警察さえ退ける、黒ずくめの女が始めたカフェに、超能力者とヤクザと十歳の魔女、そしてその中に何故俺が

松岡夜空

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捕縛。包囲。

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「どうしてここがわかったんですか?」


 今一番言いたいことは交通ルールを守れよであったが、今一番聞きたいのはそっちだ。何より都の最低賃金さえ守れない人間に、交通ルールなんて今更な話でもある。
 夜野は助手席の扉にもたれかかり、電子タバコを口にくわえた。紫煙を吐き、自分の襟首を二度叩く。   


「襟首」


 言われるまま、神山は襟の端から端に指を走らせる。
 何もなかった。
 夜野をもう一度見る。


「アホ。ブレザーの方だ。バカ」


 何気に二回バカにされた。大事なことだったのかもしれない。もっとダメだ。
 今度はブレザーの方に指を走らせる。襟の真ん中あたりに、何やら異物が張り付いていた。指で感触を確かめる。丸くて少し厚みがあった。これは……。


「発信機」
「そういうことだ。お前が誰を面白いと感じるかわからなかったものでね、最低限の盗聴はさせてもらっていた。一応言っておくが、壊すなよ? それも経費のうちだからな。事故ならともかく故意に壊した場合お前の給料から天引きさせてもらうからそのつもりで」


 例によって恐ろしい店である。盗聴器兼発信機が経費とは。しかしいつの間にこんなものを――
 そうか、あの時か。
 考えてみてすぐにわかった。この店の連中に襟首を触られた記憶なんてアレ一回しかない。鬼瓦に組み伏せられ、拳銃を後頭部に押し付けられたあの時。あの時既に発信機を……クソ!


「捕らえますか? お嬢様」


 夜野の隣に並び、鬼瓦が言った。


「そうだな。ま、検分もかねてな」


 咥えていた電子タバコを、煙草の箱の中に戻す。
 助手席の扉から身を持ち上げ、頭上を見上げた。
 何メートルもの距離を挟んで、カモメと対峙する夜野。
 カモメは自信満々に、頭上から全てを見下ろしている。カモメがあんな顔になるのはもっともだ。
 この高さを覆すのは難しい。警官という二枚の肉壁まで持っている。拳銃で撃ち落とすのもまた難しいだろう。
 どう対応するつもりなのか? 検分もかねて? どういう意味だ? わからない。
 夜野がポケットに手を入れる。何だ? まさか、拳銃? 
 ゴクリと神山が固唾を飲み込む。 


「神山」


 夜野が『それ』を放ってくる。神山が慌てて『それ』をキャッチする。手の中にある『それ』は、鍵だった。


「トランクに拡声器が入ってる。取って持って来い」


 話し合いか。地味。しかし一番堅実な方法だと思えた。何せ相手はあのカモメ。適当な条件でコロリと降りてくる様が目に浮かぶようではあるまいか。
 少なくとも、あの高さと二枚の肉壁を打ち破るより、遥かに容易い作業であろう。
 いたいけな少女を騙す。実に気が乗らない作業だ。いや人助けと言えなくもないのかもしれない。実際警官二人は今も吊るされたままなのだ。しかし何もこの二人に頼らなくても、もっと別の――あれ?
 ふと、神山は頭上の堤防道路に目をやった。


 そう言えば、さっきから人が、来ていない?


「神山」 


 催促される。


 はいはいわかりましたよと、神山はインプのトランクを開き、中から拡声器を取り出した。夜野に目を向ける。そしてその目を、今にも飛び出さんばかりにひん剥いた。


 夜野の背後から、数多の烏が黒い矢のようになって殺到してきている。神山は『前、前』と前方を指差したが、夜野は振り返らなかった。喉の奥に何かが詰まったように、声は出ない。色々と考えているが、これでも一瞬の出来事なのである。


 烏がけたたましい鳥声を上げて嘴を開いた。神山はつい目を背けた。そして。


 ドン!!


 発砲音。
 明らかな発砲音がした。
 目を開くと、数多の烏は煙と化して消えていた。
 代わりに黒い羽根が、ヒラリヒラリと天から舞い落ちてきている。
 夜野は相変わらずその光景に背を向けたまま。
 対して降り落ちる羽根を睨みつける鬼瓦の手には、無骨なショットガンが握られていた。
 鬼瓦が片手でショットガンを一回転させ、薬莢を放出する。
 いつかの映画で見たような光景だった。
 しかしこれは映画じゃない。現実だった。


「おい早くしろよ」


 夜野はこの状況になっても背後を振り返ることなく、強気に催促を繰り返す。神山は若干小走りで、夜野にそれを手渡しにいった。


「よしよし」


 愛でるように拡声器を撫でながら、夜野がカモメへと目を向ける。
 だが、状況は先とは変わってしまっていた。
 ゆっくりと降りてくる、二人の警官たち。
 観念したのか? いや違う。するわけもなければする意味だってないのだ。


「さ、さらば」


 カモメは小さく捨て台詞を吐き、その場から遁走した。


「壁がなくなりました。撃ち落とせますね」


 夜野の隣にまでやってきた鬼瓦が、何の躊躇いもなくショットガンの銃口を空中に、つまりカモメへと向けた。


「それショットガンだろ? 撃ったら娘も被弾して死ぬんじゃないかなー。ま、どちみちこのまま逃げられたら同じことか。殺れ。残念だがこれも天命」
「かしこまりました」


 引き金にかかった指が徐々に締まっていくのを、神山は汗だくになって見つめていた。
 走馬灯というものがある。人は死ぬ時、時の流れを濃縮して体感し、今まで体験した全てを思い出すのだとか。それとこれは似たようものがあるかもしれない。引き金を絞るのがやけに遅く感じられ、神山は頑として進もうとしない秒針にいよいよ堪え切れず、人として当然の行動に出た。


「ちょっと待ってください」


 鬼瓦の手に、全体重をかけてしがみつく。
 瞬間腹部に衝撃が走った。吐きそうになって膝をつく。唾だけだったら吐いていた。ベタベタした唾液が糸を引きながら地面に落ちる。


「チッ。舐めたことしやがって。これで二度目。今度こそ死ぬか?」


 ゴツンと後頭部に固いものが押し当てられる。見えてこそいないが、間違いなく銃口だった。
 これで二度目。一度目はご覧の通りだ。手首を少し傷められこそしたものの、五体満足で帰されている。しかし今度は? 今度も脅しているだけなのか? 否。この殺気。間違いなくこの女は自分を殺そうとしている。
 心臓が激しく自己主張を繰り返す。逃げろ逃げろとせっつかれてはいるのだが、身体が思うように動かない。
 そんな神山の身体を、現れた影が覆った。影に負けず劣らずの黒い足。夜野だ。


「十秒だな。娘を命がけで逃がしたんだ。それぐらいくれてやってもいい。ま、せいぜい祈れ。幸い天の化身はすぐ近くだ。十、ん? 早いじゃないか。中々にな」


 夜野がカウントを始める。ほぼ同時に、水しぶきが身を打った。川面からきていた。振り返った先で、河が二つに割れていた。いや割っているんだ。カモメを乗せた巨躯の烏が、縦になってこっちに突っ込んできている。巨躯の黒翼が河を二つに割っていた。


『天に祈れ。幸い天の化身はすぐ近くだ』


 神山の脳裏にふと夜野の言葉が蘇った。
 天の化身とはこの烏のことと考えられる。
 祈れとはこの烏に助けてもらえるよう祈れということだ。
 つまり一連の動きは敵の掌中。


「違う来るなカモメ!! これはわ――」


 唾を撒き散らしながら吠えていた。
 聞こえているのかいないのか、烏は体勢を水平に戻し、そのままこっちに突っ込んできた。背後には見るからに勢いのある鉄砲水を背負っている。空中からここまで、溜めに溜めた推進力を川面にぶつけた結果だった。波を作った烏さえも呑み込む勢いの、波頭の高い鉄砲水。
 飲み込まれた。
 ゆっくりと波が引いていく。
 飲み込まれたインプはびしょ濡れになってそこにあった。
 神山はそれを、天空から見下ろしていた。
 頭と双肩には三本脚のごつい鉤爪がかかっている。魚を捕らえるのと同じ要領で、烏は神山をつかみ、天空へと避難していた。その手際の良さはまさに空のハンターだった。見事。しかし今回はそれが仇となってしまった。失敗していれば、こんなことにはならなかったのだ。


「動くな」


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