魔法道具はじめました

浜柔

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第五七話 初めてのパジャマ

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 パジャマが完成した。木綿の布を使ってチーナが縫ったのだ。仕立て屋に依頼する事も考えたが、説明や仮縫いが面倒でもあり、何よりチーナが望んだためである。

  ◆

 チーナはパジャマをずっと累造の部屋で縫っていた。
「だって、近くに居た方が大きさを合わせ易いじゃないですか」
 それがチーナの言い分である。
 その言葉の通りに何かと累造の背中や腕に縫い掛けのパジャマを合わせる。そしてその都度身体を撫でる。
 撫でられる累造は堪えるのが大変だ。触れるチーナの指先がこそばゆく、どうにも身悶えずにいられなかったりもする。
 そもそも編み物ではないのだから合わせるのは仮縫いの時だけで良いはずである。そう指摘しようと考えないではないのだが、どこか楽しげなチーナにはどうにも言い出せなかった。
 ニナーレはと言えば呆れ顔である。その場に居合わせているにも拘わらず、ニナーレにはパジャマを合わせようとはしないのだ。扱いがあからさまに違う。
「チーナは累造さんを誘惑しているみたいですの」
「みたいじゃなく、誘惑してるんですよ」
 肉食系だった。
 チーナの行動は、累造が自分から離れられないようにしてしまえば元の世界に帰ることは無いだろう、との考えに基づいている。そのためには累造から手を出すようにし向け、既成事実さえできてしまえばきっと責任を取ってくれるだろうと予想している。当然ながら自身もそんな関係になるのを望んでのことだ。
 テンダーの木工所での宴会の日、累造に懸想する自分を自覚してしまったのである。
 このチーナの予想は累造の心情的には正しい。だが、累造の想定は自然の力などで強制的に帰還させられる可能性も含んでいるため、若干的外れでもあった。

 チーナがパジャマを縫っている間、累造は冷蔵庫用の魔法陣と、その魔法陣を起動する魔法陣の作成をしていた。
 設計図には寸法が書かれているが、単位がメートルではない。そのため、最初に寸法をメートルへと直す。一旦設計図の寸法で線を引き、自作のメートル法の物差しで測るのだ。
 メートル法の物差しは板の端が一ミリ間隔で一ミリの幅で光るように定義した魔法陣を描いて作った。メートル法で数値を定義しさえすればメートル法の長さで魔法が発動するのを逆用したのだ。
 この世界で魔法を広めるにはメートル法から離れなければならないのだが、なかなか離れられない累造であった。
 その様子を横から見ていたニナーレは目敏く疑問点を拾い出す。
「起動する方は一枚では駄目なんですの?」
「はい。その内に曖昧な発動ができるようにしたいんですが、今は確実性を重視です」
 ニナーレは「そう言うものなんですのね」と不思議そうな顔をした。
「起動する方って何です?」
 魔法陣の作製の様子を特に意識していなかったチーナであるが、その部分には引っ掛かりを覚えたのだ。
「あ、言ってませんでしたね。魔法陣を起動する魔法陣です」
「よく、判らないです」
「照明に関しては魔法陣を使って魔法陣を起動してるんです。冷蔵庫もそうする予定です」
「魔法陣を使ってって、そんな事してたんですか?」
「はい。そうじゃないと魔力が保ちませんので」
 チーナは累造が倒れた時の事を思い出したのか、大きく頷いた。
「それもそうですね」
「それを使えば誰でも照明の魔法陣を起動できます」
「え?」
「今はまだ、テンダーさんやケメンさんにも秘密ですよ?」
 チーナはコクコクと頷いた。

  ◆

「それで、なんで俺のはピンクなんですか?」
 手渡されたパジャマの色に、累造は気落ちした。
「えーっ、可愛いじゃないですか。それに累造君にはピンクでしょう?」
 チーナはにこにこしている。生地の色を選んだのはチーナであるが、縫製したのもチーナなのだ。文句も言いにくい。
 累造は困惑しつつも考える。背中がピンクのシャツを着ることもあるが、そんなにピンクの印象が強かったのか。
 そして思い出した。背中がピンクのシャツは、それを着て出掛ける勇気が無いために殆ど室内用と化している。チーナが見るのはいつもそのシャツで、恐らくは印象の強いピンクの方を認識してしまったのだ。
 軽く目眩を覚えた。
 パジャマの色はルゼが赤、チーナが黄、ニナーレが緑、ショウが青である。
 なんとなくニナーレのパジャマを凝視する。
「駄目ですの。私は緑がいいんですの」
 ニナーレは視線が何を訴えているのか気付いたらしく、釘を刺された。緑はニナーレの希望でもあったのだ。
 累造は項垂れるよりなかった。

 コンコン。
 就寝間際の累造の部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
 入ってきたのはチーナ。
「どうですか? おねーさんのパジャマ姿は」
 くるりと回ってみせる。
「よく似合ってます」
 ゆったりとした大きさながら、柔らかい布地なために肩口から胸にかけて、あるいは腰回りに女性らしい曲線が浮き出ていて艶めかしくもある。少々興奮を覚え、色々と元気になりそうで気が気でない。
「ちょっと失礼しますね」
 チーナがベッドに腰を掛け、手を付いてベッドの上をにじり寄ってくる。
 前屈みになった襟元からは、胸の谷間が垣間見える。視線が釘付けになってしまった。
 その視線にチーナは直ぐに気付いたらしい。
「ふふ、累造君はやっぱりスケベですね」
「え、あ、その……」
 しどろもどろだ。
「いいんですよ。こうすれば、よく見えますか?」
 チーナは襟元をグッと引っ張って広げた。すると、片方の乳首までもが垣間見える。思わずごくんと唾を飲み込む音だけが響く。
 顔が熱くなって、あうあうとしか言葉が出ない。恐らく真っ赤になっている。こんな風に攻められると、もうお手上げだ。
 チュッ。
 軽くキスをしただけでチーナは直ぐにベッドから離れた。
「今日の分のおやすみのチューです」
 少し顔を赤らめながら言った。
「私からはここまでです。この先は、いつでも待ってますからね」
 笑いかけるようにそう言うと、チーナは部屋から出て行った。
 累造は大きく息を吐いた。
「心臓に悪い」
 あのままもう一押しされていたら、堪えられたとは思えなかった。

 心臓がバクバク言っている。顔も熱い。あんな事までするつもりは無かった。きっと乳首も見えた筈だ。
 チーナは自分でやってしまった事に焦っていた。
 でもあの瞬間だけは累造の頭の中を独占できた筈。累造の表情がそれを物語っていた。その事が単純に嬉しい。
 なぜそう思ってしまうのか自分でもはっきりとしない。累造を意識した日から頭の中は累造で一杯になり、累造の頭の中も自分の事で一杯にしたい衝動に駆られている。劣情も抑えがたい。だが、劣情のままに動いては累造が逃げてしまいそうな予感がする。もどかしくもあるが、まだ時間は有るのだと自分に言い聞かせた。
 今まで恋に恋する子供のお遊びで誤魔化せていたのが信じられない。抑えがたい衝動など初めての経験だ。それでも抑えなければならないために苦痛にもなってしまうのだが、幸福も感じる。
 そして、以前のルゼの振る舞いが恋慕に因るものでないことを、漸く判った気がした。
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