天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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 五 Gにも勝る恐ろしさ

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 代わり映えのしない日々にも多少の変化はある。火曜日の今日はそんな日だった。
 あたしがギルドに登録した時の受付嬢と強面のおじ様の二人ともがギルドに不在だったのだ。冒険者ギルド自体に定休日は無いが、受付嬢は土曜日に、おじ様は日曜日に不在だったので、二人はそれぞれその日が非番なのだと思う。しかし、その土日も含めて今までは必ずどちらかがギルドに居た。その二人が今日は揃って居ないのだから、変化には違いない。まあ、どうでもいい事なんだけどね。
 そう言えば、受付嬢の名前も強面のおじ様の名前もあたしは知らなかった。ついでにおかみさんの名前も知らない。うん、名前なんて知らなくてもどうにかなるもんだね! はあ……、今度聞いておこう。
 冬を前にしてお金が足りないために足取りは日々重くなる。だが、本格的に寒くなる前にお金を貯めなければお話にならない。薬草の採取場所もどんどん町から離れる他なく、今日は町が地平線の向こうに隠れてしまうような場所だ。尤も、地平線より前に森に隠れて見えはしない。それはともかくとして、こんなに遠くまで来ないといけないのではそろそろ薬草採取も止め時かも知れない。

 色々考えつつも、今日もまた薬草を採取し、どうにか一単位分集め終わろうかとしていた。
 ゴアッ!
 突然何かの鳴き声のようなものが聞こえた。
 ズンズンズンズン。
 続けて、地響きのような音が聞こえる。そして、その音はどんどん近付いている気がする。
 立ち上がって周りを見回すと、怖気が走った。
 トカゲだ。でっかいトカゲが居る。森の木の上にひょっこり頭を覗かせている。一〇〇メートルも離れてない。そして、何故かこっちを見ている。なんかこう、生理的に嫌な感じだ。台所に出没するGほどではないのが、せめてもの救いである。だけど、とにかく大きい所為で、総合的にはこのトカゲの方が遙かに嫌な感じだ。
 そして、嫌なものと言うのはどうしてこう目で追ってしまうのだろう? トカゲから目が離せない。
 その所為かどうかは知らないが、トカゲがこっちに向かって来た。逃げなきゃいけない筈なのに何故か足が竦んで動けない。
「えぐっ、えぐっ、えぐっ」
 口から変な声が出てしまう。他にも身体から色々流れ出して、人としての尊厳まで流れ出しそうだ。
 トカゲは、あたしから二〇メートル位の所で止まると、おもむろにあたしに向けて火を噴いた。あたしは、火に包まれるまでそれをぼーっと見ているだけだった。
「きゃああああ!」
 あれ? そんなに熱くない? 見回せば、服も無事だ! やったね、拘束の魔法!
 だけど、拘束の魔法を掛けていなかった採取したばかりの薬草は消し炭も残ってない。
 ふざけんな、コノヤロウ! 折角集めた薬草をどうしてくれるんだ!? ああ!? この糞トカゲ!
 さっきまでの恐怖なんて忘れ、あたしはもうキレッキレだ。意味が違う気もするけど、そんなこたぁどうでもいい。このトカゲをしばかないと気が済まない。
 ジッとトカゲを睨むと、何故かトカゲの腰が引けている。そして突然逃げ出した。
「逃がすか!」
 即座に拘束の魔法でトカゲを縛り付けた。トカゲの口は念入りに拘束しておく。トカゲは藻掻いているが逃れられないようだ。
 あたしはゆっくりとトカゲに近付くと、トカゲの頭の一部分だけ拘束を解き、握り拳を振り上げた。その時、トカゲが怯えたように見えたが、色々流れ出して残念な事になっている我が身の怒りを込めて容赦なく殴りつけた。
 ぐしゃっ。
 ノーッ! 潰れた。トカゲの頭が潰れちゃったよ! 手に何かべっとり付いちゃったよ!
 ゲロゲロゲロゲロ。
 うん、もう、血以外はみんな出ちゃった感じだね。このままじゃ町に帰れない。怒りが静まったら、また悲しくなってきた。

「えぐっ、えぐっ、えぐっ」
 涙を流しつつ、地面を叩いて小さな穴を掘る。そして、水が漏れないように突き固めたら、飲み水を出す魔法で水を溜めていく。飲み水と言うだけあって、魔法一回で出てくる水の量はごく僅かだ。なかなか水が溜まらない。地面に染み込んでしまう分も有るから、余計に溜まらない。泣きたくなってきた。もう、泣いてるんだけど。
 延々と魔法を唱え続けて一時間も過ぎただろうか、漸く盥一杯程度の水が溜まった。ブラジャーを残して服を脱ぎ、まずは被害の少ないセーターを洗った。そしてパンツと綿パンを水に浸ける。次に、また魔法を延々と唱え続け、下半身を洗う。
 こんな姿、傍から見ると痴女にしか見えないよ!
 結局身体を洗うのに三〇分は掛かってしまった。なんだかもう、日も傾いてきている。
 パンツと綿パンを洗って絞ったら、また穴を作って一時間掛けて水を溜め、パンツと綿パンの溜め濯ぎだ。それが終わったらトカゲの鱗の上に広げ、水をひたすら掛けて濯ぐ。最後に勢いよく振り回して脱水をする。普通なら振り回したって脱水できないのだけど、チートな腕力が有るから為せるのだ。
「へくちっ!」
 うー、くしゃみが出た。もう日も陰ってきて肌寒い。服は湿気っているが、これを着るしかないので着てしまう。
 寒い。
 服がひんやりしていてますます寒い。だけど、乾くまでじっと我慢しないといけない。風邪を引きそうだ。それでも、人としての尊厳だけは守れそうな事には安堵する。
 もう日暮れ近くて薬草採取は無理だ。今からでは酒場のウェイトレスの仕事にも間に合わない。今日は稼ぎが無い上、ウェイトレスをしないから酒場で寝る事もできない。お金を払って宿を取らなければならない。まったく踏んだり蹴ったりだ。
 それもこれもこのトカゲの所為だ。
 あれ? もしかしてこのトカゲが代わりにならないだろうか? もし、この肉が食べられるようなら、こんなに大きいのだから防寒着を買える位の稼ぎにはなるんじゃないだろうか。
「よっこらせっ!」
 あたしの十倍以上の大きさのトカゲだけど、あたし自身に掛けている拘束を緩めれば持ち上げる事ができた。凄いぞチート!
 後は、真っ暗になる前には帰りたいから頑張って走る。

 頑張って走ったのだけど、結局は日が沈んでしまった。
 ちょっとした理由が有る。最初は走ろうにも走れなかった。トカゲを持ち上げて歩くだけで足が地面にめり込んでしまう。暫くはそのまま頑張ってみたが、走らなければ夜が明けてしまうのを実感しただけだった。地面に足がめり込まないようにどうすれば良いかをうんうん唸りながら考えた結果、地面を拘束する事を思いついた。その思い付きを実行すると、上手く走る事ができた。しかし、この時点で太陽はもう沈み掛けていたのだった。
 なんだか上手くいかない事ばかりで泣きそうだ。それに、薄明かりの逢魔が時はとても不気味で人恋しくもなってくる。だから、町の門の前に焚かれた篝火が見えると足取りも軽くなった。ちらほら人の姿が見えてくると、なんとなく安心してしまう。
 ところが、何か様子がおかしい。あたしがもうすぐ到着と言うところで、わらわらと人が門から出て来た。兵士や武器を持った冒険者がその大半だ。
 一旦立ち止まって様子を覗いつつ歩みを進めていると、冒険者達の中に火の玉が幾つも現れ、それがこっちに飛んできた。
「きゃあああ!」
 咄嗟にトカゲを横倒しにしてその陰にしゃがみ込んだ。
 ドカン、ドカン、ドカン。
 しゃがんだ瞬間に爆音が響いた。
 魔法で攻撃されたらしいのは判るが、何であたしが攻撃されるのか判らない。そんな事を考えている間にも、次から次に魔法が飛んでくる。火だけでなく、水や風もだ。風はトカゲの陰に居ても回り込んできてチリチリするし、水は余波で飛沫が飛んでくる。その所為で、折角乾いてた服がまたびしょ濡れだ。
 風邪を引いたらどうしてくれるんだ!
 そのまま二、三分も経っただろうか。漸く魔法が止まった。すかさずトカゲに登る。すると、また冒険者達の中に火の玉が浮かんでいるのが見える。慌てて大きく手を振った。
 そんなあたしに気付いたのだろう、火の玉が消えた。何人かがこちらに歩いてくるのが見える。
 へなへなとあたしはトカゲの上にしゃがみ込み、大きく息を吐いた。

「ドラゴンなんて初めて見たぞ」
「本物なのか!?」
「この大きさなんだから本物も偽物もねーよ!」
「どうやってこんなのを倒したんだ!?」
 いつの間にか集まってきていた兵士や冒険者達が口々にそんな事を言っている。
 ドラゴンって羽が生えているものじゃないんだっけ? このトカゲには羽なんて無いんだけど?
 それはともかくとして、これは結構凄い事らしい。
 そりゃ、そうだよね! あの時、食われるか踏み潰されるかする未来しか思い浮かばなかったもんね!

「君さえ良ければ、このドラゴンを三千万ゴールドで買い取るが、どうだね?」
「え!?」
 ギルド長を名乗る中年男性がそんな話を持ち掛けてきた。ギルド長と一緒に居た男性が変な声を上げたが、理由はよく判らない。だけど、三千万円も有ればお店を開く事もできる。
「三千万ですね!? 売ります!」
「では、ギルドまで来て貰えるかな?」
「はい!」
 ちょっとウキウキする。これで手間ばかり掛かる薬草採取の日々とお別れだ。
「ギルド長、ほんとにいいんですか?」
「いいに決まっているではないか」
 ギルド長と彼に付き従っているらしき男性との間で奇妙な会話がなされているが、細かい事はこの際放っておく。今は何よりトカゲ……ドラゴン? を運んだのが無駄にならなった事が嬉しい。
 冒険者ギルドでの手続きはあっさり終わった。売買契約書にサインをしたら、直ぐに三千万円も振り込まれた。
 手続きを担当したギルド職員が何か奇妙な表情をしていたのは一体何だったのだろうか?
 でもまあ、明日にでも早速、市民登録と店舗購入をするとしよう。ついでに防寒着もね。
 これで冬が越せる!
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