酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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家族ー8(フェデリコ目線・本編52話省略分ー18)

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 この世にたったひとりの私の兄上――フラヴィオ・マストランジェロは、誰がもが羨む小さな宝島ここカプリコルノと、世界一の大国カンクロの偉大な国王陛下だ。

 細かく言うと私よりも1歳と3ヶ月年上の兄上だが、私たちは双子のように瓜二つだ。

 少し癖のある金の髪や、少し鋭い目の形。

 すっとした鼻筋や、大きくも小さくも厚くも薄くもない唇。

 すっきりした輪郭や、長めの首。

 ごつい骨格や、手足の大きさ。

 まぁ、身長は私の方が1cmだけ高いのだが、爪の形や日焼け具合まで、不思議なほどにお揃いに出来ている。

「なぁ、フェーデ。ちょっと訊いてみたかったのだが」

「なんでしょう、兄上?」

「おまえはこれまで何十枚、何百枚と余の絵を描いてきたわけだが、やっぱりときどき自画像を描いているような気分になるのか?」

いいえ。未だかつて、私はそんな気分になったことはありません」

「へぇ、そうなのか? まぁ、余は派手好きでおまえは地味好き、余はピアスをしているが、おまえはしていないしな」

「たとえ兄上と私が服を交換したって、兄上がピアスをしていなくたって、首から下の衣装は描かなくたって、私はそんな気分にはなりませんよ」

「ほう? 神が余とおまえをこれだけそっくりにしたのにか?」

 と少し不思議そうにする兄上は、気付いていないのだろうか?

 たしかに神は私たちを双子のように作ったが、ちゃんと区別が付くように別のものを与えている。

 それは何かと言うと、この碧眼だ。

 兄上の目の中に嵌められているものは、いつまで経っても穢れを知らない少年のようで、美しい海のように透明だ。

 また本日はこうして微笑を浮かべているだけなのに、朝日に照らされた海面のように煌めいている。

 比べて私の目に嵌められているものは、湖のように静かで冷静だ。

 決して神に文句を言っているわけではないが、芸術家の心を掴み、躍らせるのは兄上の瞳の方だ。

 私はこの瞳を描くとき、いつも鼓動が高鳴り、興奮を覚える。

「後で余と同じ表情をするのだぞ、フェーデ」

「スィー、兄上。でも同じように笑っても、同じにはなりませんよ」

「余の絵がおまえより劣るからか?」

「そういうことではなく、誰が描いてもそうなります」

「ふむ?」

 と兄上がまた不思議そうにする。

 私たちのもうひとつの外見の違いといえば、笑顔だ。

 神は兄上に太陽の笑顔を、私に月の笑顔を与えた。

 同じように笑っても、対照的なそれらが同じに見える者は早々いないだろう。

 また、以前太陽の光が失われそうになったとき、月の光はほとんど消えてなくなった。

 それどころか、太陽がそれまで照らし、咲かせていた沢山の笑顔が暗闇に包まれた。

「兄上が国王に即位してからでしたね」

「何がだ?」

「この国に笑顔が多くなったのは。父上の時代はそうでも無かった記憶があります」

「そりゃあな。病が流行したり、奴隷もいた時代だからな」

「そうですが……仮に私が王太子で、国王になったところでこんな国を築き上げることは出来ませんでした」

「そうか? 余は、真面目で賢いおまえの方が国王に向いていると思うが」

 兄上は自信家の割りには、自身の魅力に気付いていないように思う。

 兄上は明るく陽気で、民衆相手だろうが威張ることも見下すことも無く、まるで友人のように接する。

 兄上がそこにいるだけで笑顔が咲き、兄上が口を開くだけで愉快げな笑い声に包まれる。

 私にそんな力は無く、子供の頃にはすでに兄上の偉大さを感じていた。

 また兄上は子供の頃から悪を嫌い、弱い者を見たら当然のように手を差し伸べ、庇い、救う強い人物だった。

 私も同じようになれたのは、それをすぐ傍で見、倣いながら育ったからだと思っている。

 兄上は女性と破廉恥以外の勉強は嫌いで、よくサボっていたことから、両親はよく私に「おまえが王太子だったら良かったのに」と言って溜め息を吐いていたが、杞憂に過ぎなかったのだ。

「まぁ、たしかに時に困ったことをやらかしてきてくれましたけどね、兄上は」

 露出狂は止めて欲しいし、守銭奴ベルが来てくれる前の兄上の金遣いは本当に酷かった。

 それがルフィーナ王妃陛下の『宝石のなる木が生えてくる魔法の砂』事件のような、人助け精神から来るものならまだ良いが、そうでないときだって多々あった。

 やって来る商人にオルキデーア石を適正価格で売ったことはほとんど無く、女性が一緒だったらポンポンとおまけをつけてしまうし、逆に商人から明らかにぼったくり価格の商品を出されても、気に入ったら構わずに買ったりもしていた。

 兄上は少年の心を持っている故に、町で売っている子供用の安い玩具も好んで買っていたのだが、姿が見えないと思ったらムネ陛下と一緒にレオーネ国の遊郭で豪遊していたりもした。

 またマストランジェロ一族の男は代々こよなく女性を愛し大切にして来たが、中でも兄上は酒池肉林王を囁かれるほど女好きで、この年になっても盛りが一向に収まらず、それの相手をしてくれるベルには頭を下げずにはいられないし、弟として恥ずかしいと想いをして来たことだってある。

 例えば私とアリーが恋人同士だった頃、町でデートアップンタメントをしていたとき、偶然ひとりでいる兄上を見つけ、何をしているのかと思ったら、前を歩く女性の尻を恍惚と追い掛けていた。

 それだけでも恥ずかしかったのに、女性が道を横断し、そのまま追い掛けて行った兄上は、近くまで馬車が迫っていたことにも気付かず車道に飛び出し、轢かれた。

 他人の振りをした。

 しかし町は突如騒然としたし、アリーも焦って兄上に駆け寄っていったことで、私もそうするしかなかった。

 兄上はどうせ軽傷なのは分かっていたし、ぽかんとして鼻血を垂らす様が酷くマヌケで、穴があったら入りたいほど恥ずかしい想いをさせられた。

「何を赤くなっているのだ、フェーデ?」

「兄上が過去にやらかしたことを思い出していたんですよ」

「うん? どれのことだ?」

 そう、兄上は数え切れないくらい私を困らせて来た。

 でも、そんな欠点を遥かに上回る魅力を持っているのが兄上で、私はこの兄上の弟して生まれて来れたことを心から誇りに思っている。

 フラヴィオ・マストランジェロは、この世にたったひとりの私の自慢の兄上だ。

「ところでそろそろ描き終わったか、フェーデ?」

「スィー」

「では交代するとしよう、もうひとりのカプリコルノ国王よ」

 兄上の顔を見つめた。

「どうした? 異論がありそうな顔だな。でもさっきも言った通り、認めぬぞ。余は本当に皆から支えられているが、おまえが40年ものあいだ余をすぐ傍で支えてくれたからこそ、余は今こうして国王で居られるのだ」

 異論というか、違和感というか、これまで私自身そういう風に思ったことがない故に、つい戸惑ってしまった。

 そして兄上が私をそういう風に思っていてくれたことが改めて嬉しくなって、胸がじんと熱くなる。

 兄上に従って、指定席――兄上が座っていた椅子の左隣に座った。

 同じには映らないだろうが、さっきまでの兄上と同じ微笑を作る。

「お願いします、兄上」

「うむ。ちょっと時間掛かっても良いか? 親族揃っての大切な絵だし、ちゃんとおまえを描きたいのだ」

「スィー。いつまでも待っています」

 別に少しおかしくなってしまっても構わない。

 兄上が描いてくれるというだけで、私はとても嬉しい。

 本当に真剣に描いてくれているようで、だんだんと兄上の口数が少なくなっていった。

 こういう性格の兄上だから、普段はあまりこうして真剣な顔をお目に掛かることは無い。

 その碧眼が獲物を狙う獣のように鋭くなって、少し戦場に立つ『力の王』を彷彿とさせるだろうか。

 でもときどき「あっ」と焦ったり、「あれ?」と首を傾げたりする度に、いつもの兄上の顔が現れる。

 たまには兄上の真剣な顔を見るのも良いが、私はこっちのいつもの兄上の方が好きだ。

「ふう」

 と兄上が額に滲んだ汗を腕で拭うと、その腹の虫の音が私の耳まで響いて来た。

 気付けば時刻はすっかり夕方だ。

「出来たぞ、フェーデ」

「ありがとうございます」

 と立ち上がったら、兄上が「待ってくれ」と言いながら私に手をかざした。

 兄上が今度は怯えた子犬みたいな目になっている。

「あ、あのな、余は頑張って描いたのだ。でもやっぱり、おまえほどは上手く描けなかったのだ。お…怒らないかっ……?」

「もちろんです」

「ほ、本当か?」

「スィー」

 兄上はまだ不安そうだったが、私は胸を高鳴らせながらテーラの下へ歩いて行く。

 そしてその前へ立って兄上が描いた私を見るなり、身体が固まった。

「――…兄上……」

 私の隣で、兄上が狼狽したのが分かった。

「す、すまんフェーデっ……本当にすまん!」

 そうじゃない。

「余はこれでも頑張ったのだ!」

 見れば分かる。

「有りっ丈の愛情を込めて、おまえを描いたのだ!」

 本当に、そうだった――

「ありがとうございます、兄上」

 兄上が描いてくれた私に触れる寸前で止めた指先が、思わず小刻みに震えてしまう。

 たしかに私の絵と比べたら、粗が目立つかもしれない。

 でもぱっと見で私だと分かるし、私が想像していたよりも遥かに出来が良い。

 それに何より、私が固まってしまったのは、私に対する兄上の愛情が強く滲み出ていたからだ。

「これは……これは私の宝物です、兄上」

「これが? 本当かっ……?」

「スィー」

「そ、そうかっ……」

 兄上の安堵の笑顔を見た後、私は兄上から筆を受け取り、手早く背景を描いて仕上げていった。

 終わったら、絵の全体を見るために三歩下がる。

 兄上も私の隣に並んだ。

 2人でこの50人を超える大家族を眺めながら、感慨深くなる。

「兄上……本当に増えましたね、家族が」

「そうだな、フェーデ。余とおまえが生まれた頃から世話になっている第二の父上や第二の母上、じいやは変わらずいるが……余とおまえの弟妹が次から次へと病で亡くなり、2人きりの兄弟になって、父上と母上も亡くなり、ヴィットーリアまでも亡くなってしまったが……今はこんなにいるのだな。なんと幸せなことよ」

 本当にそうだ。

 家族ひとりひとりの顔を眺めながら、幸せを噛み締める。

「フェーデ」

 呼ばれて、兄上の顔を見た。

 茜色に染まった優しい微笑があった。

「本当にありがとうな、フェーデ。おまえは余に手を焼いてきただろうが、余はおまえに感謝しかない。おまえが弟で居てくれて良かった」

 今日何度か涙が出そうになったが、仕事が終わった――絵が完成した――こともあって、もういよいよ耐えられそうにない。

「ありがとうございます、兄上。私も兄上の弟として生まれて来たことを幸甚に存じます」

「そうか、嬉しいな。これからも傍で余を支えてくれるか?」

「御意……この命が尽き果てても」

 ついに涙が出る。

 ファッツォレットを忘れたので、止むを得ず袖で涙を拭う。

「なんだもう」

 とおかしそうに笑った兄上。

 マストランジェロ一族の男というのは困ったもので、ひとりが泣くと連鎖反応が起きるように出来ている。

 兄上の頬の上も、涙が伝っていった。

 それを私が乾いている方の袖で拭ったら、兄上も袖で私の涙を拭った。

 兄弟で涙を拭い合って、やっと止まったと思ったとき、居間の外から集団の靴音が聞こえてきた。

「あっ、待って待って! 待ってください、ムネ陛下!」

 とレオの声。

「後、皆さんも少々お待ちください! 僕がまず先に居間を覗きます!」

「なんでやねん、レオ?」

「良いからお願いします、ムネ陛下っ…! 人間には1つや2つ、他人には言えない秘密があるというものですっ……!」

「まぁな。8つのガキやのに、よう分かっとるやんレオ。で、つまりアレな? 今この居間の中では、フラビーとリコたんが秘密の世界を繰り広げているんやな? いつまでも宴に来ないから、おかしいと思ったんや」

「ちっ、ちちちっ、違いますムネ陛下!」

「わーった、わーった。安心せい、レオ。秘密なんやろ? わーったわーった。秘密な、うん」

「ありがとうございます、ムネ陛下! では、僕が先に――」

「ほな、暴きたくなるのが人間っちゅーもんやでぇぇぇ!」

「さっ、最低だ!」

「おりゃあぁぁぁっ!」

 と最低極まりないムネ陛下が、居間の両扉を開け放った。

「――って、あれ?」

 と兄上と私を見た後、居間の中を見渡し、また私たちに顔を戻してつまらなそうに口を尖らせる。

「なんやねん。なんもしとらんのかいな」

「ああ、良かった……」

 と胸を撫で下ろした様子のレオが、絵を見るなり「あっ!」と声を上げた。

「もしかして絵、出来上がったんですか?」

「ああ、レオ。フェーデのことはおまえに任せようと思ったが、余が描いた」

「伯父上が!」

 どうやらこの絵に描いた皆でやって来たようで、レオを先頭に続々と居間の中へ入ってくる。

 どんな反応をするだろう?

「わぁ、凄いです伯父上! ちゃんと父上を描けてる!」

「ほんまや。凄いやん、フラビー」

「本当ですね。素晴らしいフェーデ先生です、フラヴィオ様!」

「ていうか見て見て、皆! なんて素敵な絵なのかしら……!」

「本当ね、ティーナ! フラヴィオ様とフェーデの共同最高傑作だわ! ねぇ、どこに飾る? やっぱりここの居間かしら」

「そうね、ベラちゃん。ここに皆集まるんだし、2階の美術室で乾かした後はそれがいいと思うわ。ふふ、皆良い顔をしてるわね」

 良かった。上々の反応だ。

 皆が目を輝かせて絵を見ている。

「ちょっと本当に兄弟お揃いで描いちゃったよ、この人たち」

「本当に尊敬にするよな、ここの兄弟愛。後世まで残るのにお構いなしか」

 息子たちのからかいや嘲笑が聞こえた。

 さっきまでの私だったらまた恥ずかしくなっていたところだが、もうそんな気持ちは湧いて来なくなっていた。

 それどころか自然と胸を張っていた。

「ああ、私たち兄弟は素晴らしいだろう? 私は、兄上と私の不朽不滅の兄弟愛を、この絵を以て後世まで残すんだ」

 息子たちが兄上と私の顔を交互に見つめる。

 また笑われるだろうか?

 それどころか、完全に呆れられるだろうか?

 そう思ったのだが、そのどちらでもない様子だった。

 息子たちが絵を見つめて、微笑する。

「うん……いいっすね」

「うん、いいと思います。この絵には家族皆が集まったんだし、乾いたら頑丈な額縁に入れて、ずっとずっと先の後世まで残そうよ」

 兄上と私は顔を見合わせて笑った後、再び絵に顔を戻した。

 しばしのあいだ、皆でああだこうだ言いながら絵を眺めているときに、ティーナがふと「幸せね」と言った。

 その絵と向き合う美しい横顔には微笑が浮かび、蒼の瞳は家族ひとりひとりを愛おしそうに見つめている。

「そうだな」

 兄上が同意した。

「本当にな」

 私も同意した。

 皆の声も続き、笑顔が咲き。

 居間の中を、陽だまりのようにあたたかい空間が包み込んでいく。

 幸せよ、どうか永遠なれ――





※番外編は一先ずこれにて終了です。
でもこの後『おまけ』あります。
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