魔法道具はじめました

浜柔

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第三八話 母娘

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「ふああああ」
 大きな欠伸をしつつ、ルゼは起きた。昨日、体調を崩した事など嘘だったように気分爽快だ。
 朝は早い。ほぼ夜明けと共に起き、まずは馬の世話をする。
「おはよう、セウスペル」
 朝の挨拶をしつつ馬の首筋を撫でた後、一旦、厩から出す。古い寝藁と馬糞を掻き出して清掃し、新しい寝藁を敷いてまぐさと水を用意する。そしてそこそこ運動をした馬を厩に入れれば、朝の世話は終わりである。以前であれば、給水所から水を汲んでこなければならなかったために全ての作業に一時間ほど掛かり、作業が終わると直ぐに厩に入れていた。しかし今は、累造の魔法のお陰で作業時間が半分になっていて、暫く馬の様子を眺めてからだ。
 セウスペルとの付き合いは長い。物心つく頃には既にセウスペルは居て、家族に等しい存在なのだ。そして、父親が亡くなってからは唯一残った家族でもある。
「そう思ってたんだけどね」
 ルゼは昨日の事を思い出す。よく判らない病で臥してしまった自分を、必死に看病してくれるチーナと累造の姿が目に浮かぶ。そんな二人の姿に、ふと両親に看病された時の事も思い出した。
 そして気付いた。チーナはとっくに家族だったのだ。日々の生活に必死になるだけで、目を背けていたのかも知れない。そして、きっともう累造も家族なのだ。
「セウスペル、あたしが気付かなかっただけで、家族は増えていたよ」
 厩に入れた後、セウスペルの首を抱きながら呟いた。
 セウスペルがブルルと啼いた。

 チーナは寝覚めが悪かった。殆ど眠れていなかったため良かろう筈がない。ベッドに入って目を瞑ると昼前の光景が脳裏を過ぎり、自分の不甲斐なさへの焦燥と、もしもの場合の恐怖に苛まれてしまったのだ。
 ルゼが「気分が悪い」と言い出したのは昼前の事だった。顔が赤く汗も多くかいている。季節外れの風邪なのだろうと汗を拭いてベッドに寝かせ、喉が渇いたと言うので水を飲ませたが、幾ら飲ませても一向に喉の渇きが収まらないと言う。そして「寒い」とまで言い出した。既に冷房の魔法は止めていて、じっとしていれば汗ばむ位なのに「寒い」と言う。容態は悪化する一方だ。混乱しておろおろするばかりだった。ショウに訊いても全く判らないと言う。そして、ショウと相談して医者を呼びに行こうとした所に累造が帰ってきた。
 累造にルゼの容態を話すと、冷たいタオルで首筋を冷やすように言われたので直ぐにそうした。その累造はと言えば、レモネードを作ってルゼに飲ませ始めるのだ。何故レモネードなのかと軽く憤りを覚えた。ルゼがそのレモネードを口に含んで不味そうに顔を顰めるが、累造はどうしても飲むように促した。最初はちびちびと不味そうに飲んでいたルゼは、味に慣れたのか次第にゴクゴクと飲み始め、何杯かを飲み終わった頃にはすっかり落ち着いた顔色になっていた。
 訳が分からず累造に尋ねた。もしかすると口調がきつくなっていたかも知れないが、累造が気にした様子は無かった。そして、話を聞いて動揺した。手遅れになっていたら死んでいたかも知れないと言う。もし、そうなっていたらと思うと、怖くて仕方がなかった。
 更に苛むのが「もし、累造が居なかったら」と言う想像だ。累造が居なかったらルゼが死んでいたかも知れない。しかし、倒れた原因が水の飲み過ぎだったのであれば、最初から累造が居なければルゼは倒れなかったのかも知れない。
 そんなぐるぐるとした思いが頭から離れなかったのだった。

 ルゼは馬の世話の後、身体を洗う。馬糞の臭いを漂わせたまま店先に立つ訳にはいかない。以前はこのための水も運ばねばならず、苦痛でもあった。しかし、累造が水の魔法陣を描いてからは苦痛でなくなり、温水の魔法陣を描いてからは、むしろ楽しみでもある。今日は鼻歌混じりに少し念入りに洗った。
 着替えたら累造を起こしに行く。
「累造。累造、そろそろ起きな」
 累造はまだまだ夢の中だ。
 チュッ。いつも言うだけだったチューを、今日は累造のほっぺたにしてしまう。すると、累造が目を見開いた。
「累造、おはようのチューで目覚める気分はどうだ?」
「なっ!」
 累造が顔を真っ赤にしてアウアウと狼狽えている。
「早く起きて来なよ」
 いつもと違って累造が一瞬で起きたため、返事も待たずに直ぐに累造の部屋を後にする。
 何故か呆然と凝視してくる累造の顔が可笑しかった。

「あの、店長? 乳バンドは必ず着けるようにお願いしたはずですけど? と、その前に、その格好は何ですか?」
 ルゼはブラジャーを着けずに薄いシャツを羽織っている。ボタンを留めていないため、胸の谷間が丸見えである。
「ふふー、累造へのご褒美だよ」
 何故か浮かれきっているルゼはどや顔だ。チーナが眉間の皺を人差し指で押さえている。
 累造はと言えば、思わず身を乗り出すようにしてルゼの胸を凝視する。そんな様子に気付いてか、ルゼが笑みを深めた。
「何だか暑いな」
 ルゼがシャツをはだけた。
「え!」「え!?」
 累造と言えども驚きの方が先に来た。チーナも目を見開いている。
「ほーれ、おっぱいだぞー」
 ルゼが見せ付けるように両手で乳房をたゆんたゆんと揺らす。
 ルゼの様子は明らかにおかしい。おかしいのが判っていても、視線は吸い寄せられるようにルゼの胸を凝視してしまう。
 チーナに半眼で睨まれた。
「店長! 何をやってるんですか!?」
「良いじゃないか、誰も見てないんだし」
「私と累造君が見ています! 累造君を挑発するような事は止めてください!」
「むぅ、チーナの怒りんぼめ。これでも見て落ち着け」
 今度はチーナに向けて、乳房をたゆんたゆんと揺らして見せる。
 そうしながらどこか幸せそうなルゼの姿に、チーナ共々何も言えなくなってしまった。

 そんなルゼも店の営業にはブラジャーを着け、生地の薄くないシャツを着ている。
 それを見て一安心した累造とチーナは、テンダーの木工所へと走った。

「で、俺っちに相談に来たって訳かい」
「はい」
 累造達の話を聞いたテンダーは渋い顔になった。
「でもよ、それなら、ゴッツイ商会の当主夫人を訪ねな。俺っちには判らん」
「では、紹介して戴けるでしょうか? 生憎、私たちはケメンさんしか存じ上げませんので」
 チーナが申し訳なさそうに言った。
 テンダーはそれを快諾し、三人でゴッツイ紹介へと向かった。

「あらあら、親方、お久しぶりね」
「おう、ちょっと紹介してぇ奴らが居てな。簡単に言やぁ嬢ちゃんの同居人だ」
「初めまして、チーナ・チョイマです」
「初めまして、間川累造です」
「あらあら、丁寧にありがとうね。ケメンの母のチャコラ・ゴッツイです」
 チーナはケメンの姉にしか見えないその容姿に驚いた。累造も呆けた顔をしている。
「それで、ご用って何かしら?」
 累造と交互に今朝のルゼの様子を語った。
 眼を細めて話を聞いていた夫人は、呆れたような顔をした後、クスクスと笑い出した。
「あ、あの……」
 何が可笑しいのか困惑した。
「あらあら、ごめんなさいね。やっぱり母娘なんだと思ったものだから」
「母娘ですか?」
「そう、ラナ。ルゼちゃんの母親ですけどね、彼女もそんな風だったのよ」
「はい?」
 目を丸くした。
「本当に気を許した人だけの場でなければそんな事をしなかったから、知るのは私だけになっていたのですけどね」
 チャコラはそこで一旦切って、お茶を一口飲んだ。
「ラナは、私と彼女の旦那さんにはやたらとおっぱいを見せたり、擦り付けたりする娘だったのよ」
「どう言う事でしょう?」
 思わず眉間の皺を指で押さえた。
「彼女なりの親愛の表現だったのでしょうね。だから、ルゼちゃんが生まれたら、ルゼちゃんにも当然のようにしてたわね」
 チャコラが過去を思い出すような仕草をする。
「そんな時は、変に浮かれていて子供っぽかったりもしてたわね」
「店長も浮かれていたし、子供っぽくなっていましたが……」
 よく判らなくて首を横に振った。テンダーも難しい顔だ。
「ラナにはまだ変なところがあって、私と話す時はいつも私のおっぱいを見てるし、直ぐに私のおっぱいを揉みたがるし、直に見たがるしで大変だったわね。そう、丁度そこの彼みたいにね」
 そう言って、チャコラが累造を視線で示した。
 そう、累造はチャコラに会った時からずっと吸い寄せられるようにその胸を凝視していたのだ。
「累造君……」
 思わず半眼で睨むと、累造がアウアウと視線を彷徨わせる。
「ふふふふふ、いいのよ。ラナを思い出して懐かしかったわ。だけど、こんなおばさんの胸より、そちらのお嬢さんの胸の方が楽しいでしょうに」
 思い当たるところが有るのか、不思議そうな顔をした累造がチラチラと胸を見比べてくる。大きさに大差なく、透けて見えないのも同じなのだが、何故か次第にその視線が夫人の胸に吸い寄せられていく。
 何かくやしい。
「ラナのおかしな所はもう一つあってね、シーツを羽織って『我はいにしえの魔法使いなり』だなんて言うのよ。子供の頃だけならともかく、大人になってからもしてたのよ」
 夫人はクスクスと笑った。
 思わず目を見開いて累造を見ると、その額から一筋の汗が垂れた。
「まあ、だから大丈夫よ。私も見た事が無いくらいだもの。あなた達二人の前じゃないとそんな振る舞いはしないと思うわ」
「そうですか……」
 ルゼの店での様子を思い出しつつ微笑んだ。そして、朝の寝覚めの悪さも吹き飛んだ気がした。
 一方でチャコラが小首を傾げて軽い溜め息を吐く。
「内のケメンもそんな相手だったら良かったのだけどね」
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