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プロローグ
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あたし、油上千佳の日常は平穏そのものだ。
総菜屋勤めで揚げ物を揚げるばかりの毎日であっても、美味しそうに揚がる天ぷらやコロッケを見る度に心が弾む。
食べたい。
いつも思ってしまうのだけど、売り物なのでじっと我慢である。
切ない。
我慢は切ない。この切なさがまたエッセンスとなり、仕事を終えた後で貰って帰った売れ残りを食す時の感動を増してくれる。我ながら、毎日食べているのによく飽きないものだ。
そして今日、なんと海老天が売れ残ったのだ。そして、そして、それを貰う事に成功した。
海老は高価な食材だから閉店の二時間前にはもう追加で揚げる事はない。一時間前には厨房の火を落とし、調理済みのものをできる限り売り切るようにしているため、海老天が売れ残るなど奇跡にも等しい。
それをただで食べられるのだから足取りは軽い。天にも昇りそうだ。
後ろから車のヘッドライトか何かに照らされて光に溶けてしまいそうでもある。
◆
「くっ」
あたしは拳を握らずにはいられない。ほんとに天に昇ってしまうとはっ!
その元凶は目の前でへらへらしている自称女神だ。
自称に見えてしまうのはその容姿のせい。女神と言えば金髪金眼とか金髪碧眼とかをイメージするが、この女神は茶髪黒瞳なのだ。顔付きも東洋系の美人だ。まあ、黒髪ショートのあたしと対極をなすような、少しウェーブの掛かったふわふわな髪は女神っぽくなくもない。白いロングドレスも女神らしい。だけどそれだけだ。背丈もあたしと大差ない。
「あら? どうしたのかしら? 握り拳なんて作っちゃってぇ」
「あんた! 今、なんて言ったの!?」
「ん? 『握り拳なんて作っちゃって』?」
「その前よ!」
「『どうしたのかしら』?」
「む、ムカつくわね! その前よ!」
「『間違っちゃった。てへっ』?」
回想しながらまた同じように舌を出す女神。妙にムカつく!
「『間違った』で済む事じゃないでしょ!」
「でもぉ、間違っちゃったものは仕方ないしぃ」
両手の人差し指をほっぺたに添えて首を左右に傾げる女神。やっぱりムカつく!
この女神は、あたしが歩いていた直ぐ近くで事故に遭って死ぬ人を連れてくるつもりだったのに、間違えてあたしを連れてきたと言うのだ。にも拘わらず、あたしに「異世界で邪神の復活を阻止しようとしている人間達を手伝え」だなんて言う。意味が分からない。
ついでに言えばあたしは死んでいない。単に拉致られただけだ。理不尽にも程がある!
「どうやったら間違うのよ!」
「んー、たまたまあんたが対象の近くに居たから?」
「それで済む話じゃないでしょ! 早くあたしを元の場所に戻しなさいよ!」
「んー、それは無理!」
「なんでよ!?」
「だってぇ、今から代わりを探すなんてめんどくさいしぃ」
「めんどくさいで済ますなーっ! 元々ここに連れてくる筈だった人はどうしたのよ!?」
「死んだわよ?」
きょん、と首を傾げる女神。妙に可愛い所がムカつく! 死んだなんて当たり前に言う所もムカつく!
「女神なら死んだ人を生き返らせて送りなさいよ!」
「あー、それこそ無理!」
「はあ!?」
「だってぇ、そんな全能の神みたいな事あたしにできる訳ないでしょーっ! あーっはっはっはっは!」
「こんの、糞女神がーっ!」
「あーっはっはっはっ! ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」
「うっざーっ!」
女神はぴょんぴょん跳ねながらあたしの周りを回って挑発してくる。
もう! 憎しみで女神を殺せるものなら一〇〇遍くらい殺してやってるのに!
思いっきり睨んでも、この糞女神はまるで応えない様子だ。ほんとにムカつく!
「あら、結構美味しいわね」
女神が何やらもぐもぐ食べている。よく見れば、女神の口から出ているのはエビの尻尾。
慌てて手元を検めると、持っていた筈の海老天が無い。
「返せーっ! あたしの海老天を返せーっ!」
「もう食べちゃったもーん」
「うがーっ!」
頭を掻き毟った。
あたしの海老天が! あたしの海老天が! この恨み、晴らさでおくべきか!
「プーックスクスクス。だけど、そろそろあんたをからかうのも飽きてきたから、もう送ってあげるわね。ごっきげんよぉー」
女神が腕を振ると、あたしは目の前が真っ暗になった。
真っ暗になる直前、なぜか女神の顔に影がさしたように感じた。
「あ、そうそう。海老天美味しかったから、一応チートな身体と便利な魔法を一つ付けてあげたからねぇ」
途切れ掛ける意識の片隅に女神のそんな声が聞こえた。
総菜屋勤めで揚げ物を揚げるばかりの毎日であっても、美味しそうに揚がる天ぷらやコロッケを見る度に心が弾む。
食べたい。
いつも思ってしまうのだけど、売り物なのでじっと我慢である。
切ない。
我慢は切ない。この切なさがまたエッセンスとなり、仕事を終えた後で貰って帰った売れ残りを食す時の感動を増してくれる。我ながら、毎日食べているのによく飽きないものだ。
そして今日、なんと海老天が売れ残ったのだ。そして、そして、それを貰う事に成功した。
海老は高価な食材だから閉店の二時間前にはもう追加で揚げる事はない。一時間前には厨房の火を落とし、調理済みのものをできる限り売り切るようにしているため、海老天が売れ残るなど奇跡にも等しい。
それをただで食べられるのだから足取りは軽い。天にも昇りそうだ。
後ろから車のヘッドライトか何かに照らされて光に溶けてしまいそうでもある。
◆
「くっ」
あたしは拳を握らずにはいられない。ほんとに天に昇ってしまうとはっ!
その元凶は目の前でへらへらしている自称女神だ。
自称に見えてしまうのはその容姿のせい。女神と言えば金髪金眼とか金髪碧眼とかをイメージするが、この女神は茶髪黒瞳なのだ。顔付きも東洋系の美人だ。まあ、黒髪ショートのあたしと対極をなすような、少しウェーブの掛かったふわふわな髪は女神っぽくなくもない。白いロングドレスも女神らしい。だけどそれだけだ。背丈もあたしと大差ない。
「あら? どうしたのかしら? 握り拳なんて作っちゃってぇ」
「あんた! 今、なんて言ったの!?」
「ん? 『握り拳なんて作っちゃって』?」
「その前よ!」
「『どうしたのかしら』?」
「む、ムカつくわね! その前よ!」
「『間違っちゃった。てへっ』?」
回想しながらまた同じように舌を出す女神。妙にムカつく!
「『間違った』で済む事じゃないでしょ!」
「でもぉ、間違っちゃったものは仕方ないしぃ」
両手の人差し指をほっぺたに添えて首を左右に傾げる女神。やっぱりムカつく!
この女神は、あたしが歩いていた直ぐ近くで事故に遭って死ぬ人を連れてくるつもりだったのに、間違えてあたしを連れてきたと言うのだ。にも拘わらず、あたしに「異世界で邪神の復活を阻止しようとしている人間達を手伝え」だなんて言う。意味が分からない。
ついでに言えばあたしは死んでいない。単に拉致られただけだ。理不尽にも程がある!
「どうやったら間違うのよ!」
「んー、たまたまあんたが対象の近くに居たから?」
「それで済む話じゃないでしょ! 早くあたしを元の場所に戻しなさいよ!」
「んー、それは無理!」
「なんでよ!?」
「だってぇ、今から代わりを探すなんてめんどくさいしぃ」
「めんどくさいで済ますなーっ! 元々ここに連れてくる筈だった人はどうしたのよ!?」
「死んだわよ?」
きょん、と首を傾げる女神。妙に可愛い所がムカつく! 死んだなんて当たり前に言う所もムカつく!
「女神なら死んだ人を生き返らせて送りなさいよ!」
「あー、それこそ無理!」
「はあ!?」
「だってぇ、そんな全能の神みたいな事あたしにできる訳ないでしょーっ! あーっはっはっはっは!」
「こんの、糞女神がーっ!」
「あーっはっはっはっ! ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」
「うっざーっ!」
女神はぴょんぴょん跳ねながらあたしの周りを回って挑発してくる。
もう! 憎しみで女神を殺せるものなら一〇〇遍くらい殺してやってるのに!
思いっきり睨んでも、この糞女神はまるで応えない様子だ。ほんとにムカつく!
「あら、結構美味しいわね」
女神が何やらもぐもぐ食べている。よく見れば、女神の口から出ているのはエビの尻尾。
慌てて手元を検めると、持っていた筈の海老天が無い。
「返せーっ! あたしの海老天を返せーっ!」
「もう食べちゃったもーん」
「うがーっ!」
頭を掻き毟った。
あたしの海老天が! あたしの海老天が! この恨み、晴らさでおくべきか!
「プーックスクスクス。だけど、そろそろあんたをからかうのも飽きてきたから、もう送ってあげるわね。ごっきげんよぉー」
女神が腕を振ると、あたしは目の前が真っ暗になった。
真っ暗になる直前、なぜか女神の顔に影がさしたように感じた。
「あ、そうそう。海老天美味しかったから、一応チートな身体と便利な魔法を一つ付けてあげたからねぇ」
途切れ掛ける意識の片隅に女神のそんな声が聞こえた。
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