最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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1巻

1-3

 シリウスに問われて、セレスティナは言葉に詰まった。妹にリボンを譲ることができず、両親に叱られたから……言葉にするとなんだか幼稚で恥ずかしい。なんだ、そんなことか、と言われそうで、どうしても躊躇ちゅうちょしてしまう。セレスティナが口ごもると、シリウスが先んじた。

「……言いたくないのなら、無理をしなくていい」
「は、はい……」

 言いたくないというより、シリウス様に呆れられたくないだけ。反応が怖い。
 セレスティナが下を向いていると、シリウスが呟いた。

「さて、テストをどうするか……」

 そう言われ、セレスティナは慌てた。

「あ、あの! 大丈夫です! 具合が悪いわけではありませんから! やります!」
「いや、今日はやめておこう。無理をさせたくない」
「そんな、あの、本当に大丈夫です!」

 セレスティナはそう言い切るも、シリウスは動かない。ゆったりとソファに腰かけたまま、胸ポケットから取り出した懐中時計のようなものをずっと操作している。そう、ようなもの、だ。形は似ているがガラス面に時計の文字盤はなく、様々な図形や記号が浮かび上がっては消えていく。ではなんの魔道具かと問われても、セレスティナには分からなかった。こんな魔道具は見たことがない。彼の手の動きに反応しているようで、時折チカチカとガラス面が光っている。
 一体何をしているのかしら?
 物珍しさからつい、じっと見入ってしまう。

「君を別荘に招待しよう」

 シリウスが魔道具から目を離さずにそう告げた。

「今、手配をした。テストはもう少し落ち着いてからでいい。君の両親には事後承諾になるが構わんだろう。必要なものはこちらで用意する。さ、行こうか」

 シリウスが立ち上がる。どうやらあの魔道具は、懐中時計型の指令機だったようだ。

「で、でも、あの……」
「泣いている子供を叱りつけるものじゃない」

 シリウスの片眼鏡をかけた青い瞳と目が合い、セレスティナは狼狽うろたえた。
 もしかして、怒っていらっしゃる?
 彼の表情はあまり変わらないのに、どうしてかそんな風に見える。

ままを言ったのならともかく……二年前の君の誕生日会の時もそうだったが、どうも君の両親の対応のまずさが鼻につくというか、見ているこっちがイライラする」

 イライラ……お父様とお母様に? 私じゃなくて?

「シラミに好かれたとしても、まぁ、自業自得だな」

 シリウスがぼそりと言う。
 シラミに好かれる?
 セレスティナは不思議に思ったが、シリウスの視線は再び手元の魔道具に向き、ピッピッと操作を続ける。

「そう、これから君の両親の頭に湧く予定のシラミは、目標を特定できるタイプのもので、指定先にとことん食らいつく。かゆみも凄まじい。薬剤に対する耐久性が高く、完全に駆除するにはふた月は優にかかるから、その間は私の別荘にいなさい。君はあんなものは見なくていい。ああ、私はもちろん見学させてもらうが」

 シリウスが大真面目に言った。
 両親の頭に湧く予定……予定?
 意味が分からず、セレスティナは首を捻ってしまう。

「さ、行こうか」

 懐中時計型指令機を胸ポケットにしまうと、用は済んだとばかりにシリウスに背を押され、セレスティナは一緒に歩き出す。
 い、いいのかしら?
 どうしても戸惑いを隠せない。

「オルモード公爵閣下、も、もう帰られるのですか?」

 スワレイ伯爵が慌てたようにあとを追ってきたが、シリウスの対応はそっけない。

「ああ、急用を思い出した。セレスティナを借りるぞ? 詳細はあとで知らせる」

 身につけたロングコートと長い白銀の髪がふわりと風にひるがえる。
 挨拶もそこそこに、シリウスはセレスティナを自動馬車に乗せ、自分も乗ろうとしたが、途中でふっと振り返った。

「ああ、スワレイ伯爵」

 シリウスに呼びかけられ、スワレイ伯爵の背がしゃんっと伸びる。

「は、はい!」
「子供は大切に扱え」

 唐突にそう言われ、スワレイ伯爵は目を白黒させた。

「え? は、はぁ……」
「でないと、第二第三の天誅が下るぞ? いいな?」

 そう告げ、シリウスは馬車に乗り込んだ。馬車の内装にセレスティナは目を見張る。
 凄いわ。ふっかふかのクッションに体が沈みそう。

「ティナ、また会えて嬉しいわ!」

 途中で馬車が停車する。扉を開けて入ってきたのはシャーロットだ。

「お星様は偉大ね! 追加の願いがもう叶ったわ!」

 飛びつくように抱きしめられる。興奮しているのか、シャーロットの頬が赤い。

「ティナとずっと一緒にいたいってお願いしたの! そうしたら一緒に別荘へ行けるなんて、最高だわ! もう、感激よ! うふふ、たくさん遊びましょうね?」
「へえ、お前がセレスティナ?」

 今度は赤毛の少年が馬車に乗り込んできた。シャーロットと同じはくいろの瞳で、整った顔立ちは中性的だが精悍せいかんだ。セレスティナは目を見張った。
 もの凄く格好いいわ。まるでおとぎばなしの王子様のよう。
 じろじろ値踏みされるように見つめられて、セレスティナは居心地が悪くなる。

「俺はイザーク・オルモードだ。シャルの双子の兄だよ、よろしくな?」

 イザークがにっと笑ってくれたので、セレスティナはほっと胸を撫で下ろす。
 よかった、嫌われてはいないみたい。シャーロット様もそうだけれど、イザーク様も随分と気さくなのね。気取った感じがまるでないわ。
 馬車が、再びがたんと動き出す。
 セレスティナの前には堂々たる体躯のシリウスがいて、隣にはシャーロットがいる。斜め向かいにはイザークだ。改めて見ると、もの凄い美形家族だとセレスティナは思う。
 シリウス様は光り輝く天使様のようで、シャーロット様ははかなげな妖精みたい。イザーク様はおとぎばなしの王子様みたいに格好いい。女の子にもの凄くモテそう。
 ちらりと視線を向けると、シリウスに微笑まれた気がして、セレスティナは慌てて下を向く。
 やっぱり、やっぱりシリウス様は素敵だわ。どきどきする。

「お前、魔工学に興味があるんだってな?」

 イザークがそう口にする。

「ええ、はい」
「ふうん? 頭、いーんだな? 父の質問にきっちり答えたんだろ? ほんっと、すげーよ。俺はあーいうの、全然駄目。シャルも俺も、どっちも頭脳は父に似なかった」

 シャーロットがぷくうっと頬を膨らませた。

「どっちもってどういう意味よ。わたくしはお兄様ほど馬鹿じゃないわ」

 イザークが肩をすくめた。

「似たようなもんだろ? どんぐりの背比べだって言われるだけだ。二十点と三十点じゃーな。あ、そーだ、父上! 肝心のテストの結果どうだった? やっぱ天才?」

 天才? そんな風に言われてセレスティナはびっくりする。
 誇張が過ぎるわ。

「……テストは中止だ」

 シリウスが憮然ぶぜんと答える。イザークは驚いた顔で身を乗り出した。

「えええ? なんで? だ、だって、父上、もの凄く楽しみにしていたじゃないか! 金の卵を見つけたって、浮かれまくってた! 組んでた予定を全部蹴ってまで、無理くり今回の予定をねじ込んだだろ? なのに、なんで!」
「……ティナの調子が悪いのだから、しょうがないだろう」

 シリウスが不機嫌そうに吐き捨てた。セレスティナはそわそわと落ち着かない。
 ティナ……シリウス様に愛称呼びされた。シャーロット様の影響かしら? なんだかくすぐったい。

「……父上、もしかして、その……何か怒ってるか?」

 そろりとイザークが問う。

「別に?」

 ふいっとシリウスがそっぽを向く。まるでねた子供のよう。

「いーや、それ、絶対怒ってる。何年一緒にいると思ってんだよ? 十六年だ、十六年。息子を舐めんな。で、何やらかした?」
「……吹っ飛ばしてはいない」

 シリウスの返答にイザークが目をいた。

「それレベルの怒り!? あー、ほんと何があったんだよ?」
「あのう?」

 セレスティナが割って入ると、イザークが肩をすくめた。

「ああ、父を怒らせると、本当、おっかねーぞ? 絶対、やめた方がいい。見た目は普通の常識人だけど、全然違うからな? やることなすことぶっ飛んでるっていうか……寛容なように見えて心すっげー狭いし、えげつねーこと平気でやる。俺達だって、なぁ?」

 イザークが問うような視線を向けると、シャーロットが頷く。

「ええ、そうよね。かつに喧嘩なんかすると、喧嘩両成敗ってやられるから、慌てて仲直りしたふりをしなくちゃならなくなるのよねー」
「そうそう! で、お前はにこにこ笑いながら、握手した俺の手を握り潰そうとするんだよなー」
「お兄様もやり返すじゃない」

 二人が喧嘩をすると、どうやら握力勝負になるらしい。

「妹なんだから、もっと謙虚になれよ!」
「兄なら妹をいたわりなさいよ!」

 睨み合うイザークとシャーロットの二人を見て、セレスティナは笑ってしまった。

「仲いいのね?」

 セレスティナがそう言うと、「仲良くなんかないわ」「ないね!」なんて答えが同時に返ってくるけれど、セレスティナにはやはり仲がよく見えてしまう。うらやましい、そう思った。
 私とジーナは多分、仲はよくない。仲良くするようにと言いつけられているから、そうしているだけで……。ジーナの方は、もしかしたら私と仲良くしたいと思っているのかもしれない。でも、私は……ジーナが好きじゃない。お父様もお母様も、私よりもジーナを可愛がるから。お姉さんだからって我慢させられるから。いつだって妹のジーナ優先なんだもの。
 どんなに頑張っていい子になっても、私はジーナとは違うって思い知らされる。妹みたいに可愛くなんてなれない。あんな風に甘えられない。
 どろどろとしたよくない感情が湧き起こって、つい鬱々うつうつとした気持ちになってしまう。

「だからね! こーんなに可愛い妹ができてわたくし、嬉しいわ!」

 シャーロットに抱きしめられて、セレスティナははっとなった。

「妹って……ばーか、同い年だろ?」

 イザークがそう言うと、シャーロットが、べーっと舌を出した。

「たとえ三ヶ月でもお姉さんですぅ。なによう、ほんのちょっとの差で兄貴面してるくせにぃ!」
「双子なんだから、しょーがないだろーが!」
「だったら弟になりなさいよ! そんでもって、弟のくせに生意気って言ってやるぅ! 妹のくせにって言葉、ほんっと大っ嫌い! あ、そうだ。ティナもあとちょっとで十六歳の誕生日よね? 贈り物、何がいい?」

 シャーロットが嬉々としてそう言い、セレスティナは思案する。
 贈り物……

「魔工学の本、かしら……」

 セレスティナがおずおずと言うと、シャーロットが不満げに口をとがらせる。

「えー! こんな時までお勉強? うーん、ティナらしいけどさぁ、もっとこう……」
「魔工学の本なら私が贈ろう」

 シリウスが口を挟み、セレスティナは驚いた。
 え、でも……

「他のものにしなさい」

 穏やかだけれど、有無を言わさない口調だ。逆らってはいけない、そんな気にさせられるが、おねだりなんてしたことがなくて、セレスティナがまごつくと、シャーロットが身を乗り出した。

「そうだ! ドレスなんてどう? そーね、ティナの瞳の色に合わせた新緑色のドレスがいいわ。今流行はやりのデザイナーに頼んで仕立てましょう」
「私、地味だからあんまり派手なのは……」

 おくれしたセレスティナが口ごもると、シャーロットがぽかんと口を開けた。そう、華やかな色のドレスなんて似合わないと散々言われてきた。だから、ドレスはいつだって暗い色である。

「地味ぃ? 誰がそんなこと言ったの!」
「その、伯母が……」

 ブレンダ伯母様は伯爵邸に遊びに来るたびにそう言っていた。ジーナと私を見比べて、地味で冴えない子、と……。ほとんど口癖のように。
 落ち込むセレスティナに、シャーロットが憤慨する。

「うっわ、何それ! 腹立つわ! ティナのは地味じゃなくて、清楚っていうのよ! ね、ほら、とっても素敵な新緑色の瞳なのに! お兄様もそう思うでしょ?」
「あー、そうだな。うん、そうかも」
「何よ、その気のない返事!」

 シャーロットがイザークの赤毛を鷲掴わしづかみにする。

「いて! 髪を引っ張るな!」
「ハゲちゃいなさい!」
「この年でハゲてたまるか!」
「喧嘩両成敗」

 ぼそりとシリウスが言うと、シャーロットもイザークもびくんっと体を震わせる。お仕置きがよっぽど怖いのか二人とも無理矢理笑みを浮かべ仲直りの握手をしたが、どちらも顔が真っ赤だ。

「……力抜け」
「そっちこそ!」

 やっぱり握力勝負になっているようである。
 本当、仲がいいわ。
 セレスティナは、くすくすと笑ってしまった。


 到着した別荘は白亜の豪邸だった。その素晴らしさにセレスティナは目を見張る。まるでお城のよう。馬車から荷物を下ろしている使用人達に目を向けると、白いボディのマジックドールも多数まじっていて、セレスティナの目は釘付けになった。
 やっぱり、公爵邸にはマジックドールがいるのね。
 目が合った銀色ボディのマジックドールが、黒い表示装置の中でチカチカ光る赤い目を笑みの形に変え、「ようこそ」と歓迎してくれた。セレスティナは嬉しくて仕方がない。
 夕食もこれまた素晴らしかった。テーブルを飾る装飾がなんと全て菓子細工である。繊細な薔薇の菓子がテーブルの縁をいろどり、テーブルの中央を飾る白鳥型の菓子細工はひときわ美しい。

「これ、今王都で一番人気の料理人、ロラン・マレの作品よ」

 ひそひそと横に座るシャーロットが囁く。

「スワレイ伯爵邸で何があったかは知らないけど、ふふ、パパったら、ティナを元気づけようとしたみたいね。せっかくだから楽しみましょ。凄いわよ。彼を呼び寄せるのに目一杯ボーナスを弾んで、詰まっていた仕事を全部キャンセルさせたんだから」

 え? 私の、ため?
 セレスティナはびっくりしてしまった。改めて色鮮やかなお菓子の装飾に見入ってしまう。まるで芸術作品のように美しく、素晴らしく豪華だ。豪華すぎる。シリウスに目を向けると、彼はふわりと微笑むだけで、さも普段通りだと言わんばかりである。
 ど、どうしよう、お礼なんて何もできない。

「ティナ、どうしたの?」
「なんだか申し訳なくて……」

 セレスティナが素晴らしい夕食におくれすると、シャーロットがきょとんとした。

「え? なんで?」
「贅沢すぎるっていうか、何も返せそうにないわ……」
「は? ありがとうでいいのよ?」

 金銭感覚が違うのか、まったく通じない。シャーロットが肩をすくめた。

「んもう。ティナは考えすぎ。ここで暗い顔されたらパパが可哀想だわ。こういう場合はね、ありがとう、にっこりが一番の返礼なのよ? せっかく喜んでもらおうとして頑張ったのに、ティナに喜んでもらえなかったら意味ないじゃない。逆にパパは落ち込むわよ? もう」
「ご、ごめんなさい」
「はい、にっこりは?」

 シャーロットに、にーっと笑われて、つられてぷっと吹き出してしまった。

「そうそう、それが一番よ」

 今度は、ぐにいっと指先で頬をつつかれた。
 シャーロット様は本当に明るいのね。傍にいるだけで、こっちまで明るい気持ちにしてくれるわ。

「目一杯楽しみましょ!」

 シャーロットの宣言に、セレスティナは今度こそ素直に頷いた。
 そうね、暗い顔はよくないわ。
 チョコレートの噴水を見て、セレスティナは一緒になって歓声を上げた。こんなのは初めてである。好きな果物をからめて食べるらしい。シャーロットはメロンで、セレスティナは苺を選ぶ。イザークはプリンだ。

「何それ、美味しそう! わたくしもやるわ!」

 シャーロットは目を輝かせ、あれもこれもと大騒ぎだ。楽しませようと意図しているのか、演出の一つ一つが遊び心満載である。本当に美味しくて楽しくて、目一杯遊んでしまったように思う。


「ね、お母様は?」

 夕食後、部屋に戻りながら、セレスティナはシャーロットに尋ねた。家族の食卓に姿を見せなかったので気になったのだ。シャーロットがなんとも言えない顔をする。

「わたくしが幼い頃に男を作って出ていっちゃった」

 ぼそりと言われ、セレスティナは言葉が出ない。シャーロットが憤慨する。

「ほんっとママったら、信じられない。何よ、あれ? パパにベタ惚れで、蜂蜜を混ぜたお砂糖みたいに甘々夫婦だったくせに、なんであーなるのよ? ダーリン、ハニーって呼び合って、毎度毎度こっちがげっそりするくらいの、いちゃつきぶりだったくせに!」
「母上の言い分がなー……」

 口を挟んだのはイザークだ。

「何よ、ママの肩を持つ気?」

 シャーロットが足を止め、キッと兄のイザークを睨みつける。

「違う。俺だってショックだったんだぜ? 母上は俺達を捨てたってことだもんな。けど、まぁ……理由が理由で、こればっかりはどうしようもないっていうか……」

 シャーロットの目がきりりとつり上がった。

「パパが自分より先に死ぬのが嫌だった? 死に顔を見たくない? 何よそんなもの! 寿命の違いくらい、結婚する前から分かってたことじゃないの! だったらどうして、パパのプロポーズを受けたりしたのよ? あんなの、パパが可哀想! 謝ったって許してなんかやらないんだから! ティナ、行きましょう!」

 シャーロットに手を引かれてセレスティナは歩き出す。振り返ると、その場でイザークがやれやれと言うように肩をすくめていた。

「シャーロット様、あの、ごめんなさい」
「シャルお姉様よ」

 ふてくされながらも、そう訂正する。

「分かってるわよ。こんなの姉らしくないわよね。もっとしっかりしないと……」

 いえ、あの、そこじゃなくて。

「これ以上好きになるのが怖かったんですって……」

 歩きながらぽつりとシャーロットが言う。

「ママの言い分よ。この人素敵! いける! みたいな、軽い気持ちで結婚したけれど、パパのことをどんどん好きになっていって、どうしようもなくなったって……。予想外にのめり込んじゃって、幸せであればあるほど、パパを好きになればなるほど、それを失う時が怖くてたまらなくなったって……どう思う?」

 セレスティナは返答に困った。なんて言えばいいのか分からない。

「ドラゴンの寿命って千年くらいあるのよね。確かにママはもの凄い長寿よ。人間の何倍も生きちゃう」
「シャーロット様の寿命は?」
「ハーフだからママの半分くらいね。だから、ママはわたくし達も捨てた。自分よりも先に死ぬからって……あんまりよ」

 シャーロットの肩が震えていて、まるで泣いているかのよう。

「シャルお姉様、あの……」

 シャーロットをなぐさめようと、セレスティナがきゅうっと彼女の手を握ると、ぐるんと勢いよく振り返られた。はくいろの目が爛々らんらんと輝き、押し迫る頬は赤い。

「何! 何かして欲しいことでもあるの? そうよね、わたくしはお姉様だものね! 夕食のあとはお散歩かしら? それとも探検でもする? さぁ、行きましょう! ティナ! お姉様が別荘を案内してあげるわ!」

 シャーロットにぐいぐい手を引かれて、セレスティナは歩き出す。
 立ち直りが早いわ。もしかしてお姉様って言葉は、シャーロット様にとっては活性剤なのかしら? 元気になってくれてよかった。シリウス様に奥様の話はきっと禁句ね。黙っていよう。
 セレスティナはそう考えたけれど……

「彼女は妻のサマンサだ」

 一人で部屋に戻る途中、廊下に飾られた絵の前で足を止めたのがまずかったようだ。じっと肖像画に見入っているとシリウスに見つかり、そう説明されてしまう。
 ど、どうしよう……
 背後にシリウスの気配を感じながら、セレスティナは戦々恐々としていた。

「別れたが……」

 ぽつりと口にした言葉が、やっぱり寂しそうでいたたまれない。

「綺麗な方ですね」

 セレスティナはそろりと言った。描かれているのは、イザークによく似た赤毛の美女である。
 瞳ははくいろ……そうか、二人とも瞳の色は母親に似たのね。

「ああ、最高に美しいドラゴンだった」

 背後にいるシリウスが懐かしむようにそう言った。
 優しい声……きっと微笑んでいるんだわ。

「色鮮やかで艶々つやつやとした赤い鱗、すらりとした尾っぽに、ビロードのような翼。亜竜とは違う知性あるあの眼差しに惚れ込んで、結婚してくれと追いかけ回し、見事彼女の心を射止めた。可愛い子供も生まれて、結婚生活は幸せそのものだった」

 セレスティナは微かな違和感を覚える。褒める部分がドラゴンの姿ばかりだからだ。
 いえ、そこを褒めてはいけないということはないけれど……

「だが、六回目の結婚記念日を迎えた頃から、浮気されまくってな……」

 え? 浮気?
 セレスティナは驚き、つい振り返るも、シリウスの視線は絵に固定されたままだ。当時を思い出すかのようにシリウスは先を続けた。

「こちらの目を盗んで、いや、盗めていないが、若いドラゴンをとっかえひっかえ連れ歩くようになった。一体何が原因かと悩みまくったが、悩んだことすら阿呆らしい。妻に言わせると私は人間で短命だから? のちえを今のうちに確保しておくのだと告白されて……。のちえって……私はまだ生きている。どう言えばいいのか、ほんっとうに分からなかったぞ……」

 シリウスが突如、激高する。

「夫が生きているうちにのちえもくそもあるか! あれは立派な浮気だ! 焼き餅を焼くに決まってるだろう! あのくそドラゴンどもめ! 人妻といちゃいちゃいちゃいちゃ! 思い出すだけでもはらわたが煮えくり返る! 人間人間と馬鹿にするのも大概にしろ! その人間ごときに負けたのはどこのどいつだ! あいつら全員、魔鋼鉄の鎖でぐるぐる巻きにして、海の底深くに沈めてやったとも! はっ! 助けてくれ? たかが人間ごときが作った仕掛けから抜け出せずに、ご愁傷しゅうしょうさまだ! 毎度毎度妻に泣きつかれて、泣く泣く解放していたが、いっそあれをちょん切ってやればよか……ああ、悪い。子供に聞かせる話じゃないな」

 シリウスは、ごほんと咳払いをする。そして気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出した。

「つまり、浮気相手を毎度のようにしばき倒していたら、妻に逃げられたんだ」

 大真面目な顔で言われ、セレスティナは言葉に詰まった。

「え、あの……なんて言ったらいいか」
「笑ってくれていい。妻は美しかった。この上なく。だから一目惚れで結婚してくれと迫ったあげく、このざまだ。浮気を繰り返され、そのたびに浮気相手のドラゴンを海底深く沈めて、散々ざまぁとあざ笑い、あいつらのプライドをべっきべきにへし折っていたら……いつの間にか、ドラゴンキラーと竜王国で言われるようになった。何故か、あいつらに遠巻きにされるようになってな……。殺してないぞ? ほんの少しへこませただけだ。なのにどうしてあそこまで怯えられなければならないのか……。やりたくてやったわけじゃない。寝取られ男のささやかな復讐だ」


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