魔法道具はじめました

浜柔

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第六二話 馬と一緒に

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「累造君、起きてください」
 累造は違和感の中で目覚めた。
「チーナさん?」
 そう、累造を起こしたのはチーナなのだ。いつも起こしに来るのはルゼなのだが、今朝はチーナが来た。初めてのことである。
「ルゼさんはどうしたんですか?」
「セウスペルが愚図っているようなんです。できれば店長を手伝ってあげてください」
 チーナはいつになく深刻な表情をしている。退っ引きならない事態らしい。
「判りました」
 累造は急いで中庭へと向かった。

 ルゼが手綱を引いて馬小屋に入れようとするが、セウスペルは首を振って嫌がり、馬車の方に向かって前足を踏み鳴らすばかりだ。この状態で一時間近くが経とうとしている。
「どうしたんだ? セウスペル。何で言う事を聞いてくれないんだ!?」
 ルゼは泣きたくなっていた。自分で気付いていないだけで、泣いているのかも知れない。
「ルゼさん?」
 累造の声に振り向いた途端、涙がひとしずく散った。

 ブルル、ブルル。セウスペルが鳴く。
 その瞬間、累造は頭痛に襲われた。何かが頭に入ってくる感覚。言語習得の症状だ。何故、今なのか。
『他、町、行く、最後、ルゼ、一緒』
 単語の羅列でしかない言葉が聞こえる。まさか、と思った。だが、そのまさかだとしか考えられない。どうしてセウスペルはそうまでするのか。必死に考えた。そしてある可能性に思い至った。
「ルゼさん? セウスペルって何歳なんでしょう?」
「はっきりとは判らないけど、大体あたしと同じくらいだよ」
 合点がいった。そして、何度か見た馬の夢の理由が判った気がした。
「ルゼさん、セウスペルは旅をしたがっているようです。そして、多分……」
 最後までは言えなかった。
 ルゼが呆けたように累造を見る。
「判るのかい?」
「おそらく、としか言えませんが」
 セウスペルが発するのは単語の断片だ。だから断定はできない。それでも「最後」と言う単語には顔を顰めずにいられない。
 その様子に何かを察したのだろう。ルゼが今にも泣きそうに顔を歪めた。

「セウスペル、そうなのか?」
 ルゼはセウスペルに尋ねてみた。
 ブルル。セウスペルが頷くように首を振る。
 ルゼは瞑目し、暫し懊悩するが、決断までに然程時間は掛からなかった。
「判った。また一緒に旅をしよう」
 セウスペルの首を撫でる。
 累造が来る前は無理をして貰うしかなかったが、今はのんびりと余生を過ごして欲しいのだ。旅はこの老馬に負担が大きすぎる。
 それでもセウスペルが望んでいるのなら、叶えてやりたい。
「だけど、今すぐは無理だから、昼からだよ」
 ブルル。セウスペルはまた頷くように首を振ると、累造に歩み寄って鼻先を擦り付けた。

『一緒』
 累造は目をしばたたかせた。
「ルゼさん、俺もご一緒します」
「いいのかい?」
「はい」
 累造には同行する選択しかあり得なかった。

 累造は急いで魔法陣とそれを使った魔法道具の用意をした。水、温水、コンロ、試作品の冷蔵庫、そして積層化で小型化した遠見の魔法陣。予備の板や鉛筆、彫刻刀も用意する。
 チーナとショウは突然の出立の知らせに驚きながらも、その準備を淡々と手伝った。二人とも、日頃はのほほんと見える累造がいつになく深刻な表情をしているために、理由を問い質しそびれてしまったのである。
 冷蔵庫には食料をあれこれと詰めていく。それとは別に、旅の定番とも言える干し肉と堅パンも用意する。調理道具や食器、毛布なども用意する。夏が過ぎ、既に夜間は冷えることもあるので野宿は避ける予定だが、準備を怠るわけにはいかない。
 そうして、昼前には出立の準備が整った。
 早めの昼食は沈黙に包まれた。累造とルゼが押し黙っている。
「あ、あの……」
 チーナは理由を問おうとして言い淀んだ。ただならぬ二人の様子に、聞いてはいけないような気分になったのだ。それはニナーレとて変わらない。
「累造、行くよ」
「はい」
 手早く昼食を終えたルゼと累造が寛ぐ事もなく動き出す。
 チーナもニナーレもおろおろと二人の背中を見送るだけだった。

 累造がショウへと出立を知らせに店へと降りると、珍しくデイが訪れていた。
「デイさん?」
「夢を見た」
 答えはその一言だけで夢の内容までは語られなかったが、何度か馬の夢を見ていた累造はそれだけでなんとなく判った気がした。
「そうでしたか」
 返す言葉も一言だけだった。
 デイの夢では嘗てデイの家で飼っていた牝馬とデイが戯れていた。セウスペルはその牝馬が産んだ子である。そして、虫の知らせに従ってデイは雑貨店に訪れたのだ。

「じゃ、後の事は頼んだよ」
「へい、帰りをお待ちしておりやす」
「行ってきます」
「気をつけて行ってきてください」
「旅の無事をお祈りしておきますの」
 それぞれの挨拶をした。その間、デイは何も言わずにセウスペルの首筋を撫でていた。
 出立。セウスペルは北へ進んだ。行き先は出来る限りセウスペルに任せる予定である。

  ◆

「ふえええええ! どうしよう!? イナちゃああん!」
 雑貨店を一人で護衛中だったルミエは慌てて馬車を追い掛けながらイナに念話で呼び掛けた。念話は二人の間でだけ使える秘密の通信手段なのだ。
 受けたイナは一瞬耳を疑った。旅に出るなら二、三日前からそれなりの動きが有って良い筈である。
「仕方がないわ。ルミエは二人について行きなさい。場合によっては護衛対象に合流してもいいわ」
「判ったああ」
 ルミエとの念話を終えたイナは舌打ちをした。
「もう、追加料金貰うわよ」

  ◆

 馬車は進む。レザンタを離れ、北の森のほとりに差し掛かる。累造はと言えば、ぼんやりと空を見ていた。
「なんだ!?」
 ガタン。ルゼの叫び声と共に馬車が停まった。前を振り向くと、数人の黒服の男が道を塞いでいる。銃を構えている者も居る。血の気が引いた。以前、ケメンに言われたことが現実になろうとしているのだ。今までが平穏だったために、完全に油断していた。
「温和しく、一緒に来て貰おうか」
 黒服がニヤニヤしながら言った。
「何者だ!?」
 ルゼの誰何にも、黒服達はニヤニヤと肩を竦めるだけで答えようとはしない。そうしている間にも徐々に詰め寄ってくる。捕まれば何をされるか判ったものではない。ルゼは意を決して、馬車を走らせようと、手綱を握り締めた。
 その時である。
「ふえええええ!」
 緊張を切り裂き、緊張の欠片も無い叫び声と共に一陣の風が通り過ぎた。黒服達が次々と吹き飛んでいく。
 累造とルゼはポカンとその様子を眺めるばかりである。
「あの」
 いつの間にか馬車の傍にメイド服の少女が現れていた。以前、町で遭遇した少女だ。
「あ、貴女は?」
「ルミエ・シリマです。ゴッツイ商会の依頼であなた方を護衛しています」
「え?」
 累造がルゼの方を見ると、ルゼはただ頷いた。
「あの、できれば馬車に乗せて欲しいんですが……」
 指先を弄りながら言うルミエに、ルゼは肩を竦めて荷台を指差した。
「乗りな」
「良かったー」
 ルミエは胸に手を当てて大きく息を吐いた。

  ◆

 セウスペルが何故、累造の同行を望んだのかは累造にもまだ判らない。だが、求められたのが判ってしまっては了承するよりなかった。確信に似た予感が有ったのだ。
 そう、この旅が寿命を迎えたセウスペルにとっての最期の旅だと言う予感が。
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