失声の歌

涼雅

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輝く月の優しい歌

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団長はこちらに向かってくる人影に気が付き、俺に「また」と、再会を匂わせる別れの言葉を残して去っていった

駆け足で向かってくるのは歌姫だ

何度交わしたか分からない「好き」の想いがそれだけで溢れ出す

我ながら単純だなって思うけどそれでもいいやって思えてしまう

「ごめん、今日でここを発つから、そのための片付けとか手伝ってた」

息が整わないまま彼はそう言う

息を整える、そのたった少しの時間でさえも惜しいと思ってくれているのが嬉しい

落ち着いた彼は俺を見つめると、泣きそうな顔で言葉を紡ぐ

「君のこと、好きになれて良かった。

 すごく、幸せだ」

俺も、すごく幸せだ

あぁ、でも、君の名前さえ知らないなんて、ちょっと寂しいね

好きな人の名前さえ呼べないなんて、悲しいね

悲観的になりそうだけど、声が出なくても大丈夫だと思える、そんな恋だと言い切れる。

だから、俺のできるめいいっぱいの笑顔を彼に向けた

「ねえ、名前、なんて言うの?」

真っ直ぐな目で、聞いてくるのが少し可笑しくて。

俺も同じことを考えていたから、ふっと頬が緩んだ

こんなにも言葉を交わして想いを通じているのに、名前さえ知らないなんて、可笑しいよね。

それでも、そんな可笑しさが今はすごく愛おしい

崎下 夏月さきした かづき

俺はスケッチブックに名を走らせる

いつかの、もう口に出すことは出来ないのだと失望したあの時とは違う

彼に俺の名前を見せる

少し、誇らしげに、それでもほんのちょっとだけ胸が痛いけれど。

声に出せなくてもいいんだって思える

君はちゃんと俺の言葉を受け止めてくれるから

「…いい、名前だね」

声を震わせながら彼は名前ごと俺を抱きしめた

「俺の名前はね……」

耳元で彼の名が鳴る

あぁ、君らしい名前だ

自然と涙が溢れ出していく

これからも彼は舞台で、歌姫として変わらず歌い続けていくのだ

それでもやっぱり、離れたくない

そんなことを伝えられる訳もなく、ただ強く、彼のことを抱き返した

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