天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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三九 塩を求むは何ものぞ

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 チーズを仕入れた翌日は、ファラドナの商業ギルドへの登録と、屋台のレンタルだ。
 直ぐに借りられる区画にしたのだが、割り当てられた区画に案内されて行ってみれば、隅っこだった。前途多難だ。
 良い場所に空きは無く、空き待ちの希望者も多いため、空きができてもくじ引きになると言う。その時に行われるのは、新規かどうかは一切考慮されず、全希望者に公平なくじ引きだ。当然ながら、それで当選するのを待てる筈がなかった。
 借りた屋台を設置して一通り掃除すれば、ここでの作業は終了だ。

 掃除の後、雑貨屋に行って桶を買う。調理道具は嵩張るため、桶をクーロンスの家から持ち出すのを諦めたのだ。桶は人目に付かない所に行って洗った。
 まずは青果市場に行き、大豆、人参、玉葱、生姜を買い、続いて精肉市場で卵を買う。大豆は油を絞るためだ。
 オリーブオイルや菜種油は安いのだが、それぞれ少し問題が有る。
 オリーブオイルは、安いものだと濁っている。これは精製が不十分で、果肉などが混じっていることによる。こんな油だと毎日交換しなければならない。使い回したのでは、明くる日の薩摩揚げに変な焦げ臭さが付いてしまう。十分に精製された透き通ったものはそれなりにお高い。クーロンスで大豆を絞っていた時より高く付くのはいただけなかった。
 菜種油の方は、品種改良前のものだと大量摂取が身体に良くないと聞いたことが有る。お客さんには問題にならなくても、暫く薩摩揚げが主食になるだろうあたしには問題だ。
 次に魚市場に行き、試作用の魚を購入する。ボラ、シーバス、サメ、そして鰯だ。
 魚の下処理は、この町にも下処理サービスが有ったので、そこで身だけのフィレにして貰う。この町では市場から自宅が近いため、フィレになっていても大丈夫なのだ。下処理サービスを使うのは、ひとえに作業があたしより早いからに他ならない。

 家に戻ったら早速試作だ。
 まずは大豆油を絞る。大豆の値段がクーロンスの半分以下なのも、大豆油を使うことにした理由の一つである。
 ボラとシーバスを使った薩摩揚げは、今まで通りに作るだけで今まで通りの味になった。味が変わる方が怖い。生姜を粉末から絞り汁に換えた分だけ味が向上した気もする。ただ、旬を外せば生姜はやはり粉末を使うことになるので、絞り汁を使えるのは生の生姜が有る間だけだ。
 チーカマは、入れるチーズを変えて三種類作った。二種類のチーズ単独のものと、両方を入れたものだ。食べ比べてみると、似たようなチーズなのに微妙に味が違った。一つは尖った印象が有り、もう一つはぼんやりした印象が有る。図らずも、両方を入れたものが一番良い感じだった。若干手間は増えるが、二種類を入れるのに決定した。
 最後の鰯の薩摩揚げだが、材料は、鰯、玉葱、生姜の絞り汁、塩、卵だ。
 まず、鰯と玉葱を一緒に擂り潰し、塩と生姜の絞り汁を混ぜて練る。粘り気が出始めたら練るのを止め、繋ぎの卵を入れてよく混ぜる。それを成型して揚げれば出来上がり。玉葱を一緒に擂り潰しているのは、青魚はどうしても臭みが強いので、それを抑えるためである。
 揚げ上がりのパッと見は揚げ過ぎだ。揚げ色が黒に近い焦げ茶になっている。しかし、元々黒っぽい青魚を揚げているため、こんな色になってしまうのである。

 ぱくっ。もぐもぐもぐ。
 食べれば青魚のパンチの効いた味わいが口に広がる。揚げた香ばしさも加味されたことで、生臭さを殆ど感じない。上出来だ。
「うへへ」
 あたし自身は白身魚の薩摩揚げよりこっちの方が好みだ。
 今日はもう一度雑貨店に行き、明日に備えて麻袋を数枚買い込むだけで終了である。

  ◆

 また一夜明けて、塩作りに海に行く。クーロンスから持ち出してきた塩も心許なくなっているのだ。
 まずは荒野を抜け、田園地帯の南の海岸に出る。そこから海岸沿いを南下して塩作りに適した場所を探す。安心して塩作りをするには、周囲二〇キロメートル程度の範囲に町や集落が無い方が良い。そう考えると案外良い場所は無いもので、結局は、三〇〇キロメートル近く南下した所にある砂漠地帯に程近い海岸になってしまった。
 海岸の岩場で適当な大きさの石を三つ拾い、水の刃と竜巻を組み合わせた魔法を使って抉って石鍋にする。以前ならこんなことは出来なかったのだが、毎日の家事や商品作りに魔法を使っている内に色々出来ることが増えたのだ。
 拘束魔法の何とか養成ギプスのような効果も未だ健在である。そうして日々腕力が向上するため、自分に掛ける拘束魔法も徐々に強めている。その結果、拘束魔法もまた強力になっていっている。このことに若干の不安を感じない訳ではないが、いつか頭打ちになると信じて考えないことにしている。不思議なことに、腕力が向上しても筋肉は付かないので、どうにか自分を誤魔化せている。
 石鍋を作り終えたら、砂浜へと場所を移す。そこで以前やったように塩と苦汁を作るのである。

 一日掛けて精製した塩を抱えて荒野をひた走る。調子に乗って塩作りをしてしまい、少々遅くなってしまった。少し焦っている。
 その焦りのためか、事前には全く気付けなかった。突然目の前が真っ暗になったのだ。直後、「ぶよん」と「じゃりっ」が入り交じったようなものを突き抜けた。何か粘っこいものが絡みついてきてもいる。
 足を止めて顔に付いた粘っこいものを手で拭ってみると、何かの粘液だ。少し口にも入ってしまい、やたらにしょっぱい。直ぐに手と顔を洗って口を濯いだ。魔法が有って本当に良かった。
 荷物をざっと確認すると、折角作った塩を入れた袋も粘液に塗れ、染みている。とても袋の中の塩を使う気にはなれない。
 なんたることか!
 走ってきた方を振り返ると、遠くに、イソギンチャクの触手を持つ巨大なヒル、と言った見た目の魔物がのたうっていた。暫く見ていると、のたうつのを止めてこちらに向けて這ってきた。それが妙に速い。今や亜音速で走るあたしと比べれば遙かに遅いが、馬より速いのは確実だ。
 近付いてくる魔物はとっても気持ち悪いが、一つ確かめねばならないことが有る。そう、身体に掛かってしまった粘液が奴のものかどうかだ。奴のものでなければ、一体粘液がどこから出てきたのかと言う疑問が残るが、奴の気持ち悪さからすると違うものであって欲しいと願う気持ちもかなり有る。
「ひいぃぃぃ!」
 近付いてくる程に気持ち悪さが増大する。
 蛇のように身体をくねらせながら進む、奴の頭が向かって右に振れる度、ぽっかりと空いた穴が見える。その穴は目に見えて塞がりつつあるので、穴が空いたのはついさっきのことだ。そして、奴の頭が逆に振れる時に穴は無い。これの意味するところは、走っているあたしを奴が飲み込んだのだ。とんでもない早業である。
 そして、身体に掛かった粘液が奴の体液であることに疑問を挟む余地は無かった。ほんとに気持ち悪い。
 粘液のしょっぱさからすると、あれが話に聞いた塩蟲だろう。亜音速の相手を捕食できるのだから、普通の人が奴の傍を通ると一溜まりもない。ただ、地面を這って近付いてくるところからすれば、地面の中を移動するようなものではなく、近くさえ通らなければ大丈夫そうでもある。
 だが、そんな考察よりも差し迫っての問題は、迫ってくる塩蟲だ。どうせ捨ててしまう塩をこの場にぶちまけて少し距離を取る。
 するとどうだろう。塩蟲が塩をぶちまけた場所に達した途端、地面に齧り付いた。塩を土ごと飲み込んでいく。ミミズみたいな奴である。その姿は何やら嬉しそうにも見えるが、一日を徒労に終わらされたあたしからすれば、イラっとくる姿だ。
 燃やしちゃおっか? うん、燃やしちゃおう。
 一瞬の自問自答で決めた。
 火の玉を出して塩蟲へと投げつける。火の玉は塩蟲に接触した途端、爆炎となって天をも焦がす。
 少しだけすっきりした。

 暫くして火が消えると、うずたかく塩が残されていた。その量は明らかにトンの単位だ。
 この量からすると、塩蟲から塩を採ろうとしたラジアンガの先人の気持ちも判らなくはない。しかし、この粘液を考えるとどうだろう。
 そんな詮無い考えに耽っている僅かな間に、周りに蠢くものが集まってきていた。
「ひえぇぇぇ!」
 それに気付いてまた変な声が出てしまうが、蠢くもの達はあたしに目をくれることは無い。真っ直ぐに塩の山へと突き進んでいる。
 やがて、大小取り合わせて一〇匹は超えているだろう塩蟲が、塩の山で踊り狂い始めた。
 スパ、スパ、スパッ。
 反射的に風の刃を飛ばして切り刻んでしまった。しかし、塩蟲の破片の多くはいつまでも蠢いたままだ。有ろう事か、それぞれに再生を始めている。
 増えた!
 これはいけない。だから、また燃やすことにした。そして残されたのは、更に大きな塩の山である。

 しかし、それでまだ終わりではなかった。更に多くの塩蟲が群がってきたのだ。
 どんだけ多いんだ!
 流石に付き合いきれないので、あたしはその場を逃げ出した。
 帰り着いたら、念入りに洗濯と入浴である。

  ◆

 明くる日は、再度塩作りだ。
 その帰り道、昨日の轍を踏まないよう、荒野では進行方向の地面を左右二〇メートルずつの幅で耕しながら走った。何匹か掘り当ててしまった塩蟲を燃やしたのは言うまでもない。
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