酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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家族ー6(フェデリコ目線・本編52話省略分ー16)

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 残りは兄上とベル、ルフィーナ王妃陛下、それからアラブだ。

「テレトラスポルトで宴会の準備を手伝いたいので、わたしとお兄ちゃんからいいですか?」

 とルフィーナ王妃陛下。

 では、ここの兄妹を先に描いていこう。

「どこまでもお優しい女性ですね、ルフィーナ王妃陛下は」

「そんなことないですよ、大公閣下。わたしはティグラート譲りの正直な口をしていますから、知らず知らずのあいだに誰かを傷付けていたりしますし」

「それはちょっとあるかもしれないが、おまえは優しいぞルフィーナ。優しいおまえは怪我した民衆を見る度に助けるのに、礼ひとつ言わない愚民が多過ぎて兄ちゃんは腹が立つ。いざとなったら、兄ちゃんが全員まとめてトルナードで滅してやるからな」

「ちょっとお兄ちゃん……」

 長年妹のために生きてきたというアラブが腹を立てても仕方がない。

 民衆のためにこんなに頑張ってくれている人は他にいない。

 それにも関わらず、ルフィーナ王妃陛下に向けられる民衆の目は未だに厳しい。

「あと兄ちゃんは、女はおまえが美女だから嫉妬してるんだろって思うんだ」

「止めてお兄ちゃん、恥ずかしい……」

 とルフィーナ王妃陛下は顔を赤くするが、実際ムネ陛下はとても美しかった義姉上になるべく劣らないメッゾサングエの女性を探していた。

 天使番号9番のルフィーナ王妃陛下は現在30歳で、ガット・ティグラートの特徴をよく受け継いでいる顔かたちの整った美人だ。

 ティグラートに多い赤い髪は巻き毛で、瞳は若草色。

 レオーネ国出身だが、大変自由奔放なテレトラスポルト旅商人のご母堂様が、父親は恐らくカプリコルノ人だろうと仰っていたらしく、たしかにルフィーナ王妃陛下はこっちの顔立ちをしていらっしゃる。

 またメッゾサングエなだけあって老化し辛く、20歳かそこらの女性に見える。

 まぁ、天使の仕事に『いつまでも美しくあること』というのがあるから、その努力の成果の表れもあるのだろうが。

 まったく似ていないアラブは異父兄で、その父親は恐らくヴィルジネ人だろうとのことだ。

 尚、私たちの中で、その大変自由奔放なご母堂様をお目に掛かったことがあるのは兄上だけだ。

 それもまだルフィーナ王妃陛下が子供の頃の話だ。

「母君はたしか結構ティグラート顔――猫顔をしていた美人だったよな。今どこで何をしているのだろうなぁ?」

 と兄上が訊くと、兄妹揃って苦笑した。

「なぁルフィーナ、母さんもう生きてないんじゃないか? ぼったくりがバレて処刑されたとかで」

「そうかなぁ。お母さん半々のメッゾサングエでわたしたちより強いし、逃げ足も早いし、早々死なないよ。わたしはどこかでぼったくり商売続けてると思うなぁ」

「時にフラヴィオ様、ルフィーナさん?」

「なんだ、アモーレ?」

「なんでしょう、ベルさん?」

 ベルの冷徹な瞳が2人を見つめている。

「お二方が初めて出会ったとき、何を売買されたのですか?」

「え?」

 と2人の笑顔が固まった。

「おやおや……どうされました?」

 Oh……

 私の背筋までも凍ってしまいそうに冷涼な守銭奴女王陛下の声が響いた。

 一点を見つめたまま石のようになった2人が、ベルには口が裂けても言えない売買取引をしたのは分かる。

 私が思い当たるところだと、『宝石のなる木が生えてくる魔法の砂』だろうか。

 如何にも胡散臭いそれを兄上が10億オーロで買ってきたときは――無論、『ただの砂』だったし――ドルフも私も溜まらず怒ったが、義姉上は察した様子で優しく微笑んでいた――

「フラヴィオは誰かを救ってきたのじゃろうな」

 よくよく考えてみればそうだった。

 兄上は正直賢くはないが、そこまで馬鹿でも無い。

 それに私の尊敬している兄上は、悪を嫌い弱い者を救う、強く善良な国王陛下なのだから。

「2人を許してやってくれ、ベル。どうにもならない過去の話だし、それにきっと2人は『思いやり』を売買したんだろう」

 私の言葉を少し考えていた様子のベルが、間もなく小さな溜め息を吐いた。

「そうですね……分かりました」

 ようやく石化が解けた2人が、今度は安堵から来ているのだろう涙を落としていく。

「ごめんなさい、ベルさんっ……ごめんなさい。貧困に困っている人々を救うためとはいえ、わたしもう二度と『レオーネ国の浜辺から集めてきた単なる砂』を『宝石のなる木が生えてくる魔法の砂』とか偽って売ったりしません」

「余ももう二度と『10億オーロ』で買ったりませんなのだっ……!」

「――なんですって?」

「あ、やばっ……! ベベベベベベルさん」

「し、しまった……! アモモモモモモ」

 さて、次は兄妹の兄の方――アラブを描いていこう。

 元はヴィルジネ国の王女――ムネ陛下の第二夫人アーシャ殿下――の近衛だったせいか、アラブはこういうときは大体ヴィルジネ国の衣装で着飾る。

 ヴィルジネ国も派手を好むようで、詰め襟の長衣には華やかな刺繍が沢山入っている。

「私はおまえの顔を見なくても描けるぞ、アラブ」

「え……」

「何を引いているんだ」

「自分、そんなに元帥閣下に見つめられていたんすか……」

「気色悪い言い方をするな。誰もがおまえの顔を一秒でも見たら忘れられない濃さだからだ」

 そう、アラブの顔はそれくらい濃い。

 ヴィルジネ人特有の――いや、ヴィルジネ人の中でも極めて濃い顔だ。

 肌は浅黒く、髪も瞳も真っ黒で、誰よりも長く濃い睫毛が密集し、まるで墨で囲ったような目をしている。

 さらに顔の堀がとても深く、目がえらく奥へ引っ込んで見える。

 ただ目鼻立ちは整っていることから、一部からは絶大な人気を誇っているらしい。

 年齢は今年で37歳だが、やはりメッゾサングエなだけあって出会った当初と外見年齢があまり変わりない。

 またルフィーナ王妃陛下は治癒や支援魔法を得意とする一方で、アラブは属性の風魔法を得意としている。

 オルキデーア軍の大将――私の部下――で、その実力は本物だ。

「おまえもありがとうな、アラブ。おまえがうちの国に来てから、何かと頼ってばかりの気がする」

「そうですね、兄上。アラブが来てから武力も各段に上がりましたしね」

「いえ陛下、元帥閣下。自分はカプリコルノに来てから楽しくやってますよ。ルフィーナの護衛も出来るし」

「余のアモーレに恋もしたしな」

「そ、その説はすみませんでした、陛下っ……!」

 とアラブが赤面してベルを一瞥した。

「おまえ、もうすっかりベルを諦めたんだよな?」

「スィー。陛下には敵わないって分かったら、自分じゃ駄目だって思ったんです。自分もかなり自信あったんですけどね、ベルさんへの想いは。凄いですね、陛下」

 兄上が誇らしげに「まあな」と言った。

 色々と困難を乗り越えて夫婦になった兄上とベルは、とても深い絆で結ばれている。

 ついさっきまで喧嘩になりそうな雰囲気をしていたはずだが、よく見たら椅子と椅子のあいだにある2人の手は握り合っていた。

「ところでアラブ、アレックスには風魔法をすっかり教え終わったのか?」

「スィー、陛下。アレックスは充分に攻撃魔法の才があるので、あとは練習あるのみです」

「そうか。未来のためにアレックスには頑張ってもらわないとな」

「そうですね。治癒魔法の才がシルビーの足元にも及ばない分、武力面で奉仕させないと」

「って言うと、シルビーの治癒魔法が凄いみたいに聞こえますけど、シルビーも、またわたしも所詮はメッゾサングエですから、たかが知れていて……本当、早くコニッリョの力が欲しいですよ」

 とルフィーナ王妃陛下は謙遜しているようで、そうでもないのかもしれない。

 先日ガルテリオが、真の――コニッリョの――治癒魔法グワリーレを目の当たりにしたらしく、桁外れの力だったととても驚いていた。

「ルフィーナ」

 兄上がルフィーナ王妃陛下の横顔を見つめながら呼んだ。

「今日も町の病院に行って、グワリーレを掛けてきたんだろう? ありがとう、礼ひとつ言われないのに辛くならないか?」

「どうしたんですか、陛下? わたしはこの国が好きで、この国の国民が好きで、それを助けたくて王妃にさせていただいたんです。別に感謝されたくて助けてるんじゃないですし、辛いどころか幸せですよ。陛下とベルさんに感謝しています。お兄ちゃんの命を助けていただいたこともありますし、感謝してもしてもし切れないくらいです。特にベルさんには、もう……本当にありがとうございます」

 とルフィーナ王妃陛下が、ベルに向かって頭を下げる。

「私の台詞ですよ、ルフィーナさん。ルフィーナさんはこの国を救ってくださっただけでなく、フラヴィオ様の命を救ってくださったのですから」

 ベルは義姉上が亡くなったときのことを言っているのだろう。

 あのとき兄上の目を覚まさせて自害を止めたのは、ルフィーナ王妃陛下の厳しくて優しいお言葉だった。

 そして兄上を誰よりも支えてくれたのは、7番目の天使だ――

「ベル」

 メッゾサングエ兄妹がテレトラスポルトで居間を後にしたあと、敬愛の念を込めて呼んだ。

「スィー、フェーデ先生。私の番ですね」

「ああ、笑ってくれベル。最高の笑顔の君を描き残したい」

「スィー」

 ああ……笑顔が上手になったな、ベル。

 思い出すな。

 10年前の兄上の誕生日パラータで見つけたときの、その姿を。

 着飾った華やかな民衆の中で、ベルはひとり襤褸ぼろを纏っていた。

 栗色の髪は散切りで、服の上からでも生きているのが不思議なくらい痩せていると分かった。

 瞳はまるで死んだ魚のようで、汚れた顔に浮かんでいた表情は『無』だった。

 そう、あの頃のベルは、昔この国に存在していた『奴隷』だった。

 それが――

「今や、驚くことに世界一の大国の『女王』か……」

 つやつやと美しい栗色の髪。

 真っ白な絹のような肌。

 桜の花弁のような唇。

 女性らしい曲線を描いた身体。

 絢爛豪華な衣装と、国の頂点に立った者の証――王冠。

 生命力に満ち、強い輝きを放つ栗色の瞳。

 犯しがたい気品と威厳。

 兄上が愛して止まない、美しく愛らしい笑顔。

「君は本当に美しい天使だ」

 ベルが少し困ったような笑顔を見せた。

「天使の手は、こんなに血で汚れていません」

「違う」

 間髪入れず否定した。

「君は天使だ。君はさっき自分を『堕天使』だとか『悪魔』だとか言ったが、それに同意した者たちも居たが、君は誰が何と言おうと本物の天使だ。異論は、私が認めない」

 ベルは兄上のために、生涯の忠誠を誓ってくれた。

 ベルは兄上のために、綺麗だった小さな手を汚してくれた。

 ベルは兄上のために、懸命にこの国を良い方向へと導いてくれた。

 たしかに世間の目から見たら、善良では無いこともやってきたかもしれない。

 しかしそれらすべてはベルの中の正義であり、それを貫き通しているベルは、私の目に真っ白な心の天使に映る。

「ありがとう、ベル。君が居なければ、兄上はあのときもう二度と立ち上がれなかったかもしれない」

 兄上が死んでしまう。

 そう思ったあのとき、私は本当に怖く、また兄上を救うことの出来ないでいる自身がとても不甲斐なかった。

 またそれは私だけでなく、皆もそうだった。

「君は兄上だけでなく、私や皆のことも救ってくれたんだ。君は本当に天使だ。大天使だ」

 これを言ったら、君はそんな馬鹿なと、そんなことは永遠に有り得ないと思うだろうな。

 でももう君は、誰が見ても義姉上に何ひとつ劣らない――

「君は兄上の『女神』だ、ベル」

「フェーデ先生……」

 驚いたように揺れ動いた栗色の瞳。

 それはゆっくりと兄上を捉えていった。

「――って、本当にフラヴィオ様のことを愛してらっしゃるのですねぇ? ふふふふふ」

「そうなのだ、アモーレ。フェーデは余のことを、妻アリーと並んで愛しているのだ。しかも40年間ずっとだ、ずーっと。ふふふふふ」

 ちょ……ちょっと待て。

 私は今、真剣な話をしていたはずだ。

「ああ、申し訳ございません! お許しください、フェーデ先生。私も常日頃から、色々とご教授くださるフェーデ先生には心より感謝しております。ありがとうございます」

「別に茶化したわけじゃないぞ、フェーデ。おまえのたしかな『兄上愛』が嬉しくて思わずだ、思わず。そう閻魔大王みたいな顔をするな。えーと、えーと……ああ、そうだ、そろそろアモーレを描き終わった頃か?」

 顔から火が出そうになりながら「スィー」と答えた。

「ありがとうございます、フェーデ先生。ではでは、お邪魔いたしました。私はお先に失礼いたします。ここから先は、どうぞ兄弟水入らずでごゆっくり」

 とベルが気を遣ってくれた様子で居間を後にしたが、余計に恥ずかしい。

「水入らずって……あれ? 本当だ、レオもいなくなっているな。最後にフェーデを描く仕事を忘れて宴会に行ってしまったか」

 そのようだ。

 居間の中には兄上と私の2人だけがいる。

「さぁ、フェーデ。もう良いぞ」

「何がです」

 と無愛敬に返したら、兄上が愉快げに笑った。

「だから怒るなフェーデ、悪かった。もう他に誰もいないから、誰も見ていないから、兄上愛を全面に曝け出して良いぞ」

「何ですか、それ」

「おまえ兄上が――余が大好きではないか。余と髪やヒゲを同じにするくらい」

 と、兄上がまた愉快げに笑った。

 いつもの私ならそれで良いと思うところだが、今はそうは思えなかった。

 兄上の笑い声に羞恥心を煽られ、恥ずかしくて堪らなくなってしまい、ついこんなことを声高に口走っていた。

「勘違いしないでください。私がお揃いにしないと兄上が怒るから渋々やっているんであって、好きでやっているんじゃありませんよ。当たり前でしょう、恥ずかしい」

「――」

 ――しまった。


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