君の為の箱庭

秋空夕子

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ロマーヌ編

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 その日、結婚式が行われた。
 場所は人里離れた小さくも美しい教会。色とりどりのステンドグラスから差し込む光が祭壇を照らし、いくつか設置されている可愛らしい天使の彫刻が祝福するように笑みを浮かべている。
 オルガンの音色と外から聞こえる小鳥のさえずりだけが響く神聖な空間で、祝福を受けるのは一組の男女。
 女性は緩やかに波打つ淡い桃色の髪を後ろでまとめ、長いまつげに縁取られた少し垂れ目がちの緑眼には柔らかな光を宿している。女性らしい丸みを帯びたその体は純白のドレスに包まれ、頭には白い花冠が輝いていた。
 彼女の名はロマーヌ・ペンローズ。
 そしてそんな彼女を穏やかな眼差しで見つめているのが、今日から夫になるレメルギウス・アステリアである。
 金色の長い髪と褐色の肌、赤い瞳を持つ美丈夫で、その体に入れられている刺青は大半が礼服の下に隠れていて見えないものの、服の上から僅かに出ている部分だけでもその細やかさはよくわかった。
 それが彼の浮世離れしていて近寄りがたい雰囲気に拍車をかけていたのだが、実際はとても穏やかで優しい人なのだとロマーヌは知っている。
「ロマーヌ、この日をどんなに待ち望んでいたことか」
「私もよ、レメルギウス。これからは、ずっと一緒だからね」
 微笑み合う二人。
 ロマーヌは幸せを感じながら、レメルギウスとの出会いを思い起こす。
(……あの頃はこんなことになるなんて、思ってもいなかったわ)
 時は一年前に遡る。

*****

 王立の魔術学園。全寮制のこの学園は、国の中でも最も歴史と権威を有しており、ここに通うことは一つの名誉にもなりうるほどだった。
 国中の少年少女が一度は憧れを抱き、魔術を学ぶため、あるいは将来のため集まってくるこの場所で、ロマーヌは生徒の一人として生活していた。
 けれども、その学園生活は決して良いものではなかった。

「ねえ、なんか臭わない」
 廊下を歩いていると、ふいに聞こえてきた侮蔑の言葉にロマーヌの肩が震える。
 声の主は彼女の同級生たち。彼女たちは集まってクスクスと笑い合っていた。
 必死で聞こえないフリをしようと努めたが、少女たちの嘲笑はさらに続く。
「そうね。田舎臭くて吐き気がするわ」
「あの子かしら? ちゃんと身体洗ってるのかしら」
「やだぁ、本当。鼻が曲がりそう」
「ちょっと、そんなこと言ったら可哀想じゃない。きっと本人も気にしてるだろうし」
 クスクス、クスクス。
 それはまるで虫の羽音のように、ロマーヌの心を削っていく。
 涙が溢れそうになるのを堪え、俯きその場から立ち去る。
 背中からまだ笑い声が聞こえて、グサグサと突き刺さってくるような気がした。
「……っ」
 人目を避けるように校舎裏へと駆け込み、人気のないことを確認するとロマーヌは膝を抱えうずくまる。
 ロマーヌはこの学園の特待生として入学していた。
 幼い頃に両親を亡くし親戚に引き取られたものの、肩身の狭い生活を送ってきた彼女は早く自立したいと強く願い、また魔術に憧ていたことから猛勉強の末に特待生の座を勝ち取ったのだ。
 もちろん特待生になれた時は嬉しかった。
 努力が報われ、今の環境から抜け出せる。そう思ったからだ。
 しかし、現実は過酷だった。
 成績優秀で魔術の才にも恵まれていた彼女だったが、それ故に周囲の嫉妬を買ってしまう。
 平民の出自であることもそれに拍車をかけたのだろう。
 遠巻きにされ、陰口を叩かれ、蔑まれる日々。
 教師に相談してもろくに取り合って貰えず、他に頼れる人もいないロマーヌは苦しい毎日を送っていた。
(……今日も、あそこに行こう)
 涙が収まったロマーヌは立ち上がり、人目につかないよう注意しながら歩き出す。
 彼女はこっそりと学園から抜け出し、学園の裏に広がる森の奥へ入っていった。
 大して見るものなど何もないその森は、いつだって人がおらずロマーヌは一人になりたい時はいつもここに来ているのだ。。
 鬱蒼と茂った木々に囲まれ昼でも薄暗いのに、今は日が傾き始めているのでより一層不気味な雰囲気を只能させている。
 それでも道なき道を進んでいくと、やがて開けた場所に辿り着く。
 そこは小さな湖のほとりで、夕焼けが水面に反射してキラキラと輝いていた。
 名も知らぬ花がいくつも咲いていて、風が吹くたびに揺れている。
 花を潰さぬように腰を降ろすと、持ってきた本や紙を広げ、ペンを握った。
「……よし、もうすぐ完成しそう」
 紙に描かれているのは複雑な魔法陣が描かれている。
 この魔方陣は召喚魔術を行うためのもの。
 召喚魔術というのは火や水などの属性魔術よりも高度かつ危険性の高い魔術である。
 召喚した存在が攻撃的、あるいは制御に失敗の場合、怪我をするだけではすまないだろう。最悪の場合、死んでしまうことだってあり得る。
 それほどまでに危険な召喚魔術をなぜ彼女が行おうとしているかというと、話し相手が欲しかったからだ。
 その程度のことで、と呆れる者もいるだろう。
 しかし、誰も味方がいないという状況はロマーヌの心を蝕み、疲弊させ、危険性を理解しながらも行わないという選択肢をとれない程度には追い詰めていたのだ。
「できた……」
 ついに魔法陣が完成を迎えた。
 ロマーヌは本を読んで念入りに呪文を確認し終えると、目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせる。
 そしてついに呪文を唱え始めた。
「我、汝を求む者なり。汝、我が呼びかけに応えたまえ……」
 落ち着いて、間違えないように。何度も練習してきた通りに。
 ゆっくりと慎重に詠唱を続ける。
 やがて魔法陣は光を発し、魔力が流れるのを感じることができた。
 あと少し、あともう少しで成功する。
 そう期待に胸を膨らませるロマーヌだったが、その瞬間強い視線を感じた。
「……っ!?」
 思わずロマーヌは目を開け、呪文を中断する。
 恐る恐る周囲を見渡すが、そこには誰もいない。
 しかしその間も誰かに見られているという感覚は消えず、背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
(……誰? 誰かいるの?)
 残る可能性は、一つしかない。
 紙に描かれた魔法陣はいまだ光を放っていて、ロマーヌはごくりと息を飲み込む。
(駄目……これは駄目っ)
 視線の正体が何なのか見当もつかないが、しかし自分の手に負えるものではないことは確かだ。
 ロマーヌは紙に手を伸ばすと、急いで破く。
 数週間の労力が紙くずへと変わった瞬間、あれほど感じていた視線が嘘のようになくなった。
「はぁ……」
 全身から力が抜け、その場に倒れ込みそうになるのをなんとか堪える。
 それから震える体を抱き締めて、ロマーヌはしばらく動くことができなかった。



 その次の日の放課後、学園の中庭のベンチに腰掛けたロマーヌは重いため息をついた。
(結局、召喚魔術は失敗……これからどうしよう……)
 あんなことがあった以上、再度挑戦する気にもならない。
 ロマーヌは鞄から破かれた紙を取り出した。
 二つに引き裂かれた魔法陣を見つめて、また深い溜め息をつく。
(……せめて、まともに話せる相手が欲しいなぁ)
 そんなことを考えていると、突然風が吹いてロマーヌの手の中にあった紙を飛ばしてしまった。
「あっ!」
 慌てて追いかけるも、風に煽られ追いつくことができない。
 どんどん遠ざかっていく紙を追いながら、ロマーヌは必死に手を伸ばした。
(まずい、あれが誰かに見られて召喚魔術をしようとしたことがバレたら……!)
 召喚魔術はその危険性から生徒が行うことを禁止されている。
 発覚すれば厳罰どころか、下手すれば退学になりかねない。
 なんとしても取り戻さなければ、とロマーヌの焦りとは裏腹に風はより強く吹き、紙はますます遠くなっていく。
 しかしそこで風向きが変わり、紙は緩やかに落下を始めた。
 安堵するロマーヌだが、その紙が落ちていく先に人の姿を見つけてしまう。
「あっ」
 地面に落ちた紙を、その男性は拾い上げる。
「これは君のものか?」
「……は、はい。そうです。拾ってくださり、ありがとうございます」
 ロマーヌはぎこちない笑みを浮かべてお礼を言って、男性から紙を受け取った。
 見たこともない男性である。歳は自分より上で学生ではないだろうが、教師にも見えない。来賓だろうと見当をつけるが、この男性の正体よりも魔法陣を取り戻せたことにロマーヌは安堵する。
 そのままその場から立ち去ろうと踵を返そうとしたロマーヌだったが、その前に男性が口を開いた。
「その魔法陣は召喚魔術のものだろう。破れているが、何か問題でもあったのか?」
「え、えっと……あの……」
 男性の言葉に、ロマーヌは言葉をつまらせる。
 こんなにあっさり召喚魔術だと見抜かれるとは思わなかった。
 何か言い訳を考えなければいけないのに、頭が真っ白になって何も思い浮かばない。
「その……私……」
 しどろもどろになるロマーヌに何か察しがついたのか、男性はふと表情を和らげた。
「ああ、君一人で行ったんだな。大丈夫だ、誰だってそういうに挑戦をしたくなることはある。俺はこのことを誰にも言わないし、咎めるつもりもない。だから安心してくれ」
「あ、ありがとうございます」
 その言葉にロマーヌはホッと胸を撫で下ろす。
 学園生活は確かに息苦しいものだが、しかし親戚の家に戻ることのほうが嫌なのだ。
「ところで、その魔法陣はよく描けているが、誰かに習ったのか?」
「いえ、一人で描きました」
 ロマーヌの言葉に男性は驚いたように目を見開く。
「独学でこれ程とは……君はずいぶん勉強熱心なのだな」
「そ、それほどでもないですよ」
「いや、本当に大したものだ。この学園でも指折りの実力者と見える。私が君の頃など、師に手取り足取り指導してもらわねばできなかったからな」
 男性の口調は穏やかで、とても優しい。
 それはロマーヌが久しぶりに感じる他者の温かさだった。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はレメルギウス・アステリア。宮廷魔術師をしている」
「宮廷魔術師……? ほ、本当ですか!?」
 ロマーヌは驚きの声を上げた。
 宮廷魔術師といえば、この国でも選りすぐりの実力者しか就けない特別な役職である。
 魔術の名門校であるこの学園の教師でさえ、宮廷魔術師には及ばない。宮廷魔術師を目指す学生は多いが、実際になれるのは一握りの才能ある者のみ。
 そんな宮廷魔術師が今、目の前にいる。
「ああ、まだ若輩の身ではあるがな」
 そう言ってレメルギウスが見せたのは宮廷魔術師の証である二羽の烏が刻印された銀のブローチ。
 ロマーヌ自身、宮廷魔術師に憧れを抱いており、その憧れの存在とこんな形で出会うことになるなんて夢にも思わなかった。
「すごい……まさか宮廷魔術師の方と会えるなんて……あ、私はロマーヌといいます。ロマーヌ・ペンローズです」
「ロマーヌ、か。とても良い名前だ」
 レメルギウスは手を差し出す。握手を求めているのだと察し、ロマーヌはおずおずとそれに応じて握り返す。
「それで頼みがあるのだが、もしよければこの学園の資料室まで案内を頼めないだろうか。ここは少々広くて迷ってしまったんだ」
「はい、私でよければ」
 レメルギウスの頼みを聞いて、もっと彼と話してみたいと思っていたロマーヌは喜んで応じる。
 二人並んで資料室へと向かうその道すがら、ロマーヌはレメルギウスからいろんな話を聞くことができた。
 レメルギウスは若くして宮廷魔術師となったものの、それを妬まれることも多く苦労していること。
 その影響で同僚たちとは距離があり、寂しく思っていること。
 今日だって本来なら他の者がここに来る予定だったのだが、押し付けられてしまったこと。
 彼の話はロマーヌにとっても他人事ではなく、共感と親近感を覚えるには十分すぎるものだった。
 気づけば心を開き自分の境遇を話すほどになっていた。
「そうか、君も頑張ってきたんだな」
 ロマーヌの話を聞いた彼は一言そう告げる。
 その言葉で、彼女は胸が軽くなったような気がした。
 しかし、楽しい時間はすぐに終わってしまう。
 資料室についてしまったからだ。当然である。いくら広いとはいえ同じ建物内にあるのだから、そう時間がかかるわけがない。
 資料室の扉の前まできて、ロマーヌの胸に名残惜しさが湧き上がる。
 もう少し一緒にいたかったが、そんな我儘言えるわけもなくその場を辞しようとしたが、それをレメルギウスが引き止めた。
「なあ、ロマーヌ。余計なお世話かもしれないが、よければ魔術について助言をさせてくれないだろうか」
「い、良いんですか?」
 思いがけない言葉に、ロマーヌの声は自然と弾んだ。
「ああ。君の境遇にめげず、魔術に取り組むその姿勢に熱意に心打たれた。ぜひ、力になりたい」
 その申し出に、ロマーヌは胸が震えた。
 一体いつぶりだろう。こんなふうに誰かに褒められ、認められるなんて。
「はい! よ、よろしくお願いします」
 そう言って笑顔を浮かべるロマーヌの頭の中に、昨日の視線のことなどすっかり消えていた。



 それからロマーヌは充実した毎日を送ることになる。
 レメルギウスは非常に博識で、人に教えるのもうまく、ロマーヌの魔術の腕はメキメキと上達した。
 さらに、趣味や好みが合うのか、レメルギウスが聞かせてくれる話はどれもこれもロマーヌの好奇心や興味を刺激し、夢中にさせるものばかり。
 どんな些細な悩みにも真剣に耳を傾けてくれて、ロマーヌを気遣ってくれる。
 それだけではなく、その頃からロマーヌに対する嫌がらせは収まっていた。きっとレメルギウスが裏から手を回してくれたのだろう。
 いつしかロマーヌにとって、レメルギウスと過ごす時間はかけがえのないものになっていた。

 ある日、ロマーヌはレメルギウスの家に招かれた。
 一般には出回っていない珍しい魔導書や、古今東西あらゆる場所から集められた魔法薬の材料を見せてもらうためである。
 レメルギウスの自宅は王都の片隅にある、古くも立派な屋敷だった。
 高くて厚い外壁に囲まれ、固く閉ざされた鉄格子の門が来るもの全てを拒んでいるように見える。
 ギギギと鈍い音を立てて開かれた門の先には手入れの行き届いた庭園が広がり、その奥に屋敷があった。
 庭園に足を踏み入れた瞬間、花の香りが鼻孔をくすぐる。
 色とりどりの花々は丁寧に整えられ、瑞々しい葉には露が乗っていた。
 まるで別世界かのような美しい光景にロマーヌは目を奪われてしまう。
「気に入ってくれたか?」
「はい、すごく綺麗ですね」
「それはよかった。屋敷の中も気に入ってくれるといいんだが」
 庭を抜けて屋敷の玄関に辿り着くと、レメルギウスがうやうやしく一礼して扉を開ける。
「ようこそ、我が家へ」
「お、おじゃまします……」
 緊張しながら中に入ると、そこは広々とした空間が広がっていた。
 壁紙は落ち着いた色合いで品があり、床には深紅の絨毯が敷かれていて、高い天井にはシャンデリアが煌めいている。
「すごい……素敵……」
「ありがとう。さあ、こっちだ」
 レメルギウスに手を引かれながら、案内されたのは応接間だった。
 重厚なテーブルに革張りのソファが並べられ、レメルギウスはロマーヌに座るよう促すと、自分も向かい側に腰掛ける。
「紅茶でいいかな」
「は、はい」
 レメルギウスが部屋の外へ出て行くのを見送ってから、ロマーヌは改めて室内を見回す。
 部屋の広さはロマーヌの自室よりも大きい。
 調度品の一つ一つが高価そうなもので、とてもではないが触れる勇気は出ない。
 しばらくすると、レメルギウスがティーセットを持って戻ってきた。
「口に合えば良いのだが」
「そんな……わざわざすみません」
 恐縮するロマーヌの前にカップが置かれる。
 レメルギウスはティーポットを手に取り、そのカップの中に琥珀色の液体を注いでいく。
 ふわりと香る茶葉の匂いに、ロマーヌは思わず表情を綻ばせた。
「どうぞ」
「いただきます」
 差し出されたそれに口をつけると、芳しい香りと共に爽やかな甘みが広がる。
「わあ、美味しい……」
「そうか、それなら良かった」
 ロマーヌの反応を見てレメルギウスは微笑む。
「それにしても、綺麗な庭ですね。レメルギウスさんが管理されているんですか?」
「ああ。自分の好きなものは自分の手で管理したい性分で、あまり人に任せたくないんだ」
「あ、わかります。大切なものだからこそ、自分でしっかり見守りたいですよね」
 ロマーヌの言葉にレメルギウスは嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいな。それで、この魔導書が以前話したもので……」
 そこから先はいつも通り、魔術の話になった。
 最初は聞き役に徹していたロマーヌだったが、次第に自分から質問をしていき、レメルギウスはそんなロマーヌの疑問にひとつずつ答えていく。
 魔導書以外にも様々な珍しい品を見せてもらい、ロマーヌは知的好奇心を刺激されるばかり。
 気づけば時間を忘れて話し込んでしまい、紅茶はすっかり冷めてしまった。
「ああ、もうこんな時間か」
「本当ですね」
 レメルギウスは立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。
 ロマーヌもその後を追うように立ち上がると、外は既に夕暮れ時となっていた。
 窓から見える景色はとても美しく、ずっと眺めていたい気分にさせられる。
「今日は楽しかったよ」
「私もです。そういえば、ご家族の方はここに暮らしていないんですか?」
 この屋敷は大変素敵なのだが、生活感がない。
 家族とは別で暮らしているのかと、そう思っての質問だったが、レメルギウスは顔を僅かに曇らせて答える。
「……俺に家族はいない。昔は家族同然の人が一人いたが……その人も亡くなって久しい」
「そ、そんな……ごめんなさい。私ったらなんて無神経なことを……」
 知らなかったとはいえ、不用意に聞いてしまい罪悪感を抱くロマーヌに対し、レメルギウスは首を横に振って微笑んだ。
「気にしないでくれ。もう随分、昔の話だし……それに、今は君がいる」
 そう言って、レメルギウスはロマーヌの手を握る。
「ロマーヌ、俺は君を愛している。これから先の人生を共に歩んでくれないだろうか」
 突然の告白に、ロマーヌは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 だが、すぐに言葉の意味を理解して、頬を赤く染める。
「わ、私なんかで、本当にいいんですか?」
「ああ、ロマーヌでないと、駄目なんだ」
 レメルギウスの真剣な眼差しに胸の奥が熱くなり、ロマーヌはレメルギウスの手を握り返した。
「……私も、レメルギウスさんと一緒に生きていきたい」
 こうして二人は結ばれた。

*****

 そして、今日この日を迎えたのだ。
(レメルギウスさんと出会ってから、本当にいい事ばかりだったな)
 思い返せば、レメルギウスとの出会いが全ての始まりだった気がする。
 彼と過ごす日々は楽しくて幸せで、順調そのものだ。
 そう、本当に何もかもがうまくいっている。怖すぎるほどに。
「ロマーヌ?」
 レメルギウスに声をかけられ、我に返る。
「あ、ごめんなさい……少し、ぼんやりしてしまって……」
「ふふ、疲れが出たんだろう。ここ最近、結婚式の準備で慌ただしかったからな」
 ロマーヌはレメルギウスの言葉に引っかかるものを覚えた。
(……本当に、そうなのかな?)
 どうしてだか、結婚式が始まってからずっと落ち着かない気持ちになっている。
 最初は念願の式に気が高ぶっているのだと思ったが、どうもそうではないような気がしてしょうがないのだ。
 まるで、何か重要なことを見落としているような、取り返しのつかないことが起きているような、そんな不安が拭えない。
「さあ、誓いのキスを」
 司祭の言葉にハッとした。
(駄目よ。今日は私の式なんだから、しっかりしないと!)
 ロマーヌは己に言い聞かせるように心の中で呟き、レメルギウスを見つめる。
 彼はロマーヌのベールを優しく持ち上げて、愛おしそうに見つめてきた。
「ロマーヌ、愛している……これからは、永遠に一緒だ」
 うっとりと囁かれた甘い言葉。
 その声音に背筋が震えるような感覚に襲われた。
 しかし、それにロマーヌが反応するより先にレメルギウスの顔が近づき、唇が重なる。

 そして、どうしてか召喚魔術を試したあの時の、強い視線のことを思い出した。
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