ」
と言葉通り楽しかったらしく、はしゃいだ様子で言ったベラドンナが「ベルじゃないけど」と付け加えると、一同に刹那の硬直が訪れた。
急激に不穏な空気が流れ始める。
「ちょ、ちょっと待てよ。ま、まさかあの天使軍の悪徳問題児宰相……これを機に、余にカンクロの玉璽を持って帰ってくる気なんじゃ……」
「ま、まさかそんな兄上、ベルひとりでそんなことは……」
「い、いや大公閣下よ、それは逆に言えば、ベルを止める者がいないってことじゃないのか?」
「さ、3人とも落ち着いてくださいよ。いくら何でもベルさんだって、そんな薄氷を踏むようなことはっ……!」
そんな会話を遮るように、こほん、と咳払いをしたハナが一同の注目を集めた。
「いいか、皆。ベルの親友のあたいが断言してやる……ベルは、あくまでもそういう女だぞ!」
大衝撃が走った一同の中、マサムネが怒号のような声をレオーネの宮廷中に響き渡らせていった。
「密偵、来い! 密偵! こら、密偵! はよせぇ、ヴォケェェェッ!」
大慌てで密偵たち――ガットとそのメッゾサングエ――がテレトラスポルトで出没する。本日休日だった者もいて、寝癖や目ヤニなどがくっ付いている。
「おまえらカンクロの地図持って、今すぐカンクロの離宮をすべて見つけ出して来い! ひとつ残らず死ぬ気ですべて見つけて、ベルを探して来い! ベルはメソメソ泣いておとなしく助けを待つような女ちゃうから、離宮の庭園で狼煙とか上げてるかもしれん! 合図を見逃すな!」
とマサムネが密偵たちに指令を出している傍ら、アドルフォが「ところで」と妻ベラドンナの顔を見た。
「金の腕輪はどうした?」
刹那の間の後、ベラドンナとルフィーナが「あっ!」と声を上げた。
「置いて来ちゃった!」
とルフィーナとベラドンナが宮廷の北門を潜ると、そこは庭になっていた。
まるで大自然の中にいるみたいで、見たことの無い樹木や花々で溢れ返り、異国の美しい瓦屋根の建造物があった。
「なぁに、コレ……! ワタシ住みたいわ、ここ」
「凄い建築技術ですねー」
と2人が思わず見惚れていると、2人の人間の女官が小走りで目前にやって来た。
その場で足踏みをしながら顔を見合わせ、小声で相談する。
「ああ、どうしましょう。どこのお部屋にご案内すればっ……陛下の寝殿?」
「駄目よ、王太后陛下に一番見つかりやすいわ。今は東西のお部屋がガラガラなんだし、そこのどこかにご案内しましょう」
ルフィーナが「あの」と口を挟んだ。
「東西の部屋がガラガラって……どういうことでしょうか」
「この王都ロートは南北を直線で結ぶと10kmほどの距離があり、その中軸線の上に重要な建築物が建てられているのですが」
「わたしたちが今立っているところは、その中軸線上ですか?」
「そうです。ここを南に真っ直ぐに行くと、まず王妃陛下の寝殿があり、さらに真っ直ぐに行くと陛下の寝殿があります。さらに後宮を出て真っ直ぐに進むと、ロート殿などがあります。ロート殿とは陛下が政を行われる場所でもあり、陛下のご即位やお誕生日、結婚式などの祝賀の儀式などが行われるところでもあります」
ルフィーナが「なるほど」と言うと、女官が話を戻した。
「それで、この後宮の東西にあるお部屋ですが、先王ワン・ファン陛下の時代はすべて埋まっていました。陛下の側室様のお部屋になっているからです。しかし、現在のワン・ジン陛下はご結婚自体がまだで……」
「ワン・ジン陛下のご即位と共に、先王ワン・ファン陛下の側室は後宮から出て行かれたんですか?」
「いいえ、その、王太后陛下が……」
女官2人の顔が蒼褪めていった。
「王太后陛下は人間の女性がお嫌いなのです。お客様が王太后陛下に見つかったらと思うと……!」
「大丈夫です。わたしの方は人間ではなくメッゾサングエで、わたしたちにはバッリエーラが10枚掛かっていますから」
女官2人が「そうですか」と安堵したのが分かった。
「ところで、わたしたちが王太后陛下に見つかった場合、あなた方が案内人になったとバレたらまずいのでは?」
「はい」
と女官たちの声が震えた。
「では、案内は結構です。テレトラスポルトがありますし、東西のお部屋のいずれかで陛下を待っています。お帰りが遅いようでしたら、そのうち帰りますが」
「分かりました。あっ、西側の陛下の寝殿に一番近いお部屋――南側から見て、一番手前のお部屋は、王太后陛下のお部屋となっています。王太后陛下は現在ロート殿に向かわれておりますが、いつお帰りになるかも分かりませんのでお気を付けください」
ルフィーナは「はい」と承知するなり、ベラドンナを連れてその場からテレトラスポルトした。
東西の部屋を回るのは後にして、まずはマサムネが言っていた通り見ておきたい王妃の寝殿の前へとやって来る。
当然だがここにも衛兵たちがいて、思わずギクッとしてしまった2人だったが、もうこの後宮の中には噂が広まっているようだった。
「ほ、本当に絶世の美女が陛下を訪ねて来たぞ! しかも人間だ! なんと王妃陛下に相応しい!」
「おお、天の助け……! これで人間の女たちが滅ぼされずに済むぞ!」
「でも王太后陛下はお許しになるのか?」
「陛下でさえも王太后陛下には大きく出れないし、分からない。とりあえず全力で彼女たちを守ろう。王太后陛下の姿が見えたら、すぐに彼女たちを逃がすんだ」
ベラドンナが王妃の寝殿を指差して「いい?」と問うと、快く通された。
王妃の部屋に相応しく、広いそこには天蓋付きの豪奢な牀や調度品などが置かれている。
ベルの姿はなく、またすべてが整った状態になっていて、ついさっきまで誰かがいたというような雰囲気もなかった。
「ワタシやっぱりここに住みたいわ」
とベラドンナが素で――カプリコルノ語で呟くと、付き添っている衛兵が「あれ?」とベラドンナを見た。
「アクアーリオご出身だとお聞きしましたが、カプリコルノでしたか? そうだと思いました」
「あ、ううん」
とベラドンナが慌ててアクアーリオ語になると、ルフィーナがカンクロ語で続けた。
「彼女はアクアーリオ人です。アクアーリオ・カプリコルノ・サジッターリオの三国は、互いの国の言葉をよく使うんです。わたしはテレトラスポルト商人ですので、世界中の言葉を話すことが出来ますが」
「なるほど、そうですか」
「ところでどうして『そうだと思いました』? それによくカプリコルノ語だって分かりましたね」
衛兵がその理由をこう話す。
「以前、陛下から宮廷の中の者に、カプリコルノ語の勉強を始めるよう指令が出されたからです」
「それはカプリコルノ遠征の前の話ですか、後の話ですか?」
「後の話です。金の腕輪を持った人間の女性の話もありましたし、てっきりカプリコルノ人の女性を王妃陛下にお迎えになるのかと」
とりあえずルフィーナが、ベラドンナにそのことを伝えた。
するとベラドンナが、カプリコルノ語になって衛兵に問う。
「あのときワタシがカプリコルノ語だったから陛下はそう思ったのかもね。陛下は他に何かワタシのこと言ってなかった?」
「いえ、特には。あまり多くを語ると、酷く人間の女性嫌いな王太后陛下の耳に入ってしまうからかと。あ、でも……」
と、話をしていた衛兵が、別の衛兵の顔を見る。
それはカーネ・ロッソの衛兵で、とても賢いのか流暢にカプリコルノ語を話してみせた。
「自分はここの王妃陛下の寝殿の警備の他に、週に一度だけではありますが、もうひとつ担当している部屋があります。それは南側から見て、東の一番奥の部屋です」
ベラドンナとルフィーナの「え?」が揃った。
「さっき女官から、東西の部屋――側室の部屋は今は使われてないみたいなこと聞いたけど」
「王太后陛下の部屋が、南から見て西側の一番手前にあるとは聞きましたが」
「はい。東西の部屋に住んでいるのは、現在は王太后陛下だけになっています」
とカーネ・ロッソの衛兵。
嘘を言っているようには見えなく、東西の部屋にもベルは居ないと思って良さそうだった。
「じゃあ、何? その東の一番奥の部屋にも誰も住んでないのよね?」
「はい。ですが、東の一番奥の部屋には陛下が……」
とここで言葉を切ったカーネ・ロッソの衛兵が、「案内します」と言って両手を差し出した。
テレトラスポルトするのだと分かり、差し出された両手を2人が片方ずつ掴むと、次の刹那には別の場所へと飛んでいる。
そこは今話していた通り、南から見て東の一番奥の部屋だと分かる。
そこにもカーネ・ロッソの衛兵が一匹いた。
それはベラドンナを見るなり「あっ」とお辞儀したが、すぐに顔を上げてその姿を確認した。
何か物言いたげだったが、案内してくれたカーネ・ロッソの衛兵が「どうぞ」と2人を部屋の中へと連れて行く。
どことなく衣装用の箪笥だと分かるものが、たくさん並べられていた。
衛兵が箪笥の観音開きになっている戸や、引き出しを開けていくと、華やかな衣装や装飾品がびっしりと詰まっていた。
「あーら、凄い」
とベラドンナの目が真ん丸になると、衛兵が笑顔でこう言った。
「陛下は王太后陛下に内緒で、これらすべてを王妃陛下になる女性のために用意されていたのです。あ、いえ、陛下の口から直接聞いたわけでは無いのですが。でも、訊かずとも分かります」
一方で、この部屋の前で衛兵を務めていたカーネ・ロッソが、ベラドンナを不審そうに見つめていた。
「あノ……例の金の腕輪を見せテもらってもいいデスカ?」
ベラドンナがそれを手渡すと、その衛兵は金の腕輪をじっくり見つめた後、またベラドンナの姿を凝視した。
案内してくれた衛兵が、「失礼だろ」と小声で言いながら小突く。
それは「でも……」と呟くと、衣装箪笥の中から一着の上衣を取り出した。ベラドンナの背後に回り、「どうぞ」と上衣の前を開いて広げる。
「あら、いいの?」
とベラドンナが喜々として袖に腕を通すと、明らかに短く、手首が丸出しになった。
また、衣装の前を閉じてみるが、まるで胸元を覆い切れそうにない。
「あれ? これ子供用じゃないの?」
不審そうにしていた衛兵の顔が、急激に強張っていく。
「昨夜、陛下が持っテ行かレた衣装はドウされまシた」
ルフィーナの若草色の瞳が動揺する。
それは昨夜ワン・ジンが帰ってきたという意味だった。
「ごめん、カプリコルノ語で言ってくれる?」
「あなた、王妃陛下にナル人じゃナイ」
と、衛兵が剥ぎ取るようにベラドンナから上衣を脱がした。
案内してくれた衛兵が「ええ?」と驚く。
「じゃあ、陛下は側室を先に選ばれたのか」
「たぶン違う、不審者だ!」
「なんだって!」
そのとき、ひとりの女官が駆け込んできた。
「お客様、お帰りを! 王太后陛下がロート殿からお戻りになったとのことです! 外朝からこんなに早くお戻りなったということは、陛下がお帰りになられたと言うことなのでしょうがっ……」
「待て、逃がさんゾ!」
衛兵の手に掴まる寸前、ルフィーナがテレトラスポルトした。
王都ロートの外で待っているフラヴィオたちの下へと移動し、まともな会話をする前にテンテンと力を合わせてレオーネ国の宮廷前に退散する。
そこではマサムネの猫4匹が待っていた。
「居たか!?」
と複数被った問いに、ベラドンナが首を横に振る。
「王妃の寝殿を見たけど居なかったし、側室の部屋にもいないみたい。ていうか、ワン・ジン自体が昨日出掛けたまま帰って来てないって」
「いいえ」とルフィーナがすかさず続けた。
「わたしはカンクロ語を聞き取れます。ひとりだけ昨日ワン・ジンが帰ってきたと言いました。あと、つい先ほどワン・ジンが外朝に現れたみたいだと女官が言ってました」
ベラドンナが「そうなの!?」と驚いた。
「昨日帰ってきたって言ったのってどれ? 最後に会った衛兵のカーネ・ロッソ?」
ルフィーナが頷く。
「あのカーネ・ロッソの衛兵曰く、ワン・ジンは昨夜あの衣装部屋みたいなところから衣装を持って行ったようなんです。あの部屋にあった衣装は、ワン・ジンが王妃となる女性のために用意したものらしいんですが、ベラドンナさんには明らかに小さく、またわたしが袖を通していたとしても小さかったように思います」
「そうね。子供用かと思ったもの、ワタシ。もうティーナにも小さいと思うわ。あれがちょうど良いとしたら、ワタシたちの思い当たるところだとベルくらいしか」
「そうです、わたしもそうとしか思えません。だからわたしは改めて確信したんです」
とルフィーナが、不安心で一杯だろうフラヴィオの両手を握り締めた。
「良いですか、陛下。ベルさんは、やはり生きています。宮廷ではないどこかの場所で、生きています。王太后の人間の女性嫌いはどうやら噂通りみたいですから、ワン・ジンがベルさんを安全な場所に匿っている状態なんだと思います。ベルさんは、絶対に生きています」
「――…そうか……」
とフラヴィオの声が震えた。
「分かった。ルフィーナ、ベラ、危険を冒してまでありがとう」
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「ワタシたちは当然のことをしたまでだし、それにすっごく楽しかったわ。もう、大国の宮廷って最高! ワタシもカンクロ国欲しくなっちゃったわ」
と言葉通り楽しかったらしく、はしゃいだ様子で言ったベラドンナが「ベルじゃないけど」と付け加えると、一同に刹那の硬直が訪れた。
急激に不穏な空気が流れ始める。
「ちょ、ちょっと待てよ。ま、まさかあの天使軍の悪徳問題児宰相……これを機に、余にカンクロの玉璽を持って帰ってくる気なんじゃ……」
「ま、まさかそんな兄上、ベルひとりでそんなことは……」
「い、いや大公閣下よ、それは逆に言えば、ベルを止める者がいないってことじゃないのか?」
「さ、3人とも落ち着いてくださいよ。いくら何でもベルさんだって、そんな薄氷を踏むようなことはっ……!」
そんな会話を遮るように、こほん、と咳払いをしたハナが一同の注目を集めた。
「いいか、皆。ベルの親友のあたいが断言してやる……ベルは、あくまでもそういう女だぞ!」
大衝撃が走った一同の中、マサムネが怒号のような声をレオーネの宮廷中に響き渡らせていった。
「密偵、来い! 密偵! こら、密偵! はよせぇ、ヴォケェェェッ!」
大慌てで密偵たち――ガットとそのメッゾサングエ――がテレトラスポルトで出没する。本日休日だった者もいて、寝癖や目ヤニなどがくっ付いている。
「おまえらカンクロの地図持って、今すぐカンクロの離宮をすべて見つけ出して来い! ひとつ残らず死ぬ気ですべて見つけて、ベルを探して来い! ベルはメソメソ泣いておとなしく助けを待つような女ちゃうから、離宮の庭園で狼煙とか上げてるかもしれん! 合図を見逃すな!」
とマサムネが密偵たちに指令を出している傍ら、アドルフォが「ところで」と妻ベラドンナの顔を見た。
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生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
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───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
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ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
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一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
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