天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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サイド

メリラ

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「結婚相手なんて勝手に決めないで! 私は商売をしたいの!」
「そんなに言うなら一年間の猶予をやろう。それで結果を出せなければ嫁ぐんだ。良いな?」

 そんな親子喧嘩から半年を過ぎ、私は焦っていた。
 以前から資金は溜めていたものの、実際に店を開くには心許ない額でしかなかった。失敗はできないのだから出来る限り貯めておこうと働く毎日だ。それも短期間で辞められるような仕事にしか就く訳にいかず、収入は多くない。
 その上で出店の計画を練っていたのだから、遅々として進まなかった。特に問題なのが店舗の構造だ。私が得意な料理の腕を活かし、持ち帰り専門の料理店を営むのが私の構想だったが、今までに無かった形態の店だけに、どうにも漠然としてしまっていた。そのため、時間が有る限り、参考になるものを探して色々な店舗を見て回っていた。

 そんな中でふらりと立ち寄ったのがあの人の店だった。
 中に入って直ぐに「これだ」と確信した。カウンターはガラスのショウケースも兼ねていて、残っている商品の数も一目瞭然だ。ガラスが有るので客に商品を弄り回される事も無い。そして注文に応じて直ぐに商品を取り分けられる。
 ガラスは高価なので、手持ち資金では最初から入れる事は出来ないが、形態だけは整えておいて後でガラスを入れるのでも構わないだろうと考えた。
 ところが、そこで売っていた商品にはがっかりした。野菜料理なんて誰も買わない。普段に食べているのが芋やとうもろこしやその他の野菜なのだ。それをいくら料理しているからと言って、素材を買うのと比べて三倍もの値段では、殆どの人は手を出さないだろう。
 だから思わず駄目出ししてしまった。
 だけどあの人はそれで怒るでもなく試食を勧めてきた。折角だからと食べると美味しい。味付けは塩胡椒だけなのに、油を使っているだけでこんなに違うものなのかと驚きもした。
 この時の私は揚げ物をよく知らなかった。クーロンスでは油が高価過ぎて、炒め物に使われるのが精々だったのだ。だから、あの人の料理が揚げ物である事も判っていなかった。
 この味をもっと知りたいと言う思いもあって、それを購入する事にした。その時、あの人が商品を包むのに使ったのは何かの粉を焼いたものだった。しかも食べられると言う。そのため、一緒に売っていた紙袋も買った。
 そして店を出る前、少し悔しい気持ちも有って憎まれ口を叩いてしまったのだけど、あの人はそんな事を全く気にしていない様子でお礼だけを言ってきた。そうしたら色々綯い交ぜになって笑いが込み上げてしまった。
 そして願ったのだ。この人と友達になりたい、と。

 それから足繁く通ったのだけど、他に客を殆ど見る事が無い。それなのにあの人ったらのほほんとしている。
 その事に若干の苛立ちも有って、時々あの人に駄目出しをしたりしたのだけど、今考えると顔から火が出そうな程に恥ずかしい事も言った気がする。だけどあの人は聞いていないようで聞いていて、丁寧に答えてくれた。中には「それは大丈夫です」と言い張るだけの場合も有って、その時は全く意味が判らなかったが、魔法の事を隠したかったのだろうと、今なら判る。
 あの人の店の経営の分析もした。分析すればする程その異常性が見えてきて愕然とした。商品価格に光熱費が含まれているようには見えない。油もかなり安く見積もられている。そう考えるしかない商品の値段だったのだ。いくら野菜料理で品数も少ないとは言え、売れなければおかしい。それなのに客は殆ど来ない。
 それは私自身の計画を頓挫させるのに十分だった。
 それからはもう、あの人の店に入り浸った。のほほんとしたあの人と居ると心が安まる思いがした。考える事も、あの人の店を如何に成功させるか、に偏っていた気がする。それでも一応私の計画も悪あがきだけはしていたつもりだった。ただ、節約を言い訳にしてあの人が使っているクレープを如何に美味しく食べるかを研究していた位だから、ほんとにつもりでしかなかっただろうと思う。

 約束の期限はどんどん迫っていたが、あの人にはずっと言い出せずにいた。やっと告げられたのは出発の前日だった。
 するとあの人が「出発前に一度来て欲しい」と願うので、私は頷いた。
 翌日の出発前にあの人の店を訪れると、袋に入った大きな皿を渡された。あの人が作った料理だ。
 ぼろぼろと涙を流すあの人見ると別れが辛かった。これで終わりにしたくなかった私は、別れの言葉は言わない事にした。そして見送らないようにとも言った。
 だけどやっぱり見送りに来てしまった。馬車の窓から見えたあの人の姿は今でも目に焼き付いている。

 一年近く掛かった旅は、全てが平穏と言う訳にもいかなかった。魔物が襲ってきた事も有ったが、一番危なかったのは盗賊が襲ってきた時だった。命の覚悟さえしていた時、「ここは何処ーっ!」と叫ぶ声と共に一人の女性が現れて助けてくれた。あの人よりも不思議な女性だった。

 旅が終わり、旦那様候補と初めて対面した時、若干の既視感を覚えた。
「何処かでお会いしましたか?」
「憶えていてくれたのですか!?」
 相手は私の事を知っていた。聞けば二〇年も前の幼い頃に会っていたのだと言う。そして、その頃から私を「お嫁さんにしたい」と言い続けていたのだとか。私の方は彼の事を全く憶えてなくて申し訳なかった。
 彼は優しかった。顔はハンサムではないが悪くもない。商売も成功させている。何より私に愛情を注いでくれた。そして私も彼の事を好きになった。結婚を拒絶していたのが馬鹿みたいだった。
 だけど、拒絶していたのは全く意味がなかった訳でもない。そのお陰であの人に出会えたのだから。

 私はあの人の料理を再現するのに勤しんだ。あの人を忘れたくなかったのだ。あの人の料理を作っていれば、きっと記憶が失われずに済むと信じた。
 そして、あの人の料理が再現でき、あの人の味には敵わなくても私の味として納得できるだけのものになった時、それを売りたいと考えた。そこで旦那様に相談すると、快く資金を出してくれて、私の店を持つ夢も叶ったのだ。
 商品に天ぷらは入れていない。料理してから時間が経つと極端に味が落ちるのも判っていたし、あの人が拘っていたものだったために気が引けたのだ。
 豚肉や鶏肉の料理であるため、商品単価は高めの設定だ。しかしそれは、紙袋の代金を商品単価に含める事を可能とした。結果的にそれは良い方向に働いたのだと思う。

  ◆

 店も安定して毎日が充実し始めていた頃、客が途切れるのを見計らったようにその女性は訪れてきた。俯いたまま用件を言う女性を見て、直ぐにあの人だと判った。
 だけど何故ここに居る? 何故そんなに俯いている? クーロンスの店は上手く行きそうだったのではないか?
 名前を問い質せばやはりあの人だった。上げた顔は絶望で彩られている。一体何が起きたと言うのか。胸が痛くなった。
 その上、あの人は目の前に私が居ると知って、逃げ出そうとまでする。もう必死に呼び止めた。
 何とか出て行くのを思い止まってくれたあの人を奥に通し、私の店の商品を振る舞った。それを食べた後、何故豚カツなのかと問うあの人の言葉に非難の色が混じったのには気が付いた。だけどそれを理不尽と感じるよりも、こんな事にさえ血を流すあの人の傷ついた心が痛かった。
 そしてあの人に何が起きたのかを聞き出した私は、あの人の全てを受け入れる決心をした。

 その時響いたのが破壊神のお告げだ。お告げを聞いて、あの人の目に急に光が戻った。私が理不尽を感じるのには十分だった。
 直ぐに旅立とうとするあの人を呼び止め、塩を買い取り、身体を時間を掛けて洗うように言い付けた。あの人が心変わりしてここに留まってくれるのを仄かに期待して。
 だけどそれは叶わないのだと悟ってもいた。この別れが今生の別れになる予感もしていた。だからあの人が持ってきた塩を使って料理をしたのだ。私に出来る事はこれしかないから、精一杯の思いを込めて。
 きっと、私がクーロンスを発つと言った日のあの人も、こんな気持ちだったのだろう。せつなさが後から後から込み上げてきた。
「その顔だと、やっぱり行くのね?」
「はい」
 身体を洗ったあの人は心変わりをするどころか、決意を新たにしたような顔だった。私は観念するよりなかった。
 そして旅立とうとする時。
「またね」
「メリラさん、ありがとうございました」
 再会を願う言葉は感謝の言葉で返された。再会の望みが消えた瞬間だった。
 あの人の姿はあっと言う間に見えなくなった。途端、私は身体から力が抜け、手を付いて蹲った。そしてそのまま、目の前の地面に増えていく染みを見続けた。

 その翌日の夜、外が騒がしいので表に出ると、大陸中央の方角に破壊神とあの人の姿が聳え立っていた。
 繰り広げられた奇妙でありながら幻想的な光景にただただ目を奪われた。
 そして、最後に立ち上った光を、喪失感と共に見詰め続けた。

  ◆

 その後、私の店で天ぷらも売り始めた。
 だけどそれは申し訳程度の数だけだ。それなのに毎日の夕食の献立を考える必要が無くなってしまった。
 最近は旦那様が顔を顰めるようになったので、私の翌日の昼食にしようと思っている。
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