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第42話ー3
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――3月のカプリコルノ国。
時刻は午前5時半過ぎ。
「なぁ、タロウ……やっぱり今日もベル見つからんのやろか」
「……何、マサムネ?」
宮廷オルキデーア城の階段を上っていたレオーネ国王太子マサムネとその猫タロウの足が、3階と4階のあいだの踊り場で止まる。
「おまえも皆も、おかしいって思ってるやろ? こんなに必死になってカンクロの町や村を探しとるのに、まーだ見つからん。秋が終わって、冬も終わってもうたで」
「だから何が言いたいの?」
「もしかしたら、ベル……王太后に見つかって、殺され――」
「止めなよ」
タロウが声高にマサムネの言葉を遮った。
「ベルは生きてるよ」
「ワイやってそう思いたいけど、ベルからの合図も何も見つからん。おかしいやん」
「ベルが僕らに合図すら出せない状況にいるのかもしれないじゃないか」
「そうかもしれんけど……」
再び足を動かし、4階へと上って行く。
階段脇にある部屋――ベルの部屋に入っていった。
机の椅子には次にベルの捜索に向かうアラブが着いていて、レットにはベルが失踪してからずっとそうであるように、本日もフラヴィオが眠っている。
でもそれは、いつも仮眠だった。
扉を開ける音で瞼が開き、目の下にはクマが出来ている。
「…おまえたちか……」
と掠れた声で呟くと、フラヴィオがまた目を閉じた。
只今ベルの捜索に行っているオルランドとテンテンの2人が帰ったのだと思ったのだろう。
レオーネ国同様に黒髪の多いカンクロ国では、落ち着いた茶色の髪と瞳をしているオルランドと、純血カーネ・ロッソのテンテンの組み合わせが一番怪しまれず、長く捜索することが出来た。
「フラビーおまえ、いい加減に自分の部屋で寝ろや。いくらなんでも王妃を放置しすぎやで」
「そういうつもりは無いのだが」
「はよメッゾサングエの子供作る義務を果たしや。コニッリョを仲間にするのはまだ時間掛かるし、魔法使いが足りてへんのやから。義務言うても、おまえ子供も好きやし、出来たら嬉しいやろ? きっとかわええでー、ルフィーナの子は!」
フラヴィオの目が再び開き、タロウが眉を顰め、ルフィーナの兄アラブの顔に焦りが浮かぶ。
なんで今そんなことを言うのかと、3人の目が問うていた。
フラヴィオがゆっくりと身体を起こす。
「そうか、ムネ……もう密偵を貸してはくれないか」
「そ、そうは言ってへんよ。ベルはずっと探し続けるで」
「余はルフィーナを放置しているわけでも、メッゾサングエを作る義務を忘れているわけでもない。でも、ルフィーナがいるのだし、いい加減にベルを忘れろと言われたように聞こえた」
マサムネの「言ってへんよ」の言葉が返ってくるまでには、数秒の間があった。
「言ったのだな」
「言ってへん」
「言っただろう」
「言ってへん」
そのやりとりは数回繰り返されていくうちに、怒声へと変わっていく。
「言っただろう!」
「ああ、言ったわドアホ! せやけど、ほんまにベルのことは探し続ける! おまえが希望を失って、死んでしまわんように!」
「そうか、感謝する! しかし余はもう、言われた気分だ! ベルはもうこの世にいないのだと、告げられた気分だ! ベルはもう死んだのだから、いくら探しても無駄なのだと言われた気分だ!」
と、激昂するフラヴィオの傍にアラブとタロウが寄り、必死に宥めていると、戸口から「父上!」とオルランドの声が割り込んできた。
「大丈夫です、落ち着いてください! ベルは生きています! 私とテンテンはそう断言します!」
テンテンと、送迎係のハナの姿もある。
ハナのテレトラスポルトで、3人がレット脇に移動してきた。
「私とテンテンの組み合わせはあまり怪しまれないので、色々な町と村を捜索して来ました。やはりベルは見つけられませんでしたが、あちこちでこんな噂を聞きました――」
「最近になって善良になったワン・ジン陛下には、カプリコルノから来た天女のような王妃陛下がいるらしい。王妃陛下が、カンクロ国を支えてくれているらしい」
と、テンテンが続くと、正直ベルは死んだと思っていたマサムネが「ほんまか!」と仰天した。
大きく頷いたハナが、興奮した様子で「ベルだよ!」と言った。
「絶対ベルだよ、フラビー! ベル以外に考えられないよ! 案の定、王妃にさせられちゃってたけど、ちゃんと生きてるんだ!」
「ああ……」
と、フラヴィオから安堵の溜め息が漏れていく。
「そうか……ちゃんと生きていてくれるか。王妃ならば、きっと大切にされていよう。余はあいつを――ワン・ジンをこの先二度と許すことは出来ないが、ベルをちゃんと王太后から守ってくれていることは感謝しよう。余のためではないことはたしかだが、それでも感謝しよう。いや、許さないが」
とフラヴィオがレットから出て、アラブと共にカンクロ国へ飛ぼうかとき、マサムネが低い声で呟いた。
「ああ、許せへんことになってるやろ……」
と、その場にいる一同の顔を見る。
「ワイ、ベルが何の合図も出さん理由を分かった気する」
「また変なこと言わないでよ?」
とタロウが眉を吊り上げると、マサムネが「ちゃう」と返した。
「変なことちゃう。ごく普通に考えて、や。王妃やろ? 王妃の最大の仕事ゆーたら、どこの国も一緒やろ? 国王の世継ぎを産むことやろ? ほな、普通に考えて、ベルは今……」
部屋の中が静寂に包まれる。
一同の視線が集まったのはフラヴィオの顔で、そこにある二つの碧眼は落ち着いた様子でマサムネの顔を見据えていた。
「そう思うか、ムネ」
「う、うん……」
とマサムネが気まずそうに頷くと、フラヴィオはただ一言「そうだな」と返した。
そしてハナのテレトラスポルトでカンクロ国へ向かおうとしたのを見て、マサムネが「待て!」と声高に止めた。
「『そうだな』って、なんや? ベルが今も無事に生きてることは分かったし――」
「だから改めて急いで探さねばならん」
「ああ、改めてワイは密偵を使って捜索を続けるけど……せやけどおまえ、ベルを取り返したところで、どこまで受け入れられるん?」
一呼吸置いて、フラヴィオが「どういう意味だ?」と問うた。
「ですから!」と声を上げたのはアラブだった。
「ベルさんがもう産んだのかまだ妊娠中なのか分かりませんが、ワン・ジンの子です。陛下がこの世で一番お嫌いでしょう男の子供ですよ」
「ベルの子だ」
「そ、そうですが……」
「ベルの子だ。それだけで充分だ。早く行くぞ、アラブ」
と急いた様子でいるフラヴィオを、マサムネが再び「待て!」と止める。
「まさかおまえ、ワン・ジンの子を受け入れる気か…!? いや、無理やろ……! 殺意を覚えても、愛することは無理やろ!」
「だからベルの子だ。あくまでも、ベルと血の繋がった子なのだ」
と、フラヴィオが一同の顔を見回すと、どれも困惑し、緊張した面持ちでいた。
「以前、ベルが余にこう言ってくれたことがある」
去年の9月20日、4番目の天使パオラとファビオ夫妻に長男リクが産まれた日のことだった。
「ベルは余の子や、余の大切な者たちの子だから愛しいと思えるのだと。だからベルは余の子供たちも、フェーデの子供たちも、ドルフの子供たちも皆愛し、そしてこれからルフィーナとのあいだに出来よう子たちのことさえも愛そうとしてくれている。さらに言えば、リクは余がパオラと浮気して出来た子だと勘違いして、それさえも愛そうとしてくれた。それでいて、こうして自分が同じような状況に置かれ、ベルが産んだのは他の男の子だから愛せない? それはどんなクソだ。どんなにワン・ジンが許せなくとも、産まれてくる子には何の罪も無いことを忘れてはならぬ」
本当はあのとき、ベルの器の広さには驚いた。
自分の子じゃないのに、と少し不思議にさえ思ったのが本音だ。
でも今、ベルの心境を真に理解できる。
「皆の言いたいことも分かる。だが、余の子でないとか、嫌いな男の子供だとか、そんなことはどうでも良いのだ。ベルの子なのだ。それだけで良いのだ。それだけで愛せる理由になるのだ。余が心から愛した7番目の天使の子なのだから、可愛くないわけがないではないか」
とフラヴィオが「それに」と突如苦笑する。
「余にとってはそうでも、哀れなことに、産まれてくる子は母親に愛してもらえる気がさっっっぱりせぬ。皆無だ。それ故、尚のこと余が愛情を注いでやらないと駄目なのだ。将来グレるからな。さ、行くぞアラブ」
マサムネから三度目の「待て!」が出ると、堪忍袋の緒が切れたらしいフラヴィオから怒声が上がった。
「なんだと言うのだ! 哀れ過ぎてこんなこと何度も言いたくないが、勝手に王妃にさせられ、そして望まぬ子を強引に孕ませられたベルが、今どんな気持ちで、何を思って余から身を隠しているか、余には想像が付くのだ! ベルは今、さぞカンクロの奪取を企んでいる一方で、奴隷の頃に劣らずの孤独や心細さ、感じる必要のない罪の意識に苛まれ、毎日のように泣いているのだ! 余に愛される資格はないのだと、有りもしない勘違いをして、今ベルは――」
「せーやーかーらっ」
と、マサムネがフラヴィオの胸元をどついた。
「おまえの覚悟は分かったから。落ち着いてもうちょい待ち、探す場所を考え直すべきやから。これだけカンクロの町と村を探して見つからんのやで」
「でも他にどこを探すって言うんだ?」
と、ハナが困惑しながらカンクロ国の地図をレットの上に広げる。
もう捜索していない町と村はなく、残っている場所といったらカーネ・ロッソの生息地である山くらいだった。
「野生カーネがウジャウジャしとる山にベルを住まわせるのは、いくらなんでも危険過ぎるし……」
とマサムネの人差し指が地図の上をなぞっていく。
その指が王都ロートの宮廷の上へ来たときに、フラヴィオがその手を掴んだ。
一同が眉を顰めてフラヴィオの顔を見る。
「なんやねん、フラビー? 後宮にベルはまずおらんで。後宮にベルがおったら、間違いなく王太后に殺されるっちゅーねん。てか、ルフィーナとベラちゃんが侵入して以降、宮廷の警備が厳しくなってまず入れんで」
フラヴィオが「そうだが」と言いながら、宮廷の南側を指で囲った。
「ここは何だ? 宮廷の北に後宮があって、真ん中あたりに外朝があって、そして南には何があるんだ?」
マサムネが「あれ?」とタロウ・ハナと顔を見合わせる。
「南ってなんやったか?」
「僕は書庫くらいだった程度に覚えてるけど」
「うん、あたいも書庫と記憶してるんだけど、後宮と外朝以外はよく知らないんだよな。テンテン知ってるか?」
「いや、おれは宮廷の中って入ったことないから」
と、テンテンが「でも」と一同の顔を見回した。
「捜索してない場所って、もうここくらいだろ? なら、どうにかして侵入してみるべきだよ」
フラヴィオは「そうだな」と言うと、戸口の方へと向かって行った。扉を開け、廊下に向かって声高になる。
「フェーデ、ドルフ。それからサジッターリオ国王は来てるか?」
と呼んで間もなく、その3人が自室から出て来た。
「なんでしょう、兄上」
「ベルの手掛かりは何か掴めましたか、陛下」
「はいはい、今日も来てますよーサジッターリオ国王コラード・マストランジェロは!」
また、国王夫妻の寝室からルフィーナも出て来て、4人小走りになって寄って来る。
「とりあえず皆、安心してくれ。ベルは生きている。やはりワン・ジンの王妃にさせられたようだが、生きている」
4人が安堵の表情になった手前、フラヴィオが早口になって続ける。
「ベルの居場所も見当が付いたかもしれない。それ故、フェーデとドルフはいつでも戦えるよう、準備しておいてくれ。コラードはいつでもこの国の留守を引き受けてくれるようにしておいてくれると有難い」
3人が「御意」と返事をした傍ら、ルフィーナの若草色の瞳が動揺していった。
「戦ですか、陛下」
「どうだろうな。向こうの将兵や民衆を巻き込む気は無いし、すんなりワン・ジンと王太后だけを始末出来れば良いが」
「で、でも――」
「安心せい、ルフィーナ」
と、マサムネがベルの部屋から出て来た。
「まぁ、戦になるかもしれんけど。これはきっとカンクロ国民を救う意味もあるから、恨まれてカプリコルノが襲われるってことも無いやろ。密偵が口を揃えて言うんや。民衆が皆、悪逆非道な王太后に怯えて暮らしとるってな。反乱軍もすでに結成されとるような状態や」
「そうですか、カンクロ国では内乱が……」
フラヴィオが「良いな?」とルフィーナに問うた。
「ベルを取り返す際、ワン・ジンや王太后と戦うことになるのは必至だ。王子たちや兵士には留守を任せる。余とフェーデ、ドルフ、アラブの4人と、ムネの猫がどれかいれば充分だ。そなたは王妃なのだから、半分は決定権がある。そなたの同意も欲しい」
「分かりました」
と、意を決した若草色の瞳があった。
「カンクロ国民を、そして陛下の大切なベルさんを、無事に救って来てください――」
時刻は午前5時半過ぎ。
「なぁ、タロウ……やっぱり今日もベル見つからんのやろか」
「……何、マサムネ?」
宮廷オルキデーア城の階段を上っていたレオーネ国王太子マサムネとその猫タロウの足が、3階と4階のあいだの踊り場で止まる。
「おまえも皆も、おかしいって思ってるやろ? こんなに必死になってカンクロの町や村を探しとるのに、まーだ見つからん。秋が終わって、冬も終わってもうたで」
「だから何が言いたいの?」
「もしかしたら、ベル……王太后に見つかって、殺され――」
「止めなよ」
タロウが声高にマサムネの言葉を遮った。
「ベルは生きてるよ」
「ワイやってそう思いたいけど、ベルからの合図も何も見つからん。おかしいやん」
「ベルが僕らに合図すら出せない状況にいるのかもしれないじゃないか」
「そうかもしれんけど……」
再び足を動かし、4階へと上って行く。
階段脇にある部屋――ベルの部屋に入っていった。
机の椅子には次にベルの捜索に向かうアラブが着いていて、レットにはベルが失踪してからずっとそうであるように、本日もフラヴィオが眠っている。
でもそれは、いつも仮眠だった。
扉を開ける音で瞼が開き、目の下にはクマが出来ている。
「…おまえたちか……」
と掠れた声で呟くと、フラヴィオがまた目を閉じた。
只今ベルの捜索に行っているオルランドとテンテンの2人が帰ったのだと思ったのだろう。
レオーネ国同様に黒髪の多いカンクロ国では、落ち着いた茶色の髪と瞳をしているオルランドと、純血カーネ・ロッソのテンテンの組み合わせが一番怪しまれず、長く捜索することが出来た。
「フラビーおまえ、いい加減に自分の部屋で寝ろや。いくらなんでも王妃を放置しすぎやで」
「そういうつもりは無いのだが」
「はよメッゾサングエの子供作る義務を果たしや。コニッリョを仲間にするのはまだ時間掛かるし、魔法使いが足りてへんのやから。義務言うても、おまえ子供も好きやし、出来たら嬉しいやろ? きっとかわええでー、ルフィーナの子は!」
フラヴィオの目が再び開き、タロウが眉を顰め、ルフィーナの兄アラブの顔に焦りが浮かぶ。
なんで今そんなことを言うのかと、3人の目が問うていた。
フラヴィオがゆっくりと身体を起こす。
「そうか、ムネ……もう密偵を貸してはくれないか」
「そ、そうは言ってへんよ。ベルはずっと探し続けるで」
「余はルフィーナを放置しているわけでも、メッゾサングエを作る義務を忘れているわけでもない。でも、ルフィーナがいるのだし、いい加減にベルを忘れろと言われたように聞こえた」
マサムネの「言ってへんよ」の言葉が返ってくるまでには、数秒の間があった。
「言ったのだな」
「言ってへん」
「言っただろう」
「言ってへん」
そのやりとりは数回繰り返されていくうちに、怒声へと変わっていく。
「言っただろう!」
「ああ、言ったわドアホ! せやけど、ほんまにベルのことは探し続ける! おまえが希望を失って、死んでしまわんように!」
「そうか、感謝する! しかし余はもう、言われた気分だ! ベルはもうこの世にいないのだと、告げられた気分だ! ベルはもう死んだのだから、いくら探しても無駄なのだと言われた気分だ!」
と、激昂するフラヴィオの傍にアラブとタロウが寄り、必死に宥めていると、戸口から「父上!」とオルランドの声が割り込んできた。
「大丈夫です、落ち着いてください! ベルは生きています! 私とテンテンはそう断言します!」
テンテンと、送迎係のハナの姿もある。
ハナのテレトラスポルトで、3人がレット脇に移動してきた。
「私とテンテンの組み合わせはあまり怪しまれないので、色々な町と村を捜索して来ました。やはりベルは見つけられませんでしたが、あちこちでこんな噂を聞きました――」
「最近になって善良になったワン・ジン陛下には、カプリコルノから来た天女のような王妃陛下がいるらしい。王妃陛下が、カンクロ国を支えてくれているらしい」
と、テンテンが続くと、正直ベルは死んだと思っていたマサムネが「ほんまか!」と仰天した。
大きく頷いたハナが、興奮した様子で「ベルだよ!」と言った。
「絶対ベルだよ、フラビー! ベル以外に考えられないよ! 案の定、王妃にさせられちゃってたけど、ちゃんと生きてるんだ!」
「ああ……」
と、フラヴィオから安堵の溜め息が漏れていく。
「そうか……ちゃんと生きていてくれるか。王妃ならば、きっと大切にされていよう。余はあいつを――ワン・ジンをこの先二度と許すことは出来ないが、ベルをちゃんと王太后から守ってくれていることは感謝しよう。余のためではないことはたしかだが、それでも感謝しよう。いや、許さないが」
とフラヴィオがレットから出て、アラブと共にカンクロ国へ飛ぼうかとき、マサムネが低い声で呟いた。
「ああ、許せへんことになってるやろ……」
と、その場にいる一同の顔を見る。
「ワイ、ベルが何の合図も出さん理由を分かった気する」
「また変なこと言わないでよ?」
とタロウが眉を吊り上げると、マサムネが「ちゃう」と返した。
「変なことちゃう。ごく普通に考えて、や。王妃やろ? 王妃の最大の仕事ゆーたら、どこの国も一緒やろ? 国王の世継ぎを産むことやろ? ほな、普通に考えて、ベルは今……」
部屋の中が静寂に包まれる。
一同の視線が集まったのはフラヴィオの顔で、そこにある二つの碧眼は落ち着いた様子でマサムネの顔を見据えていた。
「そう思うか、ムネ」
「う、うん……」
とマサムネが気まずそうに頷くと、フラヴィオはただ一言「そうだな」と返した。
そしてハナのテレトラスポルトでカンクロ国へ向かおうとしたのを見て、マサムネが「待て!」と声高に止めた。
「『そうだな』って、なんや? ベルが今も無事に生きてることは分かったし――」
「だから改めて急いで探さねばならん」
「ああ、改めてワイは密偵を使って捜索を続けるけど……せやけどおまえ、ベルを取り返したところで、どこまで受け入れられるん?」
一呼吸置いて、フラヴィオが「どういう意味だ?」と問うた。
「ですから!」と声を上げたのはアラブだった。
「ベルさんがもう産んだのかまだ妊娠中なのか分かりませんが、ワン・ジンの子です。陛下がこの世で一番お嫌いでしょう男の子供ですよ」
「ベルの子だ」
「そ、そうですが……」
「ベルの子だ。それだけで充分だ。早く行くぞ、アラブ」
と急いた様子でいるフラヴィオを、マサムネが再び「待て!」と止める。
「まさかおまえ、ワン・ジンの子を受け入れる気か…!? いや、無理やろ……! 殺意を覚えても、愛することは無理やろ!」
「だからベルの子だ。あくまでも、ベルと血の繋がった子なのだ」
と、フラヴィオが一同の顔を見回すと、どれも困惑し、緊張した面持ちでいた。
「以前、ベルが余にこう言ってくれたことがある」
去年の9月20日、4番目の天使パオラとファビオ夫妻に長男リクが産まれた日のことだった。
「ベルは余の子や、余の大切な者たちの子だから愛しいと思えるのだと。だからベルは余の子供たちも、フェーデの子供たちも、ドルフの子供たちも皆愛し、そしてこれからルフィーナとのあいだに出来よう子たちのことさえも愛そうとしてくれている。さらに言えば、リクは余がパオラと浮気して出来た子だと勘違いして、それさえも愛そうとしてくれた。それでいて、こうして自分が同じような状況に置かれ、ベルが産んだのは他の男の子だから愛せない? それはどんなクソだ。どんなにワン・ジンが許せなくとも、産まれてくる子には何の罪も無いことを忘れてはならぬ」
本当はあのとき、ベルの器の広さには驚いた。
自分の子じゃないのに、と少し不思議にさえ思ったのが本音だ。
でも今、ベルの心境を真に理解できる。
「皆の言いたいことも分かる。だが、余の子でないとか、嫌いな男の子供だとか、そんなことはどうでも良いのだ。ベルの子なのだ。それだけで良いのだ。それだけで愛せる理由になるのだ。余が心から愛した7番目の天使の子なのだから、可愛くないわけがないではないか」
とフラヴィオが「それに」と突如苦笑する。
「余にとってはそうでも、哀れなことに、産まれてくる子は母親に愛してもらえる気がさっっっぱりせぬ。皆無だ。それ故、尚のこと余が愛情を注いでやらないと駄目なのだ。将来グレるからな。さ、行くぞアラブ」
マサムネから三度目の「待て!」が出ると、堪忍袋の緒が切れたらしいフラヴィオから怒声が上がった。
「なんだと言うのだ! 哀れ過ぎてこんなこと何度も言いたくないが、勝手に王妃にさせられ、そして望まぬ子を強引に孕ませられたベルが、今どんな気持ちで、何を思って余から身を隠しているか、余には想像が付くのだ! ベルは今、さぞカンクロの奪取を企んでいる一方で、奴隷の頃に劣らずの孤独や心細さ、感じる必要のない罪の意識に苛まれ、毎日のように泣いているのだ! 余に愛される資格はないのだと、有りもしない勘違いをして、今ベルは――」
「せーやーかーらっ」
と、マサムネがフラヴィオの胸元をどついた。
「おまえの覚悟は分かったから。落ち着いてもうちょい待ち、探す場所を考え直すべきやから。これだけカンクロの町と村を探して見つからんのやで」
「でも他にどこを探すって言うんだ?」
と、ハナが困惑しながらカンクロ国の地図をレットの上に広げる。
もう捜索していない町と村はなく、残っている場所といったらカーネ・ロッソの生息地である山くらいだった。
「野生カーネがウジャウジャしとる山にベルを住まわせるのは、いくらなんでも危険過ぎるし……」
とマサムネの人差し指が地図の上をなぞっていく。
その指が王都ロートの宮廷の上へ来たときに、フラヴィオがその手を掴んだ。
一同が眉を顰めてフラヴィオの顔を見る。
「なんやねん、フラビー? 後宮にベルはまずおらんで。後宮にベルがおったら、間違いなく王太后に殺されるっちゅーねん。てか、ルフィーナとベラちゃんが侵入して以降、宮廷の警備が厳しくなってまず入れんで」
フラヴィオが「そうだが」と言いながら、宮廷の南側を指で囲った。
「ここは何だ? 宮廷の北に後宮があって、真ん中あたりに外朝があって、そして南には何があるんだ?」
マサムネが「あれ?」とタロウ・ハナと顔を見合わせる。
「南ってなんやったか?」
「僕は書庫くらいだった程度に覚えてるけど」
「うん、あたいも書庫と記憶してるんだけど、後宮と外朝以外はよく知らないんだよな。テンテン知ってるか?」
「いや、おれは宮廷の中って入ったことないから」
と、テンテンが「でも」と一同の顔を見回した。
「捜索してない場所って、もうここくらいだろ? なら、どうにかして侵入してみるべきだよ」
フラヴィオは「そうだな」と言うと、戸口の方へと向かって行った。扉を開け、廊下に向かって声高になる。
「フェーデ、ドルフ。それからサジッターリオ国王は来てるか?」
と呼んで間もなく、その3人が自室から出て来た。
「なんでしょう、兄上」
「ベルの手掛かりは何か掴めましたか、陛下」
「はいはい、今日も来てますよーサジッターリオ国王コラード・マストランジェロは!」
また、国王夫妻の寝室からルフィーナも出て来て、4人小走りになって寄って来る。
「とりあえず皆、安心してくれ。ベルは生きている。やはりワン・ジンの王妃にさせられたようだが、生きている」
4人が安堵の表情になった手前、フラヴィオが早口になって続ける。
「ベルの居場所も見当が付いたかもしれない。それ故、フェーデとドルフはいつでも戦えるよう、準備しておいてくれ。コラードはいつでもこの国の留守を引き受けてくれるようにしておいてくれると有難い」
3人が「御意」と返事をした傍ら、ルフィーナの若草色の瞳が動揺していった。
「戦ですか、陛下」
「どうだろうな。向こうの将兵や民衆を巻き込む気は無いし、すんなりワン・ジンと王太后だけを始末出来れば良いが」
「で、でも――」
「安心せい、ルフィーナ」
と、マサムネがベルの部屋から出て来た。
「まぁ、戦になるかもしれんけど。これはきっとカンクロ国民を救う意味もあるから、恨まれてカプリコルノが襲われるってことも無いやろ。密偵が口を揃えて言うんや。民衆が皆、悪逆非道な王太后に怯えて暮らしとるってな。反乱軍もすでに結成されとるような状態や」
「そうですか、カンクロ国では内乱が……」
フラヴィオが「良いな?」とルフィーナに問うた。
「ベルを取り返す際、ワン・ジンや王太后と戦うことになるのは必至だ。王子たちや兵士には留守を任せる。余とフェーデ、ドルフ、アラブの4人と、ムネの猫がどれかいれば充分だ。そなたは王妃なのだから、半分は決定権がある。そなたの同意も欲しい」
「分かりました」
と、意を決した若草色の瞳があった。
「カンクロ国民を、そして陛下の大切なベルさんを、無事に救って来てください――」
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