失声の歌

涼雅

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久しい

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団長はちょっと待っていてくれと言い、こちらに背を向けた

その瞬間

「…団長、話長い」

俺の好きな人の声が舞台から聞こえてきた

「…いたのか」

「いたのかじゃないですよ、気が付いてたでしょ。」

不貞腐れたように頬を膨らませているのは、歌姫だ

「ハッハッハッ、気が付いていたことに気が付かれていたとはね」

豪快に笑うと、団長は颯爽と舞台袖に帰っていった

久しぶりの彼は小さな村の住民である俺でもわかる、上質な布で包まれた板状の何かを抱きしめていた

姿は見て、歌声は聞いていたけれど、それは俺からの一方的な認知だ

それに、本当に俺のことを覚えていてくれてるとは限らない

不安で、緊張で、体が固まる

「その…久しぶり、だね」

困ったように笑いながら目の前の彼はそう言った

変わらない優しい声音に、緊張が解ける

覚えていてくれたことが、嬉しい

団長の話から、彼がちゃんと俺のことを覚えていてくれているとは分かっていたけれど、自分で確認しなければ安心できなかった

しかし、緊張が解けると同時に、じんわりと不安が溶け出していった

溶け出した不安は、俺の足元からじわじわと這い上がってくるようだった

あんな別れ方をしてしまってから俺のことをどう思っているだろうか

歌姫になるまでの、あの過去を思い出させてしまうんじゃないか

彼にとって良い思い出とは思えない俺との出会いは、忘れてくれていた方がいいんじゃないか

自分ではどうしようもない思いに、俯く

「ねぇ、こっち見て」

君が、苦しくなってしまうくらいなら、忘れていて欲しい

身勝手でごめん

俺のことは覚えてなくて、いいよ

「ねえ、こっち。」

彼の手が俺の頬を包む

強引に、それでも優しい手つきで上を向かされる

必然的に目が合うと彼は

「…なんて顔してるの」

あの頃と変わらない、儚い微笑みを浮かべた

なに、俺、どんな顔してるの

頬を包まれたまま首を軽く傾げる

「いまにも、泣きそうな顔。」

慌てて顔を背けようとする

そんな顔してる自覚なんてなくて、急に恥ずかしくなった

しかし、彼の手がそれを制した

「こっち見て、俺の話、聞いてくれる…?」

今度は彼がすごく不安げな表情で首を傾げる

うんうん、と頷けば「ありがと」と安堵で緩む頬

未だ俺の頬を包む手はそっと離れていった

「…あの時…酷い別れ方をしてしまった時の話、なんだ」

彼は、布で包まれた板状のものをぎゅっと抱き締め、俺はあの頃に想いを馳せた

「…ひとつ、忘れないで欲しいのは、俺は君と出会えて本当によかったってこと」

泣きそうなくらい優しい笑顔に、息が詰まった
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