酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第42話ー6

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 戸口にいるその顔を見つめ、痛みを忘れたかのように呆然とするベル。

「あ……あっ…あっ……」

 ゆっくりとフラヴィオから、自身の腹部へと顔を向けていく。

 フラヴィオとハナから見えるその横顔が、途端に泣く子も黙る剣幕と化したと思った刹那のこと。

 地響きがするような咆哮が、外まで響き渡っていった――

「――入ってなさい!」

 フラヴィオとハナが「こらこらこらこら」と突っ込みながら、牀に寝ているベルの下へ駆けていく。

 その頭部を挟むようにして、フラヴィオとハナが腰掛けた。

「駄目だろう、腹に戻したら? 赤ん坊は出たいと言っているのだから、ちゃんと出してあげなきゃ駄目だろう? 何言ってるのだ、この子は?」

「落ち着くんだ、ベル。股に挟んだままじゃ、ベルが死ぬぞ」

「嫌ですっ……嫌です、フラヴィオ様! 出て行ってください! 見ないでください! 出て行ってください、早く! 駄目、ハナはここにいて!」

 と、錯乱に陥った様子で泣きじゃくるベルを、フラヴィオの優しい声が呼んだ。

「アモーレ」

 汗と涙で濡れた瞼に、優しく唇が触れる。

 ベルの目前に、脳裏の中でない――想像でない、本物のフラヴィオの明るく優しい微笑がある。

「良いか」

 と、フラヴィオの手がベルのお腹に触れた。

「この子は、そなたの子だ。他の誰でもない、そなたの血を引いた子だ。父親は誰だろうと、そなたの子なのだ」

 その口ぶりから、ベルは察する。

 フラヴィオはもうすべて、分かっているのだと。

「ならば余は、それだけで愛することが出来る。そなたが、余の子供たちを愛してくれたように」

 耳を疑った。

 フラヴィオはやっぱり分かっていないのだろうか。

「フラヴィオ様、こ…この子は……」

 ワン・ジンの子なのだ。

「ああ、分かっている。分かっている上で、そなたも、この子も、迎えに来た。まぁ、そなたはこの子を愛せないのだろうが」

はいスィー

「余はこの子に――そなたの子に会いたい。だから産んでくれ、腹に戻したりしないで。余のために、この子を産んでくれ」

 フラヴィオが、ベルが何かをひしと握っていることに気付いて、その手を開かせた。

 するとそこには見覚えのあるオルキデーア石の指輪があって、それをベルの左手薬指に嵌める。

 なんか別のが嵌められていたので、それを外して指先で潰して後方に投げ捨ててから嵌めた。

「愛している、アモーレ。離れ離れになっているあいだも、そなたをずっと愛していた。当然、これからもだ」

「――…フラヴィオ様っ……」

 さっきとは別の意味で涙が溢れ出したベルに、フラヴィオが口付ける。

 不思議だった。

 まるで痛みを吸い取られているかのように、ベルを襲っていた激痛が和らいでいく。

「頑張ってくれるな?」

「スィー」

 とベルが涙を拳で拭い、足元にいるリンリーの顔を見る。

 微笑ましそうにしている顔があった。

「挨拶が遅れた、リンリー殿。世話になる」

「よろしくな、リンリー先生!」

 と、フラヴィオとハナ。

 きっと先にマー・ルイたちと会ってきたのだと分かった。

「はい、カプリコルノ陛下、ガット・ネーロさん。お任せください。もう少しで赤ちゃんに会えますからね」

 ベルの左手をフラヴィオが、右手をハナが握る。

 もうすでに疲労困憊だったベルに、突如力が漲って来る。

 流石に痛みは完全に消えないが、心細さや恐怖はもう無い。

(私は、産める)

 ようやくそう思った。

 リンリーの指示に従い、ベルが大きく息を吸い、止めると同時に精一杯いきむ。

 フラヴィオとハナ、部屋の外にいる皆の応援の下、必死に深呼吸といきみを続ける。

 少しずつ、少しずつ、出て来ているのが分かった。

 そして何度か繰り返しているうちに、ふと聞こえた。

 リンリーのこれまでと違う指示。

「はい、力抜いてくださーい」

 どういうことなのか分からず、戸惑いながら従う。

 それから間もなくのこと。

「あっ……」

 出た。

 その途端、部屋の中に可愛らしい泣き声――産声が響く。

「おめでとうございます宰相閣下、カプリコルノ陛下。まぁ、なんて可愛い男の子でしょう! 宰相閣下そっくり!」

 ベルはやはり、それを進んで見ようという気にはなれなかった。

 代わりにおそるおそる見たのは、フラヴィオの顔――

「――……参ったな」

 と、笑うと同時に、その横顔を涙が伝っていく。

「嫁にやれん」

「いや、男だってフラビー。こんなにベルそっくりでも。ていうかリンリー先生、人が悪いや」

 と続いて笑ったハナの横顔も、涙が濡らしていく。

 どきっとした。

(まさか……)

 愉快そうに笑うリンリー。

「ええ、ごめんなさいね。破水して髪の色がはっきり見えた瞬間から分かっていたのですが。この方が、宰相閣下の悦びが大きくなるかなって。はい、どうぞ」

 と、ベルの肩あたりに置かれた、産まれたばかりの赤ん坊。

(まさか……)

 首が錆び付いているかのようにぎこちない動きで、顔を傾ける。

 そこには、きっと誰の目にも自身の子だと分かる顔立ちをした赤ん坊がいる。

 高貴な金の髪をしていた。

 青い瞳をしていた。

 サルヴァトーレだった。


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