家を乗っ取られて辺境に嫁がされることになったら、三食研究付きの溺愛生活が待っていました

ミズメ

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「ライラ?」

 急に動きが止まってしまったライラを、フォンは心配そうに覗き込む。
 
「フォン……あの、私、研究は続けられないかもしれません。辺境に行くことになるそうです」

 気にしていないつもりだったが、ライラの声はどこか上擦ってしまった。

 "研究ができない"

 そのことを認めてしまうことは、ライラにとって何よりも怖かった。そして、それをフォンに伝えることも何故か苦しい。

「ああ、そのことか」

 ――何を言われるのだろう。
 どこか緊張してしまったライラに、フォンは柔らかな笑みを湛えたまま頷いた。

「大丈夫だよ。君はこれからもずっと、研究を続けられる」

 フォンの確信の笑みに、ライラは瞳を極限まで開く。彼は何もかも知っている上で、そう言っているように見えた。

「どうして――」

「い、いくらローベルト殿下と言えども、貴族家の同士の婚約をやすやすと破棄には出来ませんぞっ!? ライラとどういう知り合いなのかは分かりませんが、これは我が家とギディングス辺境伯との間のことなのですからなっ!!」

 ライラの問いは、息巻くゲルティの言によって遮られた。ただ、それは至極もっともだ。
 
 ライラの認識では、貴族の婚約は国に管理され、婚約誓約書は国に届けて、その後に受理したとの通知が届いて初めて成立するものだ。

 叔父の様子からして、もうその手続きは済んでいる。であれば、覆すことは容易ではない。

 そのことは、王族であるフォンは誰よりも知っているはずだ。なのに、彼は表情を崩さない。

「そうですね。私もライラの婚約を取り消すつもりは毛頭ありません。婚約後も……結婚後も、彼女には好きに研究をしてもらうつもりでいます」

「がはは、そうでしょうな!! ……んん?」

「その調子では、書類をきちんと確認していないようですね、ハルフォード伯爵」

 勢いよく品のない笑みを浮かべていたゲルティは、何かに気が付いたのか小首を傾げた。
 その様子を見たフォンは、やれやれといった様子で肩をすくめる。

 二人のやりとりを聞いていたライラは、何かを見落としているような気がした。

(書類を……ちゃんと……?)

 ライラは急いで足元の書類を拾い上げる。

""婚約誓約書""

 書類の冒頭には、確かにそう書かれている。間違いなくライラの婚約を示す書類だ。

 読み進めてゆくと、あることに気が付いた。

 そこには、婚約相手が『ギディングス辺境伯当主』としか記されていない。

 そして『アルバン・エールラー・ギディングス』という辺境伯の名が記されているのは、"ライラ・ハルフォードの後見人"の欄だ。

「フォン。この誓約書、なんだか不思議なつくりをしていますね……?」

 婚約相手の名が無く、現ギディングス公は後見人であるとの書類。
 しかし、そこにはしっかりとゲルティのサインもしてある。
 いよいよ不思議だ。

 婚約誓約書をこれまでに見たことがないため、判断がつかない。それでも、どこか違和感があったのだ。

「殿下、先ほどからのお言葉は、どういう意味ですかな!? まるで、私が見落としていることがあるかのような――」

「ローランド。何をしている? こちらに来なさい」

 会場に響き渡った重低音に、途端に静寂が訪れた。
 声の主は国王陛下だ。その登場に、皆が深深と頭を下げる。

「ライラ。本当はこんな形での報告にはしたくなかったのだけど……ごめんね」
「?」

 ライラの耳元でそう囁くと、フォンはひらりと身を翻して颯爽と玉座の方へと歩いていった。
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