魔法道具はじめました

浜柔

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第五五話 パジャマ計画

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「つかぬ事を伺いますが、ルゼさんとチーナさんは寝る時にパジャマとかネグリジェを着ないんでしょうか?」
 二人がパジャマを着ていたなら、一昨日の晩に寝姿を見たからと言って鼻息を荒くする事は無かった筈である。昨日、冷静になった後でそれに気付いた累造は、チーナの寝姿を見た時の疑問が頭から離れなくなった。そこで今朝、意を決して尋ねてみたのである。
 そうして尋ねたら、またチーナの寝姿を思い出してしまった。ついついチーナの胸に視線が向いてしまう。仰向けに寝ていて尚、艶めかしく隆起した曲線を描く乳房が思い起こされる。自然、かなり目つきが怪しくもなる。
「『パジャマ』が何の事かは知らないが、ネグリジェみたいな贅沢はできないよ」
 ルゼは事も無げに答えた。
「贅沢、なんですか?」
「ああ、衣類は高いからね。洗濯しないわけにはいかないし、洗濯すれば傷むんだから、着ずに済ませるのが一番だよ」
 シャツ一枚でも仕立てると五万ツウカはする。古着でも二万ツウカ程度は当たり前である。これは全て、布地自体が高価なためだ。
「そうですね、洗濯物は少ないに越したことはありません」
 視線を気にするようにチラチラと累造を見ながら相槌を打ちつつも、チーナは視線については何も言わないまま、配膳をしていく。
 そんなチーナに、単なる傍観者と化していたニナーレが疑問符を浮かべる。明らかに劣情を湛えた累造の視線は傍から見ても気持ち悪い。そんな視線を受けるのを嫌がりそうな筈が、チーナはむしろ僅かに顔を上気させてさえいるのだ。
 累造は累造で、洗濯機を作ろうと考えていたのを思い出した。洗濯をチーナに任せっきりになっていたために、すっかり忘れていたのだ。魔動機を作る目的の一つでもあった洗濯機を忘れるとはなんたる失態か。だが、今は後回しである。
「じゃ、パジャマを作りませんか?」
 提案した。
「パジャマと言うのは、寝る時に着るシャツとズボンの事で、身体を締め付けないように緩く作ります」
「ふぅん。累造がいつも寝る時に着ている、元から着ていた服みたいなものか?」
「似てはいます」
「だけど、緩いズボンなんて落ちちゃうんじゃないか? 累造の服みたいに伸び縮みはさせられないぞ」
「締め付けない程度に、巾着袋のように紐で結べば大丈夫です。肥満している人じゃ駄目ですが、幸運な事にここには居ませんし」
 着る度に結び、脱ぐ度に解くのは多少面倒ではあるが、許容範囲との認識だ。
「ああ、それでいいのか」
 ルゼは腕を組んで考え込んだ。
「勿論、ルゼさんやチーナさんがネグリジェの方が良いのでしたら、俺の分以外はネグリジェでも良いですよ」
「あれ? 累造君も作るんですか?」
「はい。ジャージがいつまで着られるかも判りませんから」
 ルゼが軽く頷く。
「判った。だけど、金が……、あ、有るのか」
 そのままコテンと首を傾げた。
「あ、代金は俺が全部持ちます。その、お詫びも兼ねて……」
 累造は若干目を泳がせつつ言った。

 話が纏まる間に配膳も終わり、チーナもエプロンを外してテーブルに着いた。
 瞬間、累造の視線がチーナの胸を貫く。話の最中、いつの間にかチーナから外れていた視線がまた更に強くチーナの胸に注がれた。それもその筈、ブラジャーを着けていない。自然な艶めかしい曲線がシャツの上からでも判り、視線を虜にして放さないのだ。
「チーナ、ブラジャーを着け忘れてるぞ」
 ルゼが半眼で指摘した。人には口を酸っぱくして言っていながら、自分が忘れるとは何事か。ルゼの目がそう訴えている。
「あはは、ス、スープが冷めちゃいますから、今はこのままで勘弁してください」
 チーナは冷や汗を垂らしながら、誤魔化そうと必死だ。
「まあ、いいさ」
 ルゼはあっさりと追及を止めた。
 朝食の間中、累造のギラギラとした視線がチーナの胸に注がれたが、チーナは何も言わない。言わないどころか、徐々に浮かれてさえいる。
 ニナーレはまたまた疑問符を浮かべた。
 後で問い詰めねばなるまい。

「ふんふんふーん」
 朝食後、後片付けを終えたチーナは、ブラジャーを着けるために自室にいる。鼻歌交じりにシャツを脱ぐと、なんとなく両手で乳房を持ち上げてみる。
「やっぱり、ピチピチが一番よね」
 一人、にやけてしまう。
「気持ち悪いですの」
 ビクーッ!
 両手を盆踊りのように上げて硬直した。ギギギ、と首を回すと扉に半分隠れてニナーレが覗いている。
「ひぃぃっ!」
 驚愕のあまり、口をパクパクさせるしかできなかった。

「一体、何がしたいのか話して欲しいのです」
 項垂れて座り込んだチーナに、ニナーレは問うた。
 チーナは暫く言い淀んでいたものの、意を決したようにぽつぽつと語り出した。
 今現在、周りの若い男は三人だけだ。ケメン、ショウ、そして累造である。ところが、その三人が三人ともルゼばかりに視線を注いでいる。ケメンやショウだけならまだ良い。チーナがルゼと出会う前からルゼを思っているのも判っている。だが、累造はどうだ。一日しか違わない。なのに恋慕も劣情もルゼに注ぐのだ。
 チーナには遊びになど行く暇も金も無かったため、残る出会いの可能性など客か買い物先かだけだった。だが、どちらも女性か中年男ばかりで、若い男など殆ど見ない。いや、居ることは居る。でも若過ぎなのだ。一桁の年齢ではどうにもならない。
 これでは出会いなど有ろう筈もない。だから他の男性で確かめることもできなかったのだ。
「だからもう、自分が女として何か欠陥が有るのかと、不安で不安で……」
 そう言いながら、ダーッと涙を流す。
「そうですの……」
 相槌にチーナは頷いた。
 ルゼにブラジャーを着けさせる事で累造の劣情を抑えたものの、依然、累造の視線はルゼに注がれる事が殆どだ。更に、最近のルゼからは以前に有った棘が抜け落ち、若返ったように光り輝いて見える。ついにはケメンを陶然とさせてしまう程である。チーナとの差が広がるばかりである。
「だから、劣情でも何でもいいから、店長より注目されてみたかったのーっ!」
 おいおいと泣いた。
「そうだったんですの……」
 ニナーレは泣き続けるチーナの頭を抱いて優しく撫でる。だが、チーナの気持ちはよく判らない。
 そして、チーナの部屋の前から歩き去る足音を聞いた。

  ◆

「な、なんで……」
 チーナが動揺した。
 ルゼは夕食の場にいつぞやのノースリーブのシャツに太股まで剥き出しのスカートで臨んだのだ。ブラジャーも着けていない。
 そして腕を組んで言い放つ。
「チーナ、累造の視線はお前にはやらん!」
 瞬間、チーナが目を丸くして硬直する。
 暫くそのまま時が過ぎ、その頬に一筋の涙が流れたのを切っ掛けにしたかの如くチーナが動き出した。
「うわーん! 店長が意地悪だーっ!」
 チーナが号泣した。夜も日も明けないほどに泣き叫ぶ。
「わ、悪かったよ」
 最初はおろおろとしたものの、結局はチーナが泣き止むまでその頭を抱き続けた。
 部屋の前で盗み聞きする形になってしまいはしたが、チーナの思いを知った。知ったからには放っておく気にもならず、元気づけようと考えた。それで、冗談めかした挑発をしてみたのだが、見事に逆効果だったのだ。
 反省である。

 この日の夕食は随分と遅い時間になってしまった。
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