天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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 ほんとにおかしなだったよ。
 馬鹿な娘でもあったね。馬鹿な子ほど可愛いって、あんな娘の事を言うのかも知れないね。
 何より、生きるのに不器用な娘だった。

 初めて会ったのは、あの娘が内の店に冒険者ギルドへの依頼に応募してやって来た時さ。
 男みたいな格好をしていて、メニューは読めないのに不思議な文字は書く。何より力を持て余している感じで危うい。
 だからピンと来たね。この娘は異世界人だってね。エクローネから異世界人の話は聞いた事はあるけど、関わり合いも無くて半信半疑だった。だけどあの娘を見れば、そう思うしか無かったよ。
 本当に危なっかしかった。譬えて言うなら、抜き身の剣を赤ん坊が首からぶら下げて歩いているようなもんさ。いつ、本人が怪我するか判らないし、他人を怪我させるか判らない。
 一度、あの娘の尻を触った馬鹿に手が出そうになっていた時には焦ったものさ。
 だから使い古しのナイフを一本やって、使い方の手解きをしてやった。予想はしていたけど、ナイフの持ち方も構え方も振り方もまるで素人だった。どんなお気楽な世界で暮らしていたんだろうね。
 そして、手を出す前にナイフを出すように言ったんだけど、結局一度もナイフを出す事は無かったんだろうね。後日、道端で馬鹿共に絡まれていたのを見掛けた時は、やっぱり手で殴ろうとしていたからね。

 それから暫くは、着替えが無いと言うから服を貸したり、簡単な魔法を教えたりしただけで、特には何も無かった。服を貸したりした代金は取ったよ。貸し借り無しにしていた方が、何か有ってもお互い後腐れが無いからね。
 ただね、日が経つにつれてあの娘が自分の力に馴染んで来たのは良いんだけど、逆に追い詰められるような顔をする事も多くなった。聞けば、防寒着を買う金が足りないって話だった。いざとなればあたしが買ってやろうかとか、それよりお金を貸して返して貰う迄内の店で働いて貰うかとか色々考えたもんさ。

 それが一変したのはドラゴンが出た時だ。エクローネとギルダースが向かった先にドラゴンは居らず、あの娘の前に現れたらしい。
 その時は、あたしにも「ドラゴンが襲って来た」と呼び出しが掛かったから出ようとしたら、「間違いだった」と直ぐに取り消されたんで、あの娘がドラゴンを抱えて来た現場には行っていない。当時のギルド長があたしを煙たがっていたのを知っていたから、極力関わらないようにしていたためもある。
 こればっかりは、「行ってれば」と少し後悔の種になってしまった。客の噂話で、あの娘がドラゴンを売って三億ゴールドを手にしたって聞いていただけの時は、慎ましい娘だと思っただけだったんだけど、本人から三〇〇〇万ゴールドしか受け取ってない事を聞いて仰天した。契約書を見せて貰って話を聞けば、ギルドぐるみであの娘を騙そうとしていたとしか思えない内容だった。ほんと、あの時は頭に血が上ったよ。
 あの娘も迂闊だったのは確かだから、補償については金が足りないと言うエクローネの言い分をそのまま了承したけど、あの娘はそれを断っちまった。事件の内容を公表するのが条件だって言ってたけど、それじゃギルドはお咎め無しなのと大差ないし、あの娘が辛いだけになる。だからギルドがあの娘の家の改装をするように提案すると、あの娘も受け入れてくれて、少しだけほっとした。

 それでどうにかあの娘とギルドとの縁も繋いだつもりだったけど、あの娘がギルドと絶縁するのを僅かに先延ばししただけだった。
 左大臣の一存で決められたギルド長の後釜が酷すぎた。クワンザムが来た時は、まだ左大臣の不正の証拠を集め始めたばかりで、左大臣に強く反発する訳にもいかなかった。だからクワンザムとか言う輩を受け入れる事になったんだけど、その時はそいつがあの娘を権力で縛り付ける為にあの娘の家を壊そうと迄するとは考えもしなかった。
 事件が明るみに出た時点でギルダースの一存で解任したみたいだけど、エクローネが一時的にでもクワンザムに加担した事で、あの娘からすればギルド全てが敵だと見えても仕方がなかった筈さ。エクローネはクワンザムがあの娘を脅迫しようとした時点で止めに入ったらしいけど、あの娘からすれば今更の事だっただろうからね。
 その一件で、あの娘はギルドやエクローネから完全に決別してしまった。

 少し時間を遡って、あの娘の店の商品を試食した帰りの事、旦那が不穏な事を言った。
「千佳は失敗するね」
「縁起でもない事を言わないでおくれよ」
「やろうとしている事は興味深いんだけど、売り方にも品物にも少し問題が有るんだ」
「え?」
「だけど、一度は失敗の経験もした方がいいから、一ヶ月は口出し無用だよ」
「そんな!」
 旦那の言葉に驚いて振り返ってみると、あの娘と目が合った気がした。

 一ヶ月は長かったねぇ。惚れた弱みで、あたしは旦那の言い付けに背いたりなんて出来やしない。途中で旦那に「様子を見て来てもいいだろ?」と願ってみたけど、「きっと千佳に掛かりっきりになって、こっちの店が疎かになるから駄目」なんて言われたら断念するしかないじゃないか。あたし自身、そうなりそうな気がしたんだから。
 一ヶ月経ってあの娘の店に行ったら、旦那の予想通りに上手く行ってなかったみたいだけど、案外元気そうにしていて安心した。売れ残りを不思議な方法で乾かしていて、それが結構美味かったからギルダースの店に売るのを提案すると、あの娘も頷いたんで張り切って交渉してやったさ。割りと良い値段で売れたから良かったよ。こうして売れ残りを売る事が出来るなら店も安泰さ。梃子入れも考えていたみたいだしね。

 多少の紆余曲折は有りながらも店が上手く回り始めていたのに、あの阿呆が来た。あの娘を配下に加えたいなんて言い出す始末さ。あの娘はギルドのランク3を蹴ってでも、他人の都合で人殺しの真似をする可能性を避ける位だから、兵士になんて成りはしない。それに、左大臣を調べていく内、当時は王太子だった第一王子を担ぎ上げて反乱を企てているのが判ってきていた。当然あたしは匿ったさ。
 だけど間もなく左大臣があの娘の拉致を画策した。隷属の首輪まで用意していた。その確証を得たのは実行当日だ。直ぐにあの娘に連絡を取ろうとしたけれど、店に行っても留守、通話石にも応答無しで連絡が取れなかった。まごまごしている内に左大臣がクーロンスに到着し、左大臣の配下の兵士が内の店にもやって来た。旦那も守らなきゃいけないあたしは店に足止めされた格好だ。あの娘がのこのこ左大臣に付いて行ったりしないように願ったものさ。
 暫くして、左大臣は町に散らばっていた兵士達を撤収させ、命令に背いたと言う兵士達を処刑しようとしていた。だけど、戦時ならともかく、平時に左大臣が勝手に兵士を処断するなど許されはしない。あたしは止めに入って兵士達を預かる事にした。
 あたしはその兵士達と門番の話で、あの娘がクーロンスを離れた事を知った。結果的にあの娘が望まなかった事と、左大臣の命令に背いた兵士達のお陰で事無きを得た訳さ。そして、それからのあの娘の行方は全く判らなかった。

 ある日、ミクーナと言う娘がひょっこり現れた。何でも、あの娘の事を知っていると言う。ミクーナから聞いたあの娘はここに居た頃と何も変わってないようだった。それは安心もあったし心配でもあった。でもその後の行政官絡みの話を聞くと、心配だけになってしまった。

 それから一年以上が経ち、破壊神から世界の終わりが告げられた次の日の夕方、あの娘が帰って来た。前と変わらぬ様子への安堵と共に、その時に帰って来た事に不安を感じた。
 いや、不安じゃないね。確証だね。一瞬、追い返そうかとも思ったけど、それだとあの不器用な娘が悲しい思いをするだけだから、歓迎するしかなかったよ。
 一緒に夕食を食べ、話をした。あの娘の話を聞いていると心が痛くなっちまった。何でああも不器用だったんだろうねぇ。
 翌日にはあたしは討伐隊の一員として出発するから、あの娘と過ごすのは翌日の朝までしかなかった。だから内に泊まらせた。
 その最後の夜、あたしはあの娘の事が頭をぐるぐる回って寝付けなかった。旦那を起こさないように寝台を抜けだして店の中であの娘の事を考えていると、ただただ涙が出てきた。そうしたら、いつの間にか旦那がやってきていて慰めてくれた。本当に旦那には敵わない。
 だけど、そこを見られたのかも知れないね。翌朝あの娘が居なくなっていた。
 慌てて探し回っている最中にエクローネに会って話をし、もしかしたらとあの娘の家に行った。
 そこに有ったのはあたし宛のあの娘からの書き置き。
 泣かないでってあんたこそいつも泣いているんじゃないか! ほんとに馬鹿な娘だよ!
 あの娘を早く追いたかったが、人は多くなれば簡単には動けなくなる。討伐隊はかなりの人数になっていたため、一日目は迷宮傍の集落までの移動をするだけの予定だった。そしてその通りにしかできなかった。
 だけど、そのお陰であの娘の姿が見られたんだから、悪い事ばかりでもなかったって事さ。

 その夜、何だか騒がしいから外に出てみると、大陸中央の方角に巨大な破壊神とあの娘の姿が有った。そこで語られたあの娘の話は耳を塞ぎたくなった。だけど、平手打ちの応酬になった時にはちょっと呆れた。
「何だい? あの子供の喧嘩は」
 思わずそんな言葉が口から零れてしまった。
 その後、一度破壊神とあの娘が消えて暫くしてまた現れた時、何だか仲良くなっているようだった。一体何が起きたのかは判らないけど、光になって消える前のあの娘は笑っているようだったから少しだけ安心した。

  ◆

 あの娘はきっともう帰ってくる事は無い。待つ事ができないのは少し寂しくもある。
 だけど、エクローネがあの娘を待ち続ける姿を見るのも心が苦しい。

 なあ千佳? あんたは今笑えているかい?
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