普通を貴方へ

涼雅

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お話

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近くの喫茶店へと移動し、もう少しの間一緒にいられることになった

アンティーク調のお洒落でありつつも落ち着いた雰囲気の喫茶店

ドアを引くとカランコロンと僕達を迎える音がした

少し混んでいるけれど空席がいくつか見受けられる。

その場に立ち尽くしていると、すぐに店員さんが気づいてくれた

お昼の時間帯のため、座れないことを覚悟していたが、そんなことは無くいくつかある空席の中の、窓際のカウンター席へと案内された

ほんとは2人席で向かい合って座りたかったなぁとか思ったけれど、隣に座るのも新鮮でいいかもしれない

会ってからまだ2回しか相席してないけど。

「座れてよかったね」

腰掛けたタイミングで右隣から聞こえる心地よい低音

「そうですね」

簡素な返答は彼よりもだいぶ高音だ

手書きのメニューを手に取り、交互に見る

雅空さんはすぐに決まったようで、僕に注文が決まったかの確認をしたあと、近くを通った店員さんを呼んだ

「俺、珈琲で」

「僕はココアお願いします」

ご飯を食べ終わってすぐとはいえ、店内に入った以上、注文を取るのが礼儀だろう。

食後の軽いデザートのつもりで各々注文を済ませる

デザートなのに飲み物ってなんだそれ

デザート食べたいねって話もあり、喫茶店に決定したものの、2人とも飲み物を注文する矛盾に1人で笑ってしまう

「なに笑ってんの?」

顔を覗き込んでくるように横から視線を送る雅空さんは、マスク越しでも分かる微笑みをしていた

「いや、デザート食べたいねって話になったのに頼んだのが飲み物ってなにそれって思って」

大して面白くもない矛盾だけど、こんな日常会話をできることが嬉しかった

そして、それに柔らかい笑みを浮かべながらゆっくりとしたテンポで返してくれる雅空さんといられることも心地よかった

「確かに。全然デザートじゃないもの頼んじゃったね」

ふふ、と春のそよ風のような優しい笑みを漏らす

それと同時に細められる目がとても綺麗で。

雅空さんはよく笑う人だ

それも、見とれてしまうほど綺麗に。

ひとつひとつ、動きが丁寧で静かで隣に彼がいるだけで安心する

「お待たせ致しました」

先程の店員さんが珈琲とココアをカウンターへ置いていった

ありがとうございますと述べてそれに口をつける

甘く、それでも後味のすっきりした味が口に広がる

「何話そっか」

しばらく無言でそうしていれば雅空さんが話の糸口を垂らしてくれる

その問いかけに、そうですねぇ、とひとつ漏らしたあと知りたいことを考えた

お仕事は何をしていますか

その仕事に就いた理由はなんですか

好きな料理はなんですか

得意なことはなんですか

ご兄妹はいますか

どれも在り来りで、何の変哲もない問いかけ。

珈琲を1口1口大切に飲む彼の横顔を見ながらただひたすらに、知りたいことを頭の中に浮かばせる

「_恋人はいますか」

ふと、漏れてしまった呟きはきっと彼の耳にも届いた

他人からしたら何でもない問いかけで。

でも、僕からしたらする必要のない、しても意味の無いもの。

それを聞いた隣の彼は動きを止めたあと、無言で珈琲をカチャリと置いた

「ん?なぁに?」

首を傾げて、あたかも『聞こえていない』という様な反応に口を噤んだ

微笑むように口角を上げる彼の目は一切笑っていない

はじめて感じる、威圧的な雰囲気

「…あ、ごめん、なさい」

自分の失言に気が付いて謝ると

「大丈夫だよ」

目を細めた、変わらぬ微笑みを向けてくれた

そんな顔をさせてしまったのが酷く申し訳ない

「恋」に関しての話題はタブーだったようだ

自分の口から漏れだした言葉を忌々しく思う

余計な口を開くな

そう自分に言い聞かせて先程とは一変した、気まずい空気に黙り込んだ

ココアをこくりと飲んだが、甘さなんて感じない

舌がピリピリするような感覚に思わず顔を顰める

気持ちひとつで飲み物の味なんて変わるものなのか?

はじめての感覚を隠すように甘くないココアを飲み込んだ

それに見兼ねてか、今度は彼が質問を問いかけてきた

威圧的な雰囲気をすっかり取払った雅空さんに戸惑うが、それにも次第に慣れていく

『あんな話は無かった』

それは2人の間で暗黙の了解となった

恋の話などしなかった。

そう、忘れることが正解だ
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