天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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 六 家を買ったは良いけれど

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 目が覚めた時、一瞬自分が何処に居るのか判らなかった。見慣れた酒場の仮眠室ではなかったのでドキッとしてしまったが、直ぐに安宿に泊まったのを思い出した。素泊まりで三〇〇〇円は地味に痛い出費だった。だけど、今日は忙しくなるので気合いを入れる。
「ふん!」
 腰の両脇で握り拳を作った後、右腕を振り上げるのだ。うん、虚しい。やらなきゃ良かった。
 そんなしょうもない事は早々に切り上げて、まずは役所へと向かう。市民権を得るためだ。
 そう、市民権が無ければ何も始まらない。家を買えるのは市民だけなのだ。開こうとしている店は持ち帰りの天ぷら屋なので、店舗自体は小さくて構わない。だけど、天ぷらを揚げる場所が必要だ。近くの野っ原で、と言う訳にはいかないだろう。そんな、どこで揚げたかも判らないものなんてあたしだって買いたくない。

 市民権を得る手続き自体はギルド登録と大差無かった。一〇〇〇万円を支払うのと、この国の言語での直筆のサインが必要なのとが違うくらいのものだ。この一ヶ月近くの間に自分の名前くらいは書けるようになっているので何も問題は無い。そして、ギルドカードに似た市民登録証を渡されると登録は完了だ。

 市民権を得るための登録料金は町毎に決まっている。大抵の町は一〇〇〇万円だが、人口が極端に少ない町だと一〇〇万円くらいの場合も有り、逆に多過ぎる王都では五〇〇〇万円にもなっていると言う。更に、市民登録は町毎に行う必要が有るため、違う町に引っ越すのは大変だ。多分、そうする事で住民が好き勝手に移住できないようにしているのだろう。
 そんな訳で、市民登録は慎重にしないといけない。だけど、今あたしが居る町クーロンスは比較的大きな町のようで、商売を始めるには悪くないと言う話だ。それに、右も左も判らない町に行って商売をするのは少し不安も有る。そんな訳で、あたしはこの町に市民登録をする事にしたのだ。
 下調べしたのもこの町だったしね。

 市民登録が終わって早々、目星を付けていた店舗兼住居の物件を買いに不動産屋へと向かう。どこかの野っ原に掘っ立て小屋でも建ててしまえば二〇〇万円くらいで済むのだが、そんな所じゃお客なんて来る筈がない。やはり、町の中に店舗を構えなければならない。
 目星を付けていたと言っても、お金の工面ができる当てが無かったために張り紙を見ていただけだ。だから、不動産屋では一応、他の物件についても尋ねてみた。すると、やはり幾つかは候補になるものが有った。
 ただ、有ったには有ったのだけど、それらの物件に足を運んでみると、危ない人達の巣窟のような場所だったり、衛生的にとても残念なものだったり、人通りが全く無さそうな場所だったりと、天ぷら屋を営むには問題の有る物件ばかりだった。無駄足でがっかりだ。
 だけど、ものは考えようでもある。がっかりだった分だけ安心して最初に目星を付けた物件を買うことができるのだ!
 いや、まあ、そう思わないとやってられない部分もあるんだけどね。

 なるべく早く入居したかった事もあり、直ぐに売買契約を結んだのだけど、権利書と鍵を受け取った時には既に日がかなり傾いていた。
 あたしは家へと急いだ。全財産はずだ袋の中だから、引っ越しの手間はいらない。しかし、寝るためにはそれなりに準備が必要だ。日が沈む前に必要なものを調べて買い揃えたい。
 買った家は、間口が三メートル余り、奥行きが一五メートルほどの二階建てだ。真ん中付近に階段が有り、一階の半分が店舗用で、残りの半分に台所などが有り、二階は居間と寝室になっている。精々三人家族程度しか住めそうにないが、あたし一人なら十分過ぎる広さが有る。
 長く人が住んでいなかったらしく、家の中には埃が積んでいる。以前住んでいた人が残したらしい食器や壺が幾つかと、ベッドの土台は有るが、布団や家具などはまるで無い。家具はともかくとして布団を買わないといけない。
 目先の作業としては寝室の掃除をしたいのだけど、掃除道具なんて持っていない。何か残されていないか各部屋を隈無く探していく。すると、物置らしき部屋の隅に壊れかけの箒とボロボロの雑巾が埃にまみれて残っていた。
「あった!」
 ボロっちかろうとも、箒や雑巾が有るのと無いのとでは大違いである。拘束の魔法で保護しつつ使えば寝室一部屋くらいは掃除できるだろう。
 早速、寝室の窓を開けて天井の埃を落とし始めたが、直ぐに手を止めた。盛大に埃が落ちてくるのだ。このままじゃ、埃まみれになってしまって買い物に行けなくなる。着替えが無いのだから服を汚したくはない。そのためには掃除をする間は服を脱いでおかなければならない。だけど、採光のためもあって窓を閉める訳にもいかない。どうにも外から丸見えな感じなのだ。考えた末、窓を半開きにして下着姿で掃除する事にした。下着は一応着替えが有るので、埃を被ってもなんとかなる。
 準備を整えて天井の埃を落とすところから再開し、壁の埃も落とす。風の魔法が使えるのならば窓から埃を追い出す事もできるのだろう。だけど、今のあたしには使えないので埃が舞い放題だ。その所為で息をし辛い。そこで、箒で床を掃く間は息を止めておく。少し掃いたら埃の無い所で息継ぎをするのだ。
 ベッドの土台が有るだけの部屋は実に掃除しやすい。それがせめてもの救いである。
 一通り掃き終わったものの、舞い飛ぶ埃が落ちてしまった後で再度掃く必要が有りそうな気がする。しかし、埃が落ち着くのを待っている余裕は無い。先にベッドだけ拭き掃除をした。困った事に使えそうな桶が無かったため、最初に飲み水を出す魔法で濡らした以外、汚れる度に共同洗濯場までダッシュだった。その所為で余分に時間が掛かったのは言うまでもない。

 なんとかベッドの雑巾掛けが終わって布団を買いに寝具店へと走った。その寝具店で値段を聞いて驚愕した。掛け布団、敷き布団、掛布、敷布の四点でもう八〇万円だ。高すぎるよ! だけど、他に手に入れる当てもないので諦めて買った。枕は諦めている。
 布団を自宅へと持って帰ると、直ぐにまた防寒着や着替えを買いに走った。服はもう古着で我慢したが、それでもシャツとズボンで一〇万円だ。別の店で買った防寒着の三〇万円と合わせると、たった三枚の衣類で四〇万円が消えた。日本の感覚からすると一〇倍以上の値段だから、もう頭がおかしくなりそうだ。
 ただ、シャツやズボンの値段からすれば防寒着は安いのかも知れない。表面に革、裏地にリネンを使い、間に羽毛を詰めたレザーダウンコートで、作りもしっかりしている。シャツの値段と比較すると一〇〇万円してもおかしくはなさそうに思える品だ。リネンの布地が高価だとこんな風になるのだろうか?
 その後、鍋や包丁などを買いに行った。やっぱり高かった。水桶を二つ、盥、大きめの鍋、小さめの鍋、フライパン、包丁、それとまな板代わりにできそうな板で六〇万円だ。こうなってくると、乾いた笑いしか出てこない。
 その他、細々したものを買い求めていったら、その細々したものだけで一〇万円を軽く超えてしまった。結局、全部で二〇〇万円ほどの出費になった。
 残りは三〇〇万円余りしか無い。ここから、営業許可証を得るのに一〇〇万円が掛かり、天ぷらを揚げる鍋や笊など、営業用の道具類を揃えるのもかなりの出費だろう。店舗の改装もしたかったけど、全然お金が足りない。開店するためにはもう少しお金を稼ぐ必要がある気がする。
 なんだか溜め息しかでなかった。掃除もしないといけないのだけど、今日はもう不貞寝である。
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