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第45話ー4
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――1492年8月12日は、国王フラヴィオ・マストランジェロ36歳の誕生日パラータ及び、正式なサルヴァトーレのお披露目パラータの日。
「遅いわね。どうしたのかしら」
「トーレ殿下は赤ちゃんだから、直前にお腹が空いたとか、おむつを替えてるとかじゃないか?」
と、今か今かと着飾って待っている国民がざわめき出す。
朝9時には王都オルキデーアの中央通りに馬車がやって来る予定だったのだが、10分遅れてもその姿が見えない。
何故なら、パラータ専用の馬車に主役のフラヴィオとサルヴァトーレ、それからベルが乗り、護衛にはフェデリコ・アドルフォ・アラブの3人で行く予定だったのだが。
「私、トーレが心配だから付いて行くわ」
とヴァレンティーナが言い出したら連鎖反応が起き、私も俺も僕もと、他の皆も言い出して揉めていた。
やがて誰が行く行かないで喧嘩になり始め、フラヴィオが「分かった分かった!」と一同を宥めた。
「と言っても、馬車は2人乗りだし、パラータに護衛が付きすぎても宮廷の守りが薄くなるから、こうだ」
とフラヴィオが、馬車の座席にサルヴァトーレを抱っこしたベルとヴァレンティーナを乗せた。
さらに騎乗しているフェデリコの腕の中に、その四男レオナルドを。
アドルフォの腕の中にもその次男ジルベルトを乗せ、アラブの腕の中にはアドルフォの長男ムサシを乗せる。
ハナは馬車の御者で、フラヴィオはベルとヴァレンティーナのあいだに、ぎゅうぎゅう詰めになって乗り込んだ。
「以上。後は留守番だ」
「えー!」
と文句の声が上がる中、ハナが「いってきまーす!」と馬車を王都オルキデーアへ向けて発進させる。
いつものパラータより宮廷楽士たちが少ないのは、サルヴァトーレを驚かせないため。
でもあまり、意味が無かったかもしれない。
大手門を潜って坂を下り、王都オルキデーアの中央通りに入るなり、耳が劈かれるような大歓声に迎えられる。
驚いたサルヴァトーレが母の腕の中で泣きそうになったが、「よしよし」と父の腕に移ったら涙が引っ込んだ。
「人気者ばっかり連れて来てしまったから、凄いでござりまするねー」
「そういうおまえも人気者だって知ってたか、ムサシ? いつだかの舞踏会でビアンカを守ったときから、レオーネ国の王子は素晴らしいと、流石はドルフの息子だと評判が上がったみたいでな」
「おお、良かったじゃんかムサシ!」
と御者席からハナが言うと、ムサシが照れ臭そうに「はい」と笑った。
「ムネの猫4匹も人気だけどな。ハナは特に、アモーレと一緒に英雄になったこともあるしな」
「いやぁ……にゃはは」
と続いてハナが照れ笑いをした。
ベルが不安げな顔でフラヴィオを見る。
「フラヴィオ様、ルフィーナさんにお子が生まれた後、お披露目パラータは如何致しましょうか」
「生まれた後に国民の様子を見てみなければ分からないが、開催しない方が良いかもしれないぞ」
「かもな」と同意したハナが、「ていうかさ」と話を切り替える。
「ルフィーナさん、双子を授かったな。ルフィーナさん自身はまだよく分かってなかったけど、あたいが腹を触って確認したから間違いないよ。たしかに魔力が2つに分かれてた」
「ああ、ありがたい。男女の双子――アレッサンドロとシルヴィアだったら、余は魔法使い作りの義務を果たした気分だ」
「だな、フラビー。アレッサンドロだったらアラブさんに続く魔法剣士だし、シルヴィアだったらカプリコルノが一番必要としてる治癒魔法担当がもうひとり増えてくれるし、2人一緒に誕生してくれるなら本当にありがたいよ。治癒魔法はコニッリョには遥かに劣るとはいえ」
アドルフォがハナに問う。
「ルフィーナ王妃陛下に生まれた子をコニッリョたちに見せに行けば、また少し『人間界の王』に対する警戒が緩んだりするのか?」
「ああ、するぞ。コニッリョの頭は人間と変わらないと思って良い。この人間界の王、本当にメッゾサングエ作ったぞオイって感じになるんじゃないか? ところでアレッサンドロって地味に言い辛し、長いんだけど略称とか愛称は何?」
「サンドロが一般的だな」
とフェデリコが答えた一方、ヴァレンティーナがこう言った。
「サンドロも良いけど、アクアーリオ国風に言うと『アレックス』って言うのよ。ちょっとかっこいいと思わない?」
「へぇ、たしかにちょっといいな。ちなみにシルヴィアは?」
「『シルビー』よ」
「へぇ、それもいいな。フラビーみたいで。よし、ここはアレックスとシルビーにしよう。なぁ、皆?」
一同が承知の返事をする中、ベルがフラヴィオを隔てた向こうにいるヴァレンティーナを黙って見つめていた。
ヴァレンティーナがベルを見て小首を傾げる。
「アレックスとシルビーじゃ、気に入らなかったベル?」
質問の答えは返って来なかった。
「まだアクアーリオ語を勉強しているのですか、ティーナ様?」
「え、ええ……」
とヴァレンティーナが気まずそうに蒼の瞳を逸らした。
「その必要はもうございませんよ、ティーナ様。石材はカンクロ国にいくらでもありますから、アクアーリオ国との貿易は再び中止致します」
「えっ……?」
とベルに目を戻したヴァレンティーナが、狼狽して「そんな!」と声を上げた。
「待ってベル、アクアーリオ国はうちに貿易中止されたら貧乏になっちゃうわ!」
「アクアーリオ国民が心配ですか、ティーナ様。お金があろうが無かろうが、あそこの王族は民衆の生活を豊かにする気はないでしょう。うちに負けず劣らずの立派な宮廷をお持ちになっていることだけでも、その証拠です。典型的な駄目な国王といったところです。そんなに心配なら、アクアーリオ国をフラヴィオ様にお譲りいただきましょう。と申しましても、くださいと言ったところでくれるわけがありませんから、別の方法になりますが」
「戦争ってこと? 駄目よ、そんなの!」
「では、知りません」
「聞いて、ベル。私がやっぱりアクアーリオ国の王太子殿下と婚姻すれば――」
「なりません。あの王太子にティーナ様を嫁がせるわけには行きません」
「そんなこと言わないでベル、お願い!」
ベルに厳しい声で「許しません」と言われると、ヴァレンティーナが助けを求めてフラヴィオを見た。
そこにも厳しい顔がある。
「駄目だ、ティーナ。父上も皆も、そして国民も、誰もがおまえとあの王太子の婚姻を認められない」
「そんなっ……!」
アドルフォが口を挟む。
「カンクロがベルを攫ったとき、アクアーリオ国王も一役買ってたんだぞティーナ? なんやかんや言い訳してたが、心のどこかでベルに死んで欲しいって思ってたんじゃないか? そういう意味でも、アクアーリオはうちの敵だ」
「で…でもっ……!」
ヴァレンティーナが周りの一同を見る。
どこにも笑顔は無かった。
「諦めるんだ、ティーナ。良いな?」
とフラヴィオに承知の返事を求められ、ヴァレンティーナが呟くように「スィー」と返事をした。
「ほら、ティーナ。おまえは国民皆が心から愛する天使だ。笑顔を見せてあげてくれ」
「スィー……父上」
その後のパラータには、黙って笑顔を振りまく絶世の美王女の姿があった。
でもそれは、とても悲しそうな笑顔だった。
そしてベルの目に、どこか少し不審に映った。
(ティーナ様……?)
――9月9日は、カプリコルノ国宰相兼、カンクロ国女王ベルナデッタ・アンナローロの19歳の誕生日。
カプリコルノ国では王都オルキデーアで祝福パラータ。
カンクロ国では宮廷にあるロート殿で祝賀の儀。
その後、両国で盛大な祝宴。
その日の夜は、フラヴィオとベルがちょっとした旅行気分でカンクロ国の後宮に宿泊。
といっても、カプリコルノ国が夜のとき、7時間早いカンクロ国は明け方から朝の時間帯だが。
カプリコルノ国は国王・王妃の部屋は一緒だが、こちらは国王の寝殿と王妃の寝殿に分かれている。
せっかくなので、王妃(ベル)の寝殿に夜這いに来た国王(フラヴィオ)という設定で楽しんでおいた。
が、服装とレットが違うだけで、普段ベルの部屋に夜這いに来るフラヴィオとあまり変わりなく過ごした。
――10月になったら第4王子ティート9歳と、ただいま臨月のアリーチェ32歳の誕生日。
パラータは2人分まとめて開催。
ティートは馬に騎乗して、アリーチェは馬車に夫フェデリコと共に乗車して。
この日、国王ながら護衛として馬車の横に付いていたフラヴィオが問うた。
「なぁ、フェーデ。あと何人ほど子孫を残す予定だ?」
「アリーに負担を掛けたくないので、来月には生まれるだろうこの子で最後です」
「そうか。名は決めてあるのか?」
「男だったら産まれてから考えます。女だったら、レオが産まれるときに『カテリーナ』と決めていました」
そのカテリーナは、翌月の11月11日――フェデリコ35歳の誕生日の日に誕生した。
フェデリコ・アリーチェ夫妻はもう第6子なので、本人たちも周りも最初から最後まで落ち着いたお産だった。
宮廷の1階にある客間のレットの上で、いつも通り家政婦長ピエトラが子を取り上げ、ベルは助手、ルフィーナは治癒魔法係。
雑談しながらだった。
「今年は生まれる子多いわねぇ。コラード陛下とシャルロッテ陛下にライモンド殿下が生まれて、フラヴィオ様とベルにトーレ殿下が生まれて、今からわたしがこの子を産んで……来月にルフィーナ王妃陛下もお産になったりするのかしら?」
とアリーチェがルフィーナのお腹を見ると、それは「うーん」と小首を傾げた。
「どうでしょう。メッゾサングエは本当にそういうところ分からなくて。いつ産まれるのかも、どれくらいの大きさで生まれて来るのかも。でも、思ったより魔力が高い――モストロに近そうなので、早めに産まれるような気もします」
「そうですか。楽しみですね」
と言ったベルの顔を見つめて、ルフィーナが「スィー」と微笑した。
「男女双子だと良いのですが。魔法使い作りという陛下の肩の荷が下りますからね」
「そうね。特に治癒魔法担当のシルビー殿下は、コニッリョをすっかり仲間にするまでの繋ぎとして重要だと思うわ。――あ、家政婦長」
「出ますか、アリーチェ様。ハイ、つるんとどうぞ」
「ハイ」
つるん。
「お産って軽ーいっ!」
「い、いえいえルフィーナさん、私のときはこんなものではなくっ……」
カテリーナは2900gの、どちらかと言ったら父親似の美人顔だった。
また、レオナルドに続き、母親の深い金色の髪と榛色の瞳を受け継いでいた。
――そして、1492年の12月。
12日は国王フラヴィオ・マストランジェロの即位18周年祝賀パラータが開催。
フラヴィオが溺愛している生後6ヶ月の愛息子サルヴァトーレに、こっそり裁縫の得意なアヤメに用意しておいてもらったピンクのドレスを着せて連れて行った。
国民に可愛い可愛いと絶賛され、上機嫌で宮廷へ帰ってきた。
案の定、泣く子も黙る形相の女王陛下が待っていらっしゃった。
「フーラーヴィーオーさーまぁぁぁ……!」
「ご、ごめんなさいなのだ、ごめんなさいなのだ!」
共犯者のアヤメは隠れて震え上がっていたので、ひとりで直謝りして許してもらった。
でも、
「金輪際、こんなことはしませんですなのだ!」
大法螺を吹いたことは秘密。
どこの国も多忙となる年末、カプリコルノ国もカンクロ国も宮廷の中は慌ただしくなっていた。
そのため、一同が少しこのことを忘れていた31日――1492年最後の日。
フラヴィオとベルが、7時間早いカンクロ国で一足早く新年を迎えて来た後、カプリコルノ国で皆で夕餉のご馳走を食べているときのことだった。
「あ、やっぱりそうなのかな、コレ……」
とルフィーナが少し顔を歪めながら、お腹を摩った。
「どうやらさっきから陣痛が来てるみたいです」
お産は、国王・王妃の寝室のレットで行われた。
ベルと家政婦長ピエトラの他、治癒魔法係にハナもいる。
初産だからとベルとピエトラは少し心配したが、ハナは落ち着いていた。
「母体が人間じゃなくてモストロやメッゾサングエの場合、お産は軽いから大丈夫だ」
そうらしい。
人間も陣痛の感じ方には個人差があるものの、ルフィーナは時間が経って来てもベルのときより明らかに楽そうだった。
また、ピエトラがルフィーナのお腹を触りながら確認してみたところ、人間の双子よりも明らかに小さそうだった。
でも念のため産道がしっかり開くまで待つと、時刻は日付が変わる数分前だった。
「はい、良いですよルフィーナ王妃陛下」
とピエトラの指示の下、ルフィーナが従っていきむ。
慣れ切っているアリーチェほど簡単にはいかなかったが、1分以内には一人目が出て来た。
「フラヴィオ様、おめでとうございます」
と、ベルが部屋の外に向かって声を大きくする。
「アレックス様のお誕生です」
続く2人目のときには、日付が変わって1493年の1月1日になっていた。
「シルビー様もお誕生です。念願通りの男女双子の魔法使いですね」
廊下の一同が盛り上がる中、ルフィーナが胸元に置かれた2人の我が子を見つめて「わぁ」と若草色の瞳を煌めかせる。
アレックスことアレッサンドロは目元がフラヴィオ似の、サルヴァトーレに続く金髪碧眼の第6王子だった。
シルビーことシルヴィアは、赤い髪も若草色の瞳も、その顔立ちもルフィーナそっくりな第2王女だった。
また、四分の一のメッゾサングエの割りには、魔力が高いらしい。
2人とも1500gほどしかなく、とても小さな赤ん坊だった。
ふと、「む」と眉を寄せたハナが、黒猫の耳を部屋の外の方へと向けた。
「この2人――アレックスとシルビー、気を付けた方がいいぞ。乳母に預けるのはまず止めた方がいい」
ベルとルフィーナが、分かっている様子で頷く。
「ベルさん、あの……」
「ええ、ルフィーナさん。もう一度言いますが、大丈夫です」
そこにある優しい、でも力強い微笑を見てルフィーナが「スィー」と安堵の表情を見せた。
「アレックス様も、シルビー様も、私が愛します。私が必ず、お守り致します――」
※番外編に45話ー4で省略した分あり。
「遅いわね。どうしたのかしら」
「トーレ殿下は赤ちゃんだから、直前にお腹が空いたとか、おむつを替えてるとかじゃないか?」
と、今か今かと着飾って待っている国民がざわめき出す。
朝9時には王都オルキデーアの中央通りに馬車がやって来る予定だったのだが、10分遅れてもその姿が見えない。
何故なら、パラータ専用の馬車に主役のフラヴィオとサルヴァトーレ、それからベルが乗り、護衛にはフェデリコ・アドルフォ・アラブの3人で行く予定だったのだが。
「私、トーレが心配だから付いて行くわ」
とヴァレンティーナが言い出したら連鎖反応が起き、私も俺も僕もと、他の皆も言い出して揉めていた。
やがて誰が行く行かないで喧嘩になり始め、フラヴィオが「分かった分かった!」と一同を宥めた。
「と言っても、馬車は2人乗りだし、パラータに護衛が付きすぎても宮廷の守りが薄くなるから、こうだ」
とフラヴィオが、馬車の座席にサルヴァトーレを抱っこしたベルとヴァレンティーナを乗せた。
さらに騎乗しているフェデリコの腕の中に、その四男レオナルドを。
アドルフォの腕の中にもその次男ジルベルトを乗せ、アラブの腕の中にはアドルフォの長男ムサシを乗せる。
ハナは馬車の御者で、フラヴィオはベルとヴァレンティーナのあいだに、ぎゅうぎゅう詰めになって乗り込んだ。
「以上。後は留守番だ」
「えー!」
と文句の声が上がる中、ハナが「いってきまーす!」と馬車を王都オルキデーアへ向けて発進させる。
いつものパラータより宮廷楽士たちが少ないのは、サルヴァトーレを驚かせないため。
でもあまり、意味が無かったかもしれない。
大手門を潜って坂を下り、王都オルキデーアの中央通りに入るなり、耳が劈かれるような大歓声に迎えられる。
驚いたサルヴァトーレが母の腕の中で泣きそうになったが、「よしよし」と父の腕に移ったら涙が引っ込んだ。
「人気者ばっかり連れて来てしまったから、凄いでござりまするねー」
「そういうおまえも人気者だって知ってたか、ムサシ? いつだかの舞踏会でビアンカを守ったときから、レオーネ国の王子は素晴らしいと、流石はドルフの息子だと評判が上がったみたいでな」
「おお、良かったじゃんかムサシ!」
と御者席からハナが言うと、ムサシが照れ臭そうに「はい」と笑った。
「ムネの猫4匹も人気だけどな。ハナは特に、アモーレと一緒に英雄になったこともあるしな」
「いやぁ……にゃはは」
と続いてハナが照れ笑いをした。
ベルが不安げな顔でフラヴィオを見る。
「フラヴィオ様、ルフィーナさんにお子が生まれた後、お披露目パラータは如何致しましょうか」
「生まれた後に国民の様子を見てみなければ分からないが、開催しない方が良いかもしれないぞ」
「かもな」と同意したハナが、「ていうかさ」と話を切り替える。
「ルフィーナさん、双子を授かったな。ルフィーナさん自身はまだよく分かってなかったけど、あたいが腹を触って確認したから間違いないよ。たしかに魔力が2つに分かれてた」
「ああ、ありがたい。男女の双子――アレッサンドロとシルヴィアだったら、余は魔法使い作りの義務を果たした気分だ」
「だな、フラビー。アレッサンドロだったらアラブさんに続く魔法剣士だし、シルヴィアだったらカプリコルノが一番必要としてる治癒魔法担当がもうひとり増えてくれるし、2人一緒に誕生してくれるなら本当にありがたいよ。治癒魔法はコニッリョには遥かに劣るとはいえ」
アドルフォがハナに問う。
「ルフィーナ王妃陛下に生まれた子をコニッリョたちに見せに行けば、また少し『人間界の王』に対する警戒が緩んだりするのか?」
「ああ、するぞ。コニッリョの頭は人間と変わらないと思って良い。この人間界の王、本当にメッゾサングエ作ったぞオイって感じになるんじゃないか? ところでアレッサンドロって地味に言い辛し、長いんだけど略称とか愛称は何?」
「サンドロが一般的だな」
とフェデリコが答えた一方、ヴァレンティーナがこう言った。
「サンドロも良いけど、アクアーリオ国風に言うと『アレックス』って言うのよ。ちょっとかっこいいと思わない?」
「へぇ、たしかにちょっといいな。ちなみにシルヴィアは?」
「『シルビー』よ」
「へぇ、それもいいな。フラビーみたいで。よし、ここはアレックスとシルビーにしよう。なぁ、皆?」
一同が承知の返事をする中、ベルがフラヴィオを隔てた向こうにいるヴァレンティーナを黙って見つめていた。
ヴァレンティーナがベルを見て小首を傾げる。
「アレックスとシルビーじゃ、気に入らなかったベル?」
質問の答えは返って来なかった。
「まだアクアーリオ語を勉強しているのですか、ティーナ様?」
「え、ええ……」
とヴァレンティーナが気まずそうに蒼の瞳を逸らした。
「その必要はもうございませんよ、ティーナ様。石材はカンクロ国にいくらでもありますから、アクアーリオ国との貿易は再び中止致します」
「えっ……?」
とベルに目を戻したヴァレンティーナが、狼狽して「そんな!」と声を上げた。
「待ってベル、アクアーリオ国はうちに貿易中止されたら貧乏になっちゃうわ!」
「アクアーリオ国民が心配ですか、ティーナ様。お金があろうが無かろうが、あそこの王族は民衆の生活を豊かにする気はないでしょう。うちに負けず劣らずの立派な宮廷をお持ちになっていることだけでも、その証拠です。典型的な駄目な国王といったところです。そんなに心配なら、アクアーリオ国をフラヴィオ様にお譲りいただきましょう。と申しましても、くださいと言ったところでくれるわけがありませんから、別の方法になりますが」
「戦争ってこと? 駄目よ、そんなの!」
「では、知りません」
「聞いて、ベル。私がやっぱりアクアーリオ国の王太子殿下と婚姻すれば――」
「なりません。あの王太子にティーナ様を嫁がせるわけには行きません」
「そんなこと言わないでベル、お願い!」
ベルに厳しい声で「許しません」と言われると、ヴァレンティーナが助けを求めてフラヴィオを見た。
そこにも厳しい顔がある。
「駄目だ、ティーナ。父上も皆も、そして国民も、誰もがおまえとあの王太子の婚姻を認められない」
「そんなっ……!」
アドルフォが口を挟む。
「カンクロがベルを攫ったとき、アクアーリオ国王も一役買ってたんだぞティーナ? なんやかんや言い訳してたが、心のどこかでベルに死んで欲しいって思ってたんじゃないか? そういう意味でも、アクアーリオはうちの敵だ」
「で…でもっ……!」
ヴァレンティーナが周りの一同を見る。
どこにも笑顔は無かった。
「諦めるんだ、ティーナ。良いな?」
とフラヴィオに承知の返事を求められ、ヴァレンティーナが呟くように「スィー」と返事をした。
「ほら、ティーナ。おまえは国民皆が心から愛する天使だ。笑顔を見せてあげてくれ」
「スィー……父上」
その後のパラータには、黙って笑顔を振りまく絶世の美王女の姿があった。
でもそれは、とても悲しそうな笑顔だった。
そしてベルの目に、どこか少し不審に映った。
(ティーナ様……?)
――9月9日は、カプリコルノ国宰相兼、カンクロ国女王ベルナデッタ・アンナローロの19歳の誕生日。
カプリコルノ国では王都オルキデーアで祝福パラータ。
カンクロ国では宮廷にあるロート殿で祝賀の儀。
その後、両国で盛大な祝宴。
その日の夜は、フラヴィオとベルがちょっとした旅行気分でカンクロ国の後宮に宿泊。
といっても、カプリコルノ国が夜のとき、7時間早いカンクロ国は明け方から朝の時間帯だが。
カプリコルノ国は国王・王妃の部屋は一緒だが、こちらは国王の寝殿と王妃の寝殿に分かれている。
せっかくなので、王妃(ベル)の寝殿に夜這いに来た国王(フラヴィオ)という設定で楽しんでおいた。
が、服装とレットが違うだけで、普段ベルの部屋に夜這いに来るフラヴィオとあまり変わりなく過ごした。
――10月になったら第4王子ティート9歳と、ただいま臨月のアリーチェ32歳の誕生日。
パラータは2人分まとめて開催。
ティートは馬に騎乗して、アリーチェは馬車に夫フェデリコと共に乗車して。
この日、国王ながら護衛として馬車の横に付いていたフラヴィオが問うた。
「なぁ、フェーデ。あと何人ほど子孫を残す予定だ?」
「アリーに負担を掛けたくないので、来月には生まれるだろうこの子で最後です」
「そうか。名は決めてあるのか?」
「男だったら産まれてから考えます。女だったら、レオが産まれるときに『カテリーナ』と決めていました」
そのカテリーナは、翌月の11月11日――フェデリコ35歳の誕生日の日に誕生した。
フェデリコ・アリーチェ夫妻はもう第6子なので、本人たちも周りも最初から最後まで落ち着いたお産だった。
宮廷の1階にある客間のレットの上で、いつも通り家政婦長ピエトラが子を取り上げ、ベルは助手、ルフィーナは治癒魔法係。
雑談しながらだった。
「今年は生まれる子多いわねぇ。コラード陛下とシャルロッテ陛下にライモンド殿下が生まれて、フラヴィオ様とベルにトーレ殿下が生まれて、今からわたしがこの子を産んで……来月にルフィーナ王妃陛下もお産になったりするのかしら?」
とアリーチェがルフィーナのお腹を見ると、それは「うーん」と小首を傾げた。
「どうでしょう。メッゾサングエは本当にそういうところ分からなくて。いつ産まれるのかも、どれくらいの大きさで生まれて来るのかも。でも、思ったより魔力が高い――モストロに近そうなので、早めに産まれるような気もします」
「そうですか。楽しみですね」
と言ったベルの顔を見つめて、ルフィーナが「スィー」と微笑した。
「男女双子だと良いのですが。魔法使い作りという陛下の肩の荷が下りますからね」
「そうね。特に治癒魔法担当のシルビー殿下は、コニッリョをすっかり仲間にするまでの繋ぎとして重要だと思うわ。――あ、家政婦長」
「出ますか、アリーチェ様。ハイ、つるんとどうぞ」
「ハイ」
つるん。
「お産って軽ーいっ!」
「い、いえいえルフィーナさん、私のときはこんなものではなくっ……」
カテリーナは2900gの、どちらかと言ったら父親似の美人顔だった。
また、レオナルドに続き、母親の深い金色の髪と榛色の瞳を受け継いでいた。
――そして、1492年の12月。
12日は国王フラヴィオ・マストランジェロの即位18周年祝賀パラータが開催。
フラヴィオが溺愛している生後6ヶ月の愛息子サルヴァトーレに、こっそり裁縫の得意なアヤメに用意しておいてもらったピンクのドレスを着せて連れて行った。
国民に可愛い可愛いと絶賛され、上機嫌で宮廷へ帰ってきた。
案の定、泣く子も黙る形相の女王陛下が待っていらっしゃった。
「フーラーヴィーオーさーまぁぁぁ……!」
「ご、ごめんなさいなのだ、ごめんなさいなのだ!」
共犯者のアヤメは隠れて震え上がっていたので、ひとりで直謝りして許してもらった。
でも、
「金輪際、こんなことはしませんですなのだ!」
大法螺を吹いたことは秘密。
どこの国も多忙となる年末、カプリコルノ国もカンクロ国も宮廷の中は慌ただしくなっていた。
そのため、一同が少しこのことを忘れていた31日――1492年最後の日。
フラヴィオとベルが、7時間早いカンクロ国で一足早く新年を迎えて来た後、カプリコルノ国で皆で夕餉のご馳走を食べているときのことだった。
「あ、やっぱりそうなのかな、コレ……」
とルフィーナが少し顔を歪めながら、お腹を摩った。
「どうやらさっきから陣痛が来てるみたいです」
お産は、国王・王妃の寝室のレットで行われた。
ベルと家政婦長ピエトラの他、治癒魔法係にハナもいる。
初産だからとベルとピエトラは少し心配したが、ハナは落ち着いていた。
「母体が人間じゃなくてモストロやメッゾサングエの場合、お産は軽いから大丈夫だ」
そうらしい。
人間も陣痛の感じ方には個人差があるものの、ルフィーナは時間が経って来てもベルのときより明らかに楽そうだった。
また、ピエトラがルフィーナのお腹を触りながら確認してみたところ、人間の双子よりも明らかに小さそうだった。
でも念のため産道がしっかり開くまで待つと、時刻は日付が変わる数分前だった。
「はい、良いですよルフィーナ王妃陛下」
とピエトラの指示の下、ルフィーナが従っていきむ。
慣れ切っているアリーチェほど簡単にはいかなかったが、1分以内には一人目が出て来た。
「フラヴィオ様、おめでとうございます」
と、ベルが部屋の外に向かって声を大きくする。
「アレックス様のお誕生です」
続く2人目のときには、日付が変わって1493年の1月1日になっていた。
「シルビー様もお誕生です。念願通りの男女双子の魔法使いですね」
廊下の一同が盛り上がる中、ルフィーナが胸元に置かれた2人の我が子を見つめて「わぁ」と若草色の瞳を煌めかせる。
アレックスことアレッサンドロは目元がフラヴィオ似の、サルヴァトーレに続く金髪碧眼の第6王子だった。
シルビーことシルヴィアは、赤い髪も若草色の瞳も、その顔立ちもルフィーナそっくりな第2王女だった。
また、四分の一のメッゾサングエの割りには、魔力が高いらしい。
2人とも1500gほどしかなく、とても小さな赤ん坊だった。
ふと、「む」と眉を寄せたハナが、黒猫の耳を部屋の外の方へと向けた。
「この2人――アレックスとシルビー、気を付けた方がいいぞ。乳母に預けるのはまず止めた方がいい」
ベルとルフィーナが、分かっている様子で頷く。
「ベルさん、あの……」
「ええ、ルフィーナさん。もう一度言いますが、大丈夫です」
そこにある優しい、でも力強い微笑を見てルフィーナが「スィー」と安堵の表情を見せた。
「アレックス様も、シルビー様も、私が愛します。私が必ず、お守り致します――」
※番外編に45話ー4で省略した分あり。
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