慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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第一二話 対策

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 老婆が叫ぶ。
「人柱じゃ、人柱を立てるのじゃー。人柱を城の周りに巡らせれば悪霊除けとなるのじゃー」
 テネスノイトの眉間に皺が寄る。何故こんな者が居るのか。自ら集めた内の一人だと判っていながら自問せずにいられなかった。
 彼は怨霊に対処するべくまじない師を全国から集めた。対策案が提示されるのを期待してのものだが、その殆どは「自分にはできない」と言い、者によってはつくばってまで許しを請う。中には自ら詐欺師だと自白して捕縛される者も居る。その捕縛された者の安堵した表情だけは印象的だった。
 こうして面接にうんざりしていた時に現れたのがその老婆だった。
 溜め息をつきつつ、尚も騒いでいる老婆を叩き出そうとする直前、扉を勢いよく開く音に邪魔された。
「何を騒いでいるのよ!?」
 テネスノイトはその声にぎょっとした。部屋の入り口には肌が透ける薄絹だけを纏った裸同然の女が立っている。ふらふら適当に歩いていて、ここのことに気付いたのだろう。
「お……、このような場所にいらっしゃってはなりません!」
 思わず王妃と口に出しかけたのをテネスノイトはどうにか思い止まった。今更遅いと判っていても庶民の前でこの女を王妃と呼ぶのには抵抗がある。
「何よ? あたしの勝手でしょ? それより何の騒ぎよ!?」
 王妃は腰に手を当てて不満げにし、てこでも動かないとばかりに仁王立ちする。
 テネスノイトは説明無しに立ち去って貰うのを諦めた。掻い摘んでこの場の説明をする。
「はあ? 怨霊なんて居るわけないでしょ! どうせどっかの叛乱分子が暴れているんだろうからとっとと討伐隊でも出しなさいよ! とにかく、こんな連中はとっとと追い出しなさい!」
 そんなお金があるならあたしに回しなさいよ。そんな本音が口から漏れている王妃に眉間の皺を深くしながらも、テネスノイトは「怨霊は居ない」と言う言葉には同意したかった。しかし、認めない訳にもいかない状況だからこそこの場を設けたのだ。王妃への反論が口から出かかった。
 思い止まったのは面接に意味を感じなくなっていたからだ。テネスノイトは面接を待っていた数人の呪い師も老婆と共に帰らせることにした。

 呪い師達が去り、王妃が去り、面接を担当していた文官が去り、そして衛兵が去って部屋の中にテネスノイトが一人残されると、彼は部屋の隅に行って壁に掛かった絵の一つをずらして、そこの壁を押す。カコンと軽い音がして壁が凹んで現れたハンドルを回して引っ張ると、隠し部屋の扉が開いた。
「一存で切り上げてしまい申し訳ございません」
「良い。続けていても意味があったとは思えぬ」
 謝罪するテネスノイトに隠し部屋から出て来た国王は鷹揚に答えた。
「怨霊とは、何処までも祟る女よ」
 そう言い残し、国王もその場から立ち去った。
 呪い師が使えないとなると災禍は過ぎ去るのを待つ以外にない。テネスノイトは身震いした。

   ◆

 レミアは呆然と目の前の瓦礫の山を見詰める。自分がこのハイデルフト家の屋敷を出た後で一体何が起きたのかと瓦礫に問う。答えなど返ろう筈もないが問わずにいられない。こんなことになるのならもっと屋敷を目に焼き付けていれば良かったと後悔の念を抱いた。
 立ち尽くすレミアの横を人影が通り過ぎる。その人影にレミアは見覚えがあった。
「お嬢様?」
 レミアは呼び掛ける。人影は驚いたように振り返った。その姿は紛れもない、エカテリーナ・ハイデルフトだった。
 エカテリーナは少し微笑むと、城門を指し示した。
「ここから立ち去れと仰っているのですか?」
 レミアの問い掛けにエカテリーナは頷いた。だが、レミアは首を振る。
「できません! 私はお嬢様のなさることを見届けに参ったのです。それまでは去る訳には参りません!」
 エカテリーナはレミアの答えに泣き出しそうな顔をしつつ笑うと、瓦礫の向こうへと消えてゆく。
 レミアは追い掛けようとしたが、瓦礫に阻まれて叶わなかった。

   ◆

 夜更けまで執務を続けていたテネスノイトは一息入れようと手を止めた。いくらやっても一向に仕事が減らない。
 これが叛乱前であれば、ハイデルフト候を始めとした諸公の手で纏められた書類に承認のサインを入れるだけで殆どが事足りた。ところが叛乱に加わったのが彼ら、真摯に公務に取り組んでいた者ばかりなのだ。彼らが処刑されたことで、彼らの担っていた行政が滞った。後任を据えても、特にハイデルフト候とその家臣らが担っていた部分に空いた穴は計り知れず、埋められずにいる。そしてそのしわ寄せは宰相であるテネスノイトに押し寄せている。
 現国王は全く当てにできない。青臭い理想論を語り、拙速にそれを推し進めるだけ。それも非現実的な専制君主などと言うものを目指している。逆らえば良くて更迭、場合によっては処刑される。人材は減る一方。テネスノイトの負担も鰻登りであった。
 勢い、毎日の楽しみだった金貨を数える時間も取れていない。
 実のところ、金銭の勘定自体は毎日行っている。ただそれは国の予算なのだ。自分のものではない金銭を数えても全く面白くないのである。
 その国の予算はと言えば、全く足りていない。王都の復興でさえ大火から二年半が過ぎてもまだ道なかばだ。各領地が荒れ、国内経済が冷え込んでいるために税収増も見込めない。
 経済にとって最も大きな打撃だったのが、ハイデルフト領が荒らされたことだ。領主は特権によって国に税を納めないため、直接的なものではないが、国内で最も経済が発展していたハイデルフトの生産と消費によって他領、そして国の経済も間接的に潤っていた。そのハイデルフトの経済をボナレス、ベグロンド、モーダルタが台無しにした。
 彼らが事を起こした直後は「余計なことをしてくれた」との直感だけだったが、日を追うにつれて冷え込む経済を目の当たりにして、叛乱に匹敵する許し難い行為だと断ずるに至った。彼らがハイデルフトに攻め込まなくとも叛乱は鎮圧できていたのだから、全くの無駄だ。悪影響を及ぼしていることから悪行と言って良い。彼らが占領したハイデルフトの領地の領有を認めずに治安維持だけさせたのは、その懲罰的な意味も有る。表向きには叛乱者を討った形のため、あからさまな処罰ができなかったのである。
 そうしてただでさえ冷え込んだ国内経済に追い打ちを掛けたのが、メストロアルを始めとした幾つもの領都の壊滅。いよいよ以て経済が冷え込んだ。
 王都には各地から職を求める者が流入するが、受け入れる余裕は無い。多くの者が職を得られずに宿無し生活を続ける。復興のままならない大火の焼け跡に彼らが集まることでスラム街まで形成された。
 更には彼らの多くが今日の食事にも困る有り様で、犯罪に走りもして治安が悪化の一途を辿っている。対策は必要だ。
 ところが、いまだ大火の際に焼け出された多くの住人が宿無しに近いままなのだ。以前、自宅の在った場所に小さな小屋を建てて雨風を凌いでいる。優先されるべきはこちらだろう。
 だが、対策しようにも予算不足で手も足も出ない。
 王都でさえその状態である。領主が一族諸共もろとも葬り去られて直轄領となってしまった領の施政や復興は、件数が多すぎて予算も無ければ手も回っていない。
 ただもし予算が有っても今は手を出せない。先に怨霊をどうにかしなければ始まらない。ところがその手段が何も無い。
 考えれば考えるほど途方もない。それでもまだ在りし日のように日がな一日金貨を数えて過ごせる日を目指している。
 そう、目指しているのは間違いない。心の何処どこかでは覚悟しながら。

「無駄なことをなさったようでございますね」
 突然掛けられた声に一瞬ビクッと反応したが、昔に聞き覚えのある声にテネスノイトは渋面を作った。
「何のことだ?」
まじない師でございます」
「あれか。あれは確かに無駄だった。呪い師があんなに使えないものだとは知らなかった」
 テネスノイトは椅子に背をあずけながら答えた。
「いえ、城に集まった者達が使えなかっただけでございますよ。多少なりとも力のある者は、皆して身を隠しております」
「何!? だったら何故出てこない!? 国の危機なのだぞ?」
 テネスノイトは跳ね起きた。
「怨霊が静まるのを待つつもりなのでございましょう。怨念の向かう先は誰にも予想可能でございます。そしてその向かう先はすこぶる評判が悪い。怨霊が恨みを晴らしても尚、災禍を起こすようなら、そこで初めて調伏ちょうぶくに赴くつもりでございましょう」
 テネスノイトの眉間の皺が深くなる。
「言いたいことは解った。それにしてもその気持ち悪い口調はどうにかならんのか? ヘンドリック」
「これはこれは失礼いたしました。しかし既にこの口調が習慣付いてございまして、変えることが叶いません」
 テネスノイトの眉間の皺が更に深くなった。
「まあいい。それよりもどうしてお前はここに?」
「見届けるためでございます。こうなった原因の一旦は私にもございますので、ハイデルフトの令嬢が望むようであればこの首を差し出すのもやぶさかではございません」
「首だと?」
 テネスノイトは考え込むようにまた椅子に背をあずけた。
「愚かな主をいさめられなかった罪でございます。ハイデルフトの憂いは無くしたつもりでございますので、後は裁断が下るのを待つのみでございます」
「ハイデルフトを見届けないつもりなのか? 随分と活躍したらしいじゃないか?」
「元々一人の女性から始まったものに手を貸しただけでございます。そして既に芽を出してきた者に全てを任せております」
いさぎよ過ぎだな」
 テネスノイトは呆れるように言った。
「金の亡者でありながら国のために身を粉にして働いて足掻いている今の貴方には理解されないことでしょう」
「自覚していても他人に言われると腹が立つものだな」
「お互い様でございます」
 暫しの沈黙が流れ、二人は心の中で互いに別れを告げた。

   ◆

「ご友人とは会えましたか?」
「はい、有意義な時間を過ごせました」
「それは良かったです」
「それより貴女は宜しいのでございますか? 自警団、あ、今はハイデルフト共和軍と名乗っていましたか、その共和軍に残っていれば女王に成れたかも知れませんよ?」
「あはは、それは私には荷が重いですねー。それに私はお嬢様を見届けたいんです」
「そこは私と似ていますね。そうですね……、貴女には事の顛末を記録して戴きとうございます」
「え? それいいですね。私はやりますよ!」
 戸惑いは一瞬だけ。レミアは水を向けられた目標に乗った。それは直感。ヘンドリックがレミアに生きることを望んでいると判ってしまったから。そしてヘンドリックが何らかの覚悟をしていると気付いてしまったから。
「それでは、これ以降は別行動といたしましょう」
 そう言ってヘンドリックが去って行く。その後ろ姿を見送ったレミアは再会を願わずにいられなかった。
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