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出会い
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国の外れにある道を、一台の馬車が進んでいく。
その中に、一人の女がいた。
肩にかかる程度の黒髪に、青い瞳に眼鏡をかけた若い娘で、気弱で大人しい印象を他者に与える。
彼女の名前はリザ。
以前勤めていた職場を辞め、新しい職場に向かう途中なのだ。
どこかぼんやりとした表情で景色を眺める彼女に、同乗していた中年の女性が鋭い声を向けた。
「ちょっと、随分とぼーっとしてるけど、そんなんで大丈夫なの? うちは忙しいんだよ?」
「え、あ……大丈夫です。頑張ります」
リザの言葉に、女性は疑うように眉を寄せる。
「頑張るって口先だけで言われてもねえ……やる気を感じないのよ」
「そんなことは……」
「とにかく、雇ったからにはビシバシ働いてもらうからね。ほんと、結婚だかなんだか知らないけど急に辞められるなんて迷惑よ。こっちにもいろいろ段取りってもんが」
「…………」
ブツブツと呟く中年の女性に、リザは何も言えずただ顔を俯けることしかできなかった。
そうしてたどり着いたのは騎士団の屯所。
建物や設備は古びていて、お世辞にも清潔とは言えない。しかし、敷地自体は広く、リザは自身の仕事場に案内されながら周囲を見渡す。
その時、ある一箇所が目に入った。
(あれ? ……あそこは何かしら?)
隅の方にぽつんと立ってある小屋。それだけなら物置かなにかで終わるのだが、扉の前に騎士が二人ほど立っている。
騎士が扉を守っているということは中には何か大事な物か、あるいは危険物が入っているのだろうが、しかしそんなものを置いとくにはあの小屋はあまりに貧相だ。
その時、その小屋の扉が開いて誰かが出てくる。
扉の前に立っている者たちと同じ騎士の格好をし、その腕には中身がパンパンに入ったズタ袋をいくつも抱えていた。
「今日はまた随分と多いな」
「全くだ。掃除するのも楽じゃない」
騎士たちがそんな話をしているのが聞こえたが、リザの足が止まっているのに気づいた女性が彼女を叱責する。
「何してるんだい! さっさと来な!」
「あ、はい。すいません」
リザは慌てて女性を追いかける。ちらりと後ろを振り返ったが、もう騎士たちの声は聞こえなかった。
大量にある騎士たちの衣服の洗濯。
それがリザが命じられた初めての仕事だった。
洗剤と洗濯板を使って、汚れた服を必死に綺麗にする。
洗濯が終われば、次は食堂で食事の準備だ。
騎士たちはみんな、厳しい訓練により空腹になっていて、作っても作ってもあっという間に平らげてしまう。
食材を切って、焼いて、煮込んで、炒めて、皿に盛って、運んで、片付けて、洗って、また食材を切って。
要領が良くないリザはついていくだけで必死である。
騎士たちが満足げに食堂から去っていく頃には、もうくたくたになってしまった。
しかし、リザの仕事は終わらない。
なにせ、彼女はここで一番の新人。一番こき使われる立場にあるのだ。
「これをあそこに持っておいき」
リザをここに連れてきた女性、ベルマールが指差すのはここに来る時、リザが気になっていた小屋であった。
渡されたのは、そこの見張りをしている騎士たちの食事だ。
リザが持っていくと、彼らは待ってましたと言わんばかりにその食事に手を付ける。
「あー、うまい。生き返るな」
「ああ。本当に食べることだけが楽しみだな」
「この仕事は気が滅入るから、本当に早く交代したいぜ」
「全くだ。早くあいつを引き取って欲しいもんだ」
見張りの騎士たちはそんな話をしながら、食べていく。
その時、「ごほっ」と小屋の中で誰かがむせこむような声がしたのだ。
(誰か、いるの?)
その声がなんだか苦しそうで、リザは思わず小屋の扉を見つめた。
しかし、彼女と同様に聞こえていただろう騎士たちは気にする様子もなく食事を続けている。
「げほ……ごほ……」
扉の向こうから聞こえる声は高く、中にいるのは女性か子供なのだろう。
中がどうなっているかはわからないが、少なくとも快適な環境ではないはずだ。
だからリザはつい、騎士たちに声をかけた。
「あ、あの……この中の人は……」
「ん? ああ」
リザの言葉に、騎士たちはようやく小屋の中に意識を向けたが、その顔は嫌そう、というより面倒くさいという感情がありありと見える。
「気にしないでいいよ。ほっといておけば」
「で、でも……」
あんなに苦しそうなのに、とリザが思っていると騎士たちは大きなため息をついた。
「これは上の指示でやってることなんだから、これでいいんだよ」
「そうそう、俺たちみたいな下っ端が気にするようなことじゃねえんだよ」
騎士たちは空になった食器をリザに渡すと、それ以上話す気はないようでまた雑談に戻ってしまう。
リザ仕方なくその場から去ることにした。
食堂に戻っていく途中で、リザは振り返ってもう一度小屋を見る。
ごほ、とまた聞こえたような気がした。
仕事をやっと終えたリザは寝るために部屋に戻った。
そこは下働きの女性が寝起きする大部屋で、リザ以外の者はすでに就寝している。
寝ている者たちを起こさぬように、ベッドに潜り込み眠ろうとするも、どうにもあの声の主のことが気になって仕方がない。
(はあ……どうして私ってこうなのかしら)
幼い頃からそうだった。
些細なことが気になって仕方がなくなり、自分が納得できるまで周囲の大人になんでなんでと聞いては相手を困らせていた。
その好奇心の強さは今でも健在である。
だからリザは自分を落ち着けるために、それらしい話を頭の中で作り上げることにした。
(きっとあそこには、悪い人が捕まっているんだわ)
だからあんな、劣悪な環境に置かれているのだ。
いわば自業自得で自分が気にするようなことではない。
しかし、その脳裏にあのむせ込む声が蘇った。
(でも、本当に苦しそうな声だったな……)
けれど、だからといって自分にできることなどなにもないのだし、気にするだけ無駄である。
あの小屋にいる人物のことは早く忘れてしまおう。
そう自分に言い聞かせて、リザはやってきた眠りに身を任せることにした。
翌日もリザは朝から大忙しだった。
掃除も洗濯も調理も、やることは山ほどある。
どれもこれも特殊な技量を必要としないが、しかしまだ二日目ということもありリザは同じ下働きの同僚たちのようにうまくはできない。
それにベルマールが怒鳴りつける。
「何? まだ終わらないのかい!? 早くしな、どんくさい子だよ」
「す、すいませんっ」
「ちょっと、洗剤はそんなに使うんじゃない! もったいないだろう! 何を考えているんだい!!」
「あ、はい。気をつけます」
「なんでこんな常識的なことがわからないんだろうね。あーイライラする!」
怒鳴られたリザは怒られないように必死に働くも、焦りからかついミスを連発してしまう。
それをみてベルマールは腹を立ててリザを怒鳴り、リザは萎縮してまたミスを犯す。悪循環である。
だが、リザはただペコペコと頭を下げることしかできなかった。
そんな中、食材が無くなりそうなので、外に取りに行くその途中、例の小屋が目に入る。
(だめだめ。あんなの気にしてる場合じゃない)
そう思って目をそらすも、ガチャリと扉が開くのが見えてつい見てしまう。
出てきたのは昨日と同じ騎士であり、昨日と同じ中身がたっぷりはいったズタ袋を持っている。
それを少し離れた場所には同じようなズタ袋がいくつも積まれていて、その騎士も持っていたズタ袋をそこに積み上げた。
騎士たちが去った後、リザはそのズタ袋の山に近づく。
(中身は土……いや、泥?)
どうしてこんなものが小屋から出てくるのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、ベルマールの「何ちんたらやってんだい!」という怒鳴り声が聞こえ、リザは慌てて食堂に向かった。
それからも、リザはどうしても小屋のことが気になって仕方がない。
時間があればぼんやりと小屋の方を眺め、小屋の中にいる人物について考える時間は増えていく一方だ。
けれども、その小屋にはいつも見張りが立っていて、リザは簡単に近づくことはできない。
きっとあの小屋の中にいる人物のことを何一つ知ることなく終わるのだろう。そう思っていた。
だが、転機は突然やってきた。
「え、あの小屋に食事を運んで、掃除をするんですか?」
「そうだよ。訓練で、騎士の方々が全員、一時的にここを離れるそうだからね。その間、あんたにはあそこに行ってもらうよ」
ベルマールはニヤリと笑みを浮かべる。
「仕事も覚えず、熱心に眺めているんだ。嬉しいだろ? 言っておくけど、他の仕事もちゃんとやってもらうからね」
「あ、はい……わかりました」
もともと拒否権などないようなものだが、あの小屋のことを言われてしまえばリザは頷くことしかできない。
けれど、これで小屋の中に入ることができるのは事実だ。
(別に、知ったからと言ってどうするってわけでもないけど……)
というよりも、何の権限もないリザにはどうにもできない。
(……でも、隙間風が入って寒いようなら毛布を持ってこれるし、何かできることがあるかもしれない)
どうして会ったことのない人間がこんなにも気になるのか、リザにもよくわからなかった。
でも、あの日のむせ込む声が本当に苦しそうだったし、何よりも声の主は自分よりも若かったように思える。
もしかしたら、小さな子どもかもしれない。
(……まさかね)
流石にそれはないだろう。
小さな子どもをあんなところに閉じ込められるなんて、ありえない話だ。
「……よし」
食事が乗ったトレイを持って、リザは小屋の前に立っていた。
仕事内容は、この食事を中にいる人物に食べてもらい、そして中を掃除することである。
中にいる人物についていろいろ考えたが、とにかく会ってみないことには何の結論もでない。
もしかしたら、中は思っていた以上に整っていて、あの時の苦しそうだった声もたまたま体の調子が悪かっただけで本当は何の問題も抱えていない可能性だってある
(とにかく、ちゃんと仕事はしなきゃ)
リザは扉をコンコンとノックした。
「失礼します。食事を持ってきました」
声をかけたものの中からは返事がなく、不思議に思いながらも扉を開ける。
「失礼します」
中は明かりがなく窓も締め切られている為、薄暗かった。
その上、狭くて閉鎖感が強く、異臭もする。
居心地がいいとはお世辞にも言えない。
中に置かれているのは、小さなテーブルと椅子。そしてベッド。
そのベッドに、一人の人間が横になっている。
リザの存在に気づいたのか、その人物は体を起こした。
「…………っ」
リザは息を呑む。
それは、小さな子どもだった。
栗色の髪に緑色の瞳をしていて、歳は恐らく五つか六つだろうが、その体はやせ細り、生気をほとんど感じない。
その男の子は、一切の光を宿さない眼でリザを見つめた。
その中に、一人の女がいた。
肩にかかる程度の黒髪に、青い瞳に眼鏡をかけた若い娘で、気弱で大人しい印象を他者に与える。
彼女の名前はリザ。
以前勤めていた職場を辞め、新しい職場に向かう途中なのだ。
どこかぼんやりとした表情で景色を眺める彼女に、同乗していた中年の女性が鋭い声を向けた。
「ちょっと、随分とぼーっとしてるけど、そんなんで大丈夫なの? うちは忙しいんだよ?」
「え、あ……大丈夫です。頑張ります」
リザの言葉に、女性は疑うように眉を寄せる。
「頑張るって口先だけで言われてもねえ……やる気を感じないのよ」
「そんなことは……」
「とにかく、雇ったからにはビシバシ働いてもらうからね。ほんと、結婚だかなんだか知らないけど急に辞められるなんて迷惑よ。こっちにもいろいろ段取りってもんが」
「…………」
ブツブツと呟く中年の女性に、リザは何も言えずただ顔を俯けることしかできなかった。
そうしてたどり着いたのは騎士団の屯所。
建物や設備は古びていて、お世辞にも清潔とは言えない。しかし、敷地自体は広く、リザは自身の仕事場に案内されながら周囲を見渡す。
その時、ある一箇所が目に入った。
(あれ? ……あそこは何かしら?)
隅の方にぽつんと立ってある小屋。それだけなら物置かなにかで終わるのだが、扉の前に騎士が二人ほど立っている。
騎士が扉を守っているということは中には何か大事な物か、あるいは危険物が入っているのだろうが、しかしそんなものを置いとくにはあの小屋はあまりに貧相だ。
その時、その小屋の扉が開いて誰かが出てくる。
扉の前に立っている者たちと同じ騎士の格好をし、その腕には中身がパンパンに入ったズタ袋をいくつも抱えていた。
「今日はまた随分と多いな」
「全くだ。掃除するのも楽じゃない」
騎士たちがそんな話をしているのが聞こえたが、リザの足が止まっているのに気づいた女性が彼女を叱責する。
「何してるんだい! さっさと来な!」
「あ、はい。すいません」
リザは慌てて女性を追いかける。ちらりと後ろを振り返ったが、もう騎士たちの声は聞こえなかった。
大量にある騎士たちの衣服の洗濯。
それがリザが命じられた初めての仕事だった。
洗剤と洗濯板を使って、汚れた服を必死に綺麗にする。
洗濯が終われば、次は食堂で食事の準備だ。
騎士たちはみんな、厳しい訓練により空腹になっていて、作っても作ってもあっという間に平らげてしまう。
食材を切って、焼いて、煮込んで、炒めて、皿に盛って、運んで、片付けて、洗って、また食材を切って。
要領が良くないリザはついていくだけで必死である。
騎士たちが満足げに食堂から去っていく頃には、もうくたくたになってしまった。
しかし、リザの仕事は終わらない。
なにせ、彼女はここで一番の新人。一番こき使われる立場にあるのだ。
「これをあそこに持っておいき」
リザをここに連れてきた女性、ベルマールが指差すのはここに来る時、リザが気になっていた小屋であった。
渡されたのは、そこの見張りをしている騎士たちの食事だ。
リザが持っていくと、彼らは待ってましたと言わんばかりにその食事に手を付ける。
「あー、うまい。生き返るな」
「ああ。本当に食べることだけが楽しみだな」
「この仕事は気が滅入るから、本当に早く交代したいぜ」
「全くだ。早くあいつを引き取って欲しいもんだ」
見張りの騎士たちはそんな話をしながら、食べていく。
その時、「ごほっ」と小屋の中で誰かがむせこむような声がしたのだ。
(誰か、いるの?)
その声がなんだか苦しそうで、リザは思わず小屋の扉を見つめた。
しかし、彼女と同様に聞こえていただろう騎士たちは気にする様子もなく食事を続けている。
「げほ……ごほ……」
扉の向こうから聞こえる声は高く、中にいるのは女性か子供なのだろう。
中がどうなっているかはわからないが、少なくとも快適な環境ではないはずだ。
だからリザはつい、騎士たちに声をかけた。
「あ、あの……この中の人は……」
「ん? ああ」
リザの言葉に、騎士たちはようやく小屋の中に意識を向けたが、その顔は嫌そう、というより面倒くさいという感情がありありと見える。
「気にしないでいいよ。ほっといておけば」
「で、でも……」
あんなに苦しそうなのに、とリザが思っていると騎士たちは大きなため息をついた。
「これは上の指示でやってることなんだから、これでいいんだよ」
「そうそう、俺たちみたいな下っ端が気にするようなことじゃねえんだよ」
騎士たちは空になった食器をリザに渡すと、それ以上話す気はないようでまた雑談に戻ってしまう。
リザ仕方なくその場から去ることにした。
食堂に戻っていく途中で、リザは振り返ってもう一度小屋を見る。
ごほ、とまた聞こえたような気がした。
仕事をやっと終えたリザは寝るために部屋に戻った。
そこは下働きの女性が寝起きする大部屋で、リザ以外の者はすでに就寝している。
寝ている者たちを起こさぬように、ベッドに潜り込み眠ろうとするも、どうにもあの声の主のことが気になって仕方がない。
(はあ……どうして私ってこうなのかしら)
幼い頃からそうだった。
些細なことが気になって仕方がなくなり、自分が納得できるまで周囲の大人になんでなんでと聞いては相手を困らせていた。
その好奇心の強さは今でも健在である。
だからリザは自分を落ち着けるために、それらしい話を頭の中で作り上げることにした。
(きっとあそこには、悪い人が捕まっているんだわ)
だからあんな、劣悪な環境に置かれているのだ。
いわば自業自得で自分が気にするようなことではない。
しかし、その脳裏にあのむせ込む声が蘇った。
(でも、本当に苦しそうな声だったな……)
けれど、だからといって自分にできることなどなにもないのだし、気にするだけ無駄である。
あの小屋にいる人物のことは早く忘れてしまおう。
そう自分に言い聞かせて、リザはやってきた眠りに身を任せることにした。
翌日もリザは朝から大忙しだった。
掃除も洗濯も調理も、やることは山ほどある。
どれもこれも特殊な技量を必要としないが、しかしまだ二日目ということもありリザは同じ下働きの同僚たちのようにうまくはできない。
それにベルマールが怒鳴りつける。
「何? まだ終わらないのかい!? 早くしな、どんくさい子だよ」
「す、すいませんっ」
「ちょっと、洗剤はそんなに使うんじゃない! もったいないだろう! 何を考えているんだい!!」
「あ、はい。気をつけます」
「なんでこんな常識的なことがわからないんだろうね。あーイライラする!」
怒鳴られたリザは怒られないように必死に働くも、焦りからかついミスを連発してしまう。
それをみてベルマールは腹を立ててリザを怒鳴り、リザは萎縮してまたミスを犯す。悪循環である。
だが、リザはただペコペコと頭を下げることしかできなかった。
そんな中、食材が無くなりそうなので、外に取りに行くその途中、例の小屋が目に入る。
(だめだめ。あんなの気にしてる場合じゃない)
そう思って目をそらすも、ガチャリと扉が開くのが見えてつい見てしまう。
出てきたのは昨日と同じ騎士であり、昨日と同じ中身がたっぷりはいったズタ袋を持っている。
それを少し離れた場所には同じようなズタ袋がいくつも積まれていて、その騎士も持っていたズタ袋をそこに積み上げた。
騎士たちが去った後、リザはそのズタ袋の山に近づく。
(中身は土……いや、泥?)
どうしてこんなものが小屋から出てくるのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、ベルマールの「何ちんたらやってんだい!」という怒鳴り声が聞こえ、リザは慌てて食堂に向かった。
それからも、リザはどうしても小屋のことが気になって仕方がない。
時間があればぼんやりと小屋の方を眺め、小屋の中にいる人物について考える時間は増えていく一方だ。
けれども、その小屋にはいつも見張りが立っていて、リザは簡単に近づくことはできない。
きっとあの小屋の中にいる人物のことを何一つ知ることなく終わるのだろう。そう思っていた。
だが、転機は突然やってきた。
「え、あの小屋に食事を運んで、掃除をするんですか?」
「そうだよ。訓練で、騎士の方々が全員、一時的にここを離れるそうだからね。その間、あんたにはあそこに行ってもらうよ」
ベルマールはニヤリと笑みを浮かべる。
「仕事も覚えず、熱心に眺めているんだ。嬉しいだろ? 言っておくけど、他の仕事もちゃんとやってもらうからね」
「あ、はい……わかりました」
もともと拒否権などないようなものだが、あの小屋のことを言われてしまえばリザは頷くことしかできない。
けれど、これで小屋の中に入ることができるのは事実だ。
(別に、知ったからと言ってどうするってわけでもないけど……)
というよりも、何の権限もないリザにはどうにもできない。
(……でも、隙間風が入って寒いようなら毛布を持ってこれるし、何かできることがあるかもしれない)
どうして会ったことのない人間がこんなにも気になるのか、リザにもよくわからなかった。
でも、あの日のむせ込む声が本当に苦しそうだったし、何よりも声の主は自分よりも若かったように思える。
もしかしたら、小さな子どもかもしれない。
(……まさかね)
流石にそれはないだろう。
小さな子どもをあんなところに閉じ込められるなんて、ありえない話だ。
「……よし」
食事が乗ったトレイを持って、リザは小屋の前に立っていた。
仕事内容は、この食事を中にいる人物に食べてもらい、そして中を掃除することである。
中にいる人物についていろいろ考えたが、とにかく会ってみないことには何の結論もでない。
もしかしたら、中は思っていた以上に整っていて、あの時の苦しそうだった声もたまたま体の調子が悪かっただけで本当は何の問題も抱えていない可能性だってある
(とにかく、ちゃんと仕事はしなきゃ)
リザは扉をコンコンとノックした。
「失礼します。食事を持ってきました」
声をかけたものの中からは返事がなく、不思議に思いながらも扉を開ける。
「失礼します」
中は明かりがなく窓も締め切られている為、薄暗かった。
その上、狭くて閉鎖感が強く、異臭もする。
居心地がいいとはお世辞にも言えない。
中に置かれているのは、小さなテーブルと椅子。そしてベッド。
そのベッドに、一人の人間が横になっている。
リザの存在に気づいたのか、その人物は体を起こした。
「…………っ」
リザは息を呑む。
それは、小さな子どもだった。
栗色の髪に緑色の瞳をしていて、歳は恐らく五つか六つだろうが、その体はやせ細り、生気をほとんど感じない。
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