82 / 89
第8章 愛と哀しみ
1.名前と名前
しおりを挟む
「フフッ。すっかりとイブを母猫のようにしているね。」
ホレイショーの街を出て精霊の手での移動中、子猫となってしまったアージェはイブを母だと思っているのか四六時中ピッタリと体を摺り寄せ、時には母乳を求めたりして離れることは無かった。
「私が……母だなんて………。」
そんな情景を見て俺はなんとも微笑ましくて可愛いなと口元を緩めていると、イブは少し暗い表情で今にも泣きだしそうな顔をしてアージェを見つめていた。
少し様子がおかしいなと思ったが本人に直接聞ける雰囲気でもなく、後でこっそりと俺はアダムにイブのことについて何か知っている事や思い当たる事はないかと尋ねてみた。
すると以前アダムとの間に子供を生したことがあるらしいのだが、不運な事にどうやらその子供は死産となってしまったそうでイブはその事で心に深い悲しみを抱えているらしいのだった。
たぶんその時の自分の子供とアージェの姿を重ねて見てしまっているのだろう……。
「あの時は『私には母になる資格がないってことなの!?』って自問自答するばかりで、長い間悲しみに明け暮れて随分と塞ぎ込んでいたから………。だから母の様に慕ってくれるのがうれしい反面、戸惑いとか拒絶とか……今は複雑な気持ちなんだろう。」
そうアダムは自分のヒゲを触りながら目を伏せて俺に話すのだった。
アダムはアダムで大好きなイブを元気付けたいがどうしたら良いのかも分からず、イブの方から欲しいと言うまではと子供の話も子作りも避けてずっと寄り添ってきたらしい。
「今度は元気な子をと祈って、私はまた子作りしたいんですがねぇ……。きっと次は大丈夫って言っても、アイツは益々塞ぎ込むばかりで………。」
まだまだ未熟な16歳程度の子供の俺には気の利いた言葉なんか思い浮かばず、寂しそうにボヤくアダムの背中を撫でることしかできなかった。
「私は大丈夫なんです。私は………。」
アダムはスッと立ち上がるとアージェを挟んでその隣に移動し、愛おしそうに自分からイブに頬擦りをしてペロペロとふたりで毛繕いをし合っている。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
俺の横が空いたのを見計らってトトトッとパウロが近寄ってきた。
「なに?」
「アージェの新しい名前は……決まったかにゃ?」
名前、か―――。
子猫の姿になってしまった時にイブに告げられた『生まれ変わった』みたいだという事……。
その意味を俺たちは数日後に思い知った。
あの衝撃の朝、あの時までは何となく自分の事かなという程度ではあったが「アージェ」という呼びかけに反応していたのだが―――。
「『アージェ』って名前はもう使えないんだから早く決めるにゃ!」
パウロの言う通り、時間が経つと記憶が薄らいで消去されてしまったようにその名前をアージェは受け付けなくなってしまった。
拒絶と言っても過言ではないようで、三日後にはピクリとも反応しなくなったのだった。
俺はこれはヤバいと急いで教会へ連れて行き、俺がこの世界に来て最初の頃にしたように身分証でもあるアージェの石を掲げて神様に祈りを捧げたのだが……その瞬間に石はパンッと音を立てて割れ、跡形もなく粉々に砕けてしまった。
その為に新しい名前が急遽必要となり、満場一致でやはり俺が名前をと乞われて名付け親に決まったのだ。
「う~ん……。」
訊ねられて暫し悩み、更に考えた。
俺が名付け親になる事に決まった時からずっと考えていた名前はいくつかある。
あれが良いかな……これが良いかな、あれは違う……これも違うかな、湧いては消え湧いては消え………今は幾つかの候補が残るのみとなっていた。
「ちょっと悩んだんだけど………。」
パウロがワクワクと期待した目で俺を見つめてくる。
「シモーネ。シモーネにしようと思うんだ。なっ!」
子猫を両手で抱き上げて自分の目線の所まで持ってくると、俺は「これだっ!」と決定した名前で呼びかけた。
すると、嬉しそうな声で「ニャーン!」と返事をした。
「ウフフッ。喜んでるにゃ。ね~、シモーネ。」
「ニャ~ァ!」
アージェだったその子猫は俺が付けた新たな名前『シモーネ』をお気に召したようで、名前を呼ぶと嬉しそうに返事をしてくるのが可愛くて皆で何度も呼びかけた。
この子もあっという間に大きくなるのだろう……。
パウロも………。
「そういえば、初めて会った時からパウロも少し大きくなったな。」
いつの間にか俺の膝の上に座って寛いでいるパウロへ目線をやると、俺と目が合ったことが嬉しいようで笑顔を向けてきた。
「少し……重くなったしな。」
「ワタチだって日々成長してるのにゃ。大人になって言ってるのにゃ~。」
人間と違って猫は成長の早いものだが……所謂ところのイエネコしか詳しくは知らない俺はこれから先、パウロがどんな成長をしていくのか楽しみだった。
「ここは異世界だしな、地球と同じとは思って無いが……。 どうなっていくんだかな~。」
「もっともっと大きくなるにゃ~! それで大人になったらお兄ちゃんを背中に乗せて走るのにゃ~。」
「前にもそんなことを言っていたね。」
「うんっ! だから早く大人になりたいのにゃ~。」
ご機嫌で話をするパウロを見ていると、大人になるのが俺は実に楽しみになってきたのだった。
ホレイショーの街を出て精霊の手での移動中、子猫となってしまったアージェはイブを母だと思っているのか四六時中ピッタリと体を摺り寄せ、時には母乳を求めたりして離れることは無かった。
「私が……母だなんて………。」
そんな情景を見て俺はなんとも微笑ましくて可愛いなと口元を緩めていると、イブは少し暗い表情で今にも泣きだしそうな顔をしてアージェを見つめていた。
少し様子がおかしいなと思ったが本人に直接聞ける雰囲気でもなく、後でこっそりと俺はアダムにイブのことについて何か知っている事や思い当たる事はないかと尋ねてみた。
すると以前アダムとの間に子供を生したことがあるらしいのだが、不運な事にどうやらその子供は死産となってしまったそうでイブはその事で心に深い悲しみを抱えているらしいのだった。
たぶんその時の自分の子供とアージェの姿を重ねて見てしまっているのだろう……。
「あの時は『私には母になる資格がないってことなの!?』って自問自答するばかりで、長い間悲しみに明け暮れて随分と塞ぎ込んでいたから………。だから母の様に慕ってくれるのがうれしい反面、戸惑いとか拒絶とか……今は複雑な気持ちなんだろう。」
そうアダムは自分のヒゲを触りながら目を伏せて俺に話すのだった。
アダムはアダムで大好きなイブを元気付けたいがどうしたら良いのかも分からず、イブの方から欲しいと言うまではと子供の話も子作りも避けてずっと寄り添ってきたらしい。
「今度は元気な子をと祈って、私はまた子作りしたいんですがねぇ……。きっと次は大丈夫って言っても、アイツは益々塞ぎ込むばかりで………。」
まだまだ未熟な16歳程度の子供の俺には気の利いた言葉なんか思い浮かばず、寂しそうにボヤくアダムの背中を撫でることしかできなかった。
「私は大丈夫なんです。私は………。」
アダムはスッと立ち上がるとアージェを挟んでその隣に移動し、愛おしそうに自分からイブに頬擦りをしてペロペロとふたりで毛繕いをし合っている。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
俺の横が空いたのを見計らってトトトッとパウロが近寄ってきた。
「なに?」
「アージェの新しい名前は……決まったかにゃ?」
名前、か―――。
子猫の姿になってしまった時にイブに告げられた『生まれ変わった』みたいだという事……。
その意味を俺たちは数日後に思い知った。
あの衝撃の朝、あの時までは何となく自分の事かなという程度ではあったが「アージェ」という呼びかけに反応していたのだが―――。
「『アージェ』って名前はもう使えないんだから早く決めるにゃ!」
パウロの言う通り、時間が経つと記憶が薄らいで消去されてしまったようにその名前をアージェは受け付けなくなってしまった。
拒絶と言っても過言ではないようで、三日後にはピクリとも反応しなくなったのだった。
俺はこれはヤバいと急いで教会へ連れて行き、俺がこの世界に来て最初の頃にしたように身分証でもあるアージェの石を掲げて神様に祈りを捧げたのだが……その瞬間に石はパンッと音を立てて割れ、跡形もなく粉々に砕けてしまった。
その為に新しい名前が急遽必要となり、満場一致でやはり俺が名前をと乞われて名付け親に決まったのだ。
「う~ん……。」
訊ねられて暫し悩み、更に考えた。
俺が名付け親になる事に決まった時からずっと考えていた名前はいくつかある。
あれが良いかな……これが良いかな、あれは違う……これも違うかな、湧いては消え湧いては消え………今は幾つかの候補が残るのみとなっていた。
「ちょっと悩んだんだけど………。」
パウロがワクワクと期待した目で俺を見つめてくる。
「シモーネ。シモーネにしようと思うんだ。なっ!」
子猫を両手で抱き上げて自分の目線の所まで持ってくると、俺は「これだっ!」と決定した名前で呼びかけた。
すると、嬉しそうな声で「ニャーン!」と返事をした。
「ウフフッ。喜んでるにゃ。ね~、シモーネ。」
「ニャ~ァ!」
アージェだったその子猫は俺が付けた新たな名前『シモーネ』をお気に召したようで、名前を呼ぶと嬉しそうに返事をしてくるのが可愛くて皆で何度も呼びかけた。
この子もあっという間に大きくなるのだろう……。
パウロも………。
「そういえば、初めて会った時からパウロも少し大きくなったな。」
いつの間にか俺の膝の上に座って寛いでいるパウロへ目線をやると、俺と目が合ったことが嬉しいようで笑顔を向けてきた。
「少し……重くなったしな。」
「ワタチだって日々成長してるのにゃ。大人になって言ってるのにゃ~。」
人間と違って猫は成長の早いものだが……所謂ところのイエネコしか詳しくは知らない俺はこれから先、パウロがどんな成長をしていくのか楽しみだった。
「ここは異世界だしな、地球と同じとは思って無いが……。 どうなっていくんだかな~。」
「もっともっと大きくなるにゃ~! それで大人になったらお兄ちゃんを背中に乗せて走るのにゃ~。」
「前にもそんなことを言っていたね。」
「うんっ! だから早く大人になりたいのにゃ~。」
ご機嫌で話をするパウロを見ていると、大人になるのが俺は実に楽しみになってきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる