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第16話 安堵と不安
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お腹がいっぱいになって落ち着いたからか、スヤスヤとまた眠りだした赤ん坊を抱いてハンナは店を出た。
「お待たせしました。水とミルクを手に入れたので、先を急ぎましょう」
荷車の中に隠れているエステルに小声でそう告げると、再び荷車を牽いてこの集落をあとにした。
国境をまたぐ道には見えない場所にも出入りを監視する兵士がいることがある。
それが常にではないにしろ、身分証を持たないエステルは密入国者だ。
見られる危険性のある国境付近より遠く離れなければこの中から出るわけにはいかないのだった。
「もう少し、もう少しですよ……」
華奢とはいえ大人が一人、それにフェイクに積まれたいくつかの木箱と赤ん坊。
これまで力仕事なんてしたこともないハンナがそれらを一人で引っ張るのはなかなか大変で進みは遅い。
けれどもじっと息をひそめることしかできないエステルはただ祈ることしかできなかった。
「――お嬢様。――お嬢様?」
呼ばれてハッとし、目を開けると自分を隠すように掛けられていた布が捲られていた。
「えっ?」
「だいぶ進みました。もうすぐ次の街付近ですよ」
そう言われてエステルは体をムクリと起こし、周囲を確かめるようにキョロキョロと見渡した。
「もう大丈夫なのかしら?」
「えぇ……国境はもう遠いです。グニャリと曲がった道だったのでこれだけ離れればもう見えないでしょう」
「そう……」
「外に降りますか? それとも――」
「歩くわ。ハンナだけに苦労かけるわけにはいかないもの。一緒に牽きましょ」
「ふふっ。お嬢様にできますかね」
「あら? 私だってこれぐらい……ねっ!」
エステルが降りれば然程重くないとはいえ、けっして軽いわけではないこの荷車。
しかしこんな状況にもかかわらず二人で協力して牽いているとちょっと楽しくなり、不意に笑い声が漏れてくるのだった。
「なか、なか――たい、へん―ーねっ!」
「そうです、ね~ぇ」
そうこうしていると街の入り口が見えてきた。
「あぁ~、もうすぐ、そこに――街が……」
街が目の前に見えたことにフッと一抹の不安を覚え、エステルはピタリと歩みを止めた。
それにハンナは気が付くとエステルの手を握る。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
「街よ? 小さな集落とは違って役人がいるわ。教会だって……」
「こちらの国では自国ほど教会の力が強くないと聞きますし、街とはいえ小さい方です。そこまでの心配はないですよ、きっと」
「なら……いいんだけど……」
身分証がないことがバレれば死が待ち構えている。
そのことがエステルをひどく臆病にしていたのだった。
「お待たせしました。水とミルクを手に入れたので、先を急ぎましょう」
荷車の中に隠れているエステルに小声でそう告げると、再び荷車を牽いてこの集落をあとにした。
国境をまたぐ道には見えない場所にも出入りを監視する兵士がいることがある。
それが常にではないにしろ、身分証を持たないエステルは密入国者だ。
見られる危険性のある国境付近より遠く離れなければこの中から出るわけにはいかないのだった。
「もう少し、もう少しですよ……」
華奢とはいえ大人が一人、それにフェイクに積まれたいくつかの木箱と赤ん坊。
これまで力仕事なんてしたこともないハンナがそれらを一人で引っ張るのはなかなか大変で進みは遅い。
けれどもじっと息をひそめることしかできないエステルはただ祈ることしかできなかった。
「――お嬢様。――お嬢様?」
呼ばれてハッとし、目を開けると自分を隠すように掛けられていた布が捲られていた。
「えっ?」
「だいぶ進みました。もうすぐ次の街付近ですよ」
そう言われてエステルは体をムクリと起こし、周囲を確かめるようにキョロキョロと見渡した。
「もう大丈夫なのかしら?」
「えぇ……国境はもう遠いです。グニャリと曲がった道だったのでこれだけ離れればもう見えないでしょう」
「そう……」
「外に降りますか? それとも――」
「歩くわ。ハンナだけに苦労かけるわけにはいかないもの。一緒に牽きましょ」
「ふふっ。お嬢様にできますかね」
「あら? 私だってこれぐらい……ねっ!」
エステルが降りれば然程重くないとはいえ、けっして軽いわけではないこの荷車。
しかしこんな状況にもかかわらず二人で協力して牽いているとちょっと楽しくなり、不意に笑い声が漏れてくるのだった。
「なか、なか――たい、へん―ーねっ!」
「そうです、ね~ぇ」
そうこうしていると街の入り口が見えてきた。
「あぁ~、もうすぐ、そこに――街が……」
街が目の前に見えたことにフッと一抹の不安を覚え、エステルはピタリと歩みを止めた。
それにハンナは気が付くとエステルの手を握る。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
「街よ? 小さな集落とは違って役人がいるわ。教会だって……」
「こちらの国では自国ほど教会の力が強くないと聞きますし、街とはいえ小さい方です。そこまでの心配はないですよ、きっと」
「なら……いいんだけど……」
身分証がないことがバレれば死が待ち構えている。
そのことがエステルをひどく臆病にしていたのだった。
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