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第8章 愛と哀しみ
6.失敗から知れる事、思い出す事
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「――痛っ………!」
やられた――いや、やってしまった……。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫? お兄ちゃん……。」
突然のできごとによって俺が出した大きな声に、ピエトロとリリアが心配そうに尋ねてきた。
分かっている――ー。
おそらくは思わず俺が笑ってしまったことに、この“ツチヌコ”が怒ったのだろうということは。
それで俺が触ろうと出していた手の甲をバリっと引っ掻かれたというわけだ。
「おいっ! お前!」
俺の手に彩られた赤い傷が視界に入るとアダムは何をするんだとばかりに声を荒げ、威圧するように鋭い眼光を“ツチヌコ”にキッと向けている。
「いいからっ! 今のは笑ってしまった俺が悪かったんだ……。それにただでさえ弱った体で気を失っていて、目が覚めたらこんなにいっぱいの目が自分を取り囲んでいたんだもの………怖いんだよ。今だってほら―――。」
俺の言葉に皆の視線が“ツチヌコ”へとバッと向けられる。
ヒゲは情けなく下げられ、顔も手も――体全体がまるで石の様に固まって動かず、瞳孔が真ん丸に大きく広がった目で俺をジッと見つめてくる。
こっちの世界に来てからパウロに始まり、アダムもイブも――どの子も最初から友好的だったから失念していたが本来、猫っていう生き物はこういうものだった。
初めて見るものに対しては特に怖がりで警戒心剥き出しで……『猫流の御挨拶』もせずに不用意に触ろうと手を出せば、噛まれたり引っ掻かれたりすることは当たり前なのだということを………。
「こっちの世界に来て、今まではすぐ仲良くなれてたからうっかりしていたんだ。引っ掻かれたのなんて久しぶりだな。」
引っ掻かれた手の甲をもう片方の手で擦りながら、なんだか懐かしいな~という思いにじんわりと浸っていた。
「まぁ………そうですね。今のルカ様はとりわけ恐怖をかき立てる見た目をしているのでその所為もあるのでしょうし。ちょっとした笑みを漏らしても、相手からすればせせら笑われたと思われかねませんから気を付けていただかないと……。まぁ、一緒に旅をしている私たちは違うって分かっているので大丈夫ですけどね。」
俺の少し罪悪感の混じった喜びにも似た気持ちを遮る様にして、イブが口を挟んできた。
「見た目って―――もしかしてこの髪や目の色の事?」
「えぇ……。だって邪神の色に――。」
目を逸らしながらモゴモゴと伝えられたその答えに、俺はハッとしたのだった。
確かに今は前と違って色がだいぶ抜けてしまったが……『邪神』と言われるほどではないと思う。
だが晴れ渡った今日の空の下、影の出来る方向や光の加減も相まって、猫の目では色覚も違うし俺の髪の毛は見ようによっては真っ白に見えなくもない―――か。
自分の髪の毛を弄って今の色を再確認しながらそう考える。
「そう……見えちゃう? 皆には。」
唯一の人間であるリリアだけはウ~ンと首を捻っていたが、猫たちは皆うんうんと頷いて俺の質問にイエスの返事しか返さなかった。
「そっか……。」
「今までは黒色でしたから、ルカ様の持つその魔力に魅かれてだいたいの生物が好意的に接してきていたでしょう。特に私たちネコ種からするととても居心地の良い、イイ匂いがルカ様の体から漂ってきますから自然と……。ネコ好きの体と申しましょうか………。」
「はっ……? ―――えっ!?」
いやいやいや、ちょっと待て。
俺は自分の体のあっちこっちを鼻の届く限り嗅いで確かめてみた。
――が、特にこれと言って臭いわけでもイイ匂いってわけでもなく、自然的に身に付く人間らしい生活臭ぐらいしかしなかったのである。
「俺―――臭うの?」
ちょっと心配になって少しビクつきながらもしたその質問には、全員が首を横に振りノーと答えてくれた。
「臭うのではなく、イイ匂いなんだって! なんてゆーかな~、落ち着く匂いって言うの? そういうやつっ! コイツと居れば安心だ、安全だって思わせてくれる匂いさ。」
アンドレアは俺のことを元気付けようとしたのか、ニコニコ笑いながら快活に話した。
「なら――いいけど………。」
ヒヤッとしたが臭うのではないと知り、ホッと一安心した。
年頃男子の俺としては匂いの話題にはちょっと敏感で、俺のよく知っているデオドラント剤の無いこの世界で臭いと言われた日にはどう対策をとったら良いのか分からずに激しく落ち込んでしまうと思う。
「―――ん~ぅん。……そうかなぁ? 私には分からないな~。」
その言葉に俺の体はビクッと反応させ、反射的に何故か両手を挙げてバンザイをしてしまった。
匂いの話題に囚われていて気が付かなかったが、いつの間にかリリアが近寄ってきて俺の体をクンクンと嗅いでいたらしく、女の子からされたその行為に俺は恥ずかしいという気持ちが体中を駆け巡るのだった。
「ちょ、ちょっと……リリア!」
恥ずかしさから声を荒げてしまった俺と違い、リリアは何のことかとキョトンとした顔をこちらに向けてくるだけで―――。
しかしその数秒後にはハッとした様子で我に返り、体をサッと離すと俺の位置から距離を置いて座り、背けられた顔を赤くして照れていた。
「人間の鼻は鈍感ですからね~ぇ。分かりませんよ~。」
場の空気が読めないのか、この状況でアンドレアだけは平然とリリアの疑問に答えるだけだった。
やられた――いや、やってしまった……。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫? お兄ちゃん……。」
突然のできごとによって俺が出した大きな声に、ピエトロとリリアが心配そうに尋ねてきた。
分かっている――ー。
おそらくは思わず俺が笑ってしまったことに、この“ツチヌコ”が怒ったのだろうということは。
それで俺が触ろうと出していた手の甲をバリっと引っ掻かれたというわけだ。
「おいっ! お前!」
俺の手に彩られた赤い傷が視界に入るとアダムは何をするんだとばかりに声を荒げ、威圧するように鋭い眼光を“ツチヌコ”にキッと向けている。
「いいからっ! 今のは笑ってしまった俺が悪かったんだ……。それにただでさえ弱った体で気を失っていて、目が覚めたらこんなにいっぱいの目が自分を取り囲んでいたんだもの………怖いんだよ。今だってほら―――。」
俺の言葉に皆の視線が“ツチヌコ”へとバッと向けられる。
ヒゲは情けなく下げられ、顔も手も――体全体がまるで石の様に固まって動かず、瞳孔が真ん丸に大きく広がった目で俺をジッと見つめてくる。
こっちの世界に来てからパウロに始まり、アダムもイブも――どの子も最初から友好的だったから失念していたが本来、猫っていう生き物はこういうものだった。
初めて見るものに対しては特に怖がりで警戒心剥き出しで……『猫流の御挨拶』もせずに不用意に触ろうと手を出せば、噛まれたり引っ掻かれたりすることは当たり前なのだということを………。
「こっちの世界に来て、今まではすぐ仲良くなれてたからうっかりしていたんだ。引っ掻かれたのなんて久しぶりだな。」
引っ掻かれた手の甲をもう片方の手で擦りながら、なんだか懐かしいな~という思いにじんわりと浸っていた。
「まぁ………そうですね。今のルカ様はとりわけ恐怖をかき立てる見た目をしているのでその所為もあるのでしょうし。ちょっとした笑みを漏らしても、相手からすればせせら笑われたと思われかねませんから気を付けていただかないと……。まぁ、一緒に旅をしている私たちは違うって分かっているので大丈夫ですけどね。」
俺の少し罪悪感の混じった喜びにも似た気持ちを遮る様にして、イブが口を挟んできた。
「見た目って―――もしかしてこの髪や目の色の事?」
「えぇ……。だって邪神の色に――。」
目を逸らしながらモゴモゴと伝えられたその答えに、俺はハッとしたのだった。
確かに今は前と違って色がだいぶ抜けてしまったが……『邪神』と言われるほどではないと思う。
だが晴れ渡った今日の空の下、影の出来る方向や光の加減も相まって、猫の目では色覚も違うし俺の髪の毛は見ようによっては真っ白に見えなくもない―――か。
自分の髪の毛を弄って今の色を再確認しながらそう考える。
「そう……見えちゃう? 皆には。」
唯一の人間であるリリアだけはウ~ンと首を捻っていたが、猫たちは皆うんうんと頷いて俺の質問にイエスの返事しか返さなかった。
「そっか……。」
「今までは黒色でしたから、ルカ様の持つその魔力に魅かれてだいたいの生物が好意的に接してきていたでしょう。特に私たちネコ種からするととても居心地の良い、イイ匂いがルカ様の体から漂ってきますから自然と……。ネコ好きの体と申しましょうか………。」
「はっ……? ―――えっ!?」
いやいやいや、ちょっと待て。
俺は自分の体のあっちこっちを鼻の届く限り嗅いで確かめてみた。
――が、特にこれと言って臭いわけでもイイ匂いってわけでもなく、自然的に身に付く人間らしい生活臭ぐらいしかしなかったのである。
「俺―――臭うの?」
ちょっと心配になって少しビクつきながらもしたその質問には、全員が首を横に振りノーと答えてくれた。
「臭うのではなく、イイ匂いなんだって! なんてゆーかな~、落ち着く匂いって言うの? そういうやつっ! コイツと居れば安心だ、安全だって思わせてくれる匂いさ。」
アンドレアは俺のことを元気付けようとしたのか、ニコニコ笑いながら快活に話した。
「なら――いいけど………。」
ヒヤッとしたが臭うのではないと知り、ホッと一安心した。
年頃男子の俺としては匂いの話題にはちょっと敏感で、俺のよく知っているデオドラント剤の無いこの世界で臭いと言われた日にはどう対策をとったら良いのか分からずに激しく落ち込んでしまうと思う。
「―――ん~ぅん。……そうかなぁ? 私には分からないな~。」
その言葉に俺の体はビクッと反応させ、反射的に何故か両手を挙げてバンザイをしてしまった。
匂いの話題に囚われていて気が付かなかったが、いつの間にかリリアが近寄ってきて俺の体をクンクンと嗅いでいたらしく、女の子からされたその行為に俺は恥ずかしいという気持ちが体中を駆け巡るのだった。
「ちょ、ちょっと……リリア!」
恥ずかしさから声を荒げてしまった俺と違い、リリアは何のことかとキョトンとした顔をこちらに向けてくるだけで―――。
しかしその数秒後にはハッとした様子で我に返り、体をサッと離すと俺の位置から距離を置いて座り、背けられた顔を赤くして照れていた。
「人間の鼻は鈍感ですからね~ぇ。分かりませんよ~。」
場の空気が読めないのか、この状況でアンドレアだけは平然とリリアの疑問に答えるだけだった。
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