婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

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22 道案内

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 朝食のあとは、屋敷全体にゆるやかな活気が戻っていた。ヴェルフリートは執務へと戻ってゆく。

(なんだかとてもお疲れみたい……?)

 やはり、寝相が悪かったのではなかろうか。
 そんなことを考えながら食堂を出たフィオレッタの手を、隣にいるティナがうれしそうに握りしめる。

「ねえねえ、フィオおねえちゃま、おしろをみせてあげる!」
「まあ、案内してくれるの? うれしいわ」

 正直なところ、まだ城の内部がよく分からない。ティナに案内してもらうのは、彼女のこともよく知ることができそうで、とてもいい案だと思えた。

「こっちこっちー!」

 ティナが小さな靴音を立てて駆けだす。けれど、フィオレッタが柔らかく声をかけた。

「まあティナ。ゆっくりで大丈夫よ。淑女はパタパタと走りません」
「はーい!」

 ティナはぱっと振り返り、少しだけ顎を上げて胸を張る。

 そして、今度はしゃなりしゃなりと一歩ずつ優雅に歩きはじめた。
 裾をつまんで小さくお辞儀までしてみせるその仕草は、どこかぎこちないけれど、健気でとても愛らしい。

(まあ……なんてかわいらしいの)

 フィオレッタが思わず目を細めると、ティナは得意げに笑って見上げてくる。

「えへへ、こう? おかあさまが『おじょうさまあるき』って言ってたの!」
「ええ、とっても上手よ。立派な淑女ね」

 廊下にふたりの笑い声が弾む。ティナの口から母親との思い出が語られたのは初めてだ。そのことも嬉しくなる。

 だが、その背後で、立ち止まったメイドたちが顔を寄せ合い、冷ややかな笑みを交わしたことに気付いてしまった。

「淑女ですって。聞いた?」
「ええ。どこのお嬢様ごっこかしらね」
「旦那様に拾われたって噂の人でしょ? 平民のくせに、もう奥様気取りよ」
「ねえ、まさか本気で自分がこの屋敷の奥方だなんて思ってないでしょうね」

 クスクスと笑う声が、背中に針のように刺さる。けれどフィオレッタは振り返らない。

 代わりに、まっすぐ前を歩くティナの姿を見つめ、静かに微笑んだ。

(今はティナの笑顔を曇らせたくないわ)

 ティナが振り返り、またにこっと笑う。

「そうね、ティナ。とても上手。ついでにお辞儀の練習もしましょうか」

 フィオレッタは裾を軽く摘まんで、まるで礼儀作法の見本のように一礼を返した。
 刻み込まれている、貴族令嬢としての品格。
 あのメイドたちが息を呑む音が聞こえたような気がする。

「わあ、フィオおねえちゃま、じょうず!」

 それを見たティナが、また嬉しそうに笑い、今度はさらにしゃなりしゃなりと歩みを進めていく。

「おや、ティナ様。とっても素敵ですねえ」
「クラウス!」

 そのとき、前からクラウスが現れた。低く穏やかな声に、ティナも顔を上げて駆け寄る。

 クラウスの姿を認めるなり、メイドたちはそそくさと頭を下げ、足早にその場を離れていった。

「お城のご案内ですか? いいですねえ。私も御一緒してもいいですか?」
「ほんと? じゃあクラウスもいっしょにいこう!」
「もちろんです」

 軽やかにそう言って、クラウスはフィオレッタへ視線を向ける。

「奥様、私も一緒でいいですか」

 答えながら、当たり前のよつに『奥様』と呼ばれることに内心どきりとしてしまう。
 そんなフィオレッタのことを一瞥したあと、クラウスは悪戯っぽく笑みながら、胸元に手を差し入れた。

「ちょうど鍵も色々持っているんですよ~。中庭から温室、書庫や訓練場など、見どころは多いですからね」

 鍵がたくさんついた輪を、チャリと揺らしながらこちらに見せるクラウスの言葉に、フィオレッタはほっと息をつく。

「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてご一緒させていただきますね」
「ええ、喜んで。……ティナ様、行き先の順番はティナ様のご案内で」
「うんっ! じゃあまずは、ムキムキのにわ!」

 ティナが小さな手を掲げて張り切る。

「ムキムキ……?」
「もしかして、騎士団の訓練場ですかね。ティナ様、そんな呼び方してたんですね~」
「ムキムキがいっぱいなの!」

 胸を張ってそう言うティナに、フィオレッタとクラウスは思わず顔を見合わせ、同時にくすりと笑う。

「では、まずはムキムキのところへ参りましょうか」
「うん!」

 ***

 訓練場では、ティナの言うムキムキの騎士たちが整列していて、クラウスの案内でフィオレッタは一人ひとりに丁寧に挨拶をした。

 騎士たちは最初こそ驚いた表情を見せたものの、ティナが嬉しそうに「これ、フィオおねえちゃま!」と紹介すると、次第に柔らかい笑みを返すようになる。

 中庭では、満開の花々の中を歩きながらティナと花の名前を当てっこしたり、摘んだ花びらで小さな花冠を作ったりした。
 ティナの笑顔はどんどん明るくなり、フィオレッタもつられて笑みをこぼす。

 書庫では、本の山に圧倒されつつ、ティナへ読み聞かせをしたいと思う絵本を選び、胸に抱えた。

 最後に訪れたのは玄関ホールだ。

「この城は代々の領主様が守ってきた、エルグラントの誇りなんですよ」

 クラウスの声が、荘厳な玄関ホールに静かに響く。
 見上げれば、高い天井から下がるシャンデリアが朝の光を受けて淡くきらめいていた。

(この場所で……私も、何かの役に立てたらいいな)

 そう考えて、宿屋の人たちの顔がフィオレッタの脳裏によぎった。
 あの人たちがいなければ、今こうして笑っていられなかったかもしれない。

 急にここに来ることになって、直接御礼も言えないままだ。

「あの、クラウスさん。少しだけ、城下に行ってきてもいいでしょうか。お世話になった宿屋の方々に、直接お礼を伝えたいのですが」
「フィオおねえちゃま、帰っちゃう?」
「ううん、ちょっとの時間だけ行ったら、また戻ってくるわ」
「……ティナもいく!」

 ティナの目が不安に潤んでいる。
 ぎゅうぎゅうと抱きついてくるティナの頭を、フィオレッタはやさしく撫でた。 

(まただわ)

 離れることを、ひどく恐れている。
 両親を亡くした深い悲しみが、彼女にそうさせているのだと分かる。

 どうしたものかと悩んでいると、その様子を見ていたクラウスが、くいっと口角を上げる。

「なるほど。奥様とティナ様の城下へのお出かけですね。では、許可を旦那様にいただきに行きましょうか!」
「えっ、今からですか? お邪魔では……」
「いえいえ、こういうのは早いほうがいいんです! ティナ様も、ご一緒に」
「はーい!」

 勢いよく返事をするティナの声が、広い玄関ホールに明るく響いた。

 こうして、三人は連れ立ってヴェルフリートの執務室へと向かうことになった。
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