魔法道具はじめました

浜柔

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第五四話 遠見の魔法陣

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 累造は一つの魔法陣を完成させた。この世界限定の遠見の魔法陣である。誰の目にも晒される事なく世界を越える遠見の魔法陣を描き上げようとすれば、夜の僅かな時間しか作業できない。それではいつまで経っても完成しないおそれがあるため、異世界部分を省いたもので実証しようと考えた。特にルゼには最終目的を伏せておきたい。
 それでもやっちゃった感が半端ではない。これを使えばどこでも覗き放題なのだ。ルゼやチーナのあられもない姿を覗いて、鼻の下を伸ばすなんて事もお茶の子さいさいである。だからもしチーナに内容が知られたなら、どんな説教、下手すると折檻が待っているか判らない。やはり終始隠匿するべきだったのだと、今更ながらに後悔している。
 救いなのはニナーレにも何の魔法陣かを語っていない事だ。何度か尋ねられたが「出来てからのお楽しみ」と誤魔化していた。このまま誤魔化し続けようと心に誓う。
 そうして魔法陣を前にして累造は考え込んでいる。
 その横で魔法陣を覗き込んでいるニナーレは、累造とは裏腹に無邪気なものである。
「新しい魔法陣ができたんですの?」
「えーと、少々問題が有って、まだです」
 目が泳ぐ。
「では、出来上がったら教えて欲しいのです」
 ニナーレは期待に輝かせた目である。
「はあ、まあ、それに少々危険なので、ここでは試験ができません」
 更に目を泳がせつつ、「危険」の前に「自分が」と心の中で付け加えた。
「そうなんですの?」
 ニナーレがキョンと首を傾げた。
「だけど、これは光の魔法陣に似ていて危険そうには見えませんの」
 魔法陣を見続けているだけあって、ニナーレには魔法陣の類似性が判るようになっていたのだ。
 遠見の魔法陣は原理的には旧式の光の魔法陣と同じである。光の魔法陣の受光面が宇宙空間で常に太陽を向いているのに対し、遠見の魔法陣は受光面の位置も向きも任意となっている。結局、どちらも覗き穴でしかないため、覗き穴の部分が共通なのである。
 そんな具合で底が見えていようとも今はとにかく誤魔化し通す。
「少々、複雑ですから」
 遠見の魔法陣は座標合わせのボリュームが七個、向き合わせのボリュームが三個の計一〇個も組み合わさっていて、見た目はかなり複雑だ。尤も、魔法陣の内容は見た目ほど複雑なものではない。
 その一方で操作は見た目通りの複雑さだ。倍率、縦、横、奥行きの広域の位置合わせ、縦、横、奥行きの位置の微調整、縦回転、横回転、上下回転の方向合わせを行わなければならない。倍率で調整するため、遠方では位置合わせの精度が極めて悪くなる。問題があると言う言葉も強ち嘘ではないのである。
 そうは言っても近場を対象にすれば十分な精度が出るため、実験そのものには影響の無い問題だった。

 そもそも、異世界遠見の魔法陣は計画の第一段階である。それによって日本の風景を見る事ができれば、第二段階で音を聞く事ができる機能を付け加える。第三段階は双方向にする事だ。そして今日完成した単なる遠見の魔法陣は第零段階と言える。

  ◆

 夜になり、累造はこっそりと遠見の魔法陣の実験だ。
『アラホラサ』
 囁くようにして魔法陣を起動する。一一回も囁いたら変に喉にキツい。
 起動した魔法陣には累造の後ろ頭が映った。その累造は魔法陣を覗き込んでいる。禿もなくふさふさな様子に一安心である。
 広域の倍率は一で、微調整の奥行きのみ少しマイナスの位置に合わせ、それ以外の位置合わせや方向合わせの目盛りは全て真ん中に合わせている。これらは全て魔法陣の向きが基準になっている。絶対的な方向を求めるのが難しかったためでもあり、世界を越える場合には、この世界での方角は意味を為さないと考えたためでもある。
 続けて奥行きを更にマイナス方向に動かし、受光面を天井付近へと移動させる。部屋全体が見渡せた。自分を見下ろすのは奇妙な感じである。そして横へと移動させていく。その先に有るのはルゼの部屋だ。駄目だ駄目だと思いながらも煩悩には逆らえないのだった。
 ルゼの部屋は暗い。そう、既に就寝しているのだ。窓から僅かに入る月明かりがベッドの上のルゼの輪郭を浮き上がらせている。何も着ていない。それだけが判る。暗くて肝心な部分はまるで見えはしない。だがこれはこれで、と若干息が荒くなる。
 暫くルゼの輪郭を堪能した後、我に返って本分を思い出し、受光面をルゼの部屋から移動させる。一旦廊下まで移動させると、今度は奥行きをプラス方向に動かして二階の天井付近へと移動する。そのままついついチーナの部屋へと受光面を移動させた。煩悩に逆らえない駄目な男である。
 コンコン。累造は扉が叩かれる音が聞こえたような気がしたが、多分気のせいだと無視した。
 チーナの部屋は明るい。チーナがまだ起きているのかと驚いたが、見回せばベッドの上で夢の中の様子である。ルゼ同様に何も着ていない。この世界の人達は寝る時に何も着ないのかも知れない、などと考えつつも、鼻息がどんどん荒くなる。明るくて色々見えてしまうのだから当然だ。かなりの大きさであるにも拘わらず、仰向けに寝ていても形が崩れないチーナの乳房は素晴らしい。
「変態ですの」
 ビクーッ!
 仰け反った。いつの間にか目の前には魔法陣を覗き込むニナーレが居た。
「どどどどど……」
 心臓がバクバクだ。
「『どうして』か、ですの?」
 ガクンガクンと首を縦に振る。
「魔力が動くのを感じたから来てみたんですの」
 目と口を限界まで開け、両手で自分の顔を挟んで狼狽した。ニナーレが魔力を感知できる事を忘れていた。
 ニナーレが半眼で睨む。
「こんな事をするとは軽蔑ですの」
「いいいいい……、わわわわわ……」
 心臓が止まりそうである。
「『いいえ』『訳がある』ですの?」
 またガクンガクンと首を縦に振る。
「では、その訳とやらを話してください」
 ニナーレがじっと見据える。
 そこで、ふっ、と一瞬意識を失いかけたが、そのことで逆に少し落ち着きを取り戻した。緊張も切れてしまえばゆるゆるだ。
 そしてしどろもどろになりながらも異世界転移の経緯と合わせて計画について話した。
 全てを静かに聞いたニナーレが一度だけ大きく頷いた。
「魔法の理由は判りましたの。でも、おいたをしたことに変わりはありませんから、明日、みんなにちゃんと謝ってください」
 一も二もなく頷いた。
 それで漸くニナーレの表情が緩んだ。

「ところで、それを使うと私の国を見る事もできますの?」
「はい、多分」
 遠距離なので確証は無い。
「では、ちょっと試してみて欲しいのです」
「はい」
 累造は広域の奥行きをマイナスに動かし、倍率を上げていく。すると、魔法陣にはレザンタの街並みが映り、そしてそれがみるみる遠ざかり、ついには大陸までもが判るようになった。
 ニナーレは目を見開いて言葉を失っている。
「あの、ニナーレさんの国はどこら辺になるでしょうか?」
「え? あ、あの、これを見てもよく判りませんの」
 ニナーレが項垂れた。
「どう言う所を通ってここまで来たかは?」
「それなら判りますの」
 ニナーレは海を越え、高い山を越えてやって来ていた。それらしい場所が有るのは西の方だったが、魔法陣の向きを北に合わせていた訳ではないので、かなりやり辛い。それでもどうにかこうにか受光面を西へと移動させる。水平線の彼方であるため、受光面の向きも移動に合わせて調整していく。
 暫くしてそれらしい島を見つけた。
 島に位置を合わせようとしたが、ボリュームを一ミリメートル動かすだけで、受光面は数百キロメートル移動してしまい、上手く合わせられない。ボリュームの数が多いために、一つの大きさを一〇センチメートル程度にしてしたのが災いしている。それでも、動かす途中でチラッとだけ地上の姿が見えた。
「ああ! ああぁ……」
 ニナーレが声を上げ、そして直ぐに落胆の溜め息をついた。
「すみません」
 その後も、どうしても位置合わせができなかった累造は項垂れた。
 だが、ニナーレは首を振る。
「いいんですの」
 ポツリと答えた。

  ◆

 翌朝、累造の一日は土下座から始まった。
 ルゼは呆れたような顔をし、チーナは目を吊り上げている。
「それで、あたしとチーナの部屋を覗いたってのかい?」
「はい」
 累造は床に頭を擦りつける。
 ニナーレは既に復活していて、累造に追い打ちを掛ける。
「私が部屋に入ったのに気付かないほど、チーナの裸を見て鼻息を荒くしてて、気持ち悪かったですの」
「そ、そうなの?」
 ニナーレの言葉を聞いた途端、何故かチーナが顔を赤くして指先で髪を弄り始めた。
 その様子にルゼとニナーレが首を傾げる。
「チーナ?」
「あ、あ、あの、累造君? 顔を上げなさい」
「はい」
 ゆっくりと顔を上げ、チーナを見る。
 パチン。チーナが累造を掌で軽く叩いた。
「こ、今回は、これで許してあげます」
 それだけを言って、そそくさと朝食の支度へと戻っていった。
「あたしならわざわざ覗かなくても、いつでも見せてやるのに」
 ルゼは累造の頭を胸に抱いて、ゆっくりと撫でた。その顔はどこか寂しげでもあった。
「すみません」
 この時ばかりは、いくら累造と言えども胸の柔らかさを堪能する気分にはならなかった。

 ニナーレは、挙動不審だったチーナの様子を、柱の影から覗いてみた。
「へぇ……店長の……おねーさんを……。……ピチピチ……」
 何か怪しげな独り言を呟きつつ、浮き足だった様子が気持ち悪かった。
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