悪意しかない王命結婚、確かに承りました。

ミズメ

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 王都から離れた馬車はゆるやかな丘を越え、夕刻前には街道沿いに広がる宿場町へとたどり着いた。
 石造りの建物が並び、広場には水桶を積んだ荷馬車や旅人たちの声が行き交っている。

 その一角に、黒い軍馬を連れた男たちの姿が見えた。
 鎧の紋章はリュストア公爵家――ユリシスの配下である騎士団のものだ。

「ユリシス様!」
「お待ちしておりました!」

 十人ほどの騎士たちが、次々と声を上げる。
 その顔には緊張よりも、久しぶりに仲間に会ったような明るい笑みが浮かんでいた。

 アメリアは思わず目を瞬かせた。

(公爵家の騎士たち……ということなのかしら)

 王都では悪意に満ちた噂があったユリシスだが、今こうして出迎える彼の部下たちは、誰一人として怯えた様子など見せていない。
 それは、カイルにも感じたことだった。

 ユリシスは手綱を引き、ゆっくりと馬から降りると、短く言葉を発した。

「皆の者。こちらがアメリア嬢だ。以後、彼女を守ることを最優先とする。道中に何もないよう、気を引き締めろ」

「はっ!」

 鋭い声が宿場の空気を引き締めたあと、一瞬の静寂。
 そののち、アメリアがふわりと裾をつまみ、たおやかに微笑んで挨拶をする。

「はじめまして。アメリア・グランディールと申します。リュストアの皆さま、どうぞよろしくお願いいたしますわ」

 その声音はやわらかく、それでいて芯が通っていた。
 旅塵をまといながらも凛とした立ち姿に、騎士たちが一斉に息を呑む。

「……め、めちゃくちゃ美人……!」
「すげぇ、上品な香りがする……!」
「お前ら奥さまに無礼っす!」

 カイルが慌ててその騎士たちに注意をしていて、アメリアはくすっと笑みを漏らした。どうやら、彼らの中ではカイルは上の立場にあるらしい。

「皆さま、ありがとうございます。頼もしい方々ばかりで安心いたしましたわ」

 そのひとことで場の空気がやわらぎ、緊張がすっかりほどけた。
 ユリシスも静かに息をつき、騎士たちを見渡す。

「では、予定通りに明日の夜明けと共に出発する。準備を整えておくように」
「了解!」

 返事が宿場に響き渡る。
 明るい笑顔と穏やかな風――辺境へ向かう旅の空気は、思っていたよりずっと温かい。

 ユリシスが騎士たちに指示を出すため少し離れたところへ向かうと、アメリアの背後から気安い声が飛んできた。

「奥さま~! すみません、ちょっとだけ時間いいっすか?」

 赤髪をかき上げながら、カイルがひょこっと現れる。
 その軽やかな足取りに、ロザリーが一瞬だけ眉をひそめたが、アメリアは微笑で制した。

「どうかなさいました?」
「いや~、その……馬車の乗り心地、どうだったす……どうでしたか?」

 カイルは頬を掻きながら、ちらりと馬車の方を振り返る。
 彼が口調を改めた瞬間に隣のロザリーが頷いたため、きっと彼らもここまでの道中で何かあったのだろうと思う。

(きっと、ロザリーが口調のことを指摘したのね)

 カイルにとっては大変な移動だったことだろう。そうアメリアが思っていると、カイルはなおも続ける。

「クッションとか、揺れとか、長旅だと疲れちゃうんで。もし何かあれば改良するっす……します!」
「まあ」

 アメリアは小さく目を瞬かせ、やがて穏やかに首を横に振った。

「いいえ、まったく問題ありませんわ。とても快適でした」
「そ、そうっすか! よかった~!」

 カイルは胸をなで下ろして満面の笑みを浮かべる。
 その反応があまりに素直で、アメリアは思わず小さく笑ってしまった。

 そういえば――と、アメリアは馬車の中を思い返す。
 座席には厚手のクッションが幾重にも敷き詰められ、まるで高級なソファのような柔らかさだった。
 長い道のりを進むあいだも、身体がほとんど揺れないほどの安定感。
 それに、窓辺には陽を和らげる薄布が張られ、光も風も心地よく調整されていた。

(これほど乗り心地のいい馬車、王都でも滅多にお目にかかれませんわ)

 快適さの裏に込められた誰かの配慮を思うと、胸の奥がほんのり温かくなった。

「ユリシス殿下が、いろいろと気を配ってくださったのね?」
「へ? あ、え~と……ま、まあ、そんな感じっす!」

 明らかに何かを隠しているような声色に、アメリアは目を細める。
 しかし追及せず、ふっと視線を馬車へ戻した。

「とても居心地のよい旅ですわ。おかげで、不安が少し薄れました」

 その言葉に、カイルは照れくさそうに頭を掻きながら笑う。

「へへっ、それはなによりっす! 奥さまが安心してくれたなら、ユリシス様も報われるっすね」
「あら」

 アメリアは小さく微笑み、唇の端をゆるめた。

(やっぱり、本当は思慮深い方ですのね)

 そう思いながら、彼女は遠くで指示を出すユリシスの背を静かに見つめる。

 城で会った時よりも、少し顔色がいいように思える。急なリュストア行きとはいえ、あの息苦しい王都から出られたことは、彼にとって僥倖だったのだ。

「奥さま奥さま。ユリシス様本人は絶対言わないと思うんで……今の話、内緒っすよ?」
「ええ、もちろん」

 アメリアが微笑を返すと、カイルはいたずらっぽく片目をつぶった。

「カイル様。先程から口調が戻っています」

 背後からロザリーの冷ややかな声が飛ぶ。

「わっ! 厳しいっす!」
「ほらまた!」

 ロザリーがぴしゃりと言うと、カイルは「す、すみませんっ!」と慌てて姿勢を正した。
 そのやり取りに、アメリアは堪えきれずくすりと笑う。

「じゃ、俺、馬の世話してくるっす!」

 逃げるように軽い足取りで去っていくカイルを見送りながら、アメリアは静かに呟いた。

「ユリシス殿下は優しい御方ですわね」
「お嬢様のことを第一に考えておられる点は、とても素晴らしいです」
「まあ、ロザリーったら」

 なぜかロザリーが得意げだ。
 アメリアは思わず微笑んで、視線をそっとユリシスへ向けた。

 馬車の中でも少しだけ話をして気が付いたのだが、どうやらユリシスは、思っていたよりずっと誠実な人のようだった。
 最初の時も、悪評だらけで辺境に嫁ぐことになったアメリアを、真っ先に心配してくれていたらしい。

(その優しさに、誰かが付け込んだのではないかしら)

 『誰か』の見当は付きすぎるほどだ。
 呪われた王子のそばに居て、それでも、アメリアの身には何の異変も起きていない。

 王宮で起きた出来事の数々も、どれもが人の悪意によるもの。呪いなどという曖昧なものではなかった。

(王妃様と距離を置けば、きっと何も起きないわ)

 そう確信できるほど、今のアメリアは冷静だった。
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