囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。

松岡夜空

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第一部最終章 いつの日か、君に

勝負の行方

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「無理無理無理。無理なんだって。俺はガキの頃からスポーツで負けたことがねえんだ。この分野で女を喰ってきたと言っても過言じゃねえ。それとも頼んでみるか? スカートのたくし上げ一回で、瞬き一回なんてどうよ。そのために、わざわざそんな格好してるんだろ?」


 誰もお前のために着てきたわけじゃねえんだよ、カス。と、口に出して言いたいところだが、しかし。


 やはり、腕は立つ。だがそれ以上にキモい。いっそわざとかとさえ思える。ここまでキモさと実力を並列させているオヤジをネイファは初めて見た。もちろん一度たりとも見たくなかったが。


 チラリとアウトに目を向ける。アウトを守るロナウドが、視線に気が付き、カチャリを眼鏡を持ち上げた。


「無駄だ。お前はジョニーには勝てん。敗北を受け入れろ。勝負とは、勝てる場所で戦って勝つものだ。強いものがいたら、負けるしかないんだよ。井の中の蛙であることは、別に恥ではない。吠え面をかくのはお前の方だ」


「ちょっと何言ってるかわからないなー。もうちょっとまとめてから話してくれる?」


「てめえ!! 兄貴に向かって!! いいか、俺たちはなあ、まだこの国に来て日が浅――!!」


 ジョニーが言った。


 瞬間。


 ネイファが飛燕盤をインに傾ける。しかしジョニーはキッチリとインを守った。足元で小波さざなみが力強い音を立てている。


 しかし瞬時にネイファはアウトに切り返した。フェイク。だが、ジョニーは両手を広げ、ぴたりとついてくる。


「よせジョニー。お前はインのカバーだけしてればいい。そろそろこっちにも遊ばせろ」


 眼鏡を持ち上げなら、ロナウドが言った。


 コーナーを走りながら、ネイファがアウトからつっかける。ロナウドは巧みにそれをガードする。やはりこいつも途轍もなく上手い。


(これなら――かなり踏み込んでもクラッシュはしないな)


 突っ込む。アウトからインに向けて。


 両手を広げたロナウドがピタリと張り付いてくる。バックランだというのに、ロナウドの態勢は欠片も崩れない。


(――ここだ!!)


 ネイファは、インに向かってかじを切っていた飛燕盤をピタリと止めた。そして、アウトに切り返す。だが、その先に現れたのは、先までインを守っていたはずの、ジョニー。


「だから無駄だって言ってるだろー?」


「だからお前はインを守っていろと」


 ジョニーがアウト。ロナウドがイン。意図せずスイッチ『させた』こともあって、二人の間に、少なからずの空白ができている。それでも突破するには空白が狭すぎる。


 今一度、飛燕盤を止めた。ストップオブペース。とにかく相手の態勢を揺さぶる。起きる小波さざなみ。飛ぶ飛沫時しぶき。切れる息。落ちる汗。濡れる服。気にしてられるか。二人の間にできた空白に視線を送る。ジョニーとロナウドが瞬時にカバーに入ろうとするが、目線はフェイク。


 ストップしたネイファが身体を傾けたのは、アウト。しかしジョニーはそれにもすかさず反応する。


 さすがの運動神経。しかしこれで、二人の間にできた空白はより大きくなった。


 ネイファはアウトに傾けた勢いを殺さぬまま背を向けた。ハーフターン。


 ここからの選択肢は三択だ。アウトかインか。バックランからのストレートか。ネイファが選んだのは――


 背中。後ろに倒す。幾重ものフェイクで広げた空白を射抜く、バックラン。


 ――ではない。


 バックランのフェイクを一つ入れた後、必要以上に曲げていた膝を高々と持ち上げ、背中は水平に。視線は空へ。伸ばした足でその視界を黒く染める。

 
 本来飛燕盤は宙には浮かない。それはベクトルの構文のセーフティネットが働いているから。それでも宙を舞おうと思ったら――これしかない。






『ワ……ワワワ、ワンエイティムーンサルトだああああああああああ!! ネイファ選手!! わざとなのかたまたまなのか!! 先にミーティア選手が見せたのと同じ技で、ジョニー選手とロナウド選手を、抜いたあああああああああああ!!』






 バシャン!! ザザザザザザ!!


 実況の声。空から降ってくる。ネイファはバックランしながらその声を聞いていた。正面には、準備していなかったのだろう、気分を少しもよくしない、使えないクソみたいな吠え面を作った、ジョニーとロナウド。


(っぶなー。髪あいつらの手に当たってた。ギッリギリじゃん。さすがに初見でこれはきつい。でも――抜いたぞ!! こっからだ!!)






   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






『先にミーティア選手が見せたのと同じ技で、ジョニー選手とロナウド選手を、抜いたあああああああああああ!!』


「え、嘘、マジで!?」


「やったー!!」


 実況の声。ヒョウの驚愕の声。リンの喜ぶ声。


 それらの声を押しつぶすほど、観客席が騒がしい。


 口笛が吹き荒れ、ほぼ全員が何らかのリアクションをとっている。大人しい国民が多い北頭ほくとうでこれはかなり珍しかった。


 しかし問題はここからだと、ヒョウは思った。


 まだ二人を抜き去っただけなのだ。同じく抜き返される可能性は常に残っている。それがレースというものだ。


 正面向いたネイファが、アウト側の呪の壁を飛燕盤で削り、加速した。


 ジャミングで得た推進力でコース中央に躍り出て、推進力を殺すことなく飛燕盤を縦にし、水――ここまで速いと地面と変わらない――を削って更に速く。


 正面からくる向かい風に対しては、魔装で完全に殺している。今更説明するまでもあるまい。風は魔力に反発する。魔術界の常識である。


『早い速い隼いいいいいい!! ネイファ選手!! 瞬く間にクシム選手、ソボオ選手に追いついたあああああ!!』


 縦列になり、正面をネイファが引き受けることで、三人全員がネイファと同等の加速を持つ――とはいかないのが、現実の世知辛いところだ。


 本来、先頭のネイファが全ての風を引き受けることになるのだから、かなり有利になるのだが、あの二人では、それですらついていけないのだ。


 ミーティアの専門は恐らく体育だろう。それでもどっちが上かと言われたら、絶対にネイファである。


 しかし、このチーム力の弱さは、さすがにどうしようもない。一人でバカスカ点を入れればいい球技とは、根本からルールが違う。


 少なくとも二人強者がいなければ、この勝負は絶対に制することはできないのだ。


 マルコがかろうじて先方に食らいついているのが救いだが、それもミーティア、ミシェイルの舐めプあってのもの。控えめに言っても、厳しいと言わざるおえない。


 二人がトロトロしている間に、ジョニーとロナウドがジャミングと風殺しを使って猛追してくる。


 ネイファは正面から一度離れ、最後列より更に後ろに下がった。


 確かに、クシムとソボオでは、ロナウドとジョニーを止められるはずがない。しかし、クシムとソボオでは、ミーティア、ミシェイルを追い抜かすことなんかできやしない。何よりまずマルコに追いつけないだろう。


 まさにワンマンチームの哀しさがでている。前も後ろも火の車だ。


『ジョニー選手とロナウド選手、ジリジリとネイファ選手との差を詰めていくー!!』


 実況の声。差し迫るコーナー。


「頑張れー!!」


 リンの精一杯の応援が、隣で響く。


 ネイファは飛燕盤を縦にして、水に飛燕盤をつけた。


 蛇のように飛燕盤をくゆらせて、加速する。起きる|小波。しかしそれは、すぐに高波になった。


「うまい」


 ヒョウは思わず口に出して感嘆した。


 この大会に魔力誘導は許されていない。しかしエレメントはどうしたって魔力に引き寄せられる性質があるため、それを利用した攻撃《アタック》は許可されている。ネイファは練魔《れんま》と掛け合わせることで、|小波を高波に変えたのだ。


 引いていく波。越えて現れたのは、ロナウド一人だった。もう一人はというと――


『おっといけません、ジョニー選手!! 魔力誘導を使っております!! この大会に魔力誘導は即レッド!! おおっと『あいつは!!』と怒っているようですが、あれは練魔です!! 練魔と魔力誘導は違います!! え? そんなのなし? ありなんです。ジョニー選手、反則負け決定!!』

 
 ネイファは勢いのまま、呪の壁を上がり、また水のコースへと戻る。下る時にガリガリと呪の壁を削り、火花と共に加速を得る。


 コースに戻ると同時に、水|飛沫が高々と上がる。全員が目を見張る。これは転倒スリップしたのではと。


 水|飛沫から出る一つの影。ネイファ。飛燕盤を縦にして、自身を斜めにしながら、走っていた。ジャリジャリと、飛燕盤の側面を擦り続ける。走った後に焔が出て、その先からコースの水で鎮火される。


 凄まじいまでのバランス感覚と、思わず脱帽してしまうほどの、センス。観客は、開いた口をふさぐこともできず、その様を見つめている。


 しかし。


 その焔の後を喰らうようにして、猛追してくる影。ロナウド。


『うわあああああ!! 逃げきれない!! 追いつけない!! どちらも死をも恐れない神風走行だあああああああ!!』


 ネイファが走る先。


 クシムとソボオ。


 ネイファは少しだけスピードを落として、二人のそばを通り過ぎる。今一度縦列陣形を作るつもりだろう。


 しかし、横を走られる。ただそれだけのことで、クシムとソボオが態勢を崩し、水没した。すごい勢いで後ろに流されていく。


 ネイファは向かい風を殺しながら進んでいる。それはつまり自分中心に風が割れているということ。二人にとっては、その割れた風に抗うことさえ、難しいのだ。


 やはり、チーム力の差が如何ともしがたいな……。


 ――と、思ったが、二人の流された先にいたのは、ロナウド。このままいけば、クラッシュする。


 だが。


 ロナウドが眼鏡を支えながら、腰を大きく下げた。そして跳躍。二人まとめて華麗にかわす。しかし――


『ああっと!! ロナウド選手!! かわしたにも関わらず、魔力誘導で流された二人を保護している!! 顔に似合わず以外と優しい!! しかしこれは反則です!! そして危険走行のネイファ選手ですが――おっと審判流している!! 今までの走行から単なる技量不足と判断された模様です!! 不正はなかった!!』


「性格が出るゲームだな」


「あはは……」


 ネイファが一人で爆走する。恐ろしく速い。事故ったら即死しそうなほどの速度で突っ走り、呪の壁を飛燕盤で擦り続けながらインをつく。


 魔力誘導で風を殺していなかったら、鼓膜も吹っ飛んでいるだろう。それほどまでに今のネイファは速い。


 その鬼気迫るほどの走りに、観客も声を失うほどだ。


『きたー!! きたきた! きたきたきたきたきたあああー!!』


 実況の声。


 とうとう、マルコのところに、ネイファが追いつく。


 ネイファが先頭に回り、マルコがその後ろにつく。


 その時。

 
 中央のミストスクリーンに、ミーティアの顔が映った。笑っていた。上唇をペロリと舌で舐め上げる。


 ミーティアの後ろに、ミシェイルがつく。飛燕盤で呪の壁を削る。火花とそして――高波が巻き起こった。


『残り、半周ううううう!! 時間は――いや、彼、彼女らにはもはや無用でしょう! 北の大階段に、先に二名通り抜けたチームの勝利です!!』


 追うネイファ。


 逃げるミーティア。


 二チームはどっちも縦列で走っている。つまり、先行する一人、ネイファとミーティアのどちらかが、先にゴールした方が実質勝ち、ということになる。


 そして、スピードと残り距離から計算すると、この勝負――


『ラストコーナー! 残り四分の一いいいいい』


「頑張れー!!」


 リンの声援。


『並んだあああああああああああああああ!!』


 実況の声。


「ネイファさん!! マルコさん!!」


「ちょっと足りないな」


 盛り上がりの最中さなか、聞こえていないだろうが、ヒョウが静かに水を差す。


 実況は並んだと言っているが、実は並んでない。ネイファの方がやや負けている。速度が勝っているとはいえ、残り距離が足りない。


 何よりさすがのネイファもここまでの走行で、疲弊しきっているのが見て取れる。対してミーティアは体力全開。


 ネイファの負けだ――


「え」


「二人とも!! もう少し!! もう少しですよ!!」


 ネイファは最後の最後、飛燕盤をミーティアとミシェイルの間隙につけた。このゲームに、直接的なアタックは許されていないが、風や水を利用した間接的なアタックは許されている。


 ルール的にも距離的にも戦略的にもギリギリだった。これ以上なく飛燕盤を近づけ、相手の風を狂わせている。ここで時間内に相手の縦列陣形を崩せれば、もしかしたらがあるかもしれない。


 ヒョウは賭けのことも忘れて、知らず知らずのうちに拳を握っていた。


 四人の飛燕盤がガタガタと揺れている。水面が四人を中心に派手に荒れていた。


 ギュリギュリギュリギュリギュリギュリギュリ――ガチン!!


「『割ったー!!』」


 実況の声と、リンの声が重なっていた。相手の縦列陣形が崩れる。態勢までも崩している。


 ネイファが蛇行しながらゴールに向かう。


『ゴール!! 一位はネイファ=ラングレイ選手!! 続いて、ミーティア=ルーガス選手!! 転倒しながらも、どうにかゴール!! そして、運命を決定づける、三人目の選手は――!?』


 ここでネイファの後ろについていたマルコが突っ切れば勝てていた。恐らくネイファも頭の中で、その算段を立てていただろう。だが。


『ああ!! あああああああ!!』


 最後の最後、残り距離からミーティアが転倒してもゴールできるギリギリのところで縦列を意図的に断ち切ったミシェイルが、マルコの横につけ、風でマルコを転倒させる。


 そして――


『何とここでミシェイル選手!! 華麗にゴールイン!! すごい!! さすがに前大会優勝チーム!! 底力が違う!! これにより、二回戦進出はミシェイルチームとなりました!! しかしどちらのチームとも、素晴らしいガッツを見せてくれました!! まずは皆様拍手を!! そして、喝采を!!』


 拍手喝采。阿鼻叫喚に舞う賭けのチケット。


 結果だけ見ると、やはりヒョウの予想通り。個人技で勝っても、この大会はチーム戦なのだ。チーム力の差が勝負を分かつ。


 しかし――


 ヒョウは自分の手を見た。よっぽど無様なら、魔力誘導で助けてやろうと思っていたのに、その手はいつの間にか握られている。


 手に汗握るとは、まさにこのことか。


「くっ」


「え?」


 リンが振り返る。ヒョウは気づくことなく、手摺りに背を向け、そして――


「アッハッハッハッハ!!」


 大笑した。


 コーヒー屋の店主はヒョウのことを鈍いと言ったが、ヒョウは鋭かった。
 

 どれぐらい鋭いかというと、チラリと目を向けるだけで、大抵の結末がわかるほどにだ。


 だからヒョウは、先の読めないものが好きだった。リンの行動もそうである。


 この結末はヒョウの予想通りであった。しかし、展開は予想だにしなかった。だから、楽しくて、笑った。


 リンは呆然と、そんなヒョウを見ていた。そんなリンに、ヒョウは言った。


「すげえ面白かったな、リン」


 同意を求めるヒョウを見て、リンは初め呆然としていたが、やがて、頬一杯に『何か』を溜め込んだような顔で、笑った。


 そして――


「はい!!」


 言った。だが。


「あ、ちが。はい……ニャ」


 リンが真っ赤な顔で言い直すので、ヒョウはまた笑った。


「どうだ? リン。兄様のいうことは、やっぱ正しかったろ?」


「はいニャ」

  
 リンの言葉を受けて、またヒョウが笑う。


 傍目に見れば熱中症を疑うぐらい、顔を赤くするリン。


『もういいよ』


『冗談だ。というかネイファはミシェイルには勝ったしな』

 
 と、ヒョウが言おうと思った、その時。


「はわ!!」


 ヒョウはリンの頭を抱き締め、ロータウンに目をやった。


「え? あ、あの、兄様?」


 リンが胸の中で何か言っている。


 しかし、ヒョウの目と耳は、ロータウンの会場に集中している。


 黒服にサングラスをかけた大男が、キョロキョロと周囲を見回している。誰かを探しているのだろう。


 恐らくは――ヒョウとリンだ。


 反射的に見鬼《けんき》を用いた。しかし見鬼《けんき》は、魔力の波動を若干だが相手に飛ばす。空気《エレメント》に悪意が乗るからだ。


 即座に男が振り返った。これだけでも男が達人だということがわかる。


 しかしヒョウは動揺はしなかった。逃げ切ろうと思えば逃げ切れる。殺そうと思えば、殺せる。


 男がいら立った様相で、足元を指さす。


 降りてこい。


 全ての人間がわかるように。


 だが――


 ヒョウは鋭かった。どれぐらい鋭いかというと、チラリと目を向けただけで、大抵の結末がわかるほどにだ。


 だから――


 ヒョウは、全ての人間が気にもしないであろう、男の足元を見ていた。


 いら立ったことを表すように、何度も足が動いている。


 トン。トン。トン。トン……。


 ヒョウは笑った。


 リンを胸の中から解放する。


「兄様……?」


 リンが尋ねた。


 ヒョウは口端を持ち上げながら、独り言ちにつぶやいた。


「なるほどね」


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