酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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家族ー4(フェデリコ目線・本編52話省略分ー14)

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「あ、わたしも結構です。ありがとうございます、カプリコルノ陛下」

 とエーベルの声は囁くように小さく、可憐だ。

「ていうか父上、小遣いって……父上だって小遣い制なんだから、まずはベルナデッタ女王陛下に許可を取らないと後で怒られますよ」

「アモモモモモモ」

 もっともな突っ込みを入れたレンツォとエーベル夫妻、それからそのあいだに生まれた生後5ヶ月のサーラを描いていくとしよう。

「レンツォ、エーベル、描くぞ。笑ってくれ」

「スィー」

 と返事をした二人は、控えめの微笑を顔に浮かべた。

 ここの夫婦はどちらもおとなしく、似た者夫婦だ。

 義姉上の穏やかな顔立ちを受け継いだレンツォは、兄弟・従兄弟の中で一番おとなしく、中身も穏やかだ。

 身体の成長はマストランジェロ一族の男としてはゆっくりで、16歳になった今でも華奢で、少し不安がある。

 しかし、その心はちゃんとマストランジェロ一族の男だった。

「レンツォ、ちゃんとエーベルを守るんだぞ」

「スィー、父上。ボクはボクに出来ることをして、必ず妻と娘を守ります」

 エーベルが頬を染めてはにかんだ。

 レンツォの2つ上で18歳のエーベルは、姉のマヤと同じ髪色と瞳をしている。

 でもマヤとは対照的にいつも控えめな出で立ちで、レンツォと同様におとなしく、思えばここの姉妹は兄上と私のようかもしれない。

 エーベルは子供の頃は人見知りが激しかったが、隠れているところを優しく声を掛けてやると懐いてくれる可愛い子だった。

「おお、どうしたのだサーラ」

 と突然エーベルが抱っこしていたサーラ――兄上の孫娘が泣き出して、兄上があまあまの声を出して抱っこする。

「よしよし、どうしたのだ? そうか、眠いのか。どれどれ、じーじが楽しい夢の世界へ誘ってやろう」

 そういえば兄上は、子供をあやすのが上手い。

 何をしても泣き止まない赤ん坊が、兄上が抱っこするとすぐ泣き止むといったことが多々ある。

 サーラもすぐに泣き止んで、すやすやと眠り始めた。

 兄上は小声で「よし」と言うと、サーラをエーベルの腕の中に返した。

 私を見て『描け』の合図を出した兄上に頷いて承知し、サーラも描いていく。

 大人になるにつれて多少変化していくだろうが、サーラは落ち着いた髪色をしているレンツォよりは遥かに、普通の茶色の髪のエーベルよりも少し明るい髪色をしている。

 基本的に女の赤ん坊は男の赤ん坊よりもおとなしいが、サーラは特におとなしいように見受けられる。

 ちなみに子供たちが赤ん坊のとき、一番活発だったのはジルだ。目を離した隙に物を破壊した。

 その次に来るのはコラードだ。兎に角ちょろちょろと動き回り、目を離すと危ないことをしていて、兄上も義姉上もドルフもベラもアリーも乳母も使用人も私も、大変だった記憶がある。

 そこへリナルドが生まれたときは、皆口では喜んでいたが内心は愕然としていたかもしれない。

 そして、その1ヶ月後に生まれたティーナが、美しいわ可愛いわおとなしいわで、皆の目に本物の天使に映った。

 まぁ、その後に次の女――ビアンカ――が生まれるまでに男が4人続き、大変な日々が続いたのだが、今では楽しい思い出だ。

「そうだ、次はティーナを描こう」

「私ね、分かったわフェーデ叔父上」

「ティーナは最前列でも良かったんじゃないか? 一ヶ月後にはアクアーリオ女王なんだから」

「無理よ、私じゃ……」

 胸が痛む。

 アクアーリオに嫁いでボロボロになって出戻ったティーナは、すっかり自信喪失してしまった。

「ティーナ」

 兄上が少し厳しい声を出した。

「自信を持つのだ。そなたは国王に相応しい器や力を持っている」

 ティーナは黙って俯いたが、本当に兄上の言う通りだ。

 ティーナが女王になるというだけで、アクアーリオ国は救われる。

 また本当のことを言えば、この国の国王に最も相応しいのもティーナだ。

「描くぞティーナ、笑顔をくれ」

「ええ」

 ああ、神の最高傑作よ。

 少し元気のない笑顔でも、ティーナが微笑むだけでどんなに美しいものも陰ってしまう。

 花は恥じらって俯き、最高級のオルキデーア石は価値を失い、二枚貝はもう真珠を作り出してはくれないかもしれない。

 同じく絶世の美女といえばベラだが、悪いが私の中では格が違う。

 こうして見つめていると、まるで夢の中にいるような心地に――って……

「こら、ガルテリオ」

「スィー、父上? あ、僕の番ですか? 笑顔ですね、ハイどうぞ」

 ティーナの斜め後ろに立っている私の次男坊の顔が目に入った途端、現実に引っ張り戻された。

「逆だ、顔を引き締めろ」

「スィー。って、いや何で僕だけ」

「リナルド、鏡を貸してやれ」

 リナルドから手鏡を借りたガルテリオが、「あれ?」と言った。

「笑ってるつもり無かったのにな」

 無自覚だったのだろう。

 斜め後ろからティーナを見つめる顔が、見ていて恥ずかしいくらいに腑抜けている。

 私の知っている寡黙であまり感情を表に出さず、渋くてちょっと格好良い感じのする次男坊はいずこへ行った……。

「仕方ありませんよ」

 とベルがおかしそうに笑った。

 そうだろうな。

 物心ついた頃からずっと想い続け、またこの国の誰もが真に愛する5番目の天使――ティーナを、先日ついに振り向かせた男だからなおまえは。

「描くぞ、ガルテリオ。早く顔を引き締めろ」

「スィー」

「引き締まってないぞ」

「これ以上は無理です」

 まったく……将来、この絵を見たとき恥じても知らないからな。

「おまえもデカくなったものだ」

 コラードに次いで背丈のあるガルテリオも、兄上と私より目線が上に来る。

 また身体はコラードよりもごつく、兄上と私に近付いて来た。

 顔も成長と共に兄上と私に似てきて、また如何にも男っぽくなってきた。

「ウチ、ガルテリオってレオーネ人の30歳くらいに見えるわぁ」

 と、アヤメ。

 レオーネ人が童顔というのもあるが、たしかにそうだ。カプリコルノの同じ17歳と比べても、ガルテリオはずっと年上に見える。

 兄上の長男オルランドも年齢より落ち着いて見えるが、ガルテリオの身体は17歳から掛け離れてごついこともあって、その上を行く。

「あ、父上。お待ちください」

 とガルテリオが、溺愛しているトーレを片腕で抱っこした。

 トーレが「わーい!」とはしゃぐ。

「描いて描いて、フェーデ叔父上!」

「ああ、トーレ。こらこら、そんなに足をバタバタさせたら描けないぞ」

「スィー!」

 二人は本当に仲が良い。

 トーレのチェススカッキの先生がガルテリオだが、去年トーレがスカッキの天才児であることが発覚し、もはやどっちが先生か分からない状態だが、それでもやはりとても仲が良い。

 同じくトーレを溺愛して止まない兄上が、不貞腐れるほどだ。

「トーレ、父上が抱っこしてあげるのだ」

「え? でも父上、トーレは王子だから後ろの席じゃないと」

「良いのだ。父上の膝に来るのだ」

「でも、トーレだけそういうわけにはいかないと思います」

 そうだな、トーレ。そうなんだが……ああ、いかん。

 いかんいかんいかん、兄上があと5秒で泣く。

 なんとかせねば……――と私が焦るや否やに、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。

 誰だ?

 ベルだ。涼しい顔をしている。

 今のは一体……ああ、そういうことか――

「ちちうえ、だっこして?」

 最前列の椅子と椅子のあいだから、トーレと瓜二つの妹ジーナ――ヴィルジニアが出て来て、その1歳9ヶ月ばかりの小さな身体で、兄上の膝によじ登ろうとする。

 泣く寸前だった兄上の碧眼が、急激に煌めていく。

「おお、ジーナっ…! なんて可愛い子なのだっ……!」

 流石は、誰よりも何よりも兄上を愛してくれているベルだ。

 まさかそんなことをジーナに躾けていたとはな……。

 兄上のことはジーナに任せて、今のうちにトーレを描いてしまおう。

「トーレ、君は天使番号何番だ?」

「え? トーレ男の子だから、天使じゃないよフェーデ叔父上?」

 そうなんだが、分かっているんだが、兄上じゃないが、トーレは天使に見える。

 母ベルと同じ顔と、同じ髪型。

 ずっと撫でていたくなるようなサラサラとして柔らかな金の髪に、澄み切った空のような瞳。

 白い肌はまるで真珠で、その唇は舞い落ちてきた桜の花弁がくっ付いてしまったのか?

 近くで見ると睫毛がくるんと上を向いていて、尚のこと少女と見間違ってしまう。

 力は無いが頭はとても賢く、神に愛されて生まれて来た子だ。

「たくさん勉強して、将来は立派なカンクロ国王になるんだぞ、トーレ」

「スィー、フェーデ叔父上。でも……」

「どうした?」

「母上が最低でも100歳まで生きるって言うから計算してみたら、トーレが国王になるのは早くても82歳でした。トーレってそれまで生きてるのかなぁ」

「……」

 生きてるよな?

 まさか王太子のまま生涯を終えないよな?

「82歳まで頭も身体もしっかりね、トーレ」

「分かってるけど、でも母上…………念のため、たくさんお勉強しておくんだよジーナ?」

 母が自身よりも長く生きることを想定し、早めに対策を打ったかトーレ。

 流石の賢い判断ではあるが、苦笑してしまう。

 ああ、そうだな。本当にな。

 本当にベルは兄上との約束通り、否が応でも100歳越えの熟女になってみせるだろうからな……。

「なんでしょう、フェーデ先生? 私の顔に何かくっ付いていますか?」

「いやいや、ベル。私は君を尊敬している。さてトーレを描いたし、次は……」

「はい」

 と、ランドとアヤメの長男テツオが挙手した。先ほどのジルに続いて、大きな欠伸をする。

「リコたん閣下、テツオ描いてや。もう眠くて死にそうや」

 気付けば小さな子供たちが眠そうだったり、つまらなそうにしている。

「では、残りのチビッ子を描いていこう」

 今にも眠りに落ち、前に座っている祖父ムネ陛下に頭突きをかましそうな4つのテツオから描いていく。

 兄上の孫でもあり、兄上の長男オルランドとムネ陛下の長女アヤメ夫妻のあいだに出来た子だ。

 しかしその顔はどちらにも似ておらず、糸目と八重歯顔。

 つまり、サイトウ家の男の血は濃いのか何なのか、ムネ陛下とムサシ、さらに言えば亡くなったレオーネ国の先王陛下と同じ顔。

 最近はムサシに弓矢を習っているから、将来は立派な将軍になるかもしれない。

「あ、こら起きろテツオ。危な――」

「だっ!?」

 遅かった。やはりムネ陛下に頭突きをかました。

 テツオの幼い泣き声が居間の中に響き渡っていく。

「痛いわ、ムネじいちゃんのどあほぉぉぉう!」

「ワイの台詞や、どあほ!」

「あイテ! ムネじいちゃんがぶったあぁぁぁ! おとぉぉぉん!」

「テツオに何をするんです、義父上!」

「いや、テツオを叱れやランド! ワイは犠牲者やろ!」

「ムネじいちゃんの糸目! ブサイク!」

「せやったら、おまえも糸目のブサイクやボケ!」

「テツオのどこがブサイクなんです、義父上!」

「ほな訊くけど、ランドおまえ、ワイが美形に見えるんか?」

「いや?」

「せやったら、テツオも違うやろが!」

「だから、どこがです! テツオはこんなにおめめパッチリの美形でしょう! いい加減、目医者へ行ってくださいよ!」

「おまえがや、ボケェェェッ!」

 そういえば……ランドの親馬鹿が凄烈だ。

 これはムネ陛下が相手だからというわけではなく、誰でもランドの前でうっかりテツオのことを糸目だのムネ陛下だの言ってしまうと、顔を真っ赤にして激昂される。

 いや、女性陣ならマシだが、男が言ってしまうと洒落にならない。

「ちょお、もう、誰かこのアホなんとかしてや!」

 とムネ陛下に助けを求められた皆が、一斉に顔を背けた。

「――ってオイ、おまえら!」

 私は次のチビっ子――カテリーナを描いていく。

 今年で6つになる私の可愛い可愛い次女だ。

「さあ、リーナ。笑ってごらん」

「スィー、父上」

 姉のビアンカはアリー似の可愛い顔立ちをしていて、こっちのリーナは美人の顔立ちをしている。

 私はアリーやビアンカの目元を子犬のように感じているが、リーナはちょっと吊り上がって子猫のような魅力がある。

 でも中身は周りを振り回すビアンカの方が猫っぽく、素直に周りの言うことを聞くリーナの方が犬っぽい。

 深い金の髪や榛色の瞳はアリーを受け継いだが、アリーよりも髪の癖が少なく、直毛に近い。

 それから最近になって気付いたのだが、リーナは運動神経に優れていた。

「リーナの将来の夢はなんだ?」

「将軍」

 返答に困る返答をされた。

 この国には現在、女の将兵はおらず、この先も予定は無い。

 はっきり言って考えられない。冗談ではない。

 我らマストランジェロ一族の男から見た人間の女というのは――あのベラでもさえも――兎に角か弱い生き物だ。

 人間の女は赤ん坊から年寄りまですべてが守る対象で、間違っても戦場に出せるものではない。

「何を言っている、駄目だリーナ」

 と驚いた顔をした兄上が叱った。

 素直なリーナだ、承知の返事をするだろうか?

 いや、口を開かない――しない。

「こら、リーナ――」

「兄上」

 と私は兄上の口を遮り、首を横に振る。

 どんなにリーナが夢を見たところで、そんな力は身に付けられないだろう……たぶん。

 いや……たぶん。

「アレックス、シルビー」

 次にメッゾサングエ双子――兄上の六男と次女――を描いていく。

 飽きて風魔法で遊んでいた2人が、「スィー」と言って姿勢を正した。

 アレックスことアレッサンドロは、兄上や私譲りの金髪碧眼。

 シルビーことシルヴィアは、カプリコルノ王妃である母ルフィーナ陛下譲りの赤い髪と若草色の瞳。

 アレックスの少し鋭い目元も兄上と私譲りで、シルビーはルフィーナ陛下とほぼ一緒の顔をしている。

 でもシルビーの顔はだんだんと目の比率が大きくなって来て、とても可愛らしくなってきた。

「レオ兄上はオルキデーア軍の、ジル兄上はプリームラ軍の元帥なんでしょう?」

 とアレックス。

「じゃあ僕は、魔法剣士軍の元帥になりたい」

「有りかもな」

 と兄上と私の声が揃った。

 この先魔法使いが増えていくのなら、魔法剣士軍や魔法使い軍を作るのも有りだ。

「わたしは支援軍の元帥になりたいのよ」

 と、今度はシルビー。

「あ、でも心配しないで? 戦場の前線に出たいって言ってるんじゃないの。いちばん後ろから、将兵にグワリーレやバッリエーラを掛けて支援するの」

「おお、有りだな」

 また私たちの声が揃った。

 ティーナがコニッリョを仲間に入れてくれた後は、すぐにでも作れそうな軍隊だ。

「頼りになるな、おまえたちは。将来のこの国を頼んだぞ」

「スィー」

 と双子が得意げに胸を張った。

 さて、最後のチビっ子は……

「ジーナ、仕事ご苦労だった」

「スィー」と返事をしたジーナが、兄上の膝から降りて二列目に下がっていく。

 まだ小さいから足元には高めの踏み台があるようだった。

 トーレに「よいしょ」と乗せてもらい、支えてもらいながら天使の笑顔を作る。

 天使番号12番ヴィルジニアは、トーレをそのまま縮小した美幼女ぶりだ。

「ジーナは誰が一番好きなのだ?」

 兄上が訊いた。

 ベルが指を鳴らした。

「ちちうえよ」

「そーかそーか、父上か」

 兄上がデレた。

「ではジーナの理想の恋人はどんな男なのだ?」

 兄上が訊いた。

 ベルが指を鳴らした。

「ちちうえよ」

「そーかそーか、父上か」

 兄上がデレデレになった。

「ではではジーナは、将来誰と結婚したいのだ?」

 兄上が訊いた。

 ベルが指を鳴らした。

「ちちうえよ」

「そーかそーか、父上と結婚するのか。無論、余は分かっていた。誰よりもおまえを愛するこの酒池肉林王、決しておまえを悲しませたりなどせぬ…! 待っていろ……!」

 格好付けた兄上が、第一夫人・第二夫人の足元に土下座した。

「第三夫人を迎えたいですなのだ、何でもしますなのだ、お許しくださいなのだぁぁぁっ!」

 次へ行こう。


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