囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。

松岡夜空

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おまけ

まどろみの中で見る夢 前編

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「かぁー。やっぱこの味だよなぁ!!」


 今日は三番隊の調練の、滅多にない休みの日であった。こういう日に、規律規律とうるさい本邸で酒を飲むことが、三番隊一の酒飲み、ルーヴァンス=鳶目《とびめ》は好きだった。


 今日も紐付き瓢箪を腕に巻き、桜と空を肴に酒を飲む。いや、飲もうとした、そんな時。


「ファーマ。食べ物。リオラ。生活」


 耳をくすぐるような声音が、休憩室から響いてくる。目を向けると、そこにいたのは、長い栗色の髪に、ダボダボの羽織を纏った女。


 リティシア=凛《リン》。三番隊のマスコットにして、三番隊によく来る野良犬に惚れてしまっている、十一歳とは思えぬ、娘である。


「ようリン。精が出るな。休みだってのに、勉強か?」


 休憩室で北頭《ほくとう》言語を勉強するリンに向けて、鳶目《とびめ》は声をかけた。すると、リンが口元を押さえて、振り返った。


「あ。鳶目兄様」


「よ」


「おはようございます。鳶目兄様。鳶目兄様は、えっと……」


 立ち上がって頭を下げるリンに、鳶目は『いらんいらん』と片手を振った。


「俺はのんびり酒を飲みにきただけだよ。邪魔そうなら、消えるけどな」


「いえ、そのようなことは!!」


「そーか。それじゃあ、邪魔するぜ」


 リンに背を向けて、縁側に座る。紐付き瓢箪に口をつけて、酒を飲んだ。しばし間を置いて、リンの声が聞こえてくる。


「ブレイン。考える。リオラエル。金持ち」

 
 わかってんのかねー? こいつは。


 酒を口に含みながら、鳶目は思う。


 確かに決死組の三番隊は、外部諜報部隊であって、交戦を旨とした部隊ではない。
 しかし、交戦することはままある。


 つまり、間者に選ばれ、外に出る、ということは、死ぬ可能性がある、ということだ。
 それは同時に、誰かを殺す可能性もあるということと同義である。


(過去に何があったのか、どんな秘密背負ってるのか知らないけどよ。お前みたいなのが、本来来る場所じゃないんだよ、ここは……)


「リブーラ。貧乏」


「リン」


 振り返って、鳶目は言った。


「は、はい。申し訳ございません。うるさかったでしょうか……?」


 口元を押さえて、リンが言った。


 鳶目は立ち上がり、リンの側面に腰かけた。ちなみにリンが足を入れている場所は、こたつと呼ばれるもので、机に毛布を差し込み、暖をとる道具であった。


 長い冬が終わったとはいえ、東尾は基本的にいつも寒いのだった。


「リン。一杯付き合えよ」


「え? ですが、あたしはその、年が……」


 驚くべき話だが、リンはこれでも十一歳だった。


 性格と骨格が十一歳にしてすでに完成していて、背の小さな大人と言っても言いすぎではない。話すと特にそう思わされる。


「心配すんな。俺は三つの時から飲んでいた」


「はい……」


 シュンとした顔で、リンが俯く。


 リンの性格は、意外に気が強く、かなりの生真面目。決死組の上限関係は厳しいが、『任務外であれば』否定するところは否定してもいい。


 それでもリンは真面目なので、強く出るとわりと何でも頷くところがある。


 そこがリンの面白いところで、鳶目はついついからかってしまう。しかしこれは、からかって言っているわけではなかった。


 そんな可愛い奴だから、できることなら幸せになってほしいと、幸せの味を知ってほしいと、そう思って、言ったのだった。


 やがて、意を決した様相で、リンが顔を上げる。


「わかりました、鳶目兄様。それじゃあ、いただきます」


「そうこなくっちゃな」


 酒を注いだ徳利を、リンに渡す。こんなこともあろうかと、鳶目《とびめ》はいつも徳利を持ち歩ていた。直飲みしている時点であまり意味がないという言葉は、いいっこなしだ。

 
 リンが両手で徳利を持ち、酒をあおる。


 その姿を見て、鳶目はハッとした。
 

 何度も言うが、リンは未だ十歳である。十一歳でこれだけの気品を出せるとは。


 リンが徳利から口を離す。


 その仕草を見て、鳶目《とびめ》は意識を戻した。


「ど……どうよっ?」


 十一歳のリンの気品に気圧されながら、鳶目が言った。


「はい……その、美味しいと、思います」


 目蓋を半分以上落とし、視線は横。
 下唇がやや持ち上がっている。


 素人(だれ)が見たって嘘をついている。


「おかしいな。結構いい酒を持ってきたはずなんだけどな……」


 自分のお気に入りの酒を持ち上げながら、鳶目は言った。


 ちなみにアルコール度数は驚異の二十二パーセントである。


 酒豪の鳶目にとっては、これでも軽い方なのだった。


「やっぱりその、年をとらないと、理解できない、大人の味なのではないでしょうか?」


 嘘をついたことの侘びもなく、嘘を見抜かれたことの驚きもなく、当たり前のようにリンが言う。
 これはつまり『そんなことはどうでもいいから帰ってくれ』と思われているのは確実だ。
 しかもあのリンに。ぶっちゃけちょっとグサリときている。

 
 なので、鳶目は手を前に出して、言った。
 ここは汚名挽回の機会を貰おう。勝手に。


「いや待てリン。お前はお酒の楽しみ方というものを、わかっていないんだ」


「そういうものがあるんですか?」


 小首を傾げて、リンが尋ねた。


「ああそうだ。酒を楽しむときはだ。まず、何も考えない」


「何も考えない」


「辛いことも何もかもを、忘れさせてくれる。と考えるんだ。酒を飲んだ女は、何をしても許される」


「何をしても、許される……」


 リンが、小さな声で、繰り返す。


 おや? と、鳶目は思った。


 こいつ……。


「鳶目兄様。もう一杯、いただいてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ。構わねぇよ」


 徳利に酒を注いで、それをリンに渡した。


 それをリンが、先より速い速度で、飲み干す。


「何も、考えない……」


 おいおい。


 こいつ本当に大丈夫なのだろうか?


 リンは性格も骨格も大人と言ったが、それでも十一歳だった。
 時々『お前脳みそ枝豆かよ!!』と頭を抱えたくなるようなことを、しでかしたりする。
 それがリンという娘であった。


「鳶目兄様」


「は、はい」


 ちょっと目が据わってきてるような気がするリンを見ながら、鳶目は言った。


「もう一杯、ください」


「いやまあいいけど、お前これでさすがに最後にした方が――」


 押されるように、徳利に酒を注ぐ。


「何をしても、許される……」


 言いながら、徳利の酒を口に運ぶ。


 タンッ!!


 テーブルの上に、叩きつけるようにして、リンが徳利を置く。


「鳶目兄様」


「は、はい」


「あたしは……許されないことをしました」


 徳利を差し出しながら言うので、鳶目はついつい酒を注いでしまった。


「どんな……悪いことを、したんだよ?」


 かろうじて私語で話したが、気持ちは上司に尋ねるそれだった。


「あたしは……幼馴染を……大事な人を、殺してしまったんです!!」


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