殿下、その真実の愛は偽物です

ミズメ

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 驚くユーリアの前には、赤髪を後ろに撫で付けた盛装姿の美しい青年が立っている。紺色のジャケットに施された銀糸の刺繍も美しい。

(美しい装飾……流石だわ)

 思わず視界に入ったジャケットの刺繍に目を奪われる。刺繍は手仕事だ。これだけの仕事をする職人を抱えられる貴族家はなかなかいない。

「ユーリア。どこに行くんだ? まだ夜会は始まったばかりだろう」
「……ロイド」

 現れたのは、ロイド・オブライエン侯爵子息だった。幼馴染の彼は現在十八歳になるユーリアの二つ歳下で、小さい頃は姉弟のようによく一緒に過ごしたものだ。

(お姉さんぶりたい私に、いつもニコニコ笑顔でついてきてくれていましたね)

 ユーリアはロイドのかわいい少年時代を思い出す。庭園で絵本を読んだり、散歩をしたり。

 今思えば、ユーリアにとっての楽しい幼少の記憶はそこにある。

 ユーリアが十二歳になった時。王太子妃候補筆頭としてかの王子の婚約者になってからは、なかなか二人で会うことは無くなってしまった。

 懐かしい気持ちになりながら、ユーリアはロイドを見上げた。こんなに背も大きくなっていたのだっけ。

 彼はユーリアの置かれた立場や役目を知っている。一応、説明はしなければならないだろう。

「始まったばかりだけれど、わたくしの役目は終わったの。殿下に婚約破棄されたから退出しようとしていたところよ」

 何と言おうか迷ったけど、こう言うしかない。事実だし、それ以上でもそれ以下でもない。

「婚約破棄……!? 本気で言っているのか」

「ええ。皆様の前で大々的に宣言していらしたし……ほら、ご一緒にいらっしゃるあのご令嬢が真実の愛のお相手ですって」

 ロイドの視線が中央の殿下たちに向く。
 ユーリアもついでにそちらを見てみたが、殿下はなにやら男爵令嬢に話しかけているようだつた。

「ではね、ロイド、楽しんで」

 手短に説明をしたユーリアは、ドレスの裾を掴んで立ち去ろうとした。
 だが、その手をロイドに掴まれた。

 驚いて見上げると、黒曜石のような瞳が真っ直ぐにユーリアを見下ろしている。

「ロイド? わたくし、早く立ち去りたいの」

「……ユーリア。君はこれからどうするんだ」

「どうって……どうしましょう? 特に予定もないから、国内旅行でもしようかしら。各地の宝石を見てみたいし」

 ずっと妃教育を受けてきたが、それもなくなり婚約者もいない状態だ。醜聞もあるだろうし、誰もユーリアには近付かないだろう。

 これまでユーリアの傍に侍っていた令嬢たちだって、いずれ王太子妃となるユーリアの権威を見込んでのことだ。

「わかった。ひとまずは公爵家に帰るんだな?」

「ええ。そうね、今夜のところは」

 ユーリアが頷くと、ロイドは後ろにいた侍従になにやら指示をする。侍従は急ぎ馬車乗り場の方へと走っていったようだった。

「俺が今乗ってきた馬車がまだ近くにいるはずだ。指示はしているから、ユーリアはひとまずはそれに乗って帰ってくれ」

「……ありがとう。でも、ロイドはどうするの?」

「俺は……ちょっとアイツに一発入れてから考えるよ。おじさんたちの馬車にでも乗せてもらおうかな」

「アイツって……? ロイド、危ないことはしてはいけないわ」

「わかってるって。大丈夫だよ、ユーリア」

「ロイド様! 馬車の準備が整いました」

 侍従が戻ってきたところで、会話は終わってしまった。優しく目を細めたロイドが、ユーリアの頭をぽんぽんと撫でる。

「ユーリア、よく頑張ったね。後は任せて」

 大人びた顔で微笑むロイドに、ユーリアは目の奥がカッと熱くなるのを感じた。

 そう、頑張ってきたのだ。ユーリアなりに、かの王子のことを理解し支えようと、たくさん勉強をした。
 自分の時間なんて、ほとんど無かった。

「ユーリア様、参りましょう」
「ええ……」

 ロイドが会場に入って行く後ろ姿を見送ったユーリアは、侍従に連れられて城を後にした。

 家に戻ると驚かれたけれど、疲れてしまったユーリアは、何も答えずに自室で深い眠りについた。


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