失声の歌

涼雅

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元・孤独

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もう来ることは無いと思っていた

鬱蒼と陰る深い深い森。

俺達にとって、そこはもう、自分を消しに行くためのところでは無い。

2人が出会って、別れて、また出会える、想いに溢れた場所だ。

月光に輝く髪は見えないけれど、ここでしか見られないものがある

歌姫になる前の彼の歌を聞けた場所

舞台上ではない、俺のためだけの彼の歌を、俺だけが聞ける場所

月の輝きが見えなくたって、彼の優しい歌があれば充分だ

充分過ぎるほど、だ。

2人だけの舞台の招待状という名の、赤いリボンを手に、枝を掻き分ける

儚い歌声が薄らと響いていた

久しい思い出と重なる

涙が出てしまうのは、不可抗力だ

音のなる方へ一歩一歩近づく

初めて出会った時のように、足元の小枝を踏まないよう細心の注意を払いながら。

長らく会えていなかった彼は髪が伸びたのだろうか

俯く顔に前髪がかかって表情が見えない

背が伸びたのだろうか

あの巨木に対して、しゃがみ込んだ彼はあんなに大きく見えていただろうか

また、歌が上手くなったのだろう

高音の伸びが心地よい、低音も掠れることなく耳に響く

感情が込められた言葉ひとつひとつに心が揺さぶられる

まるで泣いているかのような、繊細な歌声は祈りの歌だ

綺麗な人だと、いつだってそう思う

あの日と同じように、俺はスケッチブックに鉛筆を走らせる

『綺麗な歌声ですね』

彼にそれを押し付け、あの頃から変わることの無い想いを誇らしげに見せる

『好きだ』

それを見た彼は、あの時とは違う、心の底から嬉しそうに、愛おしそうに、涙を零した

「俺も、好きだよ」

膝が土にまみれることも厭わず、彼の胸に飛び込む

あぁ、何週間、何ヶ月ぶりだろうか

彼の体温に想いが溢れた

また、いつ会えるのか分からないけれど、それでもいいんだ

声が出なくたって大丈夫だ

君が歌を歌ってくれる

それだけで嬉しい

俺のことを好きだと笑ってくれる

それがすごく幸せだ

もう孤独なんかじゃないから


月が輝く音がした。
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