酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第48話ー3

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 3人が狼狽してベルの前に跪く。

 それを見下ろしながら、ベルがピエトラに耳打ちした。

「あの、彼女たちはもしかして私の……」

「侍女だよ」

「それはつまり私の身の回りの世話をしてくださる女性ですが、正直何もしていただくことが無いのですが」

「ああ、分かってるよ。あんたは何でもかんでも自分で出来るからね。それに、これから仕事だろう? 近くに居られたら逆に邪魔になるだろうね」

 ならば、何故侍女なんて雇ったのかとベルが突っ込もうかとき、『中の中庭』で鍛錬中だった男たちが駆け込んできた。

「アモーレっ……!」

「大丈夫です、フラヴィオ様」

 フラヴィオがベルを守るように抱き締める一方、残りの男たちが跪いている3人を囲っていく。

「何……どういうこと?」

 とコラードがピエトラを見ると、それは「申し訳ございません」と言った。

「驚かせてしまいましたか、皆様。彼女たちは本日からベルナデッタ女王陛下の侍女です」

 それを聞いて驚きの表情になった男たちを見ながら、ピエトラが「しかし」と言葉を続ける。

「本日の女王陛下はご多忙ですので、代わりに私の傍で働いていただきましょう。まずは厨房に行きます。来なさい」

 と廊下に出て行ったピエトラの後を、3人がベルの視界から逃げるようにして追っていく。

 これが本来のピエトラの歩く速度なのか、普通に歩いているとあっという間に離され、叱責が飛んで来る。

「さっさと来なさい! 大体、何ですそのだらしない歩き方は! 身体もだらしないし、偉大な女王陛下に恥を掻かせる気ですか!」

 変わり果てた奴隷を見た衝撃が収まらず、声を失っている3人の口がパクパクと動く。

 小走りになってピエトラの後を追っていき、同じ1階にある厨房に辿り着く。

 朝食の片付けと昼食の準備で繁忙の時間帯だった。

「連れてきたよ、フィコ」

「おう、待ってたぜ」

 と逞しい腕を出し、昼食の準備をしていた料理長フィコが振り返る。

 3人の姿を見定めるように見つめると、「嘘だろ?」と髭面を歪めた。

「あんたらが女王陛下の――俺の一番弟子の侍女だって? せめて中身が醜いなら外見、外見が醜いなら中身が美しくあってくれねぇかな。俺の可愛い一番弟子の顔に泥を塗ってくれる気か?」

 とフィコが、「洗え」と使用済みの食器を顎で差す。

 そこでようやく、はっとしたように3人が声を出した。

「わ、私たちが皿洗いだって!」

「そんなの侍女の仕事じゃなくて、最下級使用人の仕事でしょう!」

「なんなのよ、あんた! あたくしたちに命令して良いのなんて、家政婦長と執事くらいなのに!」

 フィコが小馬鹿にしように「はぁ?」と失笑した。

「俺は料理長で、あんたらより気持ち下だが、ほぼ同格だ。だが、厨房ここじゃ誰よりも俺が一番偉いんでい! 従え! この肉団子どもが!」

 とフィコが激昂すると、3人が肩を震わせた。

 ピエトラを見ると、それはこう言った。

「私は一旦、他の仕事をしてくるから、素直に料理長に従っておいた方が良いんじゃないのかい? 本物の肉団子にされたくなきゃね」

 3人にとって人生初の皿洗いだった。

 宮廷内の食器はすべて銀製になっていて、割れることはなかったが、落とすたびにフィコの怒声が鳴り渡りる。

(何でこんなこと!)

 そう腹を立てるが、手元の皿から横に顔を傾けると、フィコの逞しい腕と研ぎ澄まされた包丁が目に入った。

 さらに視線を上げると、逃げを許さない鋭い眼光に射られている。

「なんでい、その顔は。皿洗いなんて、俺の一番弟子は一日最低3回、4回はあんたらにやらせられてたんだぜ?」

 すべての皿を洗い終えたのは、昼食が出来て厨房から運ばれていく時間帯だった。

 フィコが皿に料理を盛りつけながら、「うーし」と声高になった。

「おまえら一旦、昼飯にしなー。今日はタコなー」

 厨房担当の使用人たちが待ってましたと言わんばかりに「スィー!」と元気良く返事をして、フィコが作った賄い――タコとオリーブオリーヴァ白ワインヴィーノ・ビアンコ煮――の皿とパンパーネを取っていく。

 3人は皿に駆け寄ってくるなり、料理を見て眉を寄せた。

「なんだい、コレは」

「タコ以外の何に見えるんでい?」

「私たちプリームラ貴族がタコを食べるようになったのなんて、オルキデーア国とプリームラ国が併合してからの話さ。プリームラ貴族はもともと肉が好きなんだ。ビーフステーキビステッカを焼いておくれ」

 フィコの顔色が変わった。

「何、注文付けてんだ? あんたらは、まず賄いを食って良いかどうか訊くところだろ?」

「なっ……!」

 と怒声を飲み込み、腹が減っていたのでしぶしぶ従う。

「た、食べて良いかい?」

「駄目だ」

 寸分の間も置かずに返ってきた。

「なんだ、それは! 私たちに食べずに働けって言うのかい!」

「ああ、そうだ。あんたらはベルに昼飯を食わせたことがあったか? 朝飯は、夜飯は? 無いだろ? 食うことを許したのは寝る前だけだろ? なら、当然あんたらもだ」

「なんですって……!」

「あーあ、床をビチョビチョにしやがって。掃除しろ」

「嫌よ! 食事もしてないのに!」

「うるせぇ! しろったら、しろ! どうしても肉が食いてぇって言うなら、自分の腹に食らい付いてろ!」

 厨房の床掃除が終わった頃、ピエトラが戻ってきた。

 厨房の外に3人を呼んで、1階の廊下を指差す。

「1階は人の出入りが多いから、すぐに床が汚れるんだ。雑巾で隙間なく拭きなさい。拭き残しがあったら、やり直しですからね」

 3人が廊下を見渡して呆然とする。

 廊下の突き当りが、果てしなく遠い。

「か、家政婦長様、まさかわたくしたち3人で、この廊下すべてをですか?」

「ええ、そうですよ。あなたたちのお屋敷も相当広かったと思ったけど、ベルはひとりで床だけでなく家中拭き掃除していたでしょう? しかも、10年ものあいだ毎日。この程度でなんだって言うんです? 文句は許しませんよ。あなた方がベルに対してそうだったようにね」

 汗だくになって1階の廊下を拭き終わったら、2時間近くが経ち昼下がりになっていた。

 息を切らしながら廊下にへたり込んで休憩していたら、ピエトラに「どきなさい」と言われる。

 今度は何かと、苛立ってそちらを見ると、とても美しい女たちの集団――天使たちの姿が目に入ってきた。

「天使様たちのお通りですよ。早くそこをどきなさい。ほら、早く!」

 やっとの思いで立ち上がって、廊下の端っこに避ける。

 近くを通っていた使用人が立ち止まって頭を下げると、ピエトラに「あなたたちもですよ」と言われて従った。

 自身たちの前を通ったときに、天使たちの「ごきげんよう」が振って来る。

 ある程度距離を置いたところで後を付いて行ってみると、それは裏庭へと出て行った。

 季節の花々が彩っている華やかなそこの中央付近には、大きな日傘が設置してある円卓があり、天使たちはそこに着いていく。

「あなたたち」と、ピエトラの声が聞こえて振り返ると、それは台車を押していた。

 その上にはティーポットテイエーラカップタッツァ、それから見覚えのあるパーネを盛った皿があった。

 王都オルキデーアで暮らしていた頃、自宅の近くにあった3番目の天使セレーナのパン屋パネッテリーアでよく買っていたものだ。

 今裏庭にいるセレーナが手土産に持ってきたのだと分かった。

「天使様たちにお茶をお出しして来なさい」

「わ、わたくしたちが……!?」

「なんだい? ベルは毎日毎日、あなたたちのためにお茶を淹れて出してくれただろう? 早くしな。その次は洗濯だよ」

 3人が台車を押して裏庭に入り、天使たちの下へと持っていく。

 それまで談笑していた天使たちがふと静まり返る中、慣れない手つきでテイエーラからタッツァに茶を淹れていく。

「あっ」と少し零してしまうと、ベルが「お気になさらず」と微笑した。

 その言葉がなんだか上から目線に聞こえて、苛立ちを覚える。

 天使ひとりひとりの前にタッツァを置いているときに、3人のうちの娘の腹の虫が鳴った。

 天使皆に聞こえたらしく、視線を浴びて赤面していると、ベルがふとセレーナの顔を見た。

 それが頷くのを確認した後、3人にパーネの皿を差し出す。

「如何ですか? セレーナさんのパーネなので、とても美味しいですよ」

 次の刹那、裏庭に3人の甲高い声が鳴り響いた。

「偉そうに!」

 皿が跳ね除けられ、すべてのパーネが地面の上に散らばる。

 数秒の静寂の後、1番目の天使ベラドンナの冷ややかな声が響いた。

「良かったわね。アンタたち、今夜はご馳走じゃない。だって、こーんなにパーネがある」

「こ、これは地面に落ちたものです……!」

「あら、アンタたちは床に落ちた食べ物をベルに与えてきたんじゃなかった? このパーネはアンタたちの今日の食事だから、ありがたく食べなさいね。寝る前に」

 その次に待っていた洗濯は、山積みになっている女性使用人たちのヴェスティートだった。

 3人の他にピエトラも居たが、気の遠くなるような作業だった。

「もう嫌! こんなに洗えるわけがないわ!」

「何を言っているんです、今日は私たち4人で40人分のヴェスティートだけでしょう。ベルは毎日毎日、あなたたち6人家族の服と下着、靴下やハンカチファッツォレットなどすべてひとりで洗ってきたんですよ。月のもので汚れたものまでね」

 洗濯が終わったら、また厨房に送り込まれる。

 夕食作りの手伝いだった。

 野菜類を洗って、包丁で切る役割を与えられる。

 洗うだけならまだしも、包丁を使ったことが無く、皮を厚く向きすぎて怒られ、指を切って泣き叫ぶ。

「指をちょっと切ったくらいで泣き喚くんじゃねぇ!」

 顔を真っ赤にしたフィコの怒号が厨房の中に響き渡った。

「俺の一番弟子が、あんたらの息子だの夫だの父親だの兄貴だのに、毎晩どれだけ酷い目に遭わされてきたと思ってる! どれだけ泣いたと思ってる! え!?」

 夕食が出来上がったら、4階の王侯貴族専用の食堂まで運んでいく。

 配膳台車を4階まで犬耳モストロ――カーネ・ロッソのテンテン――が魔法で運んでくれたのだが、モストロに慣れていなく、恐怖のあまり喚き立ててまた怒られる。

 3人が配膳台車を押しながら4階の王侯貴族専用の食堂に入ったら、そこは優雅な空間だった。

 宮廷楽士たちが奏でる舞踏会のような、優雅な音色。

 室内を照らすシャンデリアランパダーリオに、豪奢な調度品。

 長方形の食卓のテーブルクロストヴァッリャは白で、バラの花が飾られていた。

 そしてその食卓には、気品溢れる王侯貴族たちが並んでいる。

 長方形の食卓の、長い辺の中央に近いほど身分が高く、カンクロ国女王は真ん中にいるカプリコルノ国王の右隣にいた。

(生意気……!)

 自身たちがこの空間に居たらと考えると、一番端っこの席だった。

 ピエトラに「早くしなさい!」と怒られ、他の使用人たちと共に急いで料理の皿を食卓に並べていく。

(また料理を頭から掛けてやろうか)

 ベルの前に皿を並べているとき、そんな衝動に駆られた。

 でも食堂内にいるベルを除くすべての者の視線が3人に集まり、鎖で縛られたかのように硬直する。

 思わず緊張して皿を落とし、ベルのヴェスティートを汚した上に、料理を床の上にぶちまけた。

「アモーレ!」

 と、フラヴィオが狼狽してベルを膝の上に抱き上げる。

 3人の血の気が引いていった。

 ベルに掛かってしまったのは、あつあつのスープツッパだった。

「ベルさん!」

 メッゾサングエ王妃とその兄アラブが慌てて立ち上がり、ベルの下へ向かって何か魔法を掛ける。

 最悪だった。

 今のはわざとじゃないのに、部屋の中を見回すと疑いの目ばかりがある。

「どういうつもりだ?」

 フラヴィオは怒りを露わにして、怒鳴ったりはしなかった。

 でも、その碧眼は3人を拒絶していた。

 ベルがフラヴィオを宥めるように「大丈夫です」と言ったが、聞こえていないようだった。

「出て行ってくれ」

 軽蔑の眼差しを浴びながら、廊下に出る。

 ピエトラもすぐに出て来ると、3人の頬を平手で叩き付けた。

「何するのよ! 酷いわ!」

「お黙り!」

 とピエトラが怒号した。

「あんたたちは何度も何度もベルを殴ってきただろう! 一体いつになったら反省するって言うんだい! ベルが味わってきた苦しみが、まだ分からないって言うのかい!」

「さっきのはワザとではありませんわ!」

「嘘おっしゃい! 料理をワザと掛けてやろう、あんたたちがそんな顔をしていたのを私は見たよ! プリームラ貴族っていうのは、どこまでもどこまでも腐った輩だよ!」

 そこへ、ふと「どいてくれ」と声が割り込んできた。

 それは一匹の猫耳モストロ――ハナで、3人が悲鳴を上げて逃げていく。

「ハナちゃん、どうしたんだい」

 と、ピエトラが問うた。

 どうもこうも、ベタベタに仲良しのレオーネ国一同は、用が無くたって遊びに来たりする。

 でもそんなことを訊いたのは、その表情が平常では無く見えたからだ。

「うん、なんか、やばいのかもしれない」

 そういまいち答えになっていない言葉を返して、ハナが食堂に入って行く。

 中にいた一同の顔を見回しながら、ハナが「あのさ」と用件を口にする。

「こ、ここにいる皆、今からレオーネ国に来て欲しいんだけどっ……」

 と、ハナの黄色い瞳が動揺している。

 明らかな親友の異変に気付いたベルが、フラヴィオの膝から降りてハナの下へ駆けていった。

「レオーネ国に何があったの、ハナ?」

 とその顔を覗き込むと、それは「う、うん」とぎこちなく頷いて続ける。

「うちの陛下――レオーネ陛下が、危篤かもしれない」


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