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08 花束
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ティナに手を引かれて、フィオレッタは小石の混じる川辺の小道を歩く。
すぐそばを流れる小川がさざめき、風が頬を撫でる。
「こっちだよ、フィオおねえちゃま」
ティナは時折フィオレッタを見上げながら、ぴょんぴょんと軽やかに進んでいく。
皆お昼時なのか、不思議と誰にも遭遇しない。まるで、春の妖精がこの地に迷い込んだみたいだ。
(まあ……こんなところに道があったのね)
目的を持ってスタスタと歩くティナは、確かにこの場所のことをよく知っているようだ。一見すると茂みのような場所に、わずかに人が通れる空間がある。
その隙間を縫うように進むと、野原に出た。そしてそこには、視界いっぱいに花の海が広がっていた。
白いデイジー、黄色いタンポポ、薄紫の野スミレ。
風が吹くたび、花々が小さく揺れ、淡い香りが空気の中に溶けていく。
「とてもきれいな場所ね」
フィオレッタは思わず息を呑む。
リントブルに来てからひと月、毎日を慎ましく過ごしてきたけれど、この場所に来たのは初めてだった。
野花のきらめきと水音に包まれるこの場所は、まるで世界のどこにも属さないように静かで、やさしい。
「ふふっ、ね? ここはね、ティナのひみつなの」
ティナは得意げに胸を張り、ぬいぐるみを抱きしめてくるりと一回転した。
その亜麻色の髪が光を受けて煌めき、春の陽のなかでふわりと広がる。
花びらが舞い上がり、ひとひらがフィオレッタの肩に落ちた。
「ええ、とっても素敵な秘密の場所だわ」
「でしょ? ここね、だれもこないの。だからねえ、いっしょにあそぼ!」
ティナはしゃがみ込んで、足もとに咲く花を摘み取った。ぷくぷくのほっぺが髪の毛の隙間から垣間見えて、その幼児らしい姿にフィオレッタは思わず笑顔になる。
その小さな手のひらに、春の花がいくつも重なっていく。
「ねぇフィオおねえちゃま、みてみて! このおはな、かんむりにできるかな?」
満面の笑顔で花を差し出すティナの姿に、フィオレッタの胸の奥がふっと温かくなる。
ざっと見渡してみたが、確かに他に誰もいない場所だ。
ここに来たらティナの保護者に会えるかと思っていたが、一体どういうことなのだろう。
(ティナを不安がらせてはいけないわね。ゆっくり聞いてみましょう)
そう決意したフィオレッタは、しゃがみ込むとティナの手元に自分の指を添えた。
「ええ、きっとできるわ。ほら、茎がしなやかでしょう? こうして編むのよ」
柔らかな茎を折らないように、そっと交差させながら輪をつくっていく。
「わぁ……すごい! フィオおねえちゃま、じょうず!」
昔、礼儀作法の授業のひとつに、花飾りをつくる時間があった。貴婦人は、庭園で花を摘む姿も優雅でなければいけないとか。
実際はそんなに花を摘むことはなかったのだが、その無駄だと思っていたこともこうして役に立った。
「ふふ、ありがとう。ちょっとだけやったことがあって良かったわ」
「ふふふふふ~!」
面白くなってくすくすと笑うと、ティナも釣られて笑い声を上げた。
その小さな笑い声が春風にのって流れていく。
「わたしね、じょうずにできなくて、すぐにおはながほどけちゃうの」
「やろうとする気持ちが大切だと思うわ。今から一緒に頑張りましょう」
「うん、わかった!」
「ティナはどんな花を入れたい?」
「このしろいのと、きいろいのと、むらさきいろの!」
ティナは嬉しそうに野花を集め、スカートの上に広げた。
フィオレッタも手伝いながら、指先で花を編み込んでいく。やがて、ふたりの膝の上には色とりどりの花冠が並んだ。
「……よし、できたわ」
「ほんとだ! ふたつある!」
「ええ。ひとつはティナの、もうひとつは……その子の分ね」
フィオレッタがティナのぬいぐるみを見つめると、ティナの顔がぱっと輝いた。
「クーちゃんとおそろいだ!」
「ふふ。おそろいって、うれしいものよね」
クマのぬいぐるみの名前は『クーちゃん』というらしい。とてもわかりやすい名前だ。
ティナは花冠を頭に乗せると、フィオレッタの隣に座りこんだ。
春風がふたりの髪をやさしく撫でていく。
「……ねぇ、フィオおねえちゃま」
「なぁに?」
「また、いっしょにあそんでもいい?」
そのすみれ色の瞳を見つめながら、フィオレッタは微笑んだ。
「ええ。もちろんよ。約束しましょう」
「やくそく!」
ティナが小さな手を差し出し、フィオレッタもそれをそっと握る。
「ねぇねぇ、フィオおねえちゃま。ティナね、いまから花たばもつくりたい」
「花束?」
「うん。おとうちゃまとおかあちゃまにプレゼントするの。ティナね、ちゃんとがんばってるよっていいたいの」
嬉しそうにスカートの裾をつまみ、花を摘み始めるティナ。
小さな手に抱えられた花々が風に揺れ、その笑顔は春そのものだった。
この子はきちんと両親に愛されているんだということが伝わってくる。
そのことが嬉しい。きっとすぐに迎えに来るのだろう。
「そうなの。素敵ね。きっと、お父様とお母様も喜ばれるわ」
「えへへ、そうかなぁ?」
ティナはくるくると歩き回りながら、白や黄色の花を集めていく。
フィオレッタも微笑みながら手伝い、そっと花束の形を整えてあげた。
「これで、完成ね」
「わぁ……! ありがとう、フィオおねえちゃま」
ティナは出来上がった花束を胸に抱え、愛おしそうに見つめている。
本当に愛らしい子だ。このまま幸せに暮らして欲しい。
気づけば、フィオレッタは会ったばかりのティナに、そんな感情まで抱いてしまっていた。
「ティナ。お父様とお母様はそろそろお迎えに来てくれるのかしら?」
フィオレッタもそろそろ宿屋に戻って仕事をしなければならない。
そう思って尋ねた瞬間、ずっと明るかったティナの笑顔がふっと曇った。
胸に抱えていた花束をぎゅっと抱きしめ、俯いてしまう。
「……おとうちゃまと、おかあちゃまに、あいたい」
その小さな声は、風にさらわれるようにかすかなものだった。
すぐそばを流れる小川がさざめき、風が頬を撫でる。
「こっちだよ、フィオおねえちゃま」
ティナは時折フィオレッタを見上げながら、ぴょんぴょんと軽やかに進んでいく。
皆お昼時なのか、不思議と誰にも遭遇しない。まるで、春の妖精がこの地に迷い込んだみたいだ。
(まあ……こんなところに道があったのね)
目的を持ってスタスタと歩くティナは、確かにこの場所のことをよく知っているようだ。一見すると茂みのような場所に、わずかに人が通れる空間がある。
その隙間を縫うように進むと、野原に出た。そしてそこには、視界いっぱいに花の海が広がっていた。
白いデイジー、黄色いタンポポ、薄紫の野スミレ。
風が吹くたび、花々が小さく揺れ、淡い香りが空気の中に溶けていく。
「とてもきれいな場所ね」
フィオレッタは思わず息を呑む。
リントブルに来てからひと月、毎日を慎ましく過ごしてきたけれど、この場所に来たのは初めてだった。
野花のきらめきと水音に包まれるこの場所は、まるで世界のどこにも属さないように静かで、やさしい。
「ふふっ、ね? ここはね、ティナのひみつなの」
ティナは得意げに胸を張り、ぬいぐるみを抱きしめてくるりと一回転した。
その亜麻色の髪が光を受けて煌めき、春の陽のなかでふわりと広がる。
花びらが舞い上がり、ひとひらがフィオレッタの肩に落ちた。
「ええ、とっても素敵な秘密の場所だわ」
「でしょ? ここね、だれもこないの。だからねえ、いっしょにあそぼ!」
ティナはしゃがみ込んで、足もとに咲く花を摘み取った。ぷくぷくのほっぺが髪の毛の隙間から垣間見えて、その幼児らしい姿にフィオレッタは思わず笑顔になる。
その小さな手のひらに、春の花がいくつも重なっていく。
「ねぇフィオおねえちゃま、みてみて! このおはな、かんむりにできるかな?」
満面の笑顔で花を差し出すティナの姿に、フィオレッタの胸の奥がふっと温かくなる。
ざっと見渡してみたが、確かに他に誰もいない場所だ。
ここに来たらティナの保護者に会えるかと思っていたが、一体どういうことなのだろう。
(ティナを不安がらせてはいけないわね。ゆっくり聞いてみましょう)
そう決意したフィオレッタは、しゃがみ込むとティナの手元に自分の指を添えた。
「ええ、きっとできるわ。ほら、茎がしなやかでしょう? こうして編むのよ」
柔らかな茎を折らないように、そっと交差させながら輪をつくっていく。
「わぁ……すごい! フィオおねえちゃま、じょうず!」
昔、礼儀作法の授業のひとつに、花飾りをつくる時間があった。貴婦人は、庭園で花を摘む姿も優雅でなければいけないとか。
実際はそんなに花を摘むことはなかったのだが、その無駄だと思っていたこともこうして役に立った。
「ふふ、ありがとう。ちょっとだけやったことがあって良かったわ」
「ふふふふふ~!」
面白くなってくすくすと笑うと、ティナも釣られて笑い声を上げた。
その小さな笑い声が春風にのって流れていく。
「わたしね、じょうずにできなくて、すぐにおはながほどけちゃうの」
「やろうとする気持ちが大切だと思うわ。今から一緒に頑張りましょう」
「うん、わかった!」
「ティナはどんな花を入れたい?」
「このしろいのと、きいろいのと、むらさきいろの!」
ティナは嬉しそうに野花を集め、スカートの上に広げた。
フィオレッタも手伝いながら、指先で花を編み込んでいく。やがて、ふたりの膝の上には色とりどりの花冠が並んだ。
「……よし、できたわ」
「ほんとだ! ふたつある!」
「ええ。ひとつはティナの、もうひとつは……その子の分ね」
フィオレッタがティナのぬいぐるみを見つめると、ティナの顔がぱっと輝いた。
「クーちゃんとおそろいだ!」
「ふふ。おそろいって、うれしいものよね」
クマのぬいぐるみの名前は『クーちゃん』というらしい。とてもわかりやすい名前だ。
ティナは花冠を頭に乗せると、フィオレッタの隣に座りこんだ。
春風がふたりの髪をやさしく撫でていく。
「……ねぇ、フィオおねえちゃま」
「なぁに?」
「また、いっしょにあそんでもいい?」
そのすみれ色の瞳を見つめながら、フィオレッタは微笑んだ。
「ええ。もちろんよ。約束しましょう」
「やくそく!」
ティナが小さな手を差し出し、フィオレッタもそれをそっと握る。
「ねぇねぇ、フィオおねえちゃま。ティナね、いまから花たばもつくりたい」
「花束?」
「うん。おとうちゃまとおかあちゃまにプレゼントするの。ティナね、ちゃんとがんばってるよっていいたいの」
嬉しそうにスカートの裾をつまみ、花を摘み始めるティナ。
小さな手に抱えられた花々が風に揺れ、その笑顔は春そのものだった。
この子はきちんと両親に愛されているんだということが伝わってくる。
そのことが嬉しい。きっとすぐに迎えに来るのだろう。
「そうなの。素敵ね。きっと、お父様とお母様も喜ばれるわ」
「えへへ、そうかなぁ?」
ティナはくるくると歩き回りながら、白や黄色の花を集めていく。
フィオレッタも微笑みながら手伝い、そっと花束の形を整えてあげた。
「これで、完成ね」
「わぁ……! ありがとう、フィオおねえちゃま」
ティナは出来上がった花束を胸に抱え、愛おしそうに見つめている。
本当に愛らしい子だ。このまま幸せに暮らして欲しい。
気づけば、フィオレッタは会ったばかりのティナに、そんな感情まで抱いてしまっていた。
「ティナ。お父様とお母様はそろそろお迎えに来てくれるのかしら?」
フィオレッタもそろそろ宿屋に戻って仕事をしなければならない。
そう思って尋ねた瞬間、ずっと明るかったティナの笑顔がふっと曇った。
胸に抱えていた花束をぎゅっと抱きしめ、俯いてしまう。
「……おとうちゃまと、おかあちゃまに、あいたい」
その小さな声は、風にさらわれるようにかすかなものだった。
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