天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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二〇 美味しいことは良いことだ

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 また日曜日を迎え、今日こそはと港町を目指す。
 朝、早めに家を出て峠の入り口の村へと真っ直ぐに走る。街道は無視だ。峠は街道沿いに駆け抜け、前回折り返した海を望める地点を通り過ぎ、出口の村に至る。その村で港町がもっと北だと聞いて北上。小さな漁村に到着した。

 久しぶりの海。不思議と懐かしさを感じる。時間に余裕が有る訳ではないが、散策したい気分になった。
 そうして海岸沿いを暫し歩いて見たものは、紛う事無き昆布。至る所に打上げられている。テンションが上がった。近くにいた漁師さんに昆布を拾っても良いものかと尋ねてみると、村人が石鹸作りに使うくらいなので好きなだけ持っていって構わないとの答えだった。
 直ぐに綺麗な昆布をかき集めましたともさ。
 天日で乾かしたかったが、そんな時間は無いので魔法で温風乾燥させてしまう。乾いたら適当な大きさに切り、紐で縛って背負う。
 ふふふふふ、これで昆布出汁が取れる。
 漁村では捕った魚を干物にしているらしい。漁師さんが出来立ての干物を幾つかくれた。どうやら、あたしが物欲しそうに干物を見ていたからのようだ。ちょっと反省する。
 そして、市場が有るのはもっと北の港町だと言うことだったのでまた北へと走った。

 港町に着くと、そこは一面の雪景色だった。町の名はヘルツグと言い、クーロンスより少し小さい。港町と言っても客船の発着は少なく、殆ど漁港として機能していると言う。また、毛皮の産地でもあるらしい。
 目的の市場へと向かう。市場の場所を道行く人に尋ねつつ、ワクワクしながら訪れると、休みだった。
 そうだよ! 日曜日なんだよ! クーロンスでも市場が休みだけど、この町でも休みなんだよ!
 がっかりしてあたしは帰ることにした。

 帰りは道無き道を突っ切る予定だ。眼前に横たわる山脈は、南北には非常に長いものの標高は大したことがない。殆どの山は精々一〇〇〇メートルを超える程度だ。谷の部分ならもっと低い。
 山の麓の森の浅い所までは道沿いに進み、道が途切れた所からは本格的に山駆けだ。
 山の中に入ると、平野よりも更に雪深く、方向を見失いそうになる。晴れているから良いようなものの吹雪いたら大変だ。なんらかの対策が必要だろう。
 走る方は問題無い。元々、速く走るには地面を拘束魔法で保護しなくてはならないのだが、それと同じ要領が雪の上でも通じた。きっと水の上でも大丈夫だろう。
 山の中には魔獣がうようよ彷徨いている。獣が魔物になったら巨大化するのか、体長五メートルくらいの熊とか、一メートルを超える兎とか、どうにも縮尺がおかしい。自分が小さくなったような気分になる。時折、魔獣があたしに攻撃を仕掛けてくることがあるが、擦れ違うのは一瞬なので攻撃が当たることは無い。もし当たっても魔獣の方がダメージを負うことだろう。
 そんな巨大な魔獣達ではあるが、いつかのトカゲに比べると可愛いものである。

 魔獣を避けながら走っていても、出会い頭の事故というのはついて回るらしい。大きな牙を持った豚らしきものの首を蹴り抜いてしまった。生き別れになる豚の頭と胴体。やっちゃった感が半端ない。「生き別れ」の意味は違うけどね。
 その体長三メートルほどの豚を見ていると、ふと豚カツとか生姜焼きとかが頭に浮かんだ。だけど、自分で解体するには知識も何も無い。
 ポン。
 思い付いて手を叩いた。旦那さんならできるのではなかろうか。
 そうとなれば豚を担いで帰るのみだ。頭については何かに使えるかも知れない牙だけを折り取って持ち帰り、残りは捨てる。

 ヘルツグからクーロンスへの帰り道は一時間足らずだった。豚にぶつからなければもう少し早かっただろう。買い出しに往復すると考えると、約二時間掛かると思われる。平日の開店前に行く必要が有るために毎日は無理っぽい。週二回とすれば冷凍することも考えねばなるまい。
「あんた、それ……」
 門番が豚を見て絶句する。豚に驚いても豚を担いでいるあたしには驚かないところを見ると、この豚を担げる人は珍しくはないのだろう。少なくとも豚よりは珍しくない筈だ。現に、他の人も豚ばかりをほけーっと見ている。
「これですか? これはまあ、出会い頭の事故、みたいな?」
「あ、あ、ああ、そう言うことも、有るのか?」
 門番は最後まで首を捻っていた。だが、自らの業務を怠ることはなかった。プロである。

「参ったね、これは」
 おかみさんは、あたしが持ち込んだ豚を見て苦笑いをした。
「随分遠くまで行ってきたんだね」
「判りますか?」
「ああ、魔物化した牙豚なんて、東の山脈くらいでしかお目に掛かかれないからね。と言っても、普通ならお目に掛かるだけでも命懸けさ」
「あはは……」
 若干、冷や汗が出た。
「それで、これはお肉になりますか?」
「これは美味しいよ。その証拠に、ほら」
 おかみさんが親指で後ろを指差した。そこに居るのは、満面の笑みを浮かべて大きな包丁を抱えている旦那さんだ。笑顔がちょっと怖い。
 豚を担いで場所を町の外に移し、おかみさんが豚の皮を剥いだら旦那さんの無双が始まった。
 嬉々として旦那さんは包丁を振るう。血が滴り落ちる。眼の前が赤く染まっていく。酸っぱいものが込み上げてきた。
 ある程度馴れてきていたつもりだったが甘かった。眼を細めて見ないと耐えられそうにない。
 そんな最中、おかみさんが旦那さんに呼ばれ、何やら受け取ってきた。
「あんた、顔色が悪いよ?」
「ちょっと、解体って馴れなくて……」
「これの解体くらいでそんなに顔色を悪くするんじゃ、あんたは冒険者を辞めて良かったのかも知れないね。ほら、これ」
 おかみさんが、旦那さんから受け取ってきたものを差し出してきた。水の魔法で洗うと、色鮮やかなこぶし大の魔石だった。
「綺麗ですね」
「ああ、これはなかなか良いものだよ」
 旦那さんが包丁を振るう間に、移動の途中でおかみさんが声を掛けた業者も集まってきた。皮、牙、骨、肉など、部位毎に売るのだ。野次馬も多数集まっているが、彼らに何かを与えるつもりは無い。
 あたしの分のヒレ肉とロース肉各一キログラムほどと、旦那さんの手間賃としての肉を全部で一〇〇キログラムほど切り分けたところで豚の解体作業は全て完了だ。
 旦那さんは一度深呼吸をして爽やかな笑顔を見せた。何かをやり遂げた感の溢れる、とっても良い笑顔である。
 そして集まった業者へと販売した結果、全部で約三〇〇万円を手にすることとなった。魔石、枝肉、その他が、それぞれ約一〇〇万円ずつである。
 微妙だ。天ぷら屋をやっている意味を見失いそうになる。天ぷら屋は生計を立てるために始めたはずなのに赤字続き。一方で、出会い頭の事故みたいなものでの収入が大きい。
 べ、別に当たり屋じゃないよ?

 早速トンカツを食べたいところだが、卵とパンの買い置きが無いためにお預けである。
 だけど今日は干物も有る。
 夜になり、夕食として干物を焼く。香ばしい匂いが立ち籠める。漁師さんの自家用らしき干物は完全には乾いておらず、身が柔らかい。焼け目が付いていくにつれ、涎も出てきて止まらない。焼き上がるまでが随分長く感じた。
「ひゃーっ!」
 一口口に入れただけで思わず歓声が出た。この世界に来て初めての魚なので感動もひとしおだ。そうでなくてもこの干物は素晴らしい。漁師さんに感謝だ。
 大変美味しゅうございました。

 翌月曜日、朝食は昆布と干物のアラで潮汁を食す。醤油や味噌が有ればもっと良いのだが、塩だけでも出汁の味が身体に染み渡り、心が落ち着く。我ながら日本人だと思う。
 今日は残念ながらヘルツグには行かない。転ばぬ先の杖として、通話石をもう一つ購入する予定だ。市場は朝早くから開いているが、他の店はそこまで早くはない。だから、まずは卵とパンを買ってトンカツの仕度をする。
 後は揚げるだけにした後でギルダースさんの店へと通話石を買いに出掛け、戻ったら天ぷらとトンカツを揚げる。今日のトンカツはロース肉だ。
 ぱくり。
「うおっほっ!」
 美味しい! 熱々のトンカツは柔らかく、噛めば肉汁が溢れる。衣はサクサクで中はジューシー、食すほどに頬が緩む。今まで自分で料理した中で一番のトンカツであることは間違いない。
 酒場の賄いで食べて以来の肉料理。その余韻を感じつつ、開店である。
 間もなく、いつものようにメリラさんが来店した。
 ふっふっふっふっ、感動を君にも分けてあげよう。
 いつものように注文をするメリラさんにトンカツを一切れおまけする。
「これはおまけです。食べてみてください」
「そう? じゃあ遠慮無く」
 サクッ。もぐもぐもぐ。くわっ!
 メリラさんが目を見開いた。あうあうと、喘ぐようにこちらを振り返る。
「あ、あ、貴女ねっ! こ、こんなのを食べさせたって、お、お金なんて払えないわよ!」
「やだなぁ、おまけだって言ったじゃないですか。今日だけ常連のメリラさんへのサービスですよ」
「な、なら、良いんだけど……」
 えへらと笑うあたしを見て、メリラさんはホッとしたように溜め息を吐いた。
「感想を聞かせて貰って良いでしょうか?」
「それくらいなら良いわよ。美味しかったわ。今まで食べた肉料理で一番と言っても良いくらいにね。今の一切れだけで五〇〇ゴールド、いえ、一〇〇〇ゴールドを請求されても不思議に思わないわね」
「そうですか、ありがとうございますぅ」
 えへらと顔が緩むのが止められない。
「あ、貴女ね。顔が気持ち悪いことになってるわよ」
 メリラさんに少し引かれてしまった。

「貴女はさっきのトンカツを売るつもりは無いのね?」
 メリラさんは、トンカツをメニューに加えないのだと言うあたしに少しご不満のようだ。
「はい、市場では売っていない特別な肉なので、食材を安定して手に入れられるとも思えませんから」
「食材が手に入った時にだけ売ればいいのではなくて?」
「それだと、お客さんの方でいつ売っているか判らないので需要の予測が全くできないんですよ」
「予測?」
「はい。商品が足りないとお客さんが不満に思うし、逆に多過ぎると捨てることになって損失になりますから」
「そんなこと言っても、この店って毎日商品を余らせているじゃない」
「そうですね。だけど、もし店先にこの見本が見本ではなく唯一の商品だったとしたら、メリラさんは買うでしょうか?」
 あたしは、見本を指し示しながら尋ねてみた。
「……買わないわね」
「そんな訳で、お客さんが買いやすいように売れ残るのを覚悟して用意してます」
「なるほどね」
 納得したところで「勉強になったわ」と言い残し、メリラさんは帰っていった。
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