悪意しかない王命結婚、確かに承りました。

ミズメ

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家に戻り、机に向かったアメリアは静かにペンを置き、ロザリーから受け取った封書を再び開いた。
 何度見ても、そこに並ぶのはただ一行だけ。

「ふふっ……美辞麗句もなく、用件だけだなんて」

 口元がふわりと緩む。
 曲がりなりにも婚約者への文だ。もっと遠回しな言葉を並べ、形式を重んじた文を寄越すところだろう。だが、ユリシスの文面は驚くほど率直で、軍人の報告書のように簡潔だ。

 それが、妙に心地よかった。

 手紙を丁寧に畳みながら、アメリアはふと視線を落とす。
 あの日――お茶会の前、王宮の庭園で彼と交わしたわずかな言葉を思い出す。
 冷静で無口だが、誠実さが滲む声音。金の瞳に宿る真摯な光。あの人は噂で語られるような冷血漢ではなさそうだ。

(どんな場所なのかしら、リュストアは)

 アメリアはそっと目を閉じ、疲れた身体を椅子に預ける。

「楽しみですわね」

 誰にともなく呟いた声が、夜の静寂にやさしく溶けていった。

***

 翌朝。
 差し込む陽光の中で朝食をとっていると、ロザリーがそっと控えめに近寄ってきた。

「お嬢様……昨夜、王宮で少し騒ぎがあったそうです」
「まあ、また何かしら?」
「王妃殿下付きの侍女たちの間で、揉み合いが起きたとか。『絹の呪い』について口論になったそうでして」

 アメリアは紅茶をひと口飲み、ゆるやかにカップを受け皿に戻した。
 ロザリーの言葉は続く。

「どうも『誰があのドレスに触れたのか』で責任を押し付け合ったらしいんです。ひとりは手が腫れ上がったと騒いで……医師まで呼ばれたとか」

 ふうん、とアメリアは軽く相槌を打つ。
 淡い笑みが口元に浮かび、どこか満足げに紅茶を揺らした。

(やはり、あの話は効いたようね)

 毒を含んだ絹――もちろん、すべてはデタラメ。けれど「呪われた布」という噂は、恐怖と罪悪感の中で勝手に膨れ上がる。
 罪を犯した者ほど、見えない何かに怯えるものだ。

「侍女長に命令されたとか、王妃殿下の指示だとか、皆の前で責任の押し付け合いをする大騒ぎだったようです」
「まあ。それは大変」
「王宮から、解呪の方法についての問い合わせが来ておりますが、いかがされますか?」

 ロザリーが悪戯っぽく笑う。わざわざ侯爵家に言付けるということは、呪いを受けたのはもっと身分の高い人――つまり、王妃自身も関わっているのだろう。そして、怯えているのだ。

「そうね……最も苦いと言われる薬草をお示ししましょうか」
「承知しました」

 ロザリーと目で合図をしたあと、アメリアは視線を窓の外へ向けた。

(呪いがお好きな方たちにお返ししたつもりでしたけれど……これで少しは静かになりますわ)

 今日も王都の空は青く、街路樹が静かに揺れている。

「ロザリー。紅茶をもう一杯いただける?」
「かしこまりました、お嬢様」

 銀のポットから立ちのぼる湯気が、柔らかな朝の光に溶けていく。
 嵐のような王宮の出来事が嘘のように、アメリアの朝は穏やかに始まっていた。
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