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第一部最終章 いつの日か、君に
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『もう終わりにしよう、お姉ちゃん』
金髪の女剣士が言った。天井には、暗闇を圧するほどの紫龍がとぐろを巻いている。床に綴った陣により、客席はガタガタと揺れていた。
ここがどこかというと、劇場である。レース大会までまだ時間があったし、ヒョウは例の二人組について、厳密に言えば、レース大会に出るか否かについて、ゆっくりと考えたかった。
『もしもこれがボク達の罪ならば、受け入れるよ。例え世界が砕けても、天も、精霊も、ボク自身が消えることになったとしても!!』
結論から言って、あの二人は難敵である。
どのぐらい難敵かというと、魔術の腕だけなら、二人ともが、ヒョウを越えている。
ヒョウ一人だけならばいい。しかし、今ヒョウの隣にはリンがいる。
例えば、レース大会から戻った時、リンがいないなんて展開は、容易に想像できる。また、飛燕盤は足を拘束するため、どうしたって追撃は一歩遅れる。足を殺すために出させようとしている、とも考えられた。
有火と雪蘭。どちらかがいれば確実に出るのだが、いない人間を勘定に入れても仕方がない。まあ仮にいたとしても、どうせ止められていただろうってのもあるが。
チラリとリンに目を向ける。
ここには、関係者全員に腹パン食らってもいいような理由で入ったのだが、リンはわりと楽しんでくれているようだ。顔見たらわかる。
ヒョウは軽く微笑んで、同じく劇に目を向けた。
劇の題材は、火鳥十二英星譚。つまり世界崩壊前の話である。今はそのクライマックスであるらしい。
『ルビィ様。ここでお別れです』
『待て。火燐……』
熱演している役者には大変申し訳ないのだが、ヒョウは一ミリも感動しなかった。何せ経緯を知らないのだから。まあ見ていなかったからなのだが。
ヒョウの拙い歴史の知識だけで語るなら、ルビィは今の近代魔術の祖と呼ばれる、虹玉暦最強の魔術師。
火燐は四大神の一柱、火鳥の腹心で、十二英星の旗印のような女。いうなら女神だ。
確かこの二人? は恋仲であったが、最後は莫大に膨れ上がった死念を抑えるため、火燐が自らの存在を――あれ?
ヒョウは劇を見て、いや、正確に言えば、両手を結び、宙に浮かぶ少女、火燐を見て、目を見開いた。
少女の長い紅の髪が、左右に広がっている。
リンを見た。やはり、食い入るように劇を見ている。
リンの髪は、栗色だ。しかし一度、リンの髪が紅に見えたことがある。
ヴァルハラ学園登校初日の、帰り道の話だ。夕焼けに混ざって、紅く染まった髪を揺らしながら、振り返るリンの姿が一瞬、頭にフラッシュバックした。
そして。
『何だよヒョウ。お前は本当に歴史に疎いな。この女は――』
唇に手を当てる。
舞台が暗転していた。
ヒョウは目を上向けて、笑った。
まさかな……。
パチパチパチパチパチパチ……。
しばらくして、拍手が上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え!? 出られないのですか!?」
舞台が終わった後、人気のない廊下でリンに打ち明けると、リンは大層驚いた声を上げた。
本来ヒョウは厄介事に首を突っ込むのが趣味のような男だ。出ないという答えは一般論からすれば至極真っ当なものではあるが、ヒョウの口から出たと考えると、意外そのものである。
ヒョウをよく知るリンからすれば、その置きにいった答えに驚くのも無理はなかった。
とはいえ、驚かれる側としては、どうにも納得いかない。
「当たり前でしょ。あんな胡散臭い申し出受けてられっか。行くなら遠巻きで見て相手の目的を測る。それぐらいのものだな」
「そうですか……」
リンが明らかにガッカリした顔を見せる。
『その者は、お前がそれに乗る姿を見たいのであろう』
そういえば、フェルナンテのガキがそんなこと言ってたな……。
「お前っさー、あのフェルナンテのガキも言ってたけど、俺が飛燕盤に乗ったからなんだってのよ?」
「え!?」
リンが両手で口元を隠し、顔を今日一番と思えるほど真っ赤に染め上げた。
「いえそれはあの、言葉にするほどのことでは、ないと思いますので……」
「ほー」
「……」
リンがシュンとした顔で目を伏せる。
リンが自分を見ていない時は、大体自分がやりすぎている時。
――と、ヒョウは思っていたのだが、ここ最近、というか今日『もしかしてこいつわざとやってんじゃね?』と疑念を抱き始めていた。
ヒョウを自在に操れる魔法のカードも、今日一日でこうもポンポンと出されると、その効力を失ってしまうのだった。
「わかったよ。じゃあ、言えとはもう言うまい」
「……申し訳ありません、兄様」
「その代わり、その答えをちょっと身体で表現してみろ」
「えぇ!?」
また、両手で口元を隠すリン。
「ヒントぐらいあってもいいだろー? 俺に関連してるのはほぼ間違いないわけなんだからさ。兄様がお前の動きを見て答えを導きだしてやるよ。ほれ、試しにやってみ? はい、五―四―三ー二ー」
「えと……あのじゃあじゃあ……はい!!」
リンは両手を真横に出した。出す時に、軽くジャンプしている。
少しだけ、時が流れる。
「……何それ」
「……わかりません」
身を小さくして、リンが言った。シュンとした顔で目を伏せる。
ヒョウはそれを見て――
「――アッハッハ!!」
大口開けて笑った。
笑いながら出口に向かう。
小走りして、リンがついてきた。
「兄様は時々、リンにひどいことをしますね」
「お前がちゃんと話さないからだろー?」
「そうまでして、その……リンの考えていることが、気になったのですか? 兄様は」
「へ?」
リンに目を向ける。
リンはそっぽを向きながら、真っ赤な頬を膨らましている。
なるほどと思った。
つまりこれは、リンなりの仕返しといったところか……。
さて、どう答えるか……。
「あ―気になるね」
「え」
リンが振り返る。
「じゃなきゃ、こんな|北頭くんだりにまで来てねえよ」
本気だからか。
あるいは、リンの仕返しであると、読めているからか。
不思議と照れはなかった。
「……ずるいです、兄様」
「大人はみんなずるいものなんだよ」
真っ赤な顔で身を小さくするリンに向かって、ヒョウは笑って言った。
外に出る。
日差しが目に差し込む。
そして。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
音がした。
目を向ける。
ここヴァルハラ魔術師街は、脱魔の影響もあって、なだらかな穴の中に作られている。最下層のロータウン、ミドルストリート、ハイシティと続く。それらを繋ぐのは、東西南北に作られた大階段である。その四方の大階段から、激流と言っていい勢いで、水が流し込まれた。
大階段に手すりはなく、仮にあっても、この勢いだ、すぐに壁を越えて周囲を水浸しにするのが通常である。
しかし怒涛の水流は、大階段の真下でピタリと止まり、また、周囲に水を溢れさせることもなかった。空筆で空間に呪を描き、見えない壁を形成しているのだろう。
水の流れは大階段の先、魔術師街の外周をグルリと回り、水のレーンを作っている。
「思った以上に、派手な大会みたいだな」
「やはりあの水路の上で、皆様競われることになるのでしょうか?」
「まあ順当に考えればそうだろうな。あるいはテロか」
「え!?」
「まあないだろうけどな」
ホッとリンが胸を撫で下ろす。
そんなリンを見て、ヒョウはからからと笑った。
「……しかし、すごく大掛かりな仕掛けですね。北頭は脱魔が盛んと聞いておりますが、むしろ発展しているようにも思えます」
「脱魔だからさ」
「え?」
「脱魔だから、魔術イコール危険なだけで無用という考えを払拭したいのさ。魔術は人を傷つけるものではなく、人を富まし楽しませることができるものだってな。昨今の魔術は、こっち方面に舵を切り出してる。飛燕盤も、その一つだな」
「なるほど。皆さん色々と考えておられるんですね」
「そうだな」
リンと二人、肩を並べて街を歩く。神陽玉の光が、大階段と周囲に張った水に反射して、きらびやかに光っていた。
そんな時。
パシャパシャパシャパシャ。
念写機のフラッシュ音とともに、黄色い声がいくつも飛び交うのが聞こえた。
目を向ける。
そこにいたのは、キザと顔に書いたような男と、桃色の髪をしたフェルナンテ、ミーティア。更にはミーティア家に雇われているプロ傭兵、ジョニーとロナウドまで揃っている。ジョニーとロナウドの肩には、二人分の大きな鞄がかかっている。
「キャー、ミシェイルさーん!! こっち向いてー!!」
「ミーティアちゃーん!! かわいいー!! ポーズ撮ってくださーい、ポーズ!!」
「イエーイ!!」
「うはっ!! さいこー!!」
「今年の大会も優勝してくださーい!! 応援していまーす!!」
どうやらあの二人も例の大会に出るようだ。というか優勝候補らしい。
ヒョウは、気障な男だけは知らないが、その他三名のことは少なからず知っていた。
しかし、ヒョウがわざわざ足を止めたのは、そういった理由からではなかった。
今回の『お出かけ』の目的、念写機が、すぐそこにあったからだ。
しかし……。
「こうしてみると、会場に行ったところで、念写機は借りられないかもな」
「え?」
リンが振り返る。
「いや、えって……。あの空気の中、この格好で念写機借りに行くとか俺は嫌だぜ。撮られるのを見られるのもゴメンだ」
「あ……」
リンはしばし、ヒョウが指さした先を見つめた。
そして――
「ふふ……あはは」
お腹を抱えて、笑った。
「なんだよ」
「いえ……その何でもありません。ただその……」
「その?」
ちょっと語気を強めにして、尋ねた。
まーた言えないとか言うんじゃなかろうなと思ったからだ。
伝わったのか、リンは両手で口元を隠しながら、言った。
「いえその……忘れちゃっていました」
「お前な―」
「楽しくて」
「え」
リンが赤い顔をしながら、視線をあちこちにやっている。
何と言っていいかわからなくなったヒョウは、リンの頭に置くような手刀をお見舞いした。
「アホ。そういうのはな、目を伏せて言うもんじゃねえの」
「はい……」
「顔見て言ってりゃ、俺から一本取れてたぞ」
「え……」
リンが顔を向けてくる。
ヒョウは、どうしてそんなことを言ったのだろうと、激しく後悔した。
「ってか、お前、念写機どうでもいいならなおのこと大会なんてどうでもいいじゃねえか」
「いえ、そのようなことありません。是非一度見てみたいです。それに念写機もどうでもよくないです。必ず手に入れましょう」
「……忘れてたくせによー」
「楽しかったら、忘れちゃっていただけです」
くすぐったそうに笑って、リンが言う。
今度は目を伏せて言わなかった。
厄介な助言をしてしまったと、ヒョウは目を上向けて、頬をかく。
自分の顔色はわからない。
「見に行ってもいいけど、俺は出ねえぞ」
「構いません」
「ふーん」
そう簡単に切り捨てられると、それはそれでモヤモヤした気分になる。
まあどっちにしろ出ないんだけど。
「兄様がそう判断なされたのであれば、きっとそれが正しい答えなのだろうと思っていますから」
「なるほどね」
「ですが、兄様のことですから、何だかんだ、出ておられるような、そんな気がしています」
リンの言葉に、ヒョウは笑った。
「俺もだ」
金髪の女剣士が言った。天井には、暗闇を圧するほどの紫龍がとぐろを巻いている。床に綴った陣により、客席はガタガタと揺れていた。
ここがどこかというと、劇場である。レース大会までまだ時間があったし、ヒョウは例の二人組について、厳密に言えば、レース大会に出るか否かについて、ゆっくりと考えたかった。
『もしもこれがボク達の罪ならば、受け入れるよ。例え世界が砕けても、天も、精霊も、ボク自身が消えることになったとしても!!』
結論から言って、あの二人は難敵である。
どのぐらい難敵かというと、魔術の腕だけなら、二人ともが、ヒョウを越えている。
ヒョウ一人だけならばいい。しかし、今ヒョウの隣にはリンがいる。
例えば、レース大会から戻った時、リンがいないなんて展開は、容易に想像できる。また、飛燕盤は足を拘束するため、どうしたって追撃は一歩遅れる。足を殺すために出させようとしている、とも考えられた。
有火と雪蘭。どちらかがいれば確実に出るのだが、いない人間を勘定に入れても仕方がない。まあ仮にいたとしても、どうせ止められていただろうってのもあるが。
チラリとリンに目を向ける。
ここには、関係者全員に腹パン食らってもいいような理由で入ったのだが、リンはわりと楽しんでくれているようだ。顔見たらわかる。
ヒョウは軽く微笑んで、同じく劇に目を向けた。
劇の題材は、火鳥十二英星譚。つまり世界崩壊前の話である。今はそのクライマックスであるらしい。
『ルビィ様。ここでお別れです』
『待て。火燐……』
熱演している役者には大変申し訳ないのだが、ヒョウは一ミリも感動しなかった。何せ経緯を知らないのだから。まあ見ていなかったからなのだが。
ヒョウの拙い歴史の知識だけで語るなら、ルビィは今の近代魔術の祖と呼ばれる、虹玉暦最強の魔術師。
火燐は四大神の一柱、火鳥の腹心で、十二英星の旗印のような女。いうなら女神だ。
確かこの二人? は恋仲であったが、最後は莫大に膨れ上がった死念を抑えるため、火燐が自らの存在を――あれ?
ヒョウは劇を見て、いや、正確に言えば、両手を結び、宙に浮かぶ少女、火燐を見て、目を見開いた。
少女の長い紅の髪が、左右に広がっている。
リンを見た。やはり、食い入るように劇を見ている。
リンの髪は、栗色だ。しかし一度、リンの髪が紅に見えたことがある。
ヴァルハラ学園登校初日の、帰り道の話だ。夕焼けに混ざって、紅く染まった髪を揺らしながら、振り返るリンの姿が一瞬、頭にフラッシュバックした。
そして。
『何だよヒョウ。お前は本当に歴史に疎いな。この女は――』
唇に手を当てる。
舞台が暗転していた。
ヒョウは目を上向けて、笑った。
まさかな……。
パチパチパチパチパチパチ……。
しばらくして、拍手が上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え!? 出られないのですか!?」
舞台が終わった後、人気のない廊下でリンに打ち明けると、リンは大層驚いた声を上げた。
本来ヒョウは厄介事に首を突っ込むのが趣味のような男だ。出ないという答えは一般論からすれば至極真っ当なものではあるが、ヒョウの口から出たと考えると、意外そのものである。
ヒョウをよく知るリンからすれば、その置きにいった答えに驚くのも無理はなかった。
とはいえ、驚かれる側としては、どうにも納得いかない。
「当たり前でしょ。あんな胡散臭い申し出受けてられっか。行くなら遠巻きで見て相手の目的を測る。それぐらいのものだな」
「そうですか……」
リンが明らかにガッカリした顔を見せる。
『その者は、お前がそれに乗る姿を見たいのであろう』
そういえば、フェルナンテのガキがそんなこと言ってたな……。
「お前っさー、あのフェルナンテのガキも言ってたけど、俺が飛燕盤に乗ったからなんだってのよ?」
「え!?」
リンが両手で口元を隠し、顔を今日一番と思えるほど真っ赤に染め上げた。
「いえそれはあの、言葉にするほどのことでは、ないと思いますので……」
「ほー」
「……」
リンがシュンとした顔で目を伏せる。
リンが自分を見ていない時は、大体自分がやりすぎている時。
――と、ヒョウは思っていたのだが、ここ最近、というか今日『もしかしてこいつわざとやってんじゃね?』と疑念を抱き始めていた。
ヒョウを自在に操れる魔法のカードも、今日一日でこうもポンポンと出されると、その効力を失ってしまうのだった。
「わかったよ。じゃあ、言えとはもう言うまい」
「……申し訳ありません、兄様」
「その代わり、その答えをちょっと身体で表現してみろ」
「えぇ!?」
また、両手で口元を隠すリン。
「ヒントぐらいあってもいいだろー? 俺に関連してるのはほぼ間違いないわけなんだからさ。兄様がお前の動きを見て答えを導きだしてやるよ。ほれ、試しにやってみ? はい、五―四―三ー二ー」
「えと……あのじゃあじゃあ……はい!!」
リンは両手を真横に出した。出す時に、軽くジャンプしている。
少しだけ、時が流れる。
「……何それ」
「……わかりません」
身を小さくして、リンが言った。シュンとした顔で目を伏せる。
ヒョウはそれを見て――
「――アッハッハ!!」
大口開けて笑った。
笑いながら出口に向かう。
小走りして、リンがついてきた。
「兄様は時々、リンにひどいことをしますね」
「お前がちゃんと話さないからだろー?」
「そうまでして、その……リンの考えていることが、気になったのですか? 兄様は」
「へ?」
リンに目を向ける。
リンはそっぽを向きながら、真っ赤な頬を膨らましている。
なるほどと思った。
つまりこれは、リンなりの仕返しといったところか……。
さて、どう答えるか……。
「あ―気になるね」
「え」
リンが振り返る。
「じゃなきゃ、こんな|北頭くんだりにまで来てねえよ」
本気だからか。
あるいは、リンの仕返しであると、読めているからか。
不思議と照れはなかった。
「……ずるいです、兄様」
「大人はみんなずるいものなんだよ」
真っ赤な顔で身を小さくするリンに向かって、ヒョウは笑って言った。
外に出る。
日差しが目に差し込む。
そして。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
音がした。
目を向ける。
ここヴァルハラ魔術師街は、脱魔の影響もあって、なだらかな穴の中に作られている。最下層のロータウン、ミドルストリート、ハイシティと続く。それらを繋ぐのは、東西南北に作られた大階段である。その四方の大階段から、激流と言っていい勢いで、水が流し込まれた。
大階段に手すりはなく、仮にあっても、この勢いだ、すぐに壁を越えて周囲を水浸しにするのが通常である。
しかし怒涛の水流は、大階段の真下でピタリと止まり、また、周囲に水を溢れさせることもなかった。空筆で空間に呪を描き、見えない壁を形成しているのだろう。
水の流れは大階段の先、魔術師街の外周をグルリと回り、水のレーンを作っている。
「思った以上に、派手な大会みたいだな」
「やはりあの水路の上で、皆様競われることになるのでしょうか?」
「まあ順当に考えればそうだろうな。あるいはテロか」
「え!?」
「まあないだろうけどな」
ホッとリンが胸を撫で下ろす。
そんなリンを見て、ヒョウはからからと笑った。
「……しかし、すごく大掛かりな仕掛けですね。北頭は脱魔が盛んと聞いておりますが、むしろ発展しているようにも思えます」
「脱魔だからさ」
「え?」
「脱魔だから、魔術イコール危険なだけで無用という考えを払拭したいのさ。魔術は人を傷つけるものではなく、人を富まし楽しませることができるものだってな。昨今の魔術は、こっち方面に舵を切り出してる。飛燕盤も、その一つだな」
「なるほど。皆さん色々と考えておられるんですね」
「そうだな」
リンと二人、肩を並べて街を歩く。神陽玉の光が、大階段と周囲に張った水に反射して、きらびやかに光っていた。
そんな時。
パシャパシャパシャパシャ。
念写機のフラッシュ音とともに、黄色い声がいくつも飛び交うのが聞こえた。
目を向ける。
そこにいたのは、キザと顔に書いたような男と、桃色の髪をしたフェルナンテ、ミーティア。更にはミーティア家に雇われているプロ傭兵、ジョニーとロナウドまで揃っている。ジョニーとロナウドの肩には、二人分の大きな鞄がかかっている。
「キャー、ミシェイルさーん!! こっち向いてー!!」
「ミーティアちゃーん!! かわいいー!! ポーズ撮ってくださーい、ポーズ!!」
「イエーイ!!」
「うはっ!! さいこー!!」
「今年の大会も優勝してくださーい!! 応援していまーす!!」
どうやらあの二人も例の大会に出るようだ。というか優勝候補らしい。
ヒョウは、気障な男だけは知らないが、その他三名のことは少なからず知っていた。
しかし、ヒョウがわざわざ足を止めたのは、そういった理由からではなかった。
今回の『お出かけ』の目的、念写機が、すぐそこにあったからだ。
しかし……。
「こうしてみると、会場に行ったところで、念写機は借りられないかもな」
「え?」
リンが振り返る。
「いや、えって……。あの空気の中、この格好で念写機借りに行くとか俺は嫌だぜ。撮られるのを見られるのもゴメンだ」
「あ……」
リンはしばし、ヒョウが指さした先を見つめた。
そして――
「ふふ……あはは」
お腹を抱えて、笑った。
「なんだよ」
「いえ……その何でもありません。ただその……」
「その?」
ちょっと語気を強めにして、尋ねた。
まーた言えないとか言うんじゃなかろうなと思ったからだ。
伝わったのか、リンは両手で口元を隠しながら、言った。
「いえその……忘れちゃっていました」
「お前な―」
「楽しくて」
「え」
リンが赤い顔をしながら、視線をあちこちにやっている。
何と言っていいかわからなくなったヒョウは、リンの頭に置くような手刀をお見舞いした。
「アホ。そういうのはな、目を伏せて言うもんじゃねえの」
「はい……」
「顔見て言ってりゃ、俺から一本取れてたぞ」
「え……」
リンが顔を向けてくる。
ヒョウは、どうしてそんなことを言ったのだろうと、激しく後悔した。
「ってか、お前、念写機どうでもいいならなおのこと大会なんてどうでもいいじゃねえか」
「いえ、そのようなことありません。是非一度見てみたいです。それに念写機もどうでもよくないです。必ず手に入れましょう」
「……忘れてたくせによー」
「楽しかったら、忘れちゃっていただけです」
くすぐったそうに笑って、リンが言う。
今度は目を伏せて言わなかった。
厄介な助言をしてしまったと、ヒョウは目を上向けて、頬をかく。
自分の顔色はわからない。
「見に行ってもいいけど、俺は出ねえぞ」
「構いません」
「ふーん」
そう簡単に切り捨てられると、それはそれでモヤモヤした気分になる。
まあどっちにしろ出ないんだけど。
「兄様がそう判断なされたのであれば、きっとそれが正しい答えなのだろうと思っていますから」
「なるほどね」
「ですが、兄様のことですから、何だかんだ、出ておられるような、そんな気がしています」
リンの言葉に、ヒョウは笑った。
「俺もだ」
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