婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

文字の大きさ
18 / 47

17 家令

しおりを挟む
「それじゃあ、フィオ様の荷物は僕が宿屋まで取りに行っておきますね」

 クラウスが軽く手を振る。

「宿屋の主人にもちゃんと説明しておきます。すごく驚かれそうですよね」
「そうですね。こちらにきてなにかと面倒を見てくださいましたから……」

 リゼとその娘夫婦が手を差し伸べてくれなければ、フィオレッタは今頃どこで何をしていたかわからない。
 いくら感謝してもしきれないほどだ。

「まあでも、ヨエルさんなら分かってくれるでしょう! それじゃ、すぐ戻りますから。ティナ様と遊んでてくださいね。旦那様は仕事終わらせといてくださいね」
「は、はい!」
「……」

 クラウスは軽く手を振って廊下を去っていった。
 その背を見送りながら、ヴェルフリートは少しだけ険しい顔をして机の方へと戻るっていく。あの山盛りの書類をこれから片付けるとなると、とても大変そうだ。

「私はまだ仕事がある。夕食はティナと二人で食べておいてもらえるだろうか」
「フィオおねえちゃまとごはんたべていいの?」
「ああ」
「やった~!!」

 ヴェルフリートの言葉にティナは勢いよく飛び上がり、ぱたぱたとその場で跳ねた。ふわふわの巻き毛が上下に揺れ、頬はりんごのように赤くなっている

「フィオおねえちゃまといっしょ! クーちゃんもいっしょにたべる!」
「ふふ、それは楽しみね」

 子どもの笑い声が広い廊下に反響して、重かった空気が少し軽くなる。
 ヴェルフリートは一瞬だけその光景を見やり、すぐに視線を手元の書類へと落とした。とても忙しそうだ。

「では、失礼致します」

 フィオレッタは退室の挨拶をして執務室をあとにした。


***

「フィオおねえちゃま、さっきのおはなをみにいきたい」

 廊下に出たところで、ティナがぱっと顔を輝かせて言った。
 最初は何のことか分からなかったが、フィオレッタはすぐに思い出す。

(ヘルマさんに預けた花束のことね)

 花畑からここについたとき、ティナが大切そうに抱えていた小さな花束をヘルマに託したのだ。「あとで飾っておきますね」と笑っていたヘルマの言葉がよみがえる。

「ええ、行ってみましょうか」
「うん!」
「ティナ様……ティナは、そのお花がどこにあるのか知っている?」
「きっとね、えのところ」

 フィオレッタが手を差し出すと、ティナはぱっと握り返してきた。
 まだこの城の内部はよくわからないが、「えのところ」というのは、二人の肖像画が飾られていたところなのだろう。そこならば覚えている。

 二人で廊下を歩き、階段を下りて行くと、やがて大広間の奥まった一角にたどり着いた。

 そこには、黒い布がかかったティナの両親の肖像画が並んで掛けられている。重厚な額縁の下、磨かれた石台の上に、小さな花束がそっと飾られていた。
 ティナが小さな手でひとつひとつ摘んだ野花の花束は、素朴ながらもあたたかな雰囲気を漂わせている。

「わたしのおはなだ!」

 ティナが嬉しそうに駆け寄ろうとした、そのとき。

「お待ちなさい」

 低く響く声が背後から落ちた。
 フィオレッタが振り向くと、長身の老人が廊下の奥から歩いてくる。
 黒の礼服をきっちりと着こなし、背筋はまっすぐ。鋭い灰色の瞳が二人を射抜いた。

「見知らぬメイド。お前は誰の許可で、ここにこのような花を置いたのかね?」

 その目はフィオレッタに向けられている。ピリピリとした緊張感がその場に生まれ、ティナは驚いたのかフィオレッタの後ろに隠れてしまった。

「ここは前領主ご夫妻を偲ぶ場所です。供花はそれにふさわしいものを選ぶべきでしょう。このような野の花では、品格を損ないます」

 老人の冷たい声が大理石の壁に反響する。ティナがびくりと肩を震わせ、握った手に力がこもる。

(そんな言い方……! 一目見たら、ティナが作ったとわかるでしょうに)

 あえて気づかないふりをしているのか、老人は表情を変えることもない。まさか城の内部にこのような人がいると思っておらず、フィオレッタは一度小さく息を吐いた。

 ヴェルフリートは把握していないのだろうか。この態度からして、この老人は城に仕える使用人の中でも、高い地位についていることが察せられた。

(きっとこの城の家令なのでしょう。ティナを尊重するつもりはないようね)

 ひり、と胸の奥が痛む。
 この痛みはよく知っている。かつて、公爵家の屋敷で誰にも庇われず、冷たい視線にさらされたときと同じ痛みだ。リゼがいつも近くにいるわけではなかった。

「確かに、これは高価な花ではありません」

 フィオレッタは静かに言葉を紡ぐ。

「けれど、これはティナがご両親を思って摘んだものです。気持ちを届けることに、貴いも卑しいもないと思います。あなたのその考えの方が浅ましいのではありませんか?」

「おねえちゃま……」

 ティナが裾をぎゅっと握り、上目で見上げてくる。
 フィオレッタはその小さな頭に手を置いた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま
ファンタジー
 わたくし王妃の身でありながら、夫から婚姻破棄と王都から出て行く事を言い渡されました。  初めての田舎暮らしは……楽しいのですが?!  夫や、かの女性は王城でお元気かしら?   わたくしは元気にしておりますので、ご心配御無用です!  〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...