魔法陣は世界をこえて

浜柔

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第七〇話 店員募集

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「参りやした」
「難しいもんだねぇ」
 本格的にショウに経営を移すに当たって新たに従業員を募集していたが、面接をしてもどうにも判断が付かず、ショウとルゼは頭を抱えていた。
 面接場所は中通路である。店内には場所が無く、食堂に上げる訳にもいかない。そのため、チーナに店を任せてショウとルゼが店の外で面接を行っていた。
 その応募者が途切れたため、今の二人は弛緩した空気も漂わせている。
 面接に訪れたのは、魔法のことばかり聞き出そうとする者、待遇ばかり気にする者、保護者同伴の者、あからさまにやる気の無い者など様々だ。そんな初見で不採用確定にできる者は篩に掛けるのも簡単だが、普通に受け答えできる者は判断しづらい。また、やる気だけ有れば良いという訳でもないので、やる気で判断する訳にもいかない。
「姐さんはチーナをどうやって見つけたんでやすか?」
「チーナは押し掛けて来た口だから、あたしが見つけたんじゃないんだよ」
「そんな相手をよく受け入れやしたね?」
「最初は無視しようとしてたんだけど、セウスペルが愚図ってね。押し問答の挙げ句にあたしが根負けしてチーナを雇う事にしたら、セウスペルの愚図りが治ったんだ」
「それじゃあ、セウスペルが雇ったみたいでやすね」
「そう言えなくもないね。セウスペルは累造とショウも気に入ってたみたいだけど、あの男は嫌ってたようだしね」
 あの男とは過去の持ち逃げ犯の事である。
「凄い馬でやすね」
「セウスペルが生きていて、セウスペルに面接して貰えてたら一発だったんだろうけどねぇ」

 セウスペルが亡くなってから一ヶ月、ルゼはセウスペルの死を受け入れられるようになっていた。雑貨店の仕事も元の通りにこなし始めている。殆どはケメンが居ればこそであった。
 だからとも言えるが、ケメンからのプロポーズも受け入れた。ただ、その場面に色気は無い。
 その日は毎日訪れているケメンが少しだけ心配になったのだ。
「なあ、ケメンには結婚相手って居ないのか?」
「何を言うんだい? 僕が結婚するとしたらルゼとに決まってるじゃないか」
「まあ、あたしもそうだけどさ」
「だったら、ルゼが結婚してくれれば僕の結婚相手なんて気にする必要は無くなるよ」
「まあ、いいけどさ」
 その直後、二人して盛大な溜め息を吐いたのだった。
 そんななし崩し的に結婚の約束をしてしまったのだが、最近はケメンが雑貨店から足が遠ざかり気味になっている。仕事が忙し過ぎるのだ。ルゼが立ち直った今となっては仕事を優先せざるを得ない状況なのである。照明や冷蔵庫などの商談に加えてゴムの研究開発も取り仕切っているのだから過労死しかねない程の過密さとなっている。
 それ故に二人の結婚は先送りになっていて、ルゼは結婚までは雑貨店に住み続けるつもりでいる。

「残念ながらあっしには人を見通す目なんて有りやせんから、印象で決めるだけでやすね」
「あたしでもそうするしかないねぇ」
「じゃあ、そろそろ時間で応募者も途切れてるので、お開きとしやすか?」
「そうだねぇ。店に入るとしようか」
 ルゼが立ち上がって伸びをして椅子を片付けようとし始めた時だった。バタバタとした足音が近付いて来る。
「きゃーっ! 待って待って! 終わっちゃいました!? 面接まだやってますよね!? やってるって言ってください!」
 息を切らせて走って来たその小柄な娘は、両手を顎の下で握り締めて大きな目をうるうるさせている。
 思わず大きく目を見開いて凝視してしまったルゼからすれば未知の生物だ。
 それでも印象は悪くない。赤い少し癖のある長めの髪を紐を使って後ろで縛り、少し綻びは有るものの洗濯の行き届いた服を着ていて清潔感が有る。
「ぎりぎり大丈夫でやすよ」
「ほんとですか!? 良かった! もう片付けようとしているからびっくり……」
「そこに座るでやすよ」
「はい!」
 答えて娘は椅子に座った。
「いやぁ、ほんとにびっくりしちゃいました。間に合うと思ってたから……」
「名前と年齢をお願いするでやす」
「マレタ・クチカラウ、一六歳です。ちょーっと、焦っちゃいましたよ。ほら、あたしってお淑やかじゃないですかぁ? だからですね……」
「将来の希望はありやすか?」
「はい! 自分のお店を持ちたいです。それでですね、お淑やかに決めようと思ってですね、頑張って身だしなみを整えていた訳ですよ……」
「簡単なテストをするでやす。九〇〇ツウカの皿一三枚と四〇〇ツウカのスプーン八本と一二〇〇ツウカのカップを七つだと全部で幾らになりやすか?」
「二三三〇〇ツウカです。そうしたらですね、決めるのが難しいんですよ。あれでもない、これでもないって迷っている内に時間が過ぎちゃってて……」
「採用したらいつから出勤できるでやすか?」
「今からでも大丈夫です。それでどうにか『これだ!』と決めたら、なーんとボタンが取れ掛かってたんですよ。慌ててボタンを付けようとしたんですけど、焦ると針に糸をうまく通せなくてますます焦……」
「朝八時から夕方の五時までが勤務時間でやす。場合によっては六時頃まで勤務して貰う事になりやすが、大丈夫でやすか?」
「大丈夫です! ほんとに焦れば焦る程スカッ、スカッと糸が針の穴から外れるもんですよね。あれをサクッと通せる人って尊敬しちゃいます。それでどうにかこうにか糸を通すのに成功した時は飛び上がって喜んじゃいました。これで勝てる、って感じですよね。まあ、何に勝つのかは判んないんですけ……」
 ショウはルゼを見やり、呆気に取られてはいるが嫌悪感は無さそうなのを確認すると、マレタに告げた。
「それじゃ、明日の八時から出勤して貰うでやす。採用でやすよ」
「ほんとですか!? 頑張ります!」
「それじゃ、今日はもう帰っていいでやす」
「はい! ありがとうございます!」
 マレタはバタバタと慌ただしく帰っていった。

 マレタが訪れて帰るまでも間、ルゼは座るのも忘れ、ずっと立ったままマレタを凝視するばかりだった。
「なかなか強烈なだったでやす」
 クスクスと笑いながらそう評するショウの言葉を理解した辺りで、漸くルゼは気を取り直した。
「ショウ、いいのかい? あんなに簡単に決めて」
「いいんでやすよ。どうせ印象で決めるしかなかったんでやすから」
「だけど、あんなに喋り続けて仕事になるのかい?」
「あれ? 姐さんは気づきやせんでしたか? あの娘はちゃんと受け答えしてやしたよ。計算問題も合っていやしたから、記憶力もあれば暗算もできるでやす。もしかしたら逸材かもしれやせん」
「ショウもよく見てたねぇ」
 ルゼはショウにこそ感心した。
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