普通を貴方へ

涼雅

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「すみません、相席いいですか?」

オープンカフェでの昼食中、気だるげな、それでも芯の通った声が鼓膜を震わせた

「あ、どうぞ…」

人見知りの激しい僕は荷物を置いていた向かいの席を速やかに綺麗にした

一般的な声の低さでは無い僕の音に驚いた様子のない目の前の彼。

それを目の片隅で捉えながら、肩掛けのわりと大きめなカバンを背もたれと背中の間に挟んだ

「ありがとうございます」

低音の心地良い声の彼は静かに向かいの席へと座る

持っているプレートにはサンドイッチが乗っていた

マスクをしていて表情が読み取りにくいものの、微笑んでいたのは確かだ

「この時間帯、混んでて席がなくて…

 席、ありがとうございます」

もう一度お礼を言う彼に慌ててお辞儀をする

「いえっ、僕の相席なんて気まずいだけなのに、なんかごめんなさい…」

低い声を聞いた後だと、自分の声の高さが映える

「なんてこと言うんですか、気まずいことなんてないですよ。

 現に、ほら。いまこうして話せてますから」

優しい声音に顔を上げると、首を傾げながら柔らかく目を細める彼と目が合った

くるくるとカールされた、ふわふわな黒髪

シルクのように綺麗な白い肌

鼻筋の通っている高い鼻

少し眠そうな奥二重の瞳

言わずもがな、イケメン、美形……

思わず見とれていると彼が不意にマスクを外した

「ふふ、なんですか?俺の顔に何かついてます?」

顔をほころばせて笑う彼はマスクを外しても尚イケメンでかっこよくて。

また見とれそうになって、振り切るように頭を横に振った

「い、いえっ、何もついてないですっ!

 ただ…」

「ただ?」

「い、イケメンさんだなぁ、って…」

控えめにそう言うと何も反応が返ってこない

……失言した?

思ったことをすぐ口にしてしまうのは不味かったかな、初対面だし。

自分の発言が怖くなってそっと彼の顔を見上げる

そこには口元を手で隠した、照れた人

「あ、あの……」

「ごめん、なんかめっちゃ照れてしまって……」

目をキョロキョロと動かす彼は動揺しているのか、こちらに顔を見せないようにしていた

……可愛い

これがギャップ萌えというやつか、などと考えながら僕は彼の腕を掴んでいた

「あのっ!お名前はっ?!」

…考える前に動いていた

驚いて体をびくりと震わせた彼は目を見開いていた

そんな顔もイケメンで、イケメンは何してもイケメンなんだなぁ

彼の変わらない驚いた表情にハッとする

「あ、えっと…あの、ごめんなさい…」

申し訳なくなってそっと離れると掴まれる手

「がく」

「え…?」

「俺の名前。知りたいんでしょ?」

「あっ、はい!」

勢いよくそう答えるとクスリと笑う

綺麗な弧を描く唇がとても綺麗だ

「俺の名前はうすい がく

 碓井、ね。

 雅に空って書いて雅空がく

碓井 雅空うすい がく

凛々しくて綺麗な響きで思わず口から音が出る

「雅空、さん…」

「君は?」

間髪入れずに名前を聞かれる

「あ、あさぎ まお、です」

少しドギマギしてしまうのは彼とは違ってかっこいい名前じゃないから。

「どんな字?」

「浅葱色の浅葱に、舞う桜と書いて…舞桜まおです」

自己紹介すると必ず言われる嫌な言葉

『舞桜、だなんて女の子みたいな名前だね』

いつも言われていた、あの言葉

「へえ、綺麗な名前だね

声も高くて可愛らしいし、はじめましてなのに話してて楽しいよ」

でも、この人…雅空さんは女の子みたい、って言わない

綺麗だって、言ってくれた

「ありがとう、ございます」

それがとても嬉しくて、思わず感謝を述べた

「どーいたしまして

 …男の子に可愛いは失礼だったかな、ごめんね」

「いえいえ!そんなことないですよ」

「そう?それならよかった」

すっかり敬語の外れた雅空さんはお皿のサンドイッチを口に運んだ

僕も目の前のパンケーキにフォークを刺した

「舞桜、くんはいま幾つ?」

少しぎこちない名前呼びに何故か胸が高鳴った

「僕は21です」

「あ、そうなんだ、よかった、年上じゃなくて」

そう言いながら胸を撫で下ろす雅空さん

「何でですか?」

「俺、完全に敬語取れちゃってたからさ、年上だったら失礼だったなぁって、思って。」

まあ、年下でも許可取ってないから失礼なんだけどさ。ごめんね。

と、苦笑いをするこの人は几帳面な人なんだろう

わざわざ気にする必要なんてないのに。

「全然大丈夫です。雅空さんは幾つですか?」

「俺?俺は27。もう少しで三十路だよ」

「27?????」

え?全然そう見えないんだけど。

大学生ですって言っても罷り通せるくらい若さが身から溢れ出てるんだけど

「……めっちゃ若いですね」

「21の舞桜くんに言われてもなぁ」

「いやいや、27歳だなんて思わなかったですよ、めっちゃ若いです」

「そう?ありがと」

その後も軽く談笑をしてほぼ同時にお皿を空にした

そして連絡先を交換した後、雅空さんと別れた

人見知りの激しい僕が、初対面の、相席になった人とあんなに喋れるなんて奇跡に近いことだった

_雅空さんと、仲良くなりたい

心からそう思えた

ただの、赤の他人なのに。

彼とは分かり合える気がして……

勝手に湧き上がりそうになる、嫌いな感情を見ないふりして、雅空さんと仲良くなるためのことを考えた
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