天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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五〇 凍る心が融ける時

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「お金を稼がなきゃ」
 ルーメンミを発ってから一年半ほどが経っている。そんな今日、あたしは塩の入った麻袋を抱えて一つの町へと入った。通行税の一〇〇〇円を支払ったので、残金は一五円だ。塩が売れなければ、獲った魚介類を焼いて食べるだけの食生活を続けることになる。
 あれからずだ袋も手放してしまい、いつからか口癖が「死にたい」になってしまっている。

 迷宮の攻略後、あたしはガベトラーから隣国のミオイドマへと入った。
 そしてまず酒に溺れた。酔っていれば辛いことを思い出さずに済んだ。だからひたすらに呑んだ。
 しかし、ある時から全く酔えなくなった。アルコールを腸が吸収しないのか吸収した端から分解してしまうのかは判らないが、全くアルコールが効かなくなった。
 そうする間も、一箇所に留まるとまた変な輩に絡まれるのではないかと言う恐怖に駆られ、常に移動を続けた。
 ミオイドマの隣国ノアエールへ入る頃には麻薬にも手を出したが、酒と同じ結果になった。
 更にその隣国イクリューテスに入る頃には賭け事に手を染めた。賭けている間だけは賭のことに集中するため、辛いことを思い出さずに済んだ。だから次々に賭けた。勝つことも有ったが、負ける方が多い。迷宮で得た魔石は、あっと言う間に全て賭け事に消えた。
 それでも賭け事を続けてしまった。タパランクスに入った頃には賭の資金のため、あるいは借金の形に、ずだ袋の中身を一つ、また一つと手放した。そして最後に残ったずだ袋を手放した時、あたしは喪失感と絶望に襲われ、死ぬ決意をした。
 しかし死のうと思っても死ねない。首を吊るような行為は拘束魔法に阻まれて無駄だ。フグの肝を食べても二、三日のたうつだけで死ねなかった。そしてその後は毒耐性が付いたのか、毒が全く利かない。その結果として、残されているのは老衰か餓死だ。
 クーロンスに戻ろうかと思わなかった訳ではない。だが、おかみさんや旦那さんにどんな顔をして会えば良いと言うのだ。厳しくされれば辛い。だが優しくされても居たたまれなくなるに違いない。それ故に足を向けることができなかった。
 老衰には先が長い。だから餓死を選択しようかとも考えたが、あたしには空腹への耐性が全く無いらしい。
 空腹であれば食べずにはいられない。そしてお金が無ければ、食べられるのは自分で獲ったものだけだ。結果的にお手軽な魚介類のみの日々となる。
 しかし、魚介類だけだとどうしても飽きる。だから他の食材を得んがため、獲った魚を通行税のいらない村で売って麻袋を買い、塩を作った。そしてこのズアルソスと言う国のウェーバルと言う町で売りさばこうとしているのだ。

「ギルド証も検査証も持ってない奴から塩なんて買える訳ないだろ! とっとと帰んな!」
「ごめんなさい」
 これで何軒目だろうか。塩を持ち込んだ商店や飲食店で、悉く罵倒されてすごすごと引き上げるのは。だが、凍り付いた心は何の痛痒も感じない。
 原因は判っている。塩蟲が残した塩だ。毒を含んだ塩を検査もせずに流通させる悪質業者が居ると言う。早ければ三ヶ月もする間に中毒症状が出て、場合によっては死に至るのだから大混乱になっている。
 塩蟲が生息していたガベトラーやミオイドマだけならまだ良かった。しかし、そこから遠いタパランクスなどでも塩蟲産の塩が出回るに至り、各国商業ギルドが検査証を発行するようになった。
 本来であれば、商業ギルドに登録して塩の検査もして貰わなければいけない。それ以前に商業ギルドに売ってしまえば良いだけだ。だけど、あたしにはギルドに登録するお金は無い。魚を売っても大量に売れることは無く、収入は一日に数百円が精々だ。だから闇塩のようなやり方を採ってしまった。
 あたしって本当に馬鹿だ……。
 こんな方法では売れる筈がないのは判りきっていたことだ。だから次の店で最後にしよう。
 目に入った店は、クーロンスのあたしの店に雰囲気が似ている気がする。だから入ってみたくなった。

「いらっしゃいませ」
「すみません。客ではないのです。店長さんはいらっしゃいますか?」
「店長は私ですけど……」
 聞き覚えの有る声をした女性の店長さんだった。そして彼女は何故かカウンターから出てきた。綺麗なおみ足だ。
「それは失礼しました。実は塩を買っていただけないかと思いまして」
「チカ?」
「いえ、チカではなく、塩なんですが」
「何を言ってるの? あなた千佳でしょ? 天ぷら屋の千佳!」
「あ、あの、あたしの事をご存じなのですか?」
 こんな所に知り合いなんて居ない筈だけど……。
「やっぱり千佳なのね? 貴女どうしてこんな所に居るの!?」
「え、あ、あの塩を……」
「もう塩はいいのよ! ちゃんと前を見なさい!」
 言われて気付いた。あたしの視界に入っているの女性の足だけだ。ずっと下ばかりを見ていた。
 重く感じる首を上げる。女性の腹が見え、大きな胸が見え、首が見え、そして……。
「メリ……ラ……さん?」
「そうよ! 私よ!」
 確かにメリラさんの顔、メリラさんの声だ。ずっと聞きたかった声の筈なのに、何故あたしは気付かなかったんだ……。
 いや、理由は判っている。今のあたしの姿をメリラさんに見られたくなくて、頭が拒否していたのだ。
「ごめんなさい。お騒がせしました」
 あたしは恥ずかしさのあまり、店を出て行こうとした。
「待って! お願いだから、待って!」
 メリラさんの絶叫に、足が動かなくなった。
「そんな形をした貴女を、このまま行かせる訳にはいかないわ!」
 そう言われれば、最近は洗濯をさぼり気味だった。
「だけどメリラさんにご迷惑が……」
「そうよ! このまま出て行かれたら迷惑よ! 貴女のことが心配で夜も眠れなくなるじゃない! だから私のことを少しでも思ってくれるならここに居て! お願いだから居て!」
「判り……ました……」
 少し涙声になっているメリラさんの声に、あたしは頷くしかなかった。

「お店、開けたんですね」
「ええ。内の旦那様がやりたいならやってみればいいとお金を出してくれたのよ」
「いい旦那様なんですね」
「そうね。私には勿体ないくらいね。結婚を渋っていたのが馬鹿みたいに思える素敵な人よ」
「それはおめでとうございます」
「ありがとう。さあ、これがこの店の商品よ。食べてみて」
 奥に通され、テーブルに着いているあたしにメリラさんが持ってきたのは、豚カツ、チキンカツにから揚げだった。チーズの有無や味付けの違いでのバリエーションも有る。
「これは……」
「判る? 貴女が作ってくれたものを再現したの。貴女が作ったものにはまだ及ばないんだけどね」
「いただきます」
 豚カツを食べてみると、火はしっかりと通っているのに肉は軟らかく肉汁が溢れてくる感じがする。とても美味しい。
 チキンカツやから揚げも美味しく、味のバリエーションもそれぞれに美味しい。
 メリラさんの料理の腕は本物だ。あたしが作った料理を食べただけで再現しただけでなく、彼女自身のアレンジも加えて洗練されている。
「美味しいです。これならあたしが作ったよりも美味しいです」
「そうかしら? 馬車で食べたものはもっと美味しかったと思うけど」
「それは、初めてのもので印象が強かっただけかと」
「そう言うものかしら?」
 メリラさんは腕を組んで首を傾げた。
「だけど、何故豚カツだったんですか?」
 少し責めるような声音が混じってしまった。こんな店が有ったのでは、あたしがまた店を開こうとしてもこの町では無理だ。そんなあり得ない仮定をしてしまったのだ。
 そんなあたしに、メリラさんは険しい顔になった。そりゃ怒るよね……。
「貴女を忘れないためよ」
「え?」
 予想外の答えだった。
「この料理を作り続ければ、貴女を忘れないで済むわ。この店もそう。思い出せる限り、貴女の店に似せたの」
「あ……」
 涙が出てきた。譬え嘘であっても嬉しい。
「そんなお店で、貴女がやっていたように、のほほんと客を迎えるのが理想なの」
「のほほんですか……」
「そうよ! 貴女はのほほんとしてなきゃいけないのよ! なのに、何でそんな消え入りそうな顔をしているの!?」
「そう……」
 見えますか。と言う部分は言葉にならなかった。メリラさんの目から零れるものに心を奪われたのだ。
「だから話して。お店が成功寸前だった貴女が、何故こんな所でそんな死人のような顔をしているのかを」
「はい……」
 あたしを見据えるメリラさんの目には有無を言わせぬ力があった。
 あたしはその目に促されるままに、今までの事を語った。

 話し終えた時、メリラさんに優しく頭を抱き締められた。そして、メリラさんの嗚咽が聞こえた。
「いいわ。貴女一人の面倒くらい私がみるわ。だからずっとここに居て頂戴」
「でも……」
「お願い」
 懇願するべきはむしろあたしなのに、何故かメリラさんが懇願してくる。それと共に、彼女の暖かい心があたしの凍った心に染み込んでくる。
 この女性と一緒に居たい。そう感じた。
 そして彼女の言葉に肯定を返そうとした瞬間、世界が揺らいだ。
 ぐおん。そんな音が響いた気がする。
『愚かな人間共よ! まずは六つ目の迷宮の攻略をおめでとう』
 頭の中に声が響いた。
『だがしかーし! 邪神復活の阻止だなんて真っ赤な嘘よーん』
 一瞬でイラっとした。
『迷宮が最後の一つになった時にぃ、破壊と創生の神、つ・ま・り、このあたしが顕現するのが真実だったのよぉ。プーックスクスクス。そしてこの世界を全て破壊して新たに創生するのがあたしのお・し・ご・と。あーっはっはっはっ! ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? 徒労だったのを知ったのはどんな気持ち?』
「この声!」
 ガタン。
 思わず立ち上がって右手を胸の前で握り締めた。
「え?」
 メリラさんが呆然とあたしを見ていた。そして彼女の顔は次第に驚愕のものへと変わった。
「何故!? 今ので、何故貴女がやる気満々になるの!? さっきまでの死人のような顔は何処に行ったの!?」
「えーと、もしかすると知っている相手かと……」
 そうこう話している内に俄に外が騒がしくなったので、メリラさんと共に外に出た。
 すると遠くに人影が見える。足下は地平線に隠れていて、頭は雲よりも遙かに高い。
『でも安心してねぇ。迷宮が全部揃ったら神々の最終決戦になってぇ、地上が破壊されるのは一緒だったんだからぁ。だけど、チャンスはあげるわよぉ。一ヶ月以内にクーロンスの迷宮に居るあたしを倒せたら、破壊は免れるからねぇ。それじゃあ、せいぜい頑張ってねぇ』
 愕然とした。あの糞女神に間違いない。
 そもそもあいつがあたしをこんな世界に連れてきたからおかしくなったのだ。文句の一つも言ってやりたい!
「あんの、糞女神!」
「あれが何者か知ってるの!?」
「少し因縁の有る相手です」
「因縁って……、そんなので、何で貴女は元気になるのよ!?」
 そう言って少しむくれるメリラさんは愛しげだ。
 ああ、この女性だけは守りたい。
 だけど、この女性の生活も守らなければ意味が無い。即ち、それはこの世界の今を守ることでもある。
「あたし、行きます」
「待ちなさい!」
 踵を返したところで、メリラさんに呼び止められた。
「でも……」
「もう、一分一秒を争う訳じゃないでしょ? それに、いくら貴女でもクーロンスに行くにはそれなりにお金が必要なのではなくて?」
「あ、はい……」
「まったく、迂闊さは相変わらずね」
「あはは……はあ、すいません」
 顔が熱くなってしまった。
「とにかく、貴女の持ってきた塩を買い取るわ。それなら貴女も心苦しくないでしょう?」
「それは、はい」
「だけど一応、どうやって手に入れた塩かは教えて頂戴」
「この塩は海水からあたしが作ったものです」
「そう。それなら安心して使えるわね」

 店に戻ると、メリラさんは塩を確認して一舐めし、満足そうに微笑んだ。そして、一〇万円を差し出してきた。
「こんなに?」
「いいから、持って行きなさい」
「ありがとう、ございます……」
 何だか、涙が出てきた。
「もう、何泣いてるのよ」
「すみません……」
「それと貴女、洗い場を貸してあげるから、その薄汚れた身体と服を洗いなさい」
「はい」
「いい? 一時間は掛けてゆっくり洗うのよ?」
「はい」
 メリラさんの言う通りにしなければいけない気がした。
 魔法を使えば、洗濯も身体を洗うのもそう時間は掛からない。残った時間は魔法で出したお湯に揺蕩って過ごすことにした。
 風呂桶は無いので水の塊を魔法で維持している。一見、透明な水槽に浸かっているように見える筈だ。
 暖かい。
 口から出る空気の泡を見詰めながら、迷宮以降、同じ事をしても感じる事の無かった暖かさを感じた。

 小一時間が過ぎて洗い場から出ると、メリラさんが待っていた。
「その顔だと、やっぱり行くのね?」
「はい」
 メリラさんの目を見て、はっきりと答えた。
「そう。それならこれを持って行って」
「これは……」
 メリラさんが差し出してきたのは、木皿に盛られた揚げ物だ。揚げ立てのものも有る。
「いつかのお返しよ」
「ありがとう……」
 また涙が出てきた。
「もう、馬鹿ね。何泣いているのよ?」
「すみません。大事に食べます」
「大事にせずに、なるべく早く食べてね?」
「あ、そっか」
 たはは、と笑うと、メリラさんに「もう」と呆れられてしまった。
「それより、貴女が作った料理と味が違う理由が判ったわ」
「はい?」
「貴女、クーロンスでも自作の塩を使っていたんでしょう?」
「あ、はい」
「やっぱりね。塩の味の違いが出来上がった料理の味の差になっていたのね」
「たったそれだけですか?」
「ええ、貴女の持ってきた塩を使ったら、それだけで味が近付いたわ」
 どうやら、揚げ立てのものはあたしが持ってきた塩を使っているらしい。一時間以上と言われた理由が判った。
「そんなことも有るんですね……」
「ええ、だから貴女の味を再現してみせるわ。だからまた食べに来て頂戴」
 ……。あたしは答えることができなかった。
 そして、答えられないあたしを見て、メリラさんも目を伏せてしまった。

「それでは、あたしは行きます」
「そう、お別れは言わないわよ」
 メリラさんは軽く瞑目した後、店の前まで見送りに出てくれた。
「またね」
「メリラさん、ありがとうございました」
 あたしはメリラさんに深くお辞儀をし、クーロンスへと旅立った。
 メリラさんごめんなさい。きっともう会えない……。
 そして、この日に食べたから揚げと豚カツの味を、きっと一生忘れない。
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