婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

文字の大きさ
33 / 54

30 こんな日が続いたら

しおりを挟む
 昼の陽射しが柔らかく庭を包み込む。
 ティナの風邪が治ってから数日が経ち、ようやく外に出たいとせがむようになった。

(次の日には果物も食べられたからよかったわ)

 目を覚ましてからも、ティナはフィオレッタにべっとりだった。ヘルマやクラウスと交代して……時にはヴェルフリートも看病をしながら、元気になった。

 庭には薄桃色の小花が咲き誇り、吹き抜ける風が草をそよがせている。
 その真ん中でティナは嬉しそうにスカートを翻し、花を摘んでは小さな籠に集めていた。

「フィオおねえちゃま、みて! ティナ、ひとりではなのかんむりをつくるの!」
「まあ、素敵ね。上手に編めるかしら?」
「うんっ、がんばる!」

 指先に小花をくるくると絡めながら、ティナは真剣な顔つきで作業を続ける。
 フィオレッタはそんな姿を見守りながら、庭のベンチに腰を下ろした。

 少し遅れてヴェルフリートもやってくる。
 今日は珍しく、執務が早く片付いたらしい。クラウス曰く「奥様のおかげでずいぶん片付いたので」とのことだ。

「ティナ。体はもう大丈夫か」
「はい! フィオおねえちゃまがね、おててギュッとしてくれたから」

 ティナの元気な声に、ヴェルフリートの口元がかすかに緩む。
 その微かな変化を見て、フィオレッタは胸の奥がふわりと温かくなった。

 ティナは小さな手で花冠を持ち上げ、慎重にフィオレッタの前へと歩み寄った。
 真剣そのものの表情で、そっとその花の輪を彼女の頭の上に載せる。

「はい、できました! フィオおねえちゃまのかんむり!」

 淡いピンクと白の小花が織り込まれた冠が、陽の光を受けてやわらかく輝いた。
 フィオレッタの赤い髪に花々の色が映え、まるで春の精のように見える。

「まあ……ありがとう、ティナ。とっても綺麗ね」
「えへへ、おねえちゃまかわいいねえ」

 嬉しそうに胸を張るティナの笑顔に、フィオレッタも自然と微笑む。
 その姿を見ていたヴェルフリートの瞳にも、穏やかな光が宿っている。

「おじちゃまも、まっててね。ここにすわってて」

 ティナがぴょこんと立ち上がり、籠の中の花々をもう一度かき集めはじめた。
 指先で茎を器用に編み込みながら、唇をむっと結んで集中している。

「ここに座ってもいいか?」
「はい。もちろんです」

 ヴェルフリートはティナに促された通り、フィオレッタの隣に腰かける。
 二人で並んで、ティナのたどたどしい花冠づくりを眺める。とても穏やかで静かな時間だ。

「ほら、できた!」

 ティナは両手で花冠を持ち上げ、ヴェルフリートの前にちょこちょこと歩み寄る。
 少し背伸びをして……届かないと気づくと、フィオレッタの方を見上げた。

「フィオおねえちゃま、だっこして!」
「ええ、どうぞ」

 フィオレッタがティナを抱き上げると、ティナはうれしそうに笑って、ヴェルフリートの髪の上に花冠をそっと載せた。

「できた! おじちゃま、すっごくにあうの!」

 銀の髪に散る花々が陽光を受け、ふわりと光を返す。
 いつも厳格な印象のヴェルフリートが、その瞬間だけは驚くほど柔らかく見えた。

「……似合わないだろう」
「そんなことありません。とても素敵ですわ」

 思わず口にしてしまい、フィオレッタははっと息をのむ。
 ヴェルフリートも少し驚いたように視線を向けたが、次の瞬間、ほんのわずかに口元がゆるんだ。

「ありがとう、ティナ。それにフィオも」

 ティナは満足げに笑い、ぱちん、と小さく両手を叩く。

「おねえちゃまとおじちゃま、おそろいだね。おひめさまとおうじさまみたい!」

 その一言に、フィオレッタの胸がどくんと跳ねた。
 陽射しが頬に当たったせいだろうか――それとも、ティナの言葉のせいだろうか。
 顔の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じる。

「お、おひめさま……?」
「うんっ! だって、おねえちゃまはきれいだもん。ねえ、おじちゃま」

 無邪気に言い切るティナの笑顔に、フィオレッタは言葉を失った。
 けれど、その横でヴェルフリートもわずかに息を呑むのがわかる。

(ど、どうしてそこでヴェルフリート様に話を振るのかしら……⁉︎)

 そんなことを聞かれても、彼は困ってしまうだけだ。
 フィオレッタは慌てて花冠に手をやり、視線を逸らした。
 頬が熱くなっていくのを必死に隠そうとするが、ティナはそんな空気などお構いなしだ。

「おじちゃま?」

 小首をかしげて見上げるティナの瞳は、期待でまっすぐに輝いている。

 ヴェルフリートは一瞬、言葉を失ったように黙りこむ。れど逃げることなく、その静かな青の瞳をフィオレッタへ向けた。

「女性のことは正直、よくわからない」

 低く、けれどどこか穏やかな声。
 フィオレッタが驚いて顔を上げると、ヴェルフリートはゆっくりと言葉を継いだ。

「だが、フィオは綺麗だと思う」

 あまりに率直で、飾り気のない言葉だった。
 虚勢も気取りもなく、ただ事実を述べるような声音。

 けれど、それがかえって真っすぐに胸に響いてくる。フィオレッタは息を呑み、どう返せばいいのかわからず、指先で花冠の縁をなぞった。

「……そ、そんな……ありがとうございます」
「ねっ、フィオおねえちゃまはおひめさま~!」

 声が震えてしまう。けれど、ヴェルフリートは特に気にした様子もなく、ティナに視線を戻して小さく微笑んだ。

「ティナの言うとおりだな」

 その笑みは穏やかで、どこかあたたかい。フィオレッタの鼓動が、風に溶けていく午後の空気の中で、ひときわ強く響いた。

「えへへ、きょうがずっとつづいたらいいねえ」

 ティナのその声は、春風のように澄んでいた。
 フィオレッタは一瞬、言葉を失い、それからゆっくりとヴェルフリートの方へ視線を向けた。彼もまた、同じようにティナを見つめていて――そして、ふいに二人の視線が重なる。

 何かを言おうとしたけれど、どちらも口を開かなかった。
 ただ、穏やかな沈黙が流れる。
 それが不思議と心地よくて、胸の奥がきゅっと締めつけられるように痛んだ。

(形式だけの家族関係のはずなのに……どうして、こんなにあたたかいのかしら)

 ティナの笑い声が、やわらかな陽射しの中に響く。それを見守る時間が、こんなにも愛おしいものだとは思わなかった。

 ヴェルフリートがそっとティナの頭に手を置く。厳しく見えるその人は、本当は誰よりも領地思いで公平で、本当はとても優しくて――。
 
(もう少しだけ、この時間が続いたらと思ってしまうなんて)

 契約の期限が迫っている。
 本来なら数えるべき日を、いつの間にか数えたくなくなっていた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります! 🔶表紙はAI生成画像です🤖

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

【完結】女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました

香坂 凛音
恋愛
ここはステイプルドン王国。 エッジ男爵家は領民に寄り添う堅実で温かな一族であり、家族仲も良好でした。長女ジャネットは、貴族学園を優秀な成績で卒業し、妹や弟の面倒も見る、評判のよい令嬢です。 一方、アンドレアス・キーリー公爵は、深紅の髪と瞳を持つ美貌の騎士団長。 火属性の魔法を自在に操り、かつて四万の敵をひとりで蹴散らした伝説の英雄です。 しかし、女性に心を閉ざしており、一度は結婚したものの離婚した過去を持ちます。 そんな彼が、翌年に控える隣国マルケイヒー帝国の皇帝夫妻の公式訪問に備え、「形式だけでいいから再婚せよ」と王に命じられました。 選ばれたのは、令嬢ジャネット。ジャネットは初夜に冷たい言葉を突きつけられます。 「君を妻として愛するつもりはない」 「跡継ぎなら、すでにいる。……だから子供も必要ない」 これは、そんなお飾りの妻として迎えられたジャネットが、前妻の子を真心から愛し、公爵とも次第に心を通わせていく、波乱と愛の物語です。 前妻による陰湿な嫌がらせ、職人養成学校の設立、魔導圧縮バッグの開発など、ジャネットの有能さが光る場面も見どころ。 さらに、伝説の子竜の登場や、聖女を利用した愚王の陰謀など、ファンタジー要素も盛りだくさん。前向きな有能令嬢の恋の物語です。最後には心あたたまるハッピーエンドが待っています。 ※こちらの作品は、カクヨム・小説家になろうでは「青空一夏」名義で投稿しております。 アルファポリスでは作風を分けるため、別アカウントを使用しています。 本作は「ほのぼの中心+きつすぎないざまぁ」で構成されています。 スカッとする場面だけでなく、読み終わったあとに幸福感が残る物語です。 ちょっぴり痛快、でも優しい読後感を大切にしています。 ※カクヨム恋愛ランキング11位(6/24時点) 全54話、完結保証つき。 毎日4話更新:朝7:00/昼12:00/夕17:00/夜20:00→3回更新に変えました。 どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

処理中です...